はてなキーワード: 原稿料とは
バクマンって、実際のジャンプの編集をどの程度リアルに描いているのかなあ。もしあれが本当なら、ジャンプの編集ってものすごい時代遅れって気がする。
新連載の採用とか不人気連載の打ち切りとか決めるのに、基準になるのがすべて読者アンケートの結果ってどれだけ昭和の発想だと。
話の中でも、読者アンケートに頼る問題点はいくつか挙げられてて、
という結果に偏りが出る傾向があることは認めているんです。
でも、もっと大事な点を見落としていますよね。それは、
だってこと。
だってこれは雑誌に限らないんだけど、商品を選んで買った理由なんて、買った当人だって本当のところよくわからないんだから、その本人にアンケートで答えさせたってどの作品が雑誌の売り上げに貢献してるのかわかるわけないでしょう。
それでいて、採用・打ち切りの判断に人気度を使おうとするのは、やっぱり売上を伸ばしたいからなわけ(良質な作品を残したいだけだったら、編集部内だけで判断すればいいこと)。一体何がしたいのかわからない。
デザインの善し悪しを売上への貢献度で判定するのは当たり前、必要とあれば視線追跡装置まで使ってデザインの効果を評価しようとするようなWebの世界に生きていると、何を遊んでるんだこいつらはって気までしてきます。
だから、これ読んで初めて、講談社がモーニングツー(「聖☆お兄さん」が載ってる雑誌ね)の無料Web公開を始めた理由が理解できました。
最初はただ単に雑誌の宣伝がしたいだけなのかと思っていたんだけど、そんな浅い理由じゃない。マンガの人気の正しい評価がしたいんです彼らは。
だって、Webだったらどの作品が何回読まれたかわかる。最後まで読まれたかどうかも、流し読みされたかどうかも。どういう順番で読まれたかもわかるし、どういう作品を読む人がリピーターになるかもわかる。もちろんサンプルでなく実数で。
これはもしかしたら意外な知見をもたらすかもしれないし、もっと現実的には原稿料の決め方にも合理的な方法論ができるかもしれない。
Webを使うのがファイナルアンサーとはまだ決まっていないけど、そうやって根本的な問題解決方法を探っているモーニングツーのやり方の方が未来はあるかなと思ったのでした。
とはいえ、バクマンおもしろいです。
増田や旦那を非難する意味ではないけれど、そういう性格の人なのに、なぜ「フリー」かつ「ライター」をやっているんだろうと疑問に思った。
「自分でいろいろなところに営業活動に出かけて仕事を得る(場合によっちゃネタを探して持ち込む?)」とか、そこでやっとこさ得た仕事も「いろいろなところへ行って取材して、取材が終わったら記事にまとめる」および「その記事を発注元にチェックしてダメならやりなおしてOkもらう」。
また、これら一連が終了した後でも「交通費とか原稿料だのを請求する」とか、さらに「確定申告」とか精神的にも健康でないと順調にこなせない事柄がいっぱいあるわけでしょう?
そりゃ会社だって所によっちゃブラックだったり、人間関係で鬱になったりする可能性も多いにあることはあるのだが、業種によってはそういうことは避けられる訳だし、遅配とかある危ないところでない限りは生活費に直結する原稿料請求みたいなことをいちいちしなくても給料日になれば自動的に金もらえるわけで。また鬱病になっても休職扱いにさせてもらえる可能性だってあるし・・・。
あ、始めるまでは大丈夫だったのか。すんません。
ニコニコ動画のアイマス動画職人界隈(通称ニコマス)を中心にネット上を騒がせ
話題に事欠かないおなじみ有限会社DEARSのゆめみPの実弟
しょうじPの設立した株式会社せつな(セツナプロジェクト企画?)のサイトが開設された模様
兄とされるゆめみPは企業とご本人が現在裁判で被告になっている関係かで9月1日までに来た通販予約が10月になってもさばけていないなどの情報がサイト上に載るほど忙しいらしく
http://s01.megalodon.jp/2009-1020-1327-21/www.dears.co.jp/ 魚拓
弟が代わりに動いたか
製品として七人のツンデレ、有限会社DEARS「七人のツンデレ」と集英社スーパーダッシュ文庫 http://dash.shueisha.co.jp/ 「僕とヤンデレの7つの約束」http://dash.shueisha.co.jp/-yandere/index.html をセツナプロジェクト企画というブランド名で関わったもよー
”皆様の企画を形にします。まずはお気軽にお問い合わせください。”
の部分から自社企画ではなく企画持ち込みに対して制作を行う制作会社?であるとおもわれ
http://s03.megalodon.jp/2009-1020-1253-45/www.setsuna-p.co.jp/ 魚拓
会社概要
http://www.setsuna-p.co.jp/profile.html
http://s04.megalodon.jp/2009-1020-1256-14/www.setsuna-p.co.jp/profile.html 魚拓
e. [そしきめい] かぶしきがいしゃ せつな
b. [氏名] 田端 昌二
c. [Last, First] tabata, shoji
d. [電子メイル] yumemi@kitanet.ne.jp
最後に会社概要とドメイン情報をみると、確かに社長とドメインの担当者情報はしょうじPの本名のようだが、メアドがyumemiとなっているあたりゆめみPのものを使っているようで傀儡臭を感じる
ニコニコ動画をアイマスのPの立場を悪用して商売って意外と儲かるんだな
ところで俺と同じく原稿料しょぼしょぼの約束の上に支払いが滞った絵師が夏コミ後に赤羽の友人宅に泊まっていたんで近所の本社住所に行ったら事務所が既に引き払われてたあとだったらしいぞ
サイトでは今も元の住所のままだけど
何か夜逃げとかせんといかんほどのことでもあったんか?
