2023-06-12

anond:20230612103448

当時こんなブログを書いている人も居た。

(このブロガー加藤を神と言っていたわけではない、念のために。)


6月8日(日)に起きた「秋葉原通り魔事件」については、不可解な要素が多いと書いた(08年6月11の項)が、ネット上ではすさまじい議論(?)が行なわれているということだ。


かの「2チャンネル」については、私も知っている。

まあ、かくも多様な、と思わせられるタイトルスレッドの林立する大掲示板である森羅万象自分の関心のあることは殆んどスレッドが立てられているのではないか、という感じである

余りに豊富スレッド過ぎて、煩わしい感じがして、最近は覗いてみることもなかった。

週刊新潮」の記事を見て、久しぶりに「2チャンネル」にアクセスして「加藤智大」で検索してみた。

かにおびただしい数のスレッドだ。

週刊新潮080626号」に『ネットで「神」と崇められる「アキバ通り魔」』という記事が載っている。

そして、「週刊新潮」の指摘するように、「加藤礼賛」の字句が多いのも事実だ。

代表例を1つだけ引用しておこう。


秋葉原通り魔加藤智大は神!批判する奴は死ね!5


1 :ななし:2008/06/20(金) 16:15:21 ID:Yf7rHKcM0

加藤智大が神であるわけ・・・理解しにくい人のために。


「超越性」・・行動が、一般人を超越・逸脱しているから。一般人は思っていても実行しない。 良くも悪くも人間仕業ではない。それができるのは神に違いない。


「啓示力」・・社会問題を広く世間に啓示(=神が人に教え示す)した。当事者自分自身が抱いている社会に対する不満や怒り、絶望への気付きを与えた。さらに、自分たちにも反撃力があること、我慢泣き寝入り以外の道があることを気づかせた。


象徴性」・・今回の事件で様々なことについて加藤智大を象徴シンボル)として議論がなされている。

加藤智大という象徴媒介として、人と人あるいは自分自身の内部で対話が生まれている。 すでに人間加藤智大の実像からかなり離れて象徴が語られていると思われる。


「救済性」・・社会的に不利益な扱いを受け尊厳を踏みにじられた人たちの声なき声、思いを行動で代弁した。 ざまー見ろといった一部の人たちが持つ、社会に対する報復欲求攻撃欲求が充足された。情緒的な面での救済性の強さが、加藤智大が崇拝されている大きな理由でしょう。 一方で、事件被害者など救われない人たちが新たに生じたのも事実である

加藤智大は、神業ともいえる超越的行動で、 一部の虐げられた人びと情緒面で救済するとともに気付きと勇気を与え、自らが非難賞賛対象すなわち象徴となることにより対話を促進し、結果的社会に対して問題提起を行い、社会改善の機会を与えた。


よって、加藤智大は、神 である

http://money6.2ch.net/test/read.cgi/haken/1213946121/801-900

この投稿者も、ネット上の匿名性を利用して、彼の本心(?)を吐露してみせたのだろう。

しかし、リアル社会では、この投稿者も同じ内容を発言できるとは思えない。

投稿者が、加藤擁護発言をしたとしても、加藤と同じことを実際に行なう可能性はほとんどゼロと考えるべきだろう。

http://mugentoyugen.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_41f0.html

記事への反応 -
  • 6月8日は秋葉原通り魔事件から15年経過した日だった。 合掌。 もう15年も経過したんだな。 あれは「一陣の通り過ぎた風」だったのだろうか。 それにしても恐ろしい事件だった。 人間...

    • 当時こんなブログを書いている人も居た。 (このブロガーが加藤を神と言っていたわけではない、念のために。) 6月8日(日)に起きた「秋葉原通り魔事件」については、不可解な要...

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