はてなキーワード: ヲタとは
Fってfuckのことな。これを毎日、最低5つは読め。
コメントも読んだ方がいいが、めんどくさいならいい。
印刷するとなおいい。
大事なのは、覚える気で読め。ということだ。
文脈云々?笑わせんなよ。ありゃボキャビルが5000に達したやつだけが言えることだよ。
ターゲットでも速読英単語でもDuoでもなんでもいい。覚えろ。
もちろん英語版な。ジョブズが好きならそれでも読め。好きなことの記事を読め。
辞書は引くな。
さっき挙げただけの単語を覚えてるなら、もう辞書を引きつつ読むのなんてむしろ害だ。
ざっと読んで大意がとれないやつは、単語の暗記に戻れ。カスが。
ここまでくればスクリプト付きなら分かるんだよ。分からないなら単語力不足だよ。
ていうか分かるまで何度も同じ動画を観ろ。毎日2時間はここにこもれ。
mixi?辞めちまえ。
ここで積極的に添削してやれ。数撃てば当たるの精神で日本ヲタの外人にフレンド申請しまくれ。
そんで毎日日記を書け。書き方はFMyLifeからパクれ。
・単語
・読み慣れる
・聞き慣れる
・書き慣れる
これはな、今の時代全部タダでマスターできるんだよ。
「単語帳は?」 一冊も持ってないやつなんているのかよ?
どうしても買いたくないならこれでも使えカスが。
しょせんな、言語なんてツールなんだよ。
単語知ってて「話したい友達」がいれば、半年も経たないでマスターできるんだよ。
lang-8で親しくなったやつがいたら、そいつをMySpaceだかFacebookに誘ったり、
思っていたよりはてブにぶちこんでもらえたので、
調子こいてトラックバックで補足しといた情報をここに貼っておきます。
http://anond.hatelabo.jp/20090716181957
http://anond.hatelabo.jp/20090716192227
職業柄、中高生と話す機会が多いのですが、みんなけっこう『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を見に行ってるんですよ。
女子なんかでも、ふつうに「アスカが好き!」とか言うわけですよ。
ガンダムに関しては男子が中心でややヲタっぽくもなりますが、いまだに「あえて言おう、カスである」とか「そうそう当たるものではない」とか言う生徒がいるわけです。どこで覚えてきたのかはよく知らないけど。
でも、オリジナルアニメでふつうの生徒の話題になるのってガンダムとエヴァと、あとジブリだけなんですよね。
例えば、福嶋亮大が
少なくとも、生産=消費のモードの変化という意味に限れば、『破』よりも「エンドレスエイト」のほうが遥かに重要だとここで断言しておきます(笑)。
http://blog.goo.ne.jp/f-ryota/e/4f8ac0e16510d7dfb7d15b17166ad768
って言ってて、ひょっとしたらそれはその通りかもしれないけど、「ハルヒ」を見ている一般人ってほとんどいないですよね。(これは言いすぎかもしれないけど、エヴァは知ってるのが普通だけど、ハルヒは知らないのが普通だと思う。もちろん、生徒の中には「けいおん」の話をしていたのもいるので、見ているのもいるんだろうけど、基本的にそういう生徒はもともとアニメ好きの生徒)
まあ、知名度の話は置いておくにしても、知られているオリジナルアニメはいまだにガンダムとエヴァ。
音楽なんかでもいまだにブルーハーツを聴いている生徒がいたりするので、よいものが残るというのは確かなんですが、バンドだったらブルーハーツ以降にも誰もが知ってるバンドがいくつもあるのに対して、アニメだとこの2つだけ。
