俺はあの猫が先ほどいた場所にエサを置き、そこから一歩離れた場所で中腰になって構えた。
そうしてしばらくすると、目論見どおりあの猫が姿を現す。
しかし、エサにはすぐ食いつかない。
こちらを窺っているようだ。
手を出せば捕まえることができる距離まで近づいてきたが、それでも焦らず腰を据える。
俺はおそるおそる人指し指を突き出した。
猫もおそるおそる指の匂いを嗅ぐ。
よし、ここまでくればほぼ成功だ。
そこから流れるようにそっと猫の首や背中をなでるが、抵抗せずに身を委ねてくる。
最初に会ったときに何となく分かっていたことだが、やはりこの猫は人慣れしている。
猫が人間社会で生きていこうとすれば、人間をアテにしたほうが合理的だから当然だろう。
ウサクみたいに強い敵意を向けたり、強引に迫ろうとしなければ逃げようとはしない。
だから俺は、エサをあげたいだけの猫好き一般人を装うだけでいいんだ。
そうして猫が完全に警戒心を解いたのを見計らい、俺は用意していたカゴに導いた。
俺たちは捕まえた猫を引き渡すため、施設へと移動を始める。
「素晴らしい達成感だな。我々は社会に貢献したのだ!」
猫一匹捕まえただけで、ウサクは大義を成したとばかりに喜んでいる。
ある意味では子供らしい反応なのだが、愛嬌はまるで感じないな。
「それにしても、兄貴って意外と猫好きだったんだね」
「そう見えたから、この猫も近寄ってきたんだろうな」
猫だけじゃなく、お前まで騙されてどうするんだ。
「好きじゃないっていうか、まあ厳密には好きでも嫌いでもないな」
「とんだ猫たらしだ」
みんなの目が冷ややかだ。
俺はスマートに捕まえてみせたのに、なんでそんな態度をとられなければならないんだ。
「そもそも俺が猫好きだったら、わざわざ業者に引き渡すようなマネはしねえっての」
「え? どういうこと?」
どうやら弟は要領を得ていないようだ。
そんな状態で猫を捕まえるのに精を出していたのだから、何とも残酷な話である。
俺がそう答えると、弟は固まってしまった。
というか、それを聞いていた学童仲間みんなが固まってしまっていた。
「“殺す”んじゃない。“駆除”するんだ。」
「結局は殺されるんだろ」
「いや……“駆除”という言葉には、“殺す”という意味以外も含まれているのであって……。業者に渡したからといって、必ずしも殺すというわけでは……」
「じゃあ、この猫は殺されないの?」
「……少なくとも苦しむような手段はとらないだろう」
ウサクの歯切れが悪い。
イエスともノーとも答えていないが、その反応だけで察するのは簡単だった。
そして、その時にやっと弟たちは自分のやっていることが“どういうことか”自覚したらしい。
罪の意識に駆られた弟たちは、それを解消しようとウサクを非難するという行為に及んだ。
「ウサク! 僕たちに何てことをさせたんだ!」
「俺たちを猫殺しに加担させるなんて……」
俺はウサクが少し気の毒にも思えたが、半ば強制的に手伝わされた恨みがあったので擁護する気になれなかった。
かといって猫に思い入れがあるわけでもないので、弟たちの側に入る気も起きない。
俺は猫が入ったカゴを抱えながら、その様子を静観しているだけだった。
「殺すわけじゃない。我々は捕まえて、業者に渡すだけだ」
「でも、その業者に渡したら殺されるんだろ?」
さすがに目の前の命が危機にさらされていると分かれば、ロクな主義主張を持たないガキでも必死になる。
弟たちは猫を業者に渡すことに猛烈に反対した。
「な、なんだ貴様ら。さっきまで猫を捕まえることに協力的だったくせに……」
「殺されることを知っていたら、こんなことはしなかったよ!」
「『無知は罪』という言葉を知らんのか!? 『知らなかった』、『いま知ったから』で簡単に手の平を返して許されるとでも?」
ウサクはみんなにそう返すが大した理屈じゃない。
俺たちがガキであることを抜きにしても、ヒト一人が知っていることなんて高が知れている。
なのに知らないことを罪だと責めるのは理不尽だ。
とはいえ、今こうして言い争う皆を見ていると、分からなくもない主張ではあった。
そうして、しばらく探し続けるも、やはり猫は見つからない。 闇雲に探しても無理だと考えた俺たちは作戦を変更することにした。 「エサでおびき出そう」 「エサはどうする?」 「...
猫嫌いかアレルギーかと思ったが、そういうことではなかった。 「貴様ら、何を悠長にしている。あれはジパングキャットだ! 捕まえて、業者に引き渡さねば!」 ジパングキャット...
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