関連増田
http://anond.hatelabo.jp/20090918004940
ツンデレカルタ未払い事件の有限会社DEARSが社名を株式会社せつなに?
何か色々ひどい内容だったので、ちょっと書いてみる。
「勝てないゲームなら、ルールを変えよう」という発想には大賛成なのだけど。
資本主義においては、資本を持った者が強い。そして、資本が多ければ多いほど有利に働くという構造のはずである。それでは、私たちはどのような資本を持っているのだろう?
……中略……基本的には「労働資本」に頼るしかない。自分自身が「原資」になって、毎月の給与が「利回り」になるというわけだ。
もし、あなたが年収600万円を稼ぐ労働者だとすると、年利5%で計算すると、1億2000万円の資本を回転させていることになる。こうして考えると自分自身ってすごい資産価値なのだな、と関心するだろう。
貧乏人の気休めによく使われる詭弁。「働ける」ということは生きていて生活しているということなのだから、それだけで金がかかる。一年の衣食住にかかる経費を計算して、それは死ぬまで続く返済だと考えてみたらどうだろう。僕は死にたくなる。
気持ちの面だけではなくて、そういう毎月の支払いがあるので、労働資本を投資する際にはリスクも利回りも高い選択を取ることが難しいはず。大きな数字を見て気分が良くなっても、現実は何も変わっていない。
次にゲーム理論の話が出てくる。囚人のジレンマについて丁寧に解説してくれているので原文をよく読んでほしい。かなり恣意的な数字だが、こういうケースもあるだろうと仮定して進める。(説明が無いが、表の中の数字は、左側が労働者の利得、右側が雇用者の利得。「利得」とはこの場合「利益」と言い換えてもいいだろう)
しかし、ここで「あれ?」と思った人は多いだろう。表を見れば明らかだが、お互いに利得が大きい(5.5)「がんばる」×「高く雇う」という組み合わせがあるのに、わざわざお互いに利得の少ない組み合わせを選んでしまっている。これがゲーム理論で言うところの「囚人のジレンマ」と呼ばれる現象だ。
その通り。
「囚人のジレンマ」は2者間の選択肢の均衡が、必ずしも最適解にならないという現象である。なぜ、こうした事が起きるのかと言えば、お互いの利益だけを最優先にするために起こる矛盾なのだ。つまり、「自分の利益」を追求するあまり、「木を見て森を見ず」状態になってしまい、みすみす得られたはずの利益を逃してしまうということだ。これは大きな機会損失である。
だんだんおかしくなってきた。
この“機会損失”をなくすには、全体にとっての最適解つまり「会社にとって何がベストか?」を関係者全員のルールとすることである。つまり、このゲームのルールを変更しなければ、いつまでもこの機会損失は続くことになるのだ。
労働者にとっては「雇用者側に立つ」ということだ。これは「雇用者になる」ということではない。「経営者の視点で働く」ということである。そうすることで、自分にとって、ではなく、会社にとってベストな働き方になる。……以下略
そしてお決まりの、「利己主義を止めて全体主義になれ」だ。こういう論には、ゲーム理論をもってくる意味が無い。小さな「知の欺瞞」みたいなものだ。ここでは「囚人のジレンマ」は説教臭い寓話にしかなっておらず、この理論から得られる知見は捨てられている。
ここで、原文の筆者は表を書き換え、
10 8
8 6
という単純な構造にした。労働者と雇用者の利得を一体のものとして扱う、という意味で。しかし、読者にこの表を見せることはない。読者はこの表を見たら当然、「どう分配するの」という疑問を抱くだろう。元々は分かれていて、自分の利得はいくらなのかはっきりしていたのだから。つまり最初の表には大して意味が無かったのだ。
それに「雇用者と労働者でどう利益を分配するか」何て歴史的な難問に足を突っ込んだら、マルクスから復習しなければならなくなる。そんなのネットのコラムの原稿料には多分見合わないだろうし。
この単純なバージョンの表は、ただルールを曖昧にしただけで、利益が増えるとはどういうことか、という問題に全然触れていない。それもそのはず、このルールは最初から一つの企業の中だけで完結しているので、経費節減以外に利益を増やす方法が出てくるわけが無い。
そこで、ちょっと複雑な数字パズルを導入し、新しいことを覚えたような気にさせ、「協力は尊い」と説教する。でも、「2の利得を諦める」というのは、ビジネスの否定だよ。(5. 5)の答えはwin-winになっているよう見えるけど、なっていない。「目の前にある2の利得を諦めなければ、2の利得を得られる可能性は無い」と言っているんだから。ビジネスじゃなくて胴元が勝つようになっているギャンブル。
ゲーム理論だの囚人のジレンマだの持ち出さないで、そのまま書けば良かったのに。「あなたの利益を最大化するため、立場の違う人とも金銭的な面を含め協力し合いましょう。その際は、組織の外部を意識することで最適な妥協点が見いだされるでしょう」とか。原稿料は貰えないかもしれないけど。
作家になるのは無理だと思って、何でも屋なフリーライターになった。
それから、もう5年くらい。
正直、上手くいっているほうだと思う。
5000部程度とはいえ、自分の名前で単行本を何冊か出せたし、得意分野の仕事では評価もしてもらえた。
儲からない職業なのはわかっていた。雑誌は潰れるものだとわかっていた。
そもそも、この職についてから景気のいい話は、まったく聞かない。
