メロスはとりあえず激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意しろ、と匿名のファンレターにそう書いてあった。メロスには政治がわからぬ。メロスは、どこかの村のおそらく牧人である。やることが無いので笛を吹き、ぼっちのひっきーなので羊と遊んで暮らしてきた。けれども邪悪に対しては、人一倍に鈍感であった。
きょうの朝らへん、太陽が登る前?登った後?その変な微妙いラインの時間にメロスは出発し、野とか山とか違いわからないが、とにかく沢山何かを越えて、十里がそもそも距離を表す単位ということも知らなかったが、だから、どれくらいかなんて微塵もわからなかったものの、それだけ離れた此のシラクスの市にやって来た。とてもどうでもよかった。
メロスには多分父も、おそらく母も無い。ぼっちなので女房も無い。十六だったか、そもそも誕生日さえ覚えていない、内気な妹と二人暮らしだ。この妹は、村の或る律儀なぼっちを、近々、花婿っていうものに迎える事になっているらしい。しらんけど。結婚式とやらが間近なのらしい。それは一体何だ。えっちなことなのか。心底どうでもいい。
メロスは、どうでもいいけれど、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やら、俺にとっての御馳走は日清カップヌードルだってのに、と文句を言いながら、世間一般に御馳走と形容される何かを十里が何センチなのか考えながらこの市にやって来たのだ。勝手に一里を20センチと決めて、20足す10の計算をするのをしようと思ったり面倒くさくなったりしながら、やって来たのだ。結論は出ていない。どうでもいいことだからだ。
先ず、その何かを買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。嘘だ。疲れたからそこらへんの道端で胡座かいて座っていた。メロスには竹馬の友があった。メロスは竹馬を「ちくば」と読むのを今知った。この文章が書かれるまではメロスにとって心底どうでもいい言葉だったからだ。そしてその友がセリヌンティウスである。こいつの名前も今知った。今知った友だからである。そういう設定らしい。適当に決めてくれ、面倒くさいから。そもそも、竹馬の友があるなら俺はぼっちではないのではないか?そうメロスは疑問に思った。そしてすぐにその疑問は解消された。適当に設定は決めてくれ、整合性は適当に取ってくれ。矛盾してたら都合の良い解釈をしてくれ。メロスは魔法の言葉を習得した。
セリヌンティウスは、今は此のシクラスの市で、石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりらしいのだ。面倒くさい。人は一度あぐらかいて地べた座ったら二度とそこから動きたくはねぇ生き物なんだ。出直してこい。メロスはそう思ったが、どうやら話の整合性とやらを取るために動かなければいけないことを脳内に直接話しかけられ、とても気持ち悪い気分になった。心底気持ちが悪いのだが、どうやら俺は楽しみという感情を持ってセリヌンティウスと接しなければいけない立場らしいのだ。面倒くさい。死にてぇ。
歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当たり前だが、けれども、なんだか、夜のせいばかりではなく、市全体が、やけに寂しい。そんなこと勿論メロスにはわからなかった。なぜならメロスの村は本当に寂しく貧しく乏しい村で、メロスもぼっちだったから、人の多い街の夜というものを知らなかった。知らないものはそもそも想像しようとさえ思わない。無知、最高。つまり、メロスが違和感を覚えることそれこそが違和感の塊であった。
面倒くさがりなメロスは、話をできるだけ短く終わらせるべく、とりま、そこの人を捕まえて高圧的な態度を取ろうとした。無理だった。極度のコミュ障だったから、ではなく、人としゃべるのが面倒くさかったのである。なぜ、人は自分の脳内で思い描いた感情たり思考たりをわざわざ話し言葉に変化して、喋るという無駄な行動を取らなければならないのだろうか。面倒くさい。メロスはセリヌンティウスのことなど既に忘れ、買い物もとっくに終わっているので、村へ帰ろうとした。
そのメロスの行く手を阻んだのは、他でもない、著者であった。
メロスの元へ若い衆が寄ってきて、自分の首元を掴んでメロスの前に引っ張ってきた。そして、メロスに首元を渡したのだった。こうして、はたから見ればメロスが若い衆を捕まえた形相になった。形だけである。形は重要である。
静寂があたりを包む。いや、もとから静かだったが、雰囲気を出すためのそれっぽい言葉だ。
無音がすこし続いた。若い衆のうちの一人が、小さな紙切れを取り出して、メロスの前に見せた。
「メロスさん、ここ、言ってください、台本通りにお願いしますね。」
「めんど。『ナニカアッタノカ』」