http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54304 を読んで
生物進化の観点で考えると、少子高齢化は増えすぎた生物種を絶滅においやる自然の摂理と感じられる。
生物は両性具有から、役割を分担した方が種の保存の観点から効率的であったので”性別”を手に入れた。
主に運動性能を向上させた性と、新しい個体を生み出すことができる性である。
しかし、人間社会は成熟し、肉体労働の割合が減少するにしたがって、
ホワイトカラーであれば、女性は男性と同じパフォーマンスを発揮できるのだ。
新しい個体を生み出す機会(これは産む産まないの1か0かではなく、産む”機会”の話)を損失して、
社会に出て働くことを選択した女性のパフォーマンスは男性と同じでは意味がない。
あくまで種の効率性の観点では、男性と同じパフォーマンスなら男性がやればいい。男性には子供が産めないのだから。
(女性の皆さんは「そんなの派遣社員にやらせればいい」というおじさん上司の口調で読んでいただきたい。)
ホワイトカラーの観点で、本当に女性と男性の知性が全体として同等のレベルにあるならば
(男性の権益を守るには、肉体的疲労を伴う仕事を増やすしかない。AI化なんてもってのほかである。
究極は戦争。いろんな意味でマッチョにいくしか男性の権益は守られない。)
イスラム圏や発展途上国に残る女性差別は、人間という生物的プラットフォームの仕様に
ユーザー側が忠実に合わせている状態なので、種の繁栄という観点では効率的である。
ホワイトカラーの仕事が増えようが、組織的に女性の選択肢を絞り、男性の選択肢の数と等しくする。
女性から見ると、女性は男性に働かせ、自分たちにしかできないことに専念する。
そうすることで安定的に個体数を増やし、勢力を拡大することができる。
つまり、今までの進化で得てきた生物的プラットフォームを壊そうとしていると言える。
次は「新しい個体を産む」役割分担を平等化することが不可欠だ。
男性もできるようにするのは役割分担以上の効率化とは言えないだろう。
しかも、今あるような体外受精のあと子宮内に戻すような方式ではない。
誤字お修正してくだちい