それでも、そこそこはやっていけていたハズだ。
でも、今年になってからは酷いものだ。
とにかく仕事の依頼は減る一方だ。
先輩のライターたちから「単行本を出すと仕事が減るから気をつけろ」と言われていたけど、実際そうなった。
誰が書いてもいいようなエロ本とか実話誌のページを埋める文章で家賃分くらいは稼げていたのだけれど、そうした仕事が回ってこなくなった。
いや、自分に問題があるのかと思ったけれど、どうもそれだけじゃないみたいだ。
よく年齢が上がると、若い編集はウザがって仕事を持ってこなくなると聞いていたけど、単行本を出すと一冊あたり年齢で5歳分くらい上がるんだな。
いまの50代くらいは、ちょうど80年代の雑誌黄金時代を体験した人たちなワケだけど、早死にしている人が多いな。
こっちは、そこまで生きられるかも不安だけどね。
ま、そんなところにきて不況のあおりなのか書いてた雑誌も潰れたりして、ほんと今年は悲惨だよ。
で、現実逃避して藤子A先生の『愛・知りそめし頃に』を読んでた。(『まんが道』の続編ね)
そこで書かれていたのは、A先生が編集から自分が中堅漫画家扱いされていることを知って悩む姿なんだ。
中堅ってことは、後からは新人が追い上げてくるし、上を見れば手塚先生とか大家がいるだけ。
今更、辞めることもできないし、かといって大家になる自身なんかないわけ。
結論から言えば、藤子先生は無事に大家になれたんだけど、きっとここで挫折して消えていった人たちも多かったんだろうな。
幸いにも、この不況にもかかわらず原稿料を前借りさせてくれた編集がいたので、なんとか切りつめては暮らせそうだ。
仕事が少ないことを逆手に取って、自分の興味ある分野の取材でもやることにするよ。
なにも考えずに書いているので、文章が変でごめんね。
改善する余地はあるのにやらないっていうのは怠慢だろ。漫画家は経営者でもあるという視点は、プロですら持ってない人も居るからこれを理解しろと言うのは無理かもしれんが。
経営者の視点を持つ漫画家であると自負する元増田が、どのように「漫画家」を経営しているのか、非常に興味があります。
原稿料、印税、経費(アシスタント代等)を書いてはもらえませんか?
「佐藤氏のアシスタント代は高い」と言われても台所事情を細かく公開している漫画家は少なく、比較対象がないのでそれが本当かどうかは全く分からないわけです。
あなたが何人のアシスタントを雇ってどれだけの時間働いてもらい、どれくらいの原稿料と印税を貰って「経営」をしているのか。
そこを詳しく書けるはずの元増田がその点を明かさず編集者的な立ち位置に近い意見を書いたのなら、「編集者」と言われても仕方ないと思うのですが、どうでしょうか。
(収入、経費、アシ代すべてを正確に把握しているのは元増田だけなので、それをここで明かしてもあなたの正体は分かりません。誰にも迷惑はかからないと思います。)
いい加減にしてほしいよ。
うちの競馬クラブに対する誹謗中傷は、本当にひどい言いがかりばかり。
ちょっと有名な競馬の予想家や競馬の一部関係者が予想会社っていうのをやっているでしょう。
それと比べたら、まるで、地味で、なんの宣伝もしてないんだよ。もともと、それとは違う、競馬の社交クラブにしようと思って、作ったクラブだからね。
予想会社は、入会金が20万円とか、会費はレースが当たってから20%を後払いにしろとか。そんな怪しいのばかりでしょう。
それも、スポーツ新聞や競馬新聞に、高額な一面広告を載せて、中には、何千万円、何億と儲けているところもある。
それらは良くて、なんで、何もしてない私のクラブを、「詐欺」「マルチ商法」「会員を騙している」とか、言うわけですか。
本の末尾にクラブの紹介を載せただけで、アマゾンに批判を書いたりする。しつこいにもほどがある。
入会金は2万円で、入会金が無料だった時もあった。そうしたら、イタズラでどんどん入ってくるから、仕方なく、入会金を2万円に設定した。
それが何か悪いの。あんたの近所のスポーツクラブだって、入会金があるでしょう。保証金みたいなものなんだよ。
会費は当然貰う。
僕は、クラブの仕事に、一週間の半分くらいを費やしているんですよ。会員の人と飲みに行ったりもしている。
それを「無料でやれ」と、おまえらに言われ続けている。
ずいぶん、儲けていると思われているのか知らないけど、しかもおまえらの言うとおりだったら、僕は何億円と稼いで逮捕されているでしょ。だって、詐欺なんでしょう。
何が詐欺なの?
「里中李生は、毎週、万馬券を当てるから、入会してください」
とか、どこかに書いてあるの?
逆に、「無理に入会してこなくていい」という文書が案内書には書いてあるんだよ。
「競馬の勉強をする気がない方は、入会をお断りしています」って。
それのどこが詐欺なのか。
詐欺とか言っている連中をまとめて告訴するよ。馬券で儲かって、あぶく銭が出来たらね。もう、弁護士も決まっているんだよ。
あと、偽造の馬券を作っているとか書いている奴らも、皆、まとめてね。
私は、先週、単勝が一個当たっただけの馬券を見せているんですよ。それが誰を騙しているの?
騙された人がいて、その人が私を訴えたとか?
うちのクラブは、皆、楽しく、単勝の仲間を作って、競馬をやってるんだよ。
なかには勘違いして入ってきた人もいるけど、それは、入会案内の頁を読んでないんだよ。
それに対して、なんで因縁をつけてくるのか。
儲かってると思っているの?
