2021-09-10

桁外れにつまらない「私の履歴書」の凄み(プレジデントオンライン

このくっそ皮肉めいた記事めっちゃすきでたまに読み返す

■他の経営者と比べても、つまらなさの次元が違う

創業経営者と比べると、大企業経営者による「私の履歴書はいったいに面白くない。とくに金融系はつまらない。それにしても、石原氏の連載には刮目させられた。底抜けにまらないのである。他の大企業経営者と比べても、つまらなさの次元が違う。それがたまらなく面白い。

読んでいない方のために内容をかいつまんで紹介する(ある意味で読みどころ満載なので、要約するのが心苦しい。ぜひ原文に当たることをお薦めする)。日比谷高校から東京大学法学部に進学。東京海上就職する。新人時代使い走り時代を経て、商品開発部門に配属。専門書で勉強し、世の中の変化に合わせて保険商品をつくる楽しさを知る。仕事が終わると先輩と2時3時まで飲み歩く日々。しかし、非常事態対応するのが損害保険会社。翌日の仕事差し障るのはプロとしてよろしくないと、日付が変わるまでに酒席を終えるようになる。

顧客対応の難しさ。人が行きかう駅で土下座をすることもある。代理店から出禁をくらっても、粘り強く何度も足を運び、ようやく納得してもらう。丁寧に意図説明して誤解を解き、信頼を勝ち得るために努力を惜しまないことが大切と知る。

部下と上司の板挟みに苦しんだ課長時代ストレス十二指腸潰瘍を患う。職場雰囲気がギスギスしていて、3人の女性社員が辞めたいと言い出す。ムードを和らげることに努めた結果、「まだ続けます」といってもらったときの嬉しさ。

■ヤマはない。オチもない。波乱も万丈もない。

畑違いのシステム部門に異動に。勤務先は国立市コンピューターセンター。初対面の人ばかり。打ち解けるために週末を除いて56日間連続で部下と飲み、本店から無理難題疲弊しているシステム部門現場の悩みを知る。本店との風通りをよくしようと努力を重ねる。ときには丸の内OLになりたくて入社した女子社員国立に行くのがイヤだと駄々をこねることもある。本店まで自ら迎えに行って、国立勤務を受け入れてもらう。

取締役に昇進し北海道本部長に。当時、取引先の拓銀破綻危機正月拓銀の守り神の神社にお参りし、「拓銀さん、今年もどうか頑張ってください」と祈る。支援に奔走するが、拓銀はあえなく破綻。「いろいろご支援いただきましたが、こういう結果になりました。本当に申し訳ありません」という副頭取にかける言葉もなかった――。

こういう調子で、淡々とした仕事生活の回想が延々と続く。ヤマはない。オチもない。波乱も万丈もない。強いて言えば、連載17日目(これを書いている時点で最新の回)の次期社長を打診されたときの話がヤマといえばヤマだ。

社長に「後任は君だ」と言われ、予想もしなかった話に呆然とする。「考えさせてください」とだけ答え、帰宅してから仏壇の両親に「大変なことになりました」と語りかける。それをひそかに見ていた夫人(またこの奥さまが石原氏にお似合いの「古風でしっかりした」女性女子大を出たばかりのとき高校時代美術先生の紹介でお見合い結婚内助の功いかんなく発揮。もちろん美人)が「お受けしたら……」。で、受けることにした――と、これだけなのである

■桁違いのつまらなさに、経営者としての凄みを感じた

経営者の「私の履歴書」にお決まりの「のるかそるかの大勝負」とか「修羅場での決断」がまるでない。目の前の仕事に誠実かつ真摯に向き合う。こつこつと着実に小さな成果を積み重ねていく。「週末を除いて56日間連続で部下と飲む」ということは、ちゃんと日数を数えていたわけで、この辺真面目としか言いようがない。

大企業経営者書き手場合、月の半ばから後半に入るころに、「次期社長は君だ」のエピソードが出てくるのがお決まりパターンとなっている。社長ポストを打診されて「青天の霹靂だった」とか「思ってもみないことであった」というのがこれまたお約束なのだが、読んでいる僕にしてみれば「よく言うよ。絶対自分が次の社長になる、それだけ考えてやってきたんじゃないの……」と思わせる人が多い。ところが、石原氏の場合、本当に「予想もしなかった話に呆然」としたのではないかという気がする。それだけ筆致が率直なのだ

はじめは単に「面白くないなあ……」と流し読みしていたのだが、そのうちぐいぐいと引き込まれ、連載10日目を過ぎたこからは襟を正して読むようになった。その桁違いのつまらなさに、むしろ保険会社経営者としての凄みを感じたからだ。

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