あらすじ
しかも、前世で憧れていた異世界転生物の小説のように、美少女を追いかける立場としてだ。
――――――
必死になって、俺は森の中を駆け抜けていく。
背後からは、複数の足音と、「待てーっ!」「なあ、あんた! 頼むから俺の話を聞いてくれよ!」という声が響いてくるが、俺は気にせず走り続ける。
どうしてこうなった? 何度そう自問しても、答えなど出るはずもない。
俺こと増田太郎は、どこにでもいるようなサラリーマンだったはずだ。
それが今や、見たこともない森の中で、見たことのない弱者男性に追われている始末。
本当に一体どうなっているんだ? 俺はただ、いつも通り会社に出社しただけなのに……!
――――――
その日も、朝早くから出勤し、上司からの理不尽な叱責に耐えつつ、なんとか仕事を終えた。
時刻はすでに午後九時を過ぎており、疲労困ぱいの状態で自宅へと帰る途中のことだった。
ふらつきながらも、なんとか電車に乗り込むことに成功したのだが、そこで意識を失ってしまったのだ。
そして気が付いた時には、見知らぬ森の中で獣に襲われかけていたのである。
最初は、夢でも見ているのかと思った。
だけど、頬を引っ張った時に感じる痛みや、身体中を襲う倦怠感などが、これは現実なのだと教えてくれた。
ならば、なぜこんな場所にいるのかという話になるわけだが……いくら考えてみても心当たりはない。
ただ一つ思い当たる節があるとすれば、それは『過労死』という言葉くらいだろうか。
実はここ数日の間、俺の仕事量は激増していた。
それというのも、取引先の都合で納品が遅れることになり、その対応に追われることになったからだ。
本来であれば、もっと早くに片付くはずだった案件なのだが、相手側のミスが発覚し、状況が大きく変わってしまったのである。
結果として、連日残業をする羽目になり、睡眠時間が大幅に削られてしまったのだ。
正直言って、ブラック企業にも程があると思う。
まぁもっとも、上司と役員たちをナイフで滅多刺しにした後だから今頃死体が発見されて、ニュースになっているかもしれないけどね。
それにしても、我ながらよくあんなことをやったものだと呆れてしまう。
きっと疲れのせいで頭がおかしくなっていたに違いない。
ああいうことは、もう二度としないと心に決めよう。
ともかく今は、この場を切り抜けることが先決か……。
しかし、森を走り回ってわかったことだが、ここは日本どころか地球ですらないようだ。
それに何より、空を見上げれば月が二つもあるじゃないか。
もしかしたら夢を見ているだけなのかとも思ったが、どうやら違うみたいだし……。
だとしたら、考えられる可能性としてはやはり異世界転生という奴なんだろうな。
小説なんかじゃよくある話ではあるが、まさか自分が経験することになるとは思わなかったよ。…………って、ちょっと待ってくれ。
もし仮に、俺の考えが正しいとするなら……。
「――ああっ! やっぱりそうだった!」
なぜなら、俺を追いかけてきている弱者男性たちの顔に見覚えがあったからだ。
それも一人や二人ではない。全員の顔に見覚えがあるんだよ。