これってなんでだろう?って思って。
個人的に思うのがキャラの作画。
例えば、「コードギアス」はけっこう話題になって、実際に面白かったアニメだとも思いますが、キャラに関してはいわゆるアニメ絵っぽすぎて、あるいは目が大きすぎてちょっと苦手でした。
一方、エヴァのキャラはぜんぜん抵抗なく見れます。同じ貞本義行の『時をかける少女』も抵抗なかったですし、この映画も普通の女の子でけっこう好きな人が多かったです。
まあ、自分はたいしてアニメを見てこなかったですし思いつきのレベルにしかすぎないですけど、誰かタイトルの疑問に答えてくれる人がいるとうれしいです。
追記
http://anond.hatelabo.jp/20090715233354
の言っていることは一部の人にとってはそうなんだと思う。
アニメの話がなされている空間において、コミュニケーションにおける「安牌」としてエヴァやガンダムの話をするというのはあるでしょう。
ただ、中高生が普通の場でわざわざアニメの話を持ち出す理由というのはほとんどないと思う。
ドラマでもお笑い芸人でももっと無難なネタはいくらでもあるわけでして。
所謂スイーツ界隈で彼氏から贈られて嬉しいものランク!とかやっているが、ネックレスとか指輪とか、女の子じゃのうと思う。羨ましい。
勝手にあげてみる。
あくまでも「コレかって!」といって買ってもらうのではなく、自分に相談無し、サプライズの彼氏チョイス贈り物で嬉しいという意味。
基本的に彼氏からもらえるだけで十分に嬉しいが、嬉しさの比が貴金属以上のもの。
例えば10万の指輪くれるなら、その金でシリーズ物の漫画を買えるだけくれると涙する。
ジャンルはなんでもよし。
ただし持ってる漫画と被ってたら、ありがとうといいつつ後で売り飛ばすw
フィギアとか、中途半端に守備範囲外なものを与えられても正直微妙だったりするので、だったら本棚とかケースとかなら
そこまでこだわり求めないので、どでかいの一つくれたら満足。むしろ収納用の部屋くれたら歓喜。
パソコンはネットブックみたいな二台目。ゲーム機は現行機を一つも持っていないのでMGS出来るPS3辺り。wiiでもおk、むしろDSでもPSPでも。
漫画家さんでもなんでも、好きな作家さんのをくれたら満面の笑みプレゼント。
森薫さん辺りチョイスしてくれると嬉しい。ゲーム系だと悪魔絵師のは所有しているのでそれ以外。
彼女⇒彼氏パターンで最近、フィギア好きにフィギアをあげる子はよくいるし、彼氏も喜ぶと聞く。
「嬉しいけど、正直このシリーズあんまり興味ないんだよな・・・」とか「ジャンル違い・・・」etc
とか思うはずじゃないか?
だから下手に趣味に理解示して「これ好きみたいだから」とそれ系のものをプレゼントされるよりは、
いっそ普通の貴金属をくれた方が無難なのかも、という結論に至る。
先輩との関係はお互い精神的倫理的な話がメイン。恋愛臭はなしと自分では思いたい。
そしてそれは大したことではないので置いとく。
その先輩、実はヲタに偏見を持っている。激しく。先輩の(元)友ダチがアニヲタやAKB48のコアなファンが何人か居て、誰々が可愛いと語る様やCDを買い占める勢いがキモイと話していた。そこで隠れ自称隠れヲタな自分は、○ャニ系のファンだって同じではと言ってみたら、アレとは違う!と断固否定する。あいつらはキモイがジャニ系のファンは普通だと。(いい年した大人が三歳くらいの子供に全身○ャニのコスプレ+服にデカデカ「○○担」「○○命」と縫い付けて、自分はアイドルのでかい顔写真入りうちわをもっていても。)
・・・普通ってなんだ?正しくは先輩の中の「普通」っていう判定基準自体かなり偏見に満ち溢れているんじゃね?
