はてなキーワード: 一生物とは
包丁研ぎとは話がズレるが、外国人のほうが趣味人口として多いらしいが、髭剃りという趣味がある。
砥石で剃刀を研いで髭を剃る。それだけ。
剃刀の『面』と砥石の『面』をすり合わせて、究極の平面を目指す。
剃刀の裏の『面』と表の『面』が完全に一致すると、合わさったところに究極に細く真っ直ぐな『線』つまり刃が出来る。
そして、髭を剃る。
淀みなく精密な作業を通じて、砥石の手入れを通じて、心を落ち着かせる趣味と言っていい。
あえていうと座禅に近い。
また少し脇道に逸れるが砥石沼というのは恐ろしい。
天然砥石というのは採掘するものなので、質がいいもので無傷で大きいとなると値段が跳ね上がる。
ただの石ころが宝石より高いことが理解されないことが多いが、ルビーやダイヤに価値があるのは、ルビーやダイヤの採掘量より欲しがる人が多いからであって、砥石が高いのも同じ理屈でしかない。
砥石マニアから言わせると、砥石は美しいだけじゃなく実用性もあると反論される。
髭剃り沼から砥石沼、包丁研ぎから砥石沼、鉋がけから砥石沼といった感じで砥石沼への入り口はそこら中にあるのだが、髭剃りだけに限定すると、砥石にハマってもそう高い出費はない。
小さなカケラでよければ、質が最高級の砥石でも百万円することはまずない。
砥石の質は日本産が他国産の追随を許さないので、外国人が砥石を買い漁って国外に流出していて、それが悔しい。
安上がりないい趣味なんだけどなあ。
子供は就職しないうちは親のお金も時間もマイナスになる損な存在でしかない。
貧困層~中流階級の親はどうしても子どものために自分の娯楽費被服費食費が犠牲になる
中流階級の夫婦二人だけの家族ならそれなりに贅沢して旅行に行ったり高くて美味しいものを食べに行ったりできるが
子供ができると学費やらなんやらで一気にお金が子どもの方に流れて贅沢ができなくなる。
親の生活やお金や時間が犠牲になって子供が育つ。覚悟はしておかないと。
子供ができて住宅ローン組んだら親の「楽しみ」が失われるんだなと思う。
これを払拭するくらいの「良い子」に育ってくれたらいいけど
もう目が当てられない。
もし自分の娘が、田舎から東京の学校に行かせたのにホストに貢ぐために学校を中退して風俗堕ちするような娘に育ってしまったら毎日悲しすぎて号泣する自信があるし
子供を産むのは親のエゴでしかないし、親がいなくてもしっかり生きていけるように育てたい。
世間から見たら「子供を生む→将来の納税者を育てる→親は社会貢献している→親はエライ」ように見えるだろうけど、
子供から見たら、親の都合で勝手にこの世に産み出されたに過ぎない。だから食べ物を食べさせてもらえなかったり、お金が足りなくて望んだ進路に進めなかったり、虐待したりする親はクソでしかない。
「見た目の差なんて大したことない」
って考えで今までずっと生きてきた。
特に根拠があるわけじゃなかったけど、所謂不細工でも大手を振って歩いてる人なんて沢山いるし、自分も見た目含めて全身自信ないけど余裕で生きてるから、自然とそう考えるようになった。
顔に言及されることなんてそうそうないけど、何か言われたとしても「凛々しい眉だ」とか「鼻が高いね」とかいう程度。
友人にも「もうちょい見た目に気を遣えよ」と言われる程度で「ブス」とか「変」と言われたことはない。勿論親からはイケてる顔やぞと言われて育った。
見た目にコンプレックスがある人の体験談では大抵、他人からそれらを否定された話が出てくる。酷い場合では親族からという場合も多い。
想像でしかないが、容易に変えられない場所を全否定されたら心に一生物の傷が出来るだろう。
自分も体形にコンプレックスが無いわけではないが、細身のなで肩というだけで全否定されることはそう無い。
でも顔にはそれが起こりうる。自分は顔の「良さ」なんてパラメーターが存在するとは思わないが、今の社会ではそれが強く存在する場所がある。
今自分は、自分に関するいろんなことに自信がなくて、ふいに死にたくなることもあるけど、それでも外に出てヘラヘラ生きていられるのは、顔を強く否定されたことがないからだと思う。