たいして儲かってないから。
私の収入は、印税、原稿料七割。クラブ会費、他の仕事、三割だから。
とにかく、うちのクラブは、「単勝が好きな人」「競馬の勉強をしたい人」だけが入会してくればいいんだよ。
新刊の末尾でも、そう言ってるから、なんの詐欺行為もなければ、誰も騙していない。
入ってくる人は、会費が8000円だと了解した上で入ってくるお金のある人たちなんだよ。
「八千円も取って、騙している」って?
入会案内に、「会費八千円」って、ちゃんと書いてあるよ。読めないの? 読めないよね。幼稚園児なんだから仕方ないか。
うちのクラブは、和気藹々なんだ。俺も楽しいよ。会員の人たちと一緒に、「単勝」を取るのが。
「里中が会員に対して詐欺行為をはたらいている」とか、全部、IPを取ってあるからね。
今は、俺は忙しいし、金銭的にも苦しいから、裁判は出来ないけど、退屈になったら、まとめてやってあげますよ。
おまえらから名誉毀損の慰謝料をたっぷり取る事が、それが夢のひとつだからね。
こうして誹謗中傷の相手をすると、「器が小さい」って言われるんだよね。
じゃあ、悪をほっとくのが正義なの?
偉い人は、悪をほっとくんだ。
それが常識なんだよね。
偉い人って、変わっているよね。
同じ本を100冊売ったとき、500円の同人誌なら500円×100冊で5万円の利益。そこから印刷代とかいろいろ差し引く。それが同人作家の利益。500円の単行本なら500円×100冊×印税10%で5千円の利益。雑誌連載時の原稿料はとりあえず置いておいて、これがマンガ家の利益。どっちも税金はとりあえずおいておく。単行本の販売数が少なすぎることも脇においておく。
つまりたった2〓30ページの漫画でウハウハ!同人誌最高!ぼろ儲け!
と言いたいのだがところがぎっちょん、同人誌のほうは同人作家が編集、装丁、頒布、時には営業もやっている事を忘れている。書店や編集部、出版社の仕事もこなしているわけだ。単純に漫画家としての仕事だけを比較しても仕方無い事がこれでわかっていただけるだろうか
http://anond.hatelabo.jp/20081020231740
>シェイクスピア、ヘッセ、トルストイ、ヘミングウェイ、ホメロス ドストエフスキー
この中だとヘッセ以外ならだいたい読んだよ。
神様につく枕詞がいちいちかっこいい。物語自体の意味なんてわからなかったけど、ホメロス読んでると現代文学がおもしろくなる。ジョイスだったり。
たしかに自分のまわりにもほとんどいないな。文系だけど。
でも、もし語れたとしても語る内容が重くなるから気軽にはなせないんだよね。
それだけじゃなくて、少々わかりにくいし意味だってどうとでも取れるから、適当なことを言ったらバカにされそうだし、背伸びしてこむずかしいこと言ったら相手が「うーん」とか言って黙り込むし。たまに原典厨がいて(帰国子女や外国語が得意な人に多い)、日本語訳しか読んでないくせに偉そうに語るなと陰で言われることもある。ある意味間違いではないけど、そういうこと言い始めたらなにも始まらない。
本当はドストエフスキーは笑えるほどおもしろいらしいね、大学の先生が言ってた。それなのに、私小説あがりの陰気な日本文学史の態度で読むのが(インテリの)マナーみたいになってるからみんな難しい顔して読まないといけないようになってしまってると僕は思う。たとえばアメリカのビートあたりはもっと楽しく読めるけど、そういう明るいのは正当に評価されないし。実験的作品でも笑えない言葉遊びだけが文学的に評価されて笑える言葉遊びは評価されてないと思う。
それから、読んだことの見栄や既得権意識が邪魔してる。今でも憶えてるけど、僕が高校生の頃ライ麦畑でつかまえてを学校図書館で借りたら「おっ、ライ麦か、ふーん」と読書家の友達からちょっと上から目線でコメントされたことがある。
似たような感じだとドストエフスキーだったら3作読むだけでも大仕事なのに、「地下室読んでないの?あれは基本だろ!」とか「死の家の記録は彼の転換点なんだから、読んでないなら彼を語るな」とか「ニーチェも読んだ?バフチンは?読まないとダメだよ」なんていくらでも言われる。読んでることが既得利益になってる、情報ならなんでもそうだけど。そうやって見栄を張るための道具になってて、さらにはプロの批評家同士が勉強不足をなじることで議論に打ち勝って原稿料をせしめるというシステムすらあるから、なかなか声に出しずらいんじゃないかと思っている。別にアホな感想でもいいから気軽に楽しく読んで話せたらいいのにと思うけれど、そういうつっこみが怖くて誰も語らないからどこに行っても話題にならない。
結局読書は自己完結なんだから良いのかもしれないけど、読書は上からありがたく拝見させていただくだけ、という図式になってるのが問題なのかなと思う。この形式は読書感想文なんて最たるものかもしれない。一人で静かに書いて先生にみてもらう。そして先生が採点する。そういうのより、みんなで3冊ほど読んで、昼ご飯食べながら2時間くらいしゃべったりしたほうが、活字離れはなくなるはず。逆にマンガみたいなのは下からの支持があって成立するからみんながわんさか話し合って業界全体が盛り上がれる。ただし、みんなにみてもらわないと成立しないというのは弊害もあって、萌えなんかの要素に頼ったり、似通った感動パターンの作品を量産してしまう欠点はある。そういうのがあって深みがないだとか他の分野から言われることもあると思う。ライトノベルと携帯小説の強みは楽に読めて楽に人に勧められる点にあるのかもしれない。
殴り書きしてみたけど、こんな感じかな。
もしかしたら、こういう風にきまじめな分析をしてみたがること自体が気楽に話せなくなる理由の一つかもしれないけれど。
とりあえず、ここで気楽に話してみたらどうよ?