性別に差があれ、結局は一つのものに激しく傾倒する人という点で同じじゃないかと言ってはみたが、その言葉はまるでスルーされてしまった。たぶん「アイドル」は普通で「アキバ系」は異常という大分別のところでレッテルがはられているんだろうから、もう駄目なんだと思う。挙句ヲタは視野が狭いだのキモイだの語り、聞いててもにょもにょした。正直先輩の性分自体ヲタそのものと思うから、同族嫌悪にしか見えない。一応先輩は邦楽ヲタ(最新の邦楽情報精通度はリア厨並。ただし30前にしてGreeee○だの○quatimes素晴らしいとか言ってる時点でry)だが、邦楽を語る姿はヲタそのもの。それを指摘したが「ヲタ、所謂アキバ系」と「邦楽」を一緒にするなと、次元が違うと一蹴された。
確かに世間から見れば(元)友ダチの肥えっぷりや服は異常だけども。
まぁあくまでこの先輩は自律神経失調だったりするのでそこまで尖っているのかもしれんが。
ついでに職場(人妻からリア充まで)に対するアキバ系はそこまで尖ってない。寧ろそんな人いるんだ~的なもの。キモイと罵倒もせず、スルーに近い。普段意識なんざしない。ネラーやニコ厨、腐男子VIPERが交じっているっぽいせい(あくまで自分の嗅覚ですので違うかも)もあるかもしれんが、服装がいけてなかったり姿形が気を使っていない人をヲタっぽいという位。後は声優になりたいと過去一度だけ言ってしまった人に「あんたは適当にアニメ好きな彼女作ってなさい」と言ってるのを見て、声優=アニメスキー=ヲタ?の法則はあるらしいと嗅ぎ取ったくらいか。ついでに言われた本人はその直後時が止まったので触れてあげるなよとおもったが・・・大阪のおばちゃんは容赦なく突っ込むw(そこそこイケメンには入る部類だし、空気読むし服もラコステのポロシャツをさらっと着こなすセンスの子だからこそ尚更。アニメの話は一切しないしヲタ風でもない。だが、初めて職場に入ったとき将来何をしたいの?と聞かれて声優と言ってしまった時点でコイツはレッテルが若干貼られてしまった模様。まぁでもヲタ臭い気はするが。)
でも、やっぱり一度言っただけでこう来るわけだから、やっぱり一般社会でそういう関係の言葉は口走らない方がいい。
話それた。
先輩は非モテでしょう。自分の価値観と違うとpgrする点があるから。価値観が違っても「あ、そうなんだー」と軽く流して別の話題で共通を見つけるようにするのが社会人。それが出来ない。しかも人の服のセンスを品定めして良い悪い言ってくる。○イトオンしか行ってないくせに。精神的な病気だから仕方ないんだろうが、人の振り見て我がフリ直せ。
36歳男。基本ちょいヲタ、リア充でもないけど非モテというわけでもない。
なんか最近、妙にあちこちから「女の子紹介するよ」的なことを言われることが増えた。
適当に「おー、よろしくー」っていってるとたいていはその場だけで終わるんだけど、
中にはほんとうにセッティングしてくれて、飲みに行ったり遊びに行ったりしたこともある。
で、実際会ってみると、普通にいい感じの人で、ルックスだって悪くなかったりするのよ。
なんで僕みたいなのを紹介されるような状況になってんのかね?
(まあ、最終的には無難な遊び相手みたいなポジションに落ち着いてしまっているので
とりたてて美味しい思いをしているとかではないんだけど)
あと、なんでここへきてそういう紹介話が持ち込まれるようになったのか不思議でならん。
そんなに寂しそうに見えるのかなー。
勝間和代が会社の近くのムギ畑で本を書いていると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。
ムギ畑はniftyのレディースフォーラムを発祥とするコミュニティで、いまだに運営者がシスオペと名乗っているところが何となく古風である。パソコン通信時代とも思われる。
ところが見ているものは、みんな自分と同じく、21世紀の人間である。その中でも自己啓発ヲタが一番多い。仕事もせず一攫千金の夢ばかり見て退屈だから立っているに相違ない。
「よく書くもんだなあ」と云っている。
「コンサルや投資銀行よりもよっぽど骨が折れるだろう」とも云っている。
