「うわっ、びっくりした!」
「俺は、お前の“びっくりした”って声でびっくりした」
「だ、だって、この人がいきなり近くに……」
実際は俺たちが近づいてきただけで、その人は最初からそこにいた。
タイナイは声をかけられるまで全く気づかなかったようだ。
「こ、声をかけるなら、僕らがもっと離れていた時にお願いできませんか」
「申し訳ございません。あなたのパーソナルスペースを把握していなかったので」
失礼な反応ではあるのだが、まあ無理もない。
その人は他のブースの担当者たちと比べて、覇気がまるで感じられなかったからだ。
「『AIムール』って、僕たちの学校近くに最近できた“アレ”ですよね?」
「その通りです」
俺はそのときになって初めて、あの建物が『AIムール』という会社名であることを知った。
タイナイは情報中毒(略して情中)だったため既に知っていたらしいが。
いや、この場合は俺が無関心すぎた、といった方が正確だろうか。
「パンフレットをどうぞ」
担当らしき人は淡々とした対応で、おもむろに小冊子を差し出してきた。
何だか変な感じだ。
他のブースでは皆すごい気概があったのに、ここの人は「別に誰もこなくていい」と言わんばかりに冷めている。
参加者は全然集まっていないようだったが、そのことに対する焦燥感はまるで感じられない。
受け取った小冊子は無線綴じになっているようで、背表紙にもタイトルが書かれている程に分厚い。
「まずは目を通していただければ」
しかし俺たちは担当の不気味さに気圧され、言われるままそれを読み込んだのだった。
そこに書かれていることによると、『AIムール』とは「AIが人間向けのサービスを如何に助けるか」という理念のもと設立された社会的企業らしい。
技術開発が進んだことで、今まで人間にしか出来なかった事業も請け負えるようになったんだとか。
「この『AIムール』って会社自体、AIやロボットが中心で働いているのか」
「へえー、随分と意欲的なんだね」
そしてパンフレットを読んでいて最も納得したのが、『AIムール』の“大本”だ。
そこなら俺も知っている。
様々な事業を実験的にやることでも有名で、この『AIムール』もその一環なのだろう。
AI中心で仕事をやる会社なんて、先進的すぎて勇み足だと思ったが、あそこが関わっているのなら理解できる。
だが、それによって新たな疑問も浮上した。
「あの、すいません。職場体験とはどういった内容になるんでしょうか」
俺も気になっていた。
AIが働く職場なのに、そこで俺たちが短期的に働いたところで何を体験できるというのか。
「主にやっていただくことは、AIとコミニケーションをとって、その内容を報告していただくことです。その記録を基にAIに不備がないかなどを調べることができます」
なるほど、ある意味で納得した。
要はモニターが欲しいってことだ。
担当者の淡白な対応も、元々は募る気がなかったのなら説明がつく。
『AIムール』は最近うちの学校で“大きな支援”をしたから、学校側が気を利かして枠を用意したのだろう。
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