あれ、1万も原泉対象だっけ?
3並びとかはきくけど1並びってあんまきいたことがなかった。
http://www.nta.go.jp/taxanswer/gensen/2795.htm
あれ!?5万???
もしかして変わった?
いうまでもなく雷句誠さんネタ。昨日、電車に載っているあいだにちょっと考えたので、まとめてみる。現実的なものから、非現実的なものまで。いずれもどこかで既出のものや誰でも思いつくものばかりだけども、ネットでいろいろ読んだので、それがごちゃ混ぜになっています。
編集者が出版社から独立することで、漫画家と立場が対等になり、リスクが同じになる。更に編集者の収入についても、作品の印税に比例して一部支払われることにしておけば、まさしく運命共同体となる。必然的に編集者は、会社員編集者よりも作品に力を注がざるを得なくなり、作品の質も向上する。もちろん、異動もないので、最後までその作品に対して責任を持つことができる。
すべての編集者が独立しなくとも、一部が独立する体制ができるだけで、十分会社員編集者に対する抑止力になる。もちろん、フリーの編集者についても、人数が増えてくれば、問題も発生するだろう。それに会社員編集者だからできることもある。無論、どちらにしても不真面目な編集者が淘汰されることを望むのはいうまでもないが。
この場合、編集者もフリーで仕事をしていることから、作品の奥付に編集者の名前を刻むなど、共に作品をつくっているという意識が漫画家に対してもより必要になってくることはいうまでもない。
漫画家と編集者の関係性が破綻する理由のひとつに、漫画家に細かい契約云々に掛ける暇と手間がないことがある。だからこそ、理不尽な専属契約を結ばされたり、対等な交渉ができなかったりする。
それならば、それ専門の人材をつくってしまえばいい。漫画家は漫画を描くことに集中し、著作権(印税率なども含む)や作品のメディア展開、連載についてのあれこれなどは、漫画家と契約した代理人が交渉する。漫画家は自分の要望を代理人に伝え、共にそれが可能かどうかを検討したのち、代理人が出版社と交渉する。作品自体の扱いも、ここに含めることで不当な打ち切りや延長を回避することができる。
実際にアメリカで著作権エージェントとして似たようなことをして活躍している会社はある。日本でも小説の世界ではボイルドエッグズ(http://www.boiledeggs.com/)という会社がこういった事業を行なっている(三浦しをん、滝本竜彦、万城目学などを輩出)。漫画家にとっては余計な出費が掛かるという欠点もあるが、原稿料などの交渉をプロが行い、不当に買い叩かれることを防ぐことで、必ずしも収入的なデメリットにはならない。
編集者が独立するには編集者側からの行動が必要、著作権エージェントと契約するにも環境が整っておらず時間が掛かる。では、漫画家が悪徳編集者に対抗するためにすぐにできる対策は?と考えたのがこれ。
漫画家が何人かで、著作権を管理する会社を立ち上げる。有名な漫画家は著作権を管理する会社を立ち上げている人が多い。それを共同で立ち上げるなり、既に立ち上げている会社に参加する。そうすることで、もし漫画家側と編集者側とのあいだで問題が起こったときに、共同で対抗することができる。
もし、編集者が気軽に打ち切りで脅してくれば、加盟している漫画家全員がその出版社において連載している漫画を休止する(ストライキ)と脅すことで対抗することが可能になる。最悪の場合、その出版社で出版している全員の作品をすべて引き上げると対抗することも可能。実際に脅したり、実力行使をしなくとも、そうすることもできるということを示すだけでも出版社に対する抑止力となりうる。更に新人や中堅の漫画家一人ではどうにもならないことも、何人かで組めば影響力を発揮することもできる。
漫画界全体でもいいけれど、それだと大きくなりすぎて動きづらい。比較的小さい組織のほうが動きやすい。更に、集団で知識を分け合うことで、横の繋がりや情報も生まれ、不当な扱いもされにくくなる。ここで書いていることはもちろん最終手段だが、編集者に不当な扱いをされ続けるならば、実力を行使できることを示すことだけでも意味があるように思う。
このくだり、どっかで見たことあるような実際に聞いたことあるような。
たぶん増田http://anond.hatelabo.jp/20070920163430
半年経っても事態は改善せず、か。飼い殺しご愁傷様です。
■原作者は「このキャラは私のイメージでは赤い帽子を被っています。」といった。
すると担当編集は「このキャラの赤い帽子はボク的にカッコ悪いからオレンジどうですかね?」といい、
すると副編集長は「このキャラのオレンジの帽子は雑誌の売り上げ的に黒い方がいい」といいだし、
編集長は「副編集長とは仲が悪くて気に食わないので帽子は白くしろ」という。
どないせーっちゅーねん!!