そうかと思うと、「へえ脳力アップだね。今でもクイズ本を出すのかね。へえそうかね。私ゃまた脳トレはもう古いのばかりかと思ってた」と云った男がある。
「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、勝間和代ほど強い人あ無いって云いますぜ。何でもデール・カーネギーよりも強いんだってえからね」と話しかけた男もある。この男はロードバイクに乗って、人生戦略手帳を持っていた。よほどカツマーな男と見える。
勝間和代は見物人の評判には委細頓着なくキーボードを叩いている。いっこう振り向きもしない。高い所に乗って、執筆の手を一時休めて私的なことがらを記録している。
勝間和代は瞼に人工の睫毛をつけて、ブラウスの襟をジャケットの外に出している。その様子がいかにも古くさい。わいわい云ってる見物人とはまるで釣り合が取れないようである。自分はどうして今時分まで勝間和代が売れているのかなと思った。どうも不思議な事があるものだと考えながら、やはり立って見ていた。
しかし勝間和代の方では不思議とも奇体ともとんと感じ得ない様子で一生懸命に書いている。仰向いてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、
「さすがは勝間和代だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただマルコム・グラッドウェルと我れとあるのみと云う態度だ。天晴れだ」と云って賞め出した。
自分はこの言葉を面白いと思った。それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、
「あの言葉の使い方を見たまえ。ウィンウィンの妙境に達している」と云った。
勝間和代は今鋭利な眉を一寸たりとも動かさず、モニターの上で手首を返すや否や上から指を打ち下した。キーボードを一息に打ち込んで、Ctrl+Sキーが押されたと思ったら、自分の顔をでかでかと表紙に載せた「断る力」がたちまち出来上がって来た。その話の展開がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾んでおらんように見えた。
「よくああ無造作に本を書いて、思うような売り上げが上がるものだな」と自分はあんまり感心したから独言のように言った。するとさっきの若い男が、
「なに、あれは一から内容を考えるんじゃない。あの通りのメソッドが世の中に流行っているのを、まねる力で焼き直して写真をつけて売り出すまでだ。起きていることはすべて正しいのだからけっして間違うはずはない」と云った。
自分はこの時始めて勝間本とはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も本が書いてみたくなったから見物をやめてさっそく家へ帰った。
鞄からノートパソコンを取り出して、部屋へ入って見ると、せんだってビジネス書フェアで買ったままついに読まなかった自己啓発書を、ブックオフに売るつもりで、宅本便の集荷待ちになっていた手頃な奴が、たくさん積んであった。
自分は一番売れたのを選んで、勢いよくまね始めて見たが、不幸にして、出版引き受け先は見当らなかった。その次のにも運悪く探し当てる事ができなかった。三番目のにも引き受け先はなかった。自分は積んである本を片っ端からまねて見たが、どれもこれも成功を呼ぶものはなかった。ついに凡人にはとうてい年収を10倍アップする力はないものだと悟った。それで勝間和代が今日まで売れている理由もほぼ解った。
とか、そういう内容を熱弁してたんだ。
ヲタってほとんどこんなのばかりなの?と疑問に思い
ブログになってたんで読んでみたら「抱き枕er?」を否定された事に対して
それは偏見だと主張している内容だった。
と主張して、嫌なら触るなとか書いてあったんだけど
いや、お前が触るなよwと思うんだが・・・本当に好きだったら自分の我を通せと思うんだよなあ。
現実社会だろうが、ネット社会だろうが、否定する人なんてごまんといるわけだし。
おそらく居ないのは、自分の中に作られた妄想ワールドだけじゃないの?
