はてなの人たちとは反差別では完全に意気投合できるんだけど、政治経済の話題になると意見が違いすぎて居心地が悪い
かと言って数少ないリバタリアン優位な場所はなぜか同時にネトウヨ自民支持患ってるやつだらけ、俺としてはスノーデン、アサンジ、ロンポール議員みたいな路線のリバタリアンは好きだが日本のリバタリアンはどいつもこいつも劣化橋下みたいなのばかりでうんざりする
一応俺の意見を言うと自民党こそ大きな政府の最たるもので、とてもじゃないが支持したくない、ていうかここが目指してるのは国家社会主義だろ最悪だよ、立民も大きい政府志向だが人権方向じゃ自由重視のリベラルなんでまだよっぽど支持できるて感じです
もしかして自由経済重視と反差別って成り立たないのかなぁ…俺個人としては差別がないほうが最終的に市場経済にもプラスになるという考えなんだが…
あとそうであったとしてもやっぱり政府権限の強化は警戒してしまう、とくに安倍政権を見てるとね…みんななぜそこまで無邪気に政府というものに全幅の信頼を寄せられるのかが疑問…
いや反論として自由の行き着く果はモヒカン社会ってのはあるんだろうが、結局政府も強大なモヒカンになる危険性はあると考えてるんだよね、ナチスとか民主主義で生まれたモヒカンみたいなもんだし…
政治の話の脱線は置いといて反差別とか社会市場両方の自由をきちんと追い求めてるリバタリアンの方っていますか?僕一人だと思うと正直寂しい。
追記:俺の言う差別とは生まれ持った属性でどうにもならないことに対するものです、人種や民族、障害など…しかし確かに知能に関してはどうなんでしょうね、貧乏人の子供は貧乏であるべきか、たしかにその通りだと思います、自身としては機会の平等方面ではなんらかのセーフティは敷かれても良いと思う立場です
あと日本じゃ特に民間の救貧が無いも同然だからやはりリバタリアンとなると弱者死ねになりやすいのかなってのある気がします、僕は言うなれば穏健リバタリアンが理想みたいな所があるんで本来はリバタリアンではないのかもしれません
さらに追記:リバタリアニズムはたしかに全てにおいて自由を重視しますが「他人の自由の侵害」については反対だという理解です、これを適用すれば人種民族性差別は他人の自由の侵害になりうるので反対とは言えると思います、ただしここはリバタリアンの間でも意見の相違が多く、更にいうと「経済不平等こそ他者の自由の侵害だ」といったレベルまで行くとリベラルに入るのだと思ってます
無理に決まっとるやろ 自由主義経済の中じゃどうやったって格差が固定化される 貧民と富豪を生み出す社会で差別のない社会なんてありえん というか、差別の禁止はお題目として誰...
そりゃ日本には日本の文脈があるんで外国の政治家と同じの政策パッケージを持ってるやつがいないとか嘆かれても さすがに無茶なんじゃないでしょうか そんなこと言い出したら私も日...
例えば知能差別をなくして東大に誰でも入れるようになって皆が東大卒の超エリートになったら経済にプラスになるんですか?
気持ちはわかる。 俺はリバタリアンじゃなくて社会自由主義で、日本の政府はもっと大きくてもいいと思ってるけど、反差別のリベラルは賭博の自由にも厳しいし表現の自由にも厳しい...