2019-12-07

[] #81-3「AIムール」

≪ 前

ブースに近づくと、担当らしき人物が俺たちに声をかけてきた。

「『AIムール』に興味がおありですか?」

「うわっ、びっくりした!」

「俺は、お前の“びっくりした”って声でびっくりした」

「だ、だって、この人がいきなり近くに……」

実際は俺たちが近づいてきただけで、その人は最初からそこにいた。

タイナイは声をかけられるまで全く気づかなかったようだ。

「こ、声をかけるなら、僕らがもっと離れていた時にお願いできませんか」

申し訳ございません。あなたパーソナルスペースを把握していなかったので」

失礼な反応ではあるのだが、まあ無理もない。

その人は他のブース担当者たちと比べて、覇気がまるで感じられなかったからだ。

「『AIムール』って、僕たちの学校近くに最近できた“アレ”ですよね?」

「その通りです」

俺はそのときになって初めて、あの建物が『AIムール』という会社であることを知った。

タイナイは情報中毒(略して情中)だったため既に知っていたらしいが。

いや、この場合は俺が無関心すぎた、といった方が正確だろうか。

パンフレットをどうぞ」

担当らしき人は淡々とした対応で、おもむろに小冊子を差し出してきた。

何だか変な感じだ。

他のブースでは皆すごい気概があったのに、ここの人は「別にもこなくていい」と言わんばかりに冷めている。

参加者全然集まっていないようだったが、そのことに対する焦燥感はまるで感じられない。

こちらに会社概要が書かれております

受け取った小冊子は無線綴じになっているようで、背表紙にもタイトルが書かれている程に分厚い。

この場で読ませるものとしては些か重たくないか

「まずは目を通していただければ」

しかし俺たちは担当の不気味さに気圧され、言われるままそれを読み込んだのだった。


そこに書かれていることによると、『AIムール』とは「AI人間向けのサービスを如何に助けるか」という理念のもと設立された社会的企業らしい。

技術開発が進んだことで、今まで人間しか出来なかった事業も請け負えるようになったんだとか。

「この『AIムール』って会社自体AIロボットが中心で働いているのか」

「へえー、随分と意欲的なんだね」

そしてパンフレットを読んでいて最も納得したのが、『AIムール』の“大本”だ。

「あ、『ラボハテ』が本社だったのか」

そこなら俺も知っている。

技術開発、特にロボット製作で有名なところだ。

様々な事業実験的にやることでも有名で、この『AIムール』もその一環なのだろう。

AI中心で仕事をやる会社なんて、先進的すぎて勇み足だと思ったが、あそこが関わっているのなら理解できる。

だが、それによって新たな疑問も浮上した。

「あの、すいません。職場体験とはどういった内容になるんでしょうか」

タイナイは担当者にそう尋ねる。

俺も気になっていた。

AIが働く職場なのに、そこで俺たちが短期的に働いたところで何を体験できるというのか。

「主にやっていただくことは、AIとコミニケーションをとって、その内容を報告していただくことです。その記録を基にAIに不備がないかなどを調べることができます

なるほど、ある意味で納得した。

要はモニターが欲しいってことだ。

担当者の淡白対応も、元々は募る気がなかったのなら説明がつく。

AIムール』は最近うちの学校で“大きな支援”をしたから、学校側が気を利かして枠を用意したのだろう。

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記事への反応 -
  • ≪ 前 しかし、ひょんなことから、俺はあの建物に関心を持つ必要に迫られる。 数日後、職場体験のカリキュラムがあったんだ。 体験できる職場は複数存在し、生徒はそこから自由に...

    • 現代人の車離れが語られて久しいけれど、未だ俺はそれを首肯できるだけの機会に恵まれていない。 個人的な実感と現実の間に、大した距離があるようには思えなかったからだ。 ちょ...

  • ≪ 前 そうして、俺たちは職場体験先を『AIムール』に決めた。 パンフレットを読むのに時間をかけすぎて、他の候補先を選ぶ余裕がなかったからだ。 まあ体験内容も楽そうだし、出...

    • ≪ 前 「ここが皆さんの部署です」 部署はクラス毎に分けられ、俺たちは開発課を任された。 「わー、すごい……」 「本当にAI中心で働いているんだな」 そこでは十数体のアンドロ...

      • ≪ 前 「エーゼロワン、異常はない?」 「はい、エーゼロワン、異常ありません」 「はいはい、異常なし……っと」 翌日の仕事に慣れてきたこともあって、あっという間に終わった...

        • ≪ 前 リーダーに後ろから近づく。 まさかとは思っていたが、やっぱりだ。 至近距離で見てみると、その大きさがますます分かる。 アメフト選手と相撲レスラーを足して、2で割らな...

          • ≪ 前 「気になったんだが、ムカイさんはどういう経緯でこの部署のリーダーに?」 「タントウを名乗る人間にリーダーを任命された」 イントネーションが独特だが、「タントウ」っ...

            • ≪ 前 「あー……」 カジマたちも発言が不用意だったことに気づいたようだ。 さっきまで滑らかだった口は途端に摩擦を失い、みんな不規則にキョロキョロしだす。 「どこを見てる...

              • ≪ 前 機械のやることは労働じゃないのだから、労基を守る必要もないってことだ。 それは労働力を搾取される社員を機械に置き換えているだけともいえたが、この会社は、この社会は...

                • ≪ 前 『AIムール』は社内の事業を機械がほとんど担っている。 だからトラブルが発生した場合、その原因と是非は機械に求められるだろう。 ひとつの機械が起こした問題だとしても...

                  • ≪ 前 「担当者と話したいなら、内線で呼ぼう」 ムカイさんを宥めながら、俺はクラスメートのタイナイに目配せをした。 「あ……ああ、分かった。呼んでくるよ」 しかし、タイナ...

                    • ≪ 前 「担当者さん。俺たちは難しいことを何一つ言っていない。機械を、ムカイさんを使い捨てるような真似はやめてくださいっていう、すごくシンプルな話なんです」 「別に使い捨...

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