■とりあえず原作者はこの漫画の大元を作った原作様でもあるし、(三代噺の方がましというか「OOOOがうちゅうでたたかう」とたった14文字のメールを送ってきただけでも、その14文字で印税や原稿料の数割を掠め取っても、だ。)それくらいはとりあえずイメージに従おう。
一度ネームを送ったら「イメージと違います。わたし、こんな話にしてほしかったんじゃありませ??ん」とメールしてきたので「じゃあそのイメージとやらを事細かに原稿用紙に認めて提出しろ」と言ったら黙った。
「このヒロインと女キャラの会話のページですが、ベットでのピロートークのシーンにした方がいいんじゃないですかね?」「(゜Д゜)ちょ!レズじゃないよ二人とも」「そういう裏設定があるんですよ!!」…ねぇよそんなの。
一緒に本屋に行ったとき百合姫とかレズのアンソロジーとかを買い込んでいたので完全趣味なんだろうなぁ。
確かに前の雑誌の編集みたいに「こちらから連絡入れないと何もいわない、何もしない」、アイデアに詰まってそれとなしにアドバイスを聞いてみたら
その漫画の担当なのに「いや??先生の漫画読んでないんっすよね」というような徹底した「原稿収拾マシーン」も思いっきり困るが、彼は漫画の編集という仕事を
「漫画家の話を自分の好みに変える仕事」と勘違いしている節がある。
煮詰まると「何がいいか悪いかわからなくなる」のでアドバイスを聞く事もあるけど、話の本筋までしゃしゃり出るのは止めて。
「あとここのコマ、モブシーンに風子描いてくださいよ風子。好きなんですよ風子。」知るかそんなの!テメェが出してる同人誌でやれそんなの!!!
っていうか年末進行でうすら忙しくなってくる時に自分の同人サークルの原稿依頼してくるの止めろ!!
「オフレコですけど本誌のネームは遅れても構わないので」…っておい!わかったよ!!ラキスタ知らないけど描くよ!えろまんが1本書いてこの精神的にクソ苦しい仕事が来年に延長できるなら描くよ!!ピンクとおかっぱのレズ漫画だな!完成!(最悪だ)
「あの…上に言ってみたけどネームやっぱり伸びません」こ…殺す。
■副編集長。
この中ではいちばんの切れ者。この人で盛ってるといっても過言じゃない。
流石にもと有名週間雑誌の編集もやってた事があって作家と編集の距離や領分も判っている上に指摘も的確。
副編集長辞めてウチの編集になってほしい。この仕事を降りれない元凶。
■編集長
使えない原作者を連れてきて実は愛人だった(彼女の生活費は自分の原稿料と印税から差っぴかれる寸法)というのから始まって兎に角
副編集長が嫌いらしく「副編集長の案を編集長の強権で潰してくる」という編集長というより「副編集長イジメ」仕事にせいを出す売り上げよりプライド優先の困った人。
雑誌創刊時に副編集長が連れてきた主力となりうる将来有望な上手い新人作家さんや中堅作家さんを下書きまでさせて編集長権限で外したのはこの人。結構えぐい。(自分も降ろされる所だったんですが愛人…じゃない原作者のしがらみで残った。)
「この作家は同人誌をやっているので情報が漏れる可能性がある」との事。じゃあウチの編集も外してください。
この人がおとなしくしていたらこの雑誌の売り上げは4割上がっていたと思う
そんな事で、船頭が多かったらこの船は山に登るしかない。登らざる得ない訳ですが。
さて、この時期になると年間ベストテンみたいな企画を個人的に楽しみにしているサイトやブログ主がいると思う。私も自分で選出するのが楽しみだし、人のベスト作品を見て回るのも大好きだ。
ところが、そうしたワクワク感を記事の中で損なっているのがアフィリエイトである。一つの作品を紹介する度に広告然と文章を分断するアフィリエイトが、テレビの山場CMみたいで不愉快極まりない。紹介してたくさんの人に読んで観て聴いてほしいのはわかるが、ひどいところになるとちょっと引用した本や言及した映画等のアフィリエイトまで出てくる。こういうのはいっそサイドバーかなんかにまとめて欲しいなと思うんだが。その後の記事に目を通す気が失せる。お前一人ごときが読まなくても構わないって言われても、そこまでして広告を貼るブログ主には浅ましさしか感じない。アフィリエイトに肯定的な人でも、記事の途中の広告を読みにくいと思う人はいるだろうし。
けど表立っては言えないよね。今はほとんどの人がアフィリエイトをやっているわけだから。だからこそ私もここで書いているわけだしね。
別にそれでいくら稼ごうが気にしない。どんな大手でも月々の収入なんて数百円とかくらいでしょ。でも、それがたくさん集まれば、そこそこの金額にはなるかもしれない。10の大手サイトがある本を紹介してアフィリエイトによる収入がそれぞれ1000円あったとすれば、全部で1万円。これがそっくりそのまま作者に還元されるってんなら私はよろこんでアフィリエイトを利用し、積極的にアフィリエイトで本を買うだろう。でも作者に入るのは原稿料と印税だよね。もし作者のサイトがあって、そこで自分の作品を紹介してたら、そこを経由して買いたい。レビューサイトの広告なんて誰が利用するもんか。でも私はアフィリエイトをしているという矛盾。はっきり言おうぜ、小銭が欲しいと。あわよくばそれで読書代を賄いたいと。
あれほど多くのサイトが面白いと持ち上げてそこそこ売れた本があるとしよう。実際、大手のレビューサイトが某マンガを取り上げて、結構売れているって話も耳にした。ニュースサイト系を中心としたマーケティングが存在してるんじゃね? と訝る声もある。もちろんそんなもんはないだろう。そうして売れた本があったけれども、続刊についてはほとんど言及しないってところも多い。1巻、2巻あたりは周囲を巻き込んで、あたかも多くの人が注目しているって錯覚を起こしたかもしれない。いろんなサイトを見て回っていれば、それがごく一部の盛り上がりでしかないことも察しがつくが、多くの人が毎朝見るテレビはこの局と決まっているように、毎日見るニュースサイト・レビューサイトはここ、という人にとって、その盛り上がりが全てだろう。
