2020-11-02

映画『罪の声』を鑑賞しました

感想を書き連ねるだけなのでネタバレはありません

事前知識を全く持たず鑑賞したため、お恥ずかしながら原作小説ということをエンドロールで知りました

映画を見て久しぶりに不思議気持ちになりました

日本中震撼させた未解決事件自身の声を使われてしまい、その後の人生が歪んでしまった3人の子どもに同情したわけではありませんがクライマックスでは気がついたら目に涙が浮いていました

最後まで見終わったとき頭の中に浮かんだ言葉は、おおよそ誰もが聞いたことのあるだろう説教でよく使われるものでした

「お前は自分ひとりで育ったわけではない」

子どもの頃なら意味を図りかねて素直に受け取れない言葉でしたが、大人になるにつれ理性的自分一人で生きていくことはできないし、今のような普通暮らしはできないということを知っています

私は自分ひとりで育ったということはなく、今現在自分ひとりの力では生きていけません

私は27年という生の中で、義務教育を受け、高校を選び、大学に進学し化学を学ぶことを決め、修士学位を取得し、現在化学メーカーの開発職に就いています

これは、自分で選んできた進路でおおむね小さい頃からの夢を叶えたと常日頃から思っています

姉妹は私の良き理解者であり、おしみなく手を尽くしてくれこのような人生を歩ませてくれました

意識たか無意識だったかによらず、これまでの人生の中には、恐らく上にあげた進路の選択の他にも数多の分岐点がありました

私はその時々の選択は、全て自分意思によるものだと思っていました

先に述べたように、私はひとりの力では生きていけませんので、当然他人というもの自分人生に密接に関わっているということは承知していますが、それでも、自分人生選択だけは不可侵の聖域のように自由意思によって決定されたものであったと信じていたかったのです

27年間、人によっては吹けば消えるような浅い人生だと思いますしょうが、私にとっては全てです

完全な順風満帆ものだったとは言えませんが、おおむね幸せに生きています

好きなとき家族似合うことができ、友人ともいつでも連絡がとれます

趣味も充実していて、たまに美味しいものを食べては幸せを噛み締めています

平和自由享受している私は、正直他人を恨むとか嫌うとかそういうことはあまり得意ではありません

このような人生を歩むことを守ってくれた大勢の人がいたからです

自分で選んできた人生分岐点での選択肢は、確かに自分で挙げたものほとんどなんだろうと思います

しかし、そこでいわゆる道を踏み外してしまうような、現代社会からふるい落とされてしまうような、そういった「正しくない選択肢」を取捨選択してくれた大勢の周りの人々がいたはずです

この映画に出てきた3人の子どもたちの周りにもそういった人々がいたとは思いますが、力及ばす、犯罪に関わるという選択肢を選ばされてしまったのだと思います

彼らは完全な被害者であり、間違った境遇を歩むこととなってしまいました

この映画フィクションですが、世間にはこのような子どもたち(大人たち?)は大勢いるのかもしれません

罪を犯す人の気持ちも、他人を巻き込み人生台無しにする人の気持ちも、どんな事情を聞かされても全く理解はできないと思います

本人は正義を信じているのかもしれませんし、純粋な悪意によるものかもしれません。全く人を人とも思わない自分勝手な扇動によるものかもしれません

私は、大勢他人と密接に関わって生活しています

今いる社会から踏み外してしまいそうな選択肢を持った人と関わってしまったとき、それが私だったとき、あるいは私以外の誰かだったとき、私にできることはあるのでしょうか

わかりません

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