彼氏は「夢絵」をたぶん知らない。
二次元キャラやアイドルなどと「自分」(見た人がそれぞれ自分になぞらえて妄想するためのモブキャラ)の交流やいちゃいちゃを描くものだ。「自分」は原作には登場しないオリジナルキャラクターで、極端に特徴が薄かったり、果ては目や口が省略されたのっぺらぼうだったりする。
私は、普段は夢絵や夢小説を好む「夢女子」ではない。ここから夢女子文化について大変失礼なことを書くので、気を悪くなさったら申し訳ない。
私が夢絵を見るとき、原作に出てこない顔のない「自分」をねじ込んだ作品に、正直異物感を覚えることがあった。キラキラに書き込まれた推しと、粗雑な「自分」の対比に、ある種の卑屈さを感じたのだ。
推しと付き合いたいと思うなら、いっそ清々しく「ぼくがかんがえたさいきょうのガンダム」を描いてほしいと私は思った。推しに釣り合うような美人とか、平凡だけどほっこりと可愛らしい彼女。推しがそのキャラクターを愛するまでのストーリーを図解されて、私は納得したかった。
ところで彼氏はいわば公式で私の彼氏だ。同じ世界線で生き、2年前から公式でつきあっている。
今年の1月から遠距離恋愛になったが、間の悪いことに、ちょうどコロナウイルスの流行が始まってしまった。月に一度会う予定が、今に至るまで3回しか会っていない。当然、今まで行っていたいちゃいちゃ活動も滞っている。
私は決して最初から夢絵を描こうとしたわけではない。ふと彼氏の似顔絵を描いてみたくなった。面白く書けたら彼氏に見せようと思い、好奇心で実行に移した。
彼氏の顔、見上げた時の顔、無精髭の顎のライン、ふざけてしゃくれる顔を描いた。気づいたら、膝を曲げて、上から覗き込むようにキスしてくれる彼氏の絵を描いていた。ここ2年、親の顔より見た顔だ。我ながらうまく特徴を捉えた夢絵が描けていた。
ペンが止まらない。なにしろ彼氏の顔を描くのが楽しい。個性的な顔立ちで、表情が豊かなかわいい人だ。目元の表現をあれこれ工夫していると、だんだん彼氏が目の前にいるような気持ちになり、ぽーっとしてくる。
彼氏の匂いとか、硬くて寝心地が悪い胸板が恋しい。彼氏の微妙に楽しくなっちゃってるちんちんの上に座りたい。(膝の上よりもちんちんの上の方が興奮するのだ)
前述の通り、私と彼氏は同じ世界の登場人物であり、公式でつきあっている。だから作中の人物同士の二次創作と言ってもいいのだが、夢絵と表現したのは、自分の顔を描かなかったからだ。彼氏の顔は覚えている限り詳細に描くが、例え自分の似顔絵であっても、彼氏の膝の上で抱きしめられている人の顔を描きたくない。激しい嫉妬である。
ベッドに腰掛けた彼氏のちんちんの上に座り、まっすぐな肩に顔を埋める絵を描き、私はついに夢絵を体得した。
夢絵は作品ではなく行為だ。描くこと自体が彼氏との交流であり、いちゃいちゃだった。完成も公開もしなくていい。二次創作を描くときに頭をよぎるいいねの数、気にもならない。これは召喚だ。私が夢絵を描くとき、彼氏は次元の向こうではなく、ライン電話越しでもなく、たしかにここに来る。夢絵に顔は要らない。そもそも私の顔はこんな位置にないからだ。私はここにいて、これを描いている間ずっと、彼氏に抱きしめられているのは私だ。
私の彼氏は聞き上手なので、私は日々の発見を彼氏に伝える。彼氏は私の話を興味深く聞き、きっと素敵な茶々を入れてくれるだろう。
💩
どうでもよすぎた