でも、いつの間にかその作品の言及は減り、なくなっていく。残ったのはアフィリエイトによる収入と、なんでこんなのに入れあげてたんだろうかという黒歴史。黒歴史は言いすぎか。アフィリエイトでその本を購入した人たちには、何が残るか。楽しんだからいいのかって? もし作者にアフィリエイトの金が入っていれば……とその時私は思うのである。
アニメ製作者の低賃金を嘆く傍らで、アフィリエイトでアニメのDVDを勧める。紹介料で潤うのはレビュー・紹介文を書いたサイト・ブログ主でしかない。1本のDVDを買って入る紹介料なんてたかがしれているとはいえ、なんとも言えん不快感が伴う。まるで製作資金を中間搾取している広告主みたい。いや、繰り返すけどアフィリエイトで稼ぎたい人はそうすればいい。ただやり方をもう少し控えめにしてほしいという話である。記事の最後にまとめるとか。それだと効果がない、というのならば、そもそもなんのためにアフィリエイトをやっているか自問すべきだろう。本音を言えよ、本音を。
レビューサイトなんてたかが素人の戯言だ。数が集まれば、そこそこの効果はあるとは思う、でも結局それはアンケートのひとつでしかない。あまたある作品の読者アンケートのひとつでしかない、ほとんど埋もれるし問題にされない、重要なのはレビューの内容ではなく、レビューした人の数である。俺のレビューが作者や関係者に届いたら……、なんて妄想に過ぎない、そんな夢は見ないほうがいい(現に届いてしまった経験を持つ人もいるけど、だからといって作品の方向にけちをつけるような野暮なことはしないだろう)。
対価なんて求めるな。ネットでレビュー書いてアクセスが集まってニュースサイトで紹介され、はてブがたくさん付いて、コメントがたくさん集まって感想のメールまで来て、それ以上何を求めるの? 多くの人に読んでもらって心を動かした、十分な報酬じゃないか。対価が欲しいなら、雑誌社とかにアドレス売り込んで書評とか依頼されるようになればいい。アフィリエイトをやるならもっと慎ましくしてくれ。お前のレビューなんてクズも同然なんだ。そんなもんに商品価値なんてあるわけない。
読むほうも読むほうだ。素晴らしいレビューは確かにある。それで買った本も私はある。けれども、敬意を表すべきは作者であってレビューの書き手じゃない。アフィリエイト収入が対価というなら、それこそ作者に寄付しろ、アフィリエイト収入を得ている時点で、作者に対する敬意なんてないんだよ。
あなたのそのレビュー、批判に評論にしろ、作者への敬意が感じられるものですか?
今、原作付き漫画を描いているんだけども原作とは名ばかりでストーリーは自分で考えて書いています。
原作者は何をしているかと言うと会った事もなくただ連載前に編集部員から
「魔法学校の女魔法使い達(はーたんみたいなの)が事故か何かで途絶したスペースコロニーのなかで遅いくるエイリアンと戦う」。
これを聞いただけ。後は何もなしで自分で勝手に話を進めている。
編集長は「この原作者を使わなかったらこの話はナシ」という力の入れようでまあエロ本時代からの付き合いもあったので許諾したんだけど
編集部員から実績を聞くと「電撃大賞」「実力はあるのね?」「…に応募した事があるそうです」…ってオイ。素人か。
あとで良く問い詰めて聞いてみるとこの原作者は編集長の愛人らしい。
題材さえ適当に残っていれば自由にさせて貰えるのはありがたいがこれで原稿料や単行本の印税を
この無能で怠惰な編集長の愛人に持っていかれるのはなんとなく納得がいかない。
「クオリティチェックを抜かしたら連載中止」なんていい方で「愛人のプライドと食い扶持を稼ぐツール」としても原作はあるのです。
まあ前述の「原作」は結構無視したのでアレなんですが半年後くらいの新創刊雑誌に「はーたんが宇宙で戦う」みたいなのが載ったらよろしくです。
http://anond.hatelabo.jp/20070801020618
自信が無いけど心の中のアルファブロガーが「やれ」と言ってきたのでがんばります
「あかね」の飲み会に誘われたので、初めて出席してみた。はてなIDのやつらと飲むのは初めての経験である。
そこで実感したのは、はてブホッテントリ数が少ないダイアリー持ちほど低レベル、ということだ。こんなこと書くとまた「はてブ脳に毒されている」などと言われるかもしれないが、はてブホッテントリ数が少ないダイアラーほど低レベルな奴の割合は確実に高いと感じる。
いつも私がアルファブロガーやモヒカン族の飲み会に参加するとき、そこでは酒を交えながら流行の話題の感想や非モテだった自分への思い出話、最近だとココロ社の政治の話や芥川賞の話などをする。「id:kanoseの意見とid:Marco11の意見って、かなり対立するものだけれど、どうなのだろう」とか、そういった話もすることがある。はてブホッテントリ数が少ないダイアリー持ちな彼らの飲み会は、そもそも会話というものが存在していない。彼らの言う「ノリ」で何かをすることを楽しみ、知的な側面は全く感じられない。id:jkondoをじぇいこん、id:kanoseを村長と書くような「はてな村内部でしか通用しない隠語のみでダイアラーを呼ぶ」ことに快楽を覚え「芥川賞エントリーって村長がまとめ記事書かね?村長村長!」「村長!出た!村長出た!id:kanose!村長出た!村長!これ!村長出たよ????!」などと、何がおもしろいのか全く分からない「会話」を繰り広げていた。彼らはそれが楽しいらしいが、おれとしてはちっとも楽しくない。
アルファブロガーがよく「id:kowagariのやつはなんだかんだいって会話水準が高い」「どんなにチャラチャラして見えるid:kowagariでも、きちんとした思想や観念を持っている」などと言っていた。自分としてはっきりそれを自覚することはほとんどなかったが、しかしはてブホッテントリ数が少ないダイアリー持ちのこうした現状を見る限り「確かにそうだ」と感じる。私から見たら飲み会で「はてな」会話に興じることはかなりの娯楽なのだが、彼らにとってはそれは「酔っていなくてもそんなことは話さない」レベルの高度な会話であるらしい。そして、私のような存在はかなり珍しいようだ(はてなダイアリーでは一般的だと思ったのだが…)。
