2019-12-11

[] #81-7「AIムール」

≪ 前

リーダーに後ろから近づく。

まさかとは思っていたが、やっぱりだ。

至近距離で見てみると、その大きさがますます分かる。

アメフト選手相撲レスラーを足して、2で割らなかったような体躯だ。

もしも、ここで勢い良く振り向かれたり、抱えている荷物を落とされたりしたら大怪我は確実だろう。

客観的に見れば剣呑としているが、俺は気さくに話しかけた。

「やあ、調子はどう?」

「ん?……よもやワレに聞いているのか?」

リーダーは首だけ180度回転させ、こちらに顔を向けた。

俺の予感は確信に変わる。

「うぬ……マスダ、の長男

「そんな気はしてたけど、やっぱりムカイさんか」

「なぜ、こんなところにいるのだ?」

「それはこっちも聞きたいな」

漠然とは思っていたが、まさか本当にムカイさんだったとは。

…………

俺の知り合いだと分かるとクラスメートたちも会話に参加し始めた。

「怖くて近づけなかったとは、オマエラも薄情なヤツだな」

「ははは……ムカイさんに指摘されると、なおのこと申し訳なくなるね」

ムカイさんは戦闘用の兵器で、今は無き企業によって作られた。

AI戦闘用に作られているはずだが、感情表現は人並みに豊かだ。

現在武装解除され、『256』という会社が名義上ムカイさんを管理しているらしい。

しか実質的に放逐状態で、俺の家の斜向かい普通に生活している。

「ワレの戦闘プログラムをいじれる技術者が見つからなくてな。仕方なく、自ら“戦わない理由”を新たに規定することで抑えているのだ。そのせいで行動に大きなラグが生じてしまう」

「どれくらい?」

「平均0.2秒だ。以前は0.1もかからなかったというのに」

「いや、十分早いじゃん……」

「オマエラ基準で言われても慰めにすらならん。何をするにも戦闘プログラムと紐付けられているから、その度に処理が発生するんだぞ。この煩わしさはシェア不可能だ」

とはいえ現代社会に溶け込むためには色々と不便もあるらしい。

この『AIムール』で働いているのも、『256』に言い渡されて渋々やっているようだ。

「つまり、ムカイさんは派遣社員ってわけか」

なるほど、会社が未完全の状態にしては、アンドロイドだけ妙に揃いすぎていると思った。

足りない部分は、そうやって穴埋めしてたってわけか。

ムカイさんにチェックを必要としないのも、『AIムール』の管轄外かつ規格外からだ。

下手にいじれば改造行為にあたるため、コンプライアンス的にマズいのだろう。

ただ、未だ疑問も残る。

そんな派遣アンドロイドに、なぜ『AIムール』はリーダーを任せているのだろうか。

いや、なんとなく分かるような気もするが、その“可能性”はあまり考えたくない。

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