はてなキーワード: 半農半Xとは
知人に、田舎の旧家を買い取って暮していた夫婦がいる。二人はもともと同じ県内の出身で、旦那が職人なので、その旧家に工房を作り、そこでものを作って暮していた。子供達は学校や仕事で家を出ていて、夫婦二人、家の周囲の土地を耕し、最近言うところの半農半Xを実践していたわけだ。
そんなある日。突然の出火で家が全焼した。警察と消防により検証の結果、出火原因は不明とのこと。古い家だったので、彼らが知らないところで電気配線の不備があったのか、老朽化が進んでいたのか。幸いなことに、とにかく凄い田舎だったし、周囲が畑だったこともあり、周囲への延焼は一切なかった。旦那以外は皆家を出ていたところで、家族も含めて怪我ひとつなかったが、飼っていた犬と猫は焼け死んでしまった。家の工房、仕事道具、全てが灰になってしまった。
市の方から最低限の生活物資、それに市営住宅を提供してもらい、そこでとりあえずの生活が始まった。旦那の方はすぐに重機の資格講習に行き、合格してすぐに家の片付けを始めた。友達の手伝いもあって、二か月程で、家の土地を更地に戻しおおせたから大したものだ。しっかり火災保険もかけており、周辺の町に丁度同じような古民家を探し当て、保険金を充当して購入の手続きも済ませた。片付けも全て終えたわけで、彼らは早くも生活を回復させるフェーズに入っている。
私は彼らから離れた土地に住んでいて、今回の件ではろくに手伝いをすることもできず、申し訳ない思いで一杯だったのだが、ようやく時間を作って、この間話をしていた。そのときにふとこう聞いたのだった。
私:「そう言えば、近所の人にも色々と手伝ってもらったんじゃないの」
すると、ちょっとの間を置いて、こういう答が返ってきた。
旦那:「いや、何も」
私:「え」
旦那:「何も……手伝ってもらってない」
聞くと、見舞いの挨拶にも来ないし、彼らと友人達が片付けの作業をやっている時にも、何一つ手を貸してくれることもなかったという。
私が言うのも変な話だが、彼らは極めて外交的な人達である。何事にも無精な、その癖神経質なこの私と未だに付き合いがあるのだから、それはもう確かな話だ。その彼らに、何一つ手を貸さなかった、とは。
私は彼らに言った。
私:「ねえ、村八分って知ってる」
旦那:「昔のアレだよね」
私:「そう。あれさ、要するにシカトするわけだけど、それも十分のうちの八分で、残り二分は例外だというわけ」
旦那:「へえ。その残りって何なの」
私:「葬式は……手伝わないと遺体が腐るし、疫病のもとになったりしたら大変だから。火事は、当然だけど類焼する危険があるから」
つまり、彼らはその辺りでは「村八分未満」の扱いを受けていたことになる。
私:「何か、トラブルとかあったの」
旦那:「いや、何も……でもね、田舎だから。住むようになって、何やかにやで二十年以上経ったわけだけど、最初っから今までずっとこんな感じ」
彼らにとっては、この地を出ることができたのは、むしろ良かったのかもしれないなあ、と思ったのだった。
世間ではよくUターンだIターンだ、田舎に住んで……みたいな話がある。自治体も援助しているところが結構あるわけだが、このような状況を変えられなければ、そういうことも進まないだろうなあ、と実感した。私はこのとき、夫人が新居の手付金をおろしに郵便局に行こうとしたとき、旦那が夫人にかけた言葉が忘れられない。
旦那:「近所の局ではおろすな。町の方の大きなところまで行ってきてな」
旦那は私に向き直り、こういうこともすぐ話が伝わって、あそこの家は大金が入って……とか勘繰られるのよ、何だろうなあ、こっちは何もかも丸焼けになってるのにさあ、と言い、寂しそうに笑った。
【追記】
何か読み取れない人がいるようなので、発言者を明示しました。あと、
(1) 火事の後の片付けには、連日、彼らの知人達がたくさん来てくれました。逆にいうと、私が書いた外交的というのはそういうこと。ただ人当たりがいいだけとかいう人達ではないわけです。しかし、近所の人は誰一人来なかったそうです。
(2) 彼らの子供達はこの辺りで育ったわけですが、近所の人達は子供に対しては普通に接していたそうです。つまり、子供はここで育ったからここの者、だけど親達は余所者、そういうことらしいです。
(3) 彼らが子供を外に出したのは、この気風に染まってもらいたくなかったというのもあったそうです。