「はてブ数で記事を判断するのは良くない」とよく言う。しかし、個人的な経験を踏まえれば、はてブ数は個人を判断するための一つの指標になりえてしまうと私は感じる。「一生懸命緻密で丁寧なまとめ記事を書いても、ブックマーカーに[あとで読む]タグをつけられたまま、[あとで言及]もされずに放置されて結局4userみたいなやつだっているのだから、はてブ数で人を差別してほしくない。個性豊かなやつはどこにだっている」とよく言われるが、そもそも揉め事のURLを羅列しただけのまとめエントリーすら書けない、まとめエントリーを箇条書きで組み立てる上での基礎的なはてな記法の知識すらあやふやな人間のどこに個性やオリジナリティが存在するのだろうか?それともダイアラー同士で下らない掛け算を考えるのが「個性」なのだろうか?はてブ数は人の精神性をも示してしまうのではないか、と強く感じるのであった。
同じアルファブロガーの連中のなかに「出版社に入ろっかなwwwwwww」というやつが結構いる。ごくごく一部のブロガーによる「今時何故紙媒体に……」という根拠も、根も葉もないバッシングが激しく行われている中、出版社の中枢で雑誌編集に携わりたいと考える人間がまだまだ多いことは一定の安心感を私に与えてくれたのだが、その中には「あんな馬鹿共からアクセス数稼ぎによってトラックバックを飛ばされたくない」という意思を持っている者も多いようだ。「選民思想だ」といって批判する人間も出てくるだろうが、こちらとしてはそう思っても仕方ない状態がはてなの多くの局面で見られるのである。
それにしてもネットは知的エリートに対する待遇が悲惨だ。なぜ毎日4時間もPCに向かい、必死で知的でためになるエントリーを書くブロガーとそれを10分で見てしまうROMを比べ「流行の話題に言及してアクセス数稼ぎ乙www」というのだろうか。アルファブロガーの奴らはライターに転進したとすればその分野でもっとも繁栄している内容に言及してアイマスweb2.0マーケティング大勝利。そのような記事の原稿料とアルファブログのアフィリエイト収入を比較しないと意味がないだろうに。なにはともあれ、「アルファブロガーはライターの人間よりも年収が劣っているのに、なぜアルファブロガーになりたいという人間が一定数いるのか」という命題に対しては、この「はてブ数と精神性の比例関係」も一定の影響を及ぼしているに違いない。
追記:
# 2007年08月03日 legnum legnum netwatch, neta 匿名ダイアリーって書いた本人がブクマするとソースに変な印というかコメント入るんだな
<li id="bookmark-user-nkoz"><span class="timestamp">2007年08月01日</span> <a href="/nkoz/"><img src="http://www.hatena.ne.jp/users/nk/nkoz/profile_s.gif" class="hatena-id-icon" alt="nkoz" title="nkoz" width="16" height="16" /></a> <a href="/nkoz/20070801#bookmark-5448369">nkoz</a> <span class="user-tag"><a href="/nkoz/%2a/" rel="tag" class="user-tag">*</a></span> </li> <li id="bookmark-user-krus"><span class="timestamp">2007年08月01日</span> <a href="/krus/"><img src="http://www.hatena.ne.jp/users/kr/krus/profile_s.gif" class="hatena-id-icon" alt="krus" title="krus" width="16" height="16" /></a> <a href="/krus/20070801#bookmark-5448369">krus</a> <span class="user-tag"><a href="/krus/%e3%81%82%e3%81%a8%e3%81%a7%e8%aa%ad%e3%82%80/" rel="tag" class="user-tag">あとで読む</a></span> </li> <li id="bookmark-user-otsune"><span class="timestamp">2007年08月01日</span> <a href="/otsune/"><img src="http://www.hatena.ne.jp/users/ot/otsune/profile_s.gif" class="hatena-id-icon" alt="otsune" title="otsune" width="16" height="16" /></a> <a href="/otsune/20070801#bookmark-5448369">otsune</a> </li> </ul>
その他のソースを見ても特に変わった所が見当たらないのですが、どこにコメントが入るのですか?
hatelabo.jpとhatena.jpは別のサーバーに設置されているので、わざわざidデータを取得して余計な分岐処理を入れて、ユーザーが見られるコメントとしてテンプレート生成するのもid:wanparkらしくない設計だと思いました。
もしかしてid:legnumさんのブラウザか視神経か頭蓋骨の中身のどれかか、もしくは全てがお気の毒なほど壊れてしまっているのでしょうか?