こんな事ぐぐったりしてみたら、そのうち思い出した。
なんだっけ、昔マネーの虎だったかで抱き枕を熱弁してた人いたなあって。
熱中できるものがあるのは良い事だと思うんだけどね。
人によっては、それが不快と感じるわけで。
個人的には茶店でそのような事を大声で熱弁して、抱き枕最高と主張されてると
俺はマジで申し訳ないけど、
と感じた。
周りの人もかなり苦笑いしてたけどね。
やっぱそういう一般受けしそうにもない趣味は、そういう場所で熱弁しない方がいい気がしたよ。
それで満足してるんだろうけどね、彼は。
ずっと前から好きだった。
彼女は社交的で気立ても良く、俺のヲタ話にも乗ってきてくれた。
むしろ、彼女の方が積極的なくらいだった。
車、漫画、鉄道から始まり、それこそ女の子らしい趣味のものまでどんなことでも詳しかった。
才媛という言葉はこんな娘のためにあるのだろう。
そんな彼女の話を聞くのが好きだった。
そして、明るい顔の裏にほんの時折覗くネガティブな面も自分好みだった。
いや、劣等感に苛まれやすい卑屈な俺を安心させてくれた、と言うべきか。
また、これまでの人生で何度かあったように今回も何もできずに終わるのだろう。
そう思っていた。
だが、去年ふとしたきっかけで彼女とメアドを交換することができた。
オッケーだった。
1回目のデートはそこそこ話も弾んで盛り上がった。
俺は車を持っていなかったので、家まで彼女の車で送ってもらった。
別れ際、遠ざかる彼女の車に手を振った。
自分的には成功といって良かった。
もちろん、彼女としてはデートなどとは思わず、単に先輩から飯をおごってもらったくらいにしか思ってなかっただろうが。
彼女と会っても目も合わせられない。
話しかけられても、どうしていいのか分からず生返事。
彼女がこっちへ向かってくると、とりあえず近くの他の娘に話しかけてその場をやりすごす。
好きすぎてどうしたらいいのか分からない。
何を話しても彼女にマイナスの印象を持たれそうで話すのが怖い。
もちろん、避けるのが一番のマイナスなんてことは分かってる。
彼女の気を引けるような気の利いた言葉を紡ぎ出そうと必死だった。
でも、しゃべり下手な自分にはそんなことできるはずもない。
結果的に自分のエゴをそのまま彼女にぶつけてしまったカタチとなった。
結局、部活ではほとんど話せず。
彼女にとっては訳が分からなかっただろう。
もしかしたら、何か粗相をしてしまったのだろうか?
そんな気持ちにも苛まれたかもしれない。
しかし、自分には面と向かって話す勇気を持つことができなかった。
それが何週も続いた。
このままではいけないと思い、次の食事の誘いのメールを打った。
そりゃそうだろう。なんといっても、自分が何かをやらかしたという可能性が消えたのだ。
それと同時に、俺の評価は「挙動不審な人」もしくは「メールでのみ人当たりの良いメール弁慶」になってしまった。
2回目のデートは最悪だった。
俺の挙動不審っぷりをフルスイングで発揮。
話は常にとぎれとぎれ。
「もう先輩とは食事に行く機会はないと思うので」という言葉が胸にささった。
別れ際、家の前で停まった車の中で蚊の鳴くような声で「次もまたご飯に誘っていいかな?」と聞いた。
彼女の返事はただ「はい」のみだった。
遠ざかる彼女の車に手を振った。
手は振り返してくれたが彼女はこちらをみることは無かった。
情けなかった。
ロクに女性をうまく扱えない人間が行動を起こして、結果的にその娘を傷つけてイヤな思いをさせてしまっただけだった。
もう彼女を誘うことは俺にはできなかった。
しかし、半年ほど前のことだった。
その親友は何事もズバリ言う娘で、俺も何を考えてるのか正直測りかねてる娘だ。
その娘が急にこう聞いてきた。
「先輩ってA子(俺の好きな娘)のこと好きですか~?」
俺は部活でA子を好きな素振りなど一度も見せたことなかったし、
おそらくloveじゃなくてlikeのほうだと判断し
「うん、好きだよ」
と気軽に言った。
次の週の部活から、A子の俺に対する態度が少し変わった。
積極的に話しかけてくれるようになった。
訳が分からなかったが俺は嬉しかった。
もう忘れてもらえたのだと、許してもらえたのだと思った。
しかし、時間が経つにつれてA子の親友の言葉が引っかかってきた。
A子は親友に俺のことを相談したのではないか?
