29歳が昨日見た夢の話。
10代後半であろう僕はね、きっと7個くらい上だろう兄と暮らしてるわけよ。親らしきヒトは見当たらない。
そしてたぶん近所に住む兄と歳の近い幼馴染みであろう「ねえさん」て呼んでるヒトがいて、その3人で農場?みたいのをやりくりして生計を立ててた。
いつからなんだろう、たぶん、ずっと長く。
農場は近所の人達と共同で使用しているような農場でボロボロではないけど、僕ら3人がいるから、いるからというか3人を育ててくれるために続けているような状態に思えた。
近所の人達は僕らよりだいぶ歳上の人たちばかりで子育ての延長のような想いもあってかよく面倒を見てもらってた。
芋と豆を一緒に育てたり、農場だけどお茶を液体の状態で出荷したり、全員がゴルフウェアを着たセレブな家族が来て農場内での犬の散歩を手伝ったり、その土地の偉い人っぽい高齢の老夫婦のおばあさんと喋ったり、近所の人達と休憩の合間に楽しくご飯を食べたり。
若い3人ではなんだか危なっかしい感じだったんだろう、いろんなヒトが手伝ってくれてた。
若い僕が見てるのは、最高の理想ではないし刺激なんて皆無だけど、みんないつも笑顔のそんな暮らしだ。
兄は顔は整ってるが聡明ではなく、時折バカが染みだしてしまい、けしてかっこいいわけじゃない。
でも不思議と周りに人が集まる人望のある人で、いつも明るくて人を気遣って寂しい雰囲気を出さなかった。愛嬌のある性格だった。僕を不安にさせないようにしてたのかもしれない。
ねえさんは自分から楽しく喋るわけじゃないが話している側が楽しくなってくる不思議な魅力のある、地域でもトップクラスの美人だ。
いろんな人と話ができて無理してる訳じゃなく笑顔を絶やさない人で、いつも明るくて兄よりももっと人を気遣って寂しい雰囲気を出さなかった。達観してるというか、芯の強いヒトなんだろう。
まわりのひとは、僕もそうだったけどいつか兄とねえさんが結婚するんだって思ってた。
3人で生計を立てていてそれが自然だったから疑ったことなんてなかった。なにより2人はだれがどうみてもお似合いのふたりだった。
今朝はねえさんが農場に来る前から兄がいつもより元気だ。
自分たちの農場で生産しているモノを多分だがベタ褒めしている。多分というのはその表現方法に擬音が多すぎて意味不明だからだ。
ああ、バカになってるな。
そうかやっと勇気を出したか。僕のことなんか気にするな。本当におめでとう。
兄の一大決心は農場で芋と豆を選別中に僕もいる前でさり気なく言ってみたつもりだったんだろうけど不自然全開だった。
ねえさんは黙った。どうしたんだろう。
兄はバカだが理解した。兄と同じ血筋の僕はすぐに理解できなかった。
兄が「そうか」とつぶやきにしてはでかい声で仕事を放り出して走って結構な速度で視界から消えた。僕はその時にようやく理解できた。
いつのまにかねえさんもいなくなってた。
少しぼーっとしてしまった。近所の人達が手伝いに来てくれる頃だな。
そんなことはどうでもいい、どう考えてもねえさんを探すのが優先だ。
事務所らしきところに向かった。農場中に響く放送でねえさんに向けてとりあえず事務所に来てと呼びかけなければいけない気がしてる。
途中、探してないけど兄を見つけた。今朝元気だった男がアロハを着て猫背でこちらを見ながら立ちすくみ号泣していた。そして近寄ってくる。
泣いている理由を話している。擬音が多い。
どうやら沖縄のダイビングスクールに行く気らしい。号泣しながらなぜか多言語で「沖縄に連れて行って」と書いたヒッチハイク用のパネルを首から下げて号泣しながら走って農場の正面口とは逆の方角に消えていった。
そういえば前に農場で芋を全滅させた時も兄は号泣して近くの海で泳ぎまくってたな。と、冷静に思い出した。
走り去っていくアロハの兄を見て、僕といつのまにか手伝いに来てくれた近所の人達は笑いながら「まーた始まったよ」みたいな空気でそれでも兄の性格を知ってるから、あれならどこに行っても大丈夫だろうと放っておいた。たしかに兄はバカになれる人だから大丈夫だろう。
そんなことより問題はねえさんだ。老夫婦のおばあさんに事務所から呼びかけてもらい、僕は農場内を必死に探した。
ねえさんは正面口付近で仕事としての犬の散歩を頼まれている最中だった。セレブ家族よ、空気を読まずによくそこで止めた。偉いぞ。
「ねえさん!大丈夫か!」 声がいつもより大きくなってた気がする。
「今日はもういいから、それと明日からのこと気になると思うから後で連絡する。あいつは大丈夫そうだったから気にしないで」というと
ねえさんはいつもどおりの笑顔になろうとして「別に私は大丈夫だから」とセレブ犬を引き連れたまま農場の正面口から出て行った。
追って呼び止めればいいのに「どう見ても大丈夫じゃねえだろ、明日からあんたどうすんの?」なんて考えている間にねえさんを見失った。
頭のなかとは言え、ねえさんを初めてあんた呼ばわりした。兄のことを聞かず、話を切るためにいつもどおりに振舞おうとしたねえさんの態度に冷たさを感じてちょっと腹が立っていた。
ねえさんに明日からのことどうやって伝えようか考えながら事務所に戻った。
3人ともまだどうにでもなる年齢なんだ。将来を気にしながら生きなきゃいけないけれども希望も夢も可能性もあるし、なんとでもなるんだ。と普段はあまり喋らない土地の偉い老夫婦の夫が言った。たぶん僕を慰めてくれたんだろう。
明日から僕自身、生活できなくなるわけだが、そんなこと考える余裕は頭のどこにも無かった。
農場を閉めなきゃいけない時間だねと近所の人に言われ、そんな時間かといつもどおりに道具を片付けに行こうとしたら
29歳に戻った。
「ちょっとおもしろいいい夢だったなー」とぼんやり思い出して断片も拾い集めてニヤニヤした。それから寂しくなって後悔した。
兄とねえさんにお礼を言っておけばよかった。近所の人にも。
兄には「またね」それとねえさんに「フラレた方は皆が慰めてくれるしなんとでもなるから、フッた方は必要以上に傷つけてしまった、もっと早くどうにかできてたなんて思ったり気に病むことなんてないんだからね」と言っておけばよかった。
兄はきっと夜には旅行者の車に乗っけてもらって話を聞いてもらって慰められながら南下し、旅行者のいい思い出になってるだろう。あいつは大丈夫だ。
ねえさんはきっと普段を取り戻すまでに時間がかかるのだろう。
ヒトの幸せな生活を壊してしまった、時間を奪ってしまったという自責の念に捕らわれるタイプの性格だ。
ねえさんはどうして断ったんだろう。僕が知らない、兄が知らない所でなにか考えてたんだろうか。肉親関係でなにかあったんだろうか。
今の生活の限界を感じ取ってたのかもな。いま考えると兄をあの農場から解放するための勇気だったかな。なんてったって刺激がない。
なにか理由があって一緒に行けないというのもあるんだろう。
いやそれは今の僕の願望で、きっとずっと前からその気なんて全然なかったのに周りの期待を裏切れなかったんだろうな。
兄の性格を知ってるからってのもあるんだろうけど、同情をしないように流されないように肺の奥を押し殺して返事をしないようにして断ったんだと思う。芯の強い人だから。