2021-03-07

重ねた留年を見かねた家族実家へ連れ戻されて1年が経った

まれから高校卒業までを過ごしたこの街は県庁所在地というだけあって都会機能の一揃いがひとつまみずつ鎮座している

それは物理距離交通の不便から他の同規模以上の都市に気軽に移動できない(できてしまわない)ことの裏返しかもしれない

人口は微増から微減へと転じたらしい

市町村から吸い上げていてこれかとも思うが、東京という巨大なブラックホールを抱えたこの国では仕方のない自己相似なのだろう

学生時代は米より安いパスタを茹でるか、白飯おかわり無料の店へ行くか、絶食して寝るかの3択を繰り返していた

自炊は1人ぶんをつくるのが一番高くつくのを知った数年だった

逆に言えば数人分であれば外食よりも随分と自炊のほうが安くすむ

父の料理趣味もあって、よほど忙しくなければ外食をしないのが「うち」の不文律

不文律というには例外がある

日曜にもかかわらず年度末の怪物忙殺されてしまった料理番が「昼は適当に食え」と令を発した

自分の食べるもの自分で決めなければならなかったのは、あるいは決めさせてくれたのは実に1年ぶりだった

町並みを夔動自転車で少しぶらついて、ふとオメガラーメンの真っ黒な看板が目に入った

オメガ系が「向こう」の学生街入学当初なかったので私は仲間連中と駄弁りながら私鉄を乗り継いで「無謬屋」へ行ったものだった

去年「あるオメガ系チェーンが意識高い系ビジネス悪魔合体した地獄のような店を47都道府県全部に展開する」と報じられた

実際我が街にも一軒建ったものの、開店早々食中毒によって閑古鳥を鳴かせていた

しかしまともなオメガラーメンを食べるに県境をまたぐ必要はない

ここは田舎でも都会でもないのだ

地下鉄イタリアンファミレスこそないが、オメガ系の名店は数年前から既に「墓所」「縹渺」などがある

その一つが市立病院の裏に行列を並ばせるこの「虚彁」

本家系列の店で修行したオーナーの腕が絶品と聞いたことがあり、私は好奇心とともに最後尾になった

完食した

下劣に甘くとろけたチャーシュー小麦香り甚だしい麺

それから強烈に炭酸の利いた真っ黒なスープ

白髪ねぎを焦点にピッタリと調和するその味に感服した

無謬屋」さえ引けを取ると思った

美味しかったのは確かだ

だけれど、学生時分に掻き込んだ思い出とは体験として異なっていた

歯の裏にこびりついた甘ったるい余韻に多幸感ではなく、くどさを覚えた

もうオメガラーメンは粗食からくる飢えを潤す糧ではなく、生活に過剰な娯楽でしかないのだと悟った

帰宅する頃には天気予報の通り雨が降りはじめた

雨の降る街、漆黒看板に「オメガラーメン 虚彁」の文字がボウと光った

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