→そして、それを親友が聞いて「俺がA子のことが好き」だと総合的に判断
→A子の親友が、俺に「A子が好きか」を聞く
→俺の返事は「A子が好き」
→それを親友から聞いたA子、気を良くする
→A子「それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」
以上、俺の妄想
何か新しい出来事があったわけじゃない。
ただ、自己暗示を確実なものとするのに半年かかったというだけだ。
約1年ぶりにメールでご飯に誘う。
オッケー出た。
この半年のうちに車を購入し、デートにはそれで臨んだ。
車の中で話も弾んだ。
万全とはいえないが多少の気遣いもできたつもりだ。
俺を上手く手のひらの上で転がせるくらい。
終始、彼女のペースだった。
俺は情けないが彼女を頼もしく思った。
そして、帰りに送って行った時、別れ際に告白した。
「俺はずっと前からA子ちゃんのことが好きだったんだけど…」
やはり、目を見て話せなかった。
俺は沈黙に耐え切れずに
「うーん、やっぱダメ?」
と合いの手を入れた。
「ごめんなさい、私同じ学校の人とは付き合う気になれなくて」
「以前、付き合っていた人がいたんだけどその人が束縛する人で…。
そんなこともあって『付き合うって何?私を束縛したいの?』
って思うようになったんです。だから、今は男の人と付き合うのは考えられません。
それに今まで何人か告白してくれた人もいたんですけど、今オッケーしちゃうとその人たちにも申し訳なくて…」
「そっか、困らせたみたいでごめんな。でも、そんなこと言ってると一生誰とも付き合えないよ?
いや、俺と付き合ってほしいからいってるんじゃなくて。」
「はい。でも、今は付き合うとか考えられないです。」
こうして振られた。
最後は「告白してくれた人たちは私が断ったら、疎遠になっちゃうんです。
でもそんなの寂しいですよね。もし良かったら、いい先輩後輩関係でいましょう。」
と言われた。
とっさに「振られても俺はA子の味方だよ」と口走った。
A子の顔が少し歪んだような気がした。
俺は冗談っぽく
「じゃあ、付かず離れずってカンジで(笑)」
と言った。
A子は笑ってくれた。
結局、A子にとって俺がどの程度の存在だったのか分からないままに終わった。
自分勝手なのは重々承知しているつもりだ。
自分は相手に何も与えず、しかし、相手に何かを求めてばかりいるクズであることも分かってる。
でもせめて、「好き」か「嫌い」か「どうでもいい」か、それくらいは言ってほしかった。
いや、「好き」はどう考えても無いのだが。
はっきり言わなかったのが彼女なりのやさしさだったのだろうか。
まあ、自分に害を為した挙動不審な先輩を立ててくれる時点で彼女のやさしさに疑問を持つべくも無いが。
一度はフイになった(した)チャンスをまだあると思ってた。
それに関しては自分の思い込みの深さ、思考のキモさに呆れるばかりだ。
ただ、「好きだ」と言えてよかった。
あのままでは一生直接伝えられなかったであろうことを伝えられてよかった。
誰とも付き合えないという言葉が本当ならこれから彼女はどのように生きていくのだろうか?
でも、願わくば俺を気遣っての嘘であってほしいなぁ。
まあ、まだ若いんだし、そんな矜持などアテにならんか。
ああ、今年の花火大会もまた一人か。
長文すまない。
所々、訳のわからない部分もあると思うがそれもすまない。
こんなどこにでもあるようなフラれ話、誰も興味ないだろうけど。
こんなこと増田でしか書けない。
俺、明日からも頑張れそうだ。
いい意味もわるい意味もないけど、ヲタが専門行ったら良い作品が作れるかっていうと
そうでもないと思うんだ。
むしろ、ヲタが作るのはクリエイターと違って独りよがりなものが多い。
視点が自己視点と他の作品からの(いい言い方で)オマージュになってしまうから
クオリティが高いっていうとそうでもないものができてしまう。
でも、知識があるがそれは自己視点だけではなく幅広い視点から見ることのできる
覇気・プロ意識なんてのは本気で作品を作ろうって思ってる奴以外はどれも同じだと思うよ。
ヲタだろうが一般だろうが同じ。
