俺も給料的にすげー割に合わない仕事してたことがあったけど、その時が一番充実してたと思う。
洗脳とかじゃなくて、本当に子供の頃からやりたかったことをやれてたから。
でも体力的にキツかったのと、貯金の出来なさ、そして両親が少しずつ体調を崩していくことへの不安で辞めた。
いわゆる「普通の仕事」って感じのについて、「普通の給料」を貰って、生活水準あんま変えないでいたらみるみる貯金は溜まった。
親がいよいよ片方アカンくなって、もう片方だけだとしんどそうだから今は「普通よりちょっとヌルい仕事」してるけど、それでやってけてるのはその貯金があったからだ。
あの頃に「自分のなりたかった仕事」を辞めて「普通の仕事」に就いたのは人生全体で見れば正しい判断だった。
だけど、毎日のように「もしも実家が太かったら、俺はずっとあの仕事が出来たのかな。体力的に耐えられる範囲ぐらいにペースは落ちてたかも知れないけど、続けることは出来たのかな」って頭の中でうわ言をブツブツしてる自分がいるのを感じるんだよ。
こういう話すると「社畜が洗脳された結果だー」って言うんだろうけど、俺そこやめてももう結構経ってるのに今でもそう思ってるんだから、これは多分俺の内側から出てきてるものなんだよ本当に。
教員って大変だと思うけどさ、やりがいは本当あるんじゃねえかな。
皆ゲームでキャラクター育てるのとか、他人の人生眺めるのとか結構好きじゃん。
教員ってのはひたすらずっとそれだけやる仕事なんじゃねえかと思うわけよ。
小遣いバンザイって漫画で「俺にはまるで生の映画を見てるみたいだよ」ってセリフがあったけど、まさにそれが毎日見れるんじゃねえかって。
社会人になるとそういうのって皆隠したがるっていうかさ、仕事場に持ち込む私情は待遇の相談で解決できる範囲にしろみたいなのがあるじゃん。
学生ってそういうのがかなり薄いっていうか、家の事情さえもガンガン学校に持ち込んでくるわけじゃん。
別に金八先生みたいにバッタバッタと問題家庭をどうにかしていけってわけじゃないけど、そういうのに対して何か出来る瞬間が人生でめっちゃ訪れるわけじゃん。
一部の人には滅茶苦茶刺さるんじゃねえかって思うわけよ。
つうか人にモノ教えるだけでも楽しいじゃん。
俺もそれぞれの職場で後輩に色々教えてきたけど、自分の説明で納得してくれてそれによって相手の出力が変わる瞬間ってちょっと脳汁出るんだよな。
まさに相手が自分のアクションに対してリアクションを返してきてるわけで、なんかこう社会的動物としての本能から快楽物質が貰えるんだよ。
教員って年中ずっとそれなわけじゃん。
脳汁出すぎて耐性ついちゃう人も多いんだろうけど、人によっちゃずっと毎年毎日のように脳汁出し続けられる体質というか精神構造の人もいるんじゃねえかな。
そういう人にとっては、単に待遇の良し悪しだけで辞められるような環境じゃねえと思うのよ。
俺がやってた仕事に比べたらずっとずっと待遇は良いと思うわ実際。
そう考えるとさ、教員っていう職業が何だかんだなる人間が大勢いるのも別におかしいことじゃねえんじゃねえかな。
こういう仕事に対して「こんな待遇でやるのは変な夢見て騙された馬鹿ぐらいだよ」みたいに思う人って、可愛そうだわ。
だって、待遇気にする以外で仕事を選ぶ軸が持てないような人生送ってきたってことじゃん。
まあそういう人も単に「自分の好きなものが今の社会で職業として成立している様子が全く想像もできないような趣味の持ち主」とかなのかなもな。
そう考えるとまあ……やっぱ可愛そうだと思うわ。
やりたいことをやることが自信の充実につながるってのは完璧に同意だな。 ただ俺の見てきた、例えば教員なんかだと自分は熱血教師気取りで 同僚教師も学生もうんざりしてるって例が...