俺は別にそういう会社とか就職する気は(今のところ)ない文系学部に所属するパソヲタなんだけど、
趣味でゲームでも作ろうかなぁって思うとなんだかんだRPGが一番手っ取り早くなっちゃうのよね。
ていうか、正直なところアクションゲーはハードもCGも進化しすぎてて大したもんが作れない。
じゃあコマンド式の古典的なもんでも作ろうかなと。そうなってしまう。
いまの20前後のガキって、
・後期ドラクエ
・スマブラ
・パワプロ
ぐらいしかやってないやつも結構多い。
割とやってる方の俺でも、STGとなるとスペースインベーダー(SFC版)と東方しか経験なかったり。
別に彼らを擁護する気もないんだけど、(いい意味での)ヲタでもねぇくせにそっちの分野の専門学校行っちゃったやつらなんて、
そんな程度なんじゃないのかな。まぁ、覇気もプロ意識のかけらもないけどね。
話変わるけどとりま肩慣らしにしょぼいRPGでも作ってみようかと思い、
今そのための勉強と思ってFF、DQ、wizのオリジナル版を1から順番にやっている。(ハードやソフトはなんとかした)
ああこんな風に発展していったのね、と色々勉強にはなっているんだが、
そこからさらなる新しい要素を作りだそうとなるとなかなか思い浮かばない。
自分はノアヲタではないしむしろノアは一度も生観戦したこともなく
専門チャンネルで見て「ひどい試合してんなー」くらいの感情しか浮かばないのだが
プロレスファンとしてプロレスラーがリングで亡くなるのは哀しい出来事だ。
で、先日も某会場で選手が動かなくなってしまった事例を見たのだが。
そのときに思ったのは、
医者がいればいいってもんではないということ。
壊れてしまった体を、100%完全に元に戻すことができる医者なんていない。
割れたコップの欠片をつなぎ合わせることはできても
もとのようにつなぎ目さえも完全に消し去ることはできないのと同様に。
「それはケガをする恐れがあるからやめなさい」
と止めるくらいの権限があるリングドクターならいてもいいと思う。
そしてそれをやって一番困るのは一番危ない技をかけておきながら
その「受け」を評価するノアや新日本プロレスといったメジャー団体と、
「けいおん!って面白いの?」
「どうだろう。その人の好み次第じゃないかな」
「そりゃなんでもそうだわ。お前の意見聞いてるのな」
「僕はかんなぎの方が好き」
「BECKとどっちがおもしろい?ていうか音楽参加はどのバンド?」
「あー、そういうアニメじゃないよ」
「え。バンドものじゃないの?」
「うん、違う」
「え『軽音』なのに?」
「うん、違う。どっちかっていうとらきすたとかのあるあるネタとかほのぼの日常ものに近いんじゃないかな」
「ネタとして?それともこう、演出とか構図とかの話で?」
「演出」
「ああ、うん、ないよー。多分女の子を萌え的に描くのに主眼を置いてるかな」
「演奏シーンはどう?動く?」
「だからバンドものじゃないんだって。OPEDくらいなら探せば落ちてるから聞いてきなよ」
間
「聞いてきた。何だアレ!音が薄いよ!軽音どこ行った!」
「だからバンドものじゃないと何度言えば」
「なんだよー」
「声優が楽器の練習したみたいな話も聞いたし、関連イベントで生演奏、とかそういう展開も視野に入れてるんじゃないかな」
「ははー」
「君の考えてるライブとは根本的なものが違うと思うよ。あと女の人でも好きな人は好きでしょう普通に」
「ハルヒも別に面白くなかったし、らきすたも途中で飽きたし、私京アニのマーケティング対象から外れてるんだなあ」
「まあ、そういうことだよね。ところでリストランテ・パラディーゾ、エロいね」
「眼鏡と手の描写に力いれすぎだろう」
「おっさん萌え」
「おっさん萌え」
いわゆる陵辱エロゲ規制問題で、私はid:mojimoji氏、id:hokusyu氏をはじめとする諸氏の言説、たとえばこれやこれやこれにいたく感銘を受けた次第であります。
全くその通りで、陵辱エロゲは女性を性的に暴行・侮辱することを肯定的に描く表現であり、しかもそれを正当化する術をどこにも持っておらず、擁護派はあろうことか「表現の自由」と強弁してヘイトスピーチを正当化しようとするばかり、全く同情の余地はない、「生きるに値しない表現」です。このような明晰かつ明快な論法にまずは敬意を表したいと思います。
その上で私は、このような糾弾の声、表現の純化と浄化の声をさらに強くすべく、エロゲ以外の分野の規制をも求めて声を上げていくことを提案したいと思うのです。特に、世界的に良識の名の下に女性への暴力を肯定している例を私は知っており、ぜひとも一緒に声を上げていただきたいと思うのです。
私が具体的に糾弾したいのはとある演劇作品です。主人公は典型的なレイプ魔で、女性を甘い言葉で誘わしては慰み者にするという、ただそれだけで特徴づけられる人間です。要するに陵辱エロゲと何も変わりません。そして他の登場人物は、その言語道断な主人公に阿諛追従する男、そんな主人公にいくらでもなびく都合のよい女、それに対して何も手出しのできない情けない男と、いかにもこの種のエロゲヲタにとって都合のよい人物像ばかりが並べられているのです。
然るに、この演劇作品は日本ばかりか世界全体に流通しており、あろうことか一部では絶賛する声まで挙がっている有様です。北欧のある非モテの文筆家は、これを世界最高の芸術作品とまで評しています。また、フランスの進歩的な知識人の間では、この主人公を、権威を打倒し自由を追及する男として肯定的に評価する声さえ挙がったといいます。
どうして良識的な人々がここまで騙されてしまったかは私にも理解に苦しみますが、憶測するに結末として主人公が罰せられることになっているからでしょう。しかしよく見れば主人公以外の登場人物の喜びようは余りにもおざなりであり、このような話の筋は単なるとってつけたような免罪符であることに想像の余地はありません。
この作品に言及する声は意外なところにまで及んでおり、ある分野で世界最高の芸術家と評される人物は、話の筋に眉をひそめつつも、作品の質自体には賞賛を惜しんでいません。他にも、多くの分野からこの作品を崇拝する者は後を絶たないのです。
しかもあろうことか、世界最高のミュージシャンとも賞賛される人間がこの演劇に音楽を付けてしまったのです。これにより、この作品の評価は時が経つにつれ、上がることはあっても、下がることは全くないという有様です。
みなさん、この反動的な作品を規制し、上演禁止に追い込むようにご協力願います!
なお、作品の題名は「ドン・ジョヴァンニ」で、出典はスペインの伝説ですが、演劇化を試みたのはモリエールという男です。この戯曲をアレンジした台本に音楽を付けたのはモーツァルトというオーストリア出身の音楽家で、これを賞賛した北欧の知識人とはデンマーク出身のキェルケゴールという男、一定の留保を付けつつも作品を賞賛した芸術家はベートーヴェンという名前です。これらの反動文化人の作品を抹殺すべく、同志の皆様もぜひご協力願いたいと思うのであります。
表現というものの価値は意図と関連づけて測られるものではなく、表現の質として測られるのである。そして、作品から読み取れる作者の意図というものは決して一通りに決まるものではない。たとえば、「ヴェニスの商人」を読んでシェイクスピアが反ユダヤ主義者だったかどうかを判断するのは難しい。事実、シャイロックというユダヤ商人は、屈折した苦悩を持つ人物として見事に描かれており、反ユダヤ主義を糾弾する文脈でも演じることは大いに可能だからだ。ナチスを経験したヨーロッパでさえ、「ヴェニスの商人」を禁書にしようなどという馬鹿はどこにもいまい。
こう言うと、「エロゲに芸術性などあるものか」と言われるかもしれない。だが、紛れもないポルノである春画でさえ芸術性を評価する者はいるのだ。また、偉大な芸術作品の多くは、発表当時理解されなかったことも多い。これだけから見ても、法的立場から表現を規制することの愚かしさがわかろうというものだ。原則として、表現はただ表現によってのみ批判されるべきなのである。
なお、ショスタコーヴィッチという旧ソ連の作曲家は、スターリンによって作品を「革命的」だとか「反動的」だとかいろいろ評価を変えられ、作曲活動に大きな影響が出たことも付記しておく。笑うべきことに、当時問題になった作品はオーケストラだけで演奏される交響曲で、歌などによる言語表現すら一切含まれていなかったのだ。