童貞を捨てると言うと人権警察の人たちが「そんな自分本位な考え方だからダメなんだ」とか言い出すから付け加えておく。
童貞を捨てるということよりも、女性と楽しくドキドキする経験がしたい。
スケベなこともしたいけど、恋の駆け引きもしたいし、バーで延々と駄弁ってもいいし、一緒に買物に行ったっていいし、フラれたって構わない。
こう思い立った。
童貞の男に女性をドキドキさせる能力があるとは思えないし、童貞僕も余裕がなくてドキドキしてしまうだろう。
自己研鑽もしたし、出会いがないなりに交友関係を広げるために手を尽くしたし、勇気を出してナンパもやった。
でも26歳クソ童貞は変わらなかったし、人を愛する才能がなければ人から愛される才能(魅力)もないんじゃないかという不安を抱えてしまった。
まず「人を愛する才能」について26歳クソ童貞の考えを書く。
人を愛することのゴールは自分の愛を受け入れさせることだと思う。
このため、「愛を受け入れさせるまでに拒絶されないこと」が前提となる。
人によって拒絶されるラインは違う。違って当然だ。だから自分なりに痛い目に遭いつつラインを学んでいる。
学んでいるのだが、学んだことがことごとく裏目に出てしまうのだ。
あの人のときはラインを過ぎてしまった、だから今回はちょっと控えめしたら押しが足りない。
じゃあ今度は押そう、でも今度は拒絶されてしまう。この繰り返しである。
女性は気まぐれな生き物だと人は言う。日によってラインが変わるのも仕方ないだろう。
次に「人から愛される才能」だ。
人から愛されることで大事なのはゴールではなくスタートになると考えている。
なぜならゴールは自分で設定するものだからだ。ゆえにスタートを見極めるべきだ。
そして人から愛されることのスタートは魅力のある人になることだと思う。
人によって魅力のツボは違う。ちなみに26歳クソ童貞は背の高い女性が好みだ。
魅力のツボが違うので、いろんな魅力を備えるべきだ。
ところが魅力は才能による影響が大きい。
もちろん努力による振れ幅はある。だが、才能を紙幣とすれば努力は硬貨に相当する程度の価値しかないだろう。
顔の造形は言わずもがな魅力に大きな影響を及ぼすが、これはほとんど才能である。
化粧、顔面筋のトレーニング、および日々の肌のケアによる向上は見込めるが、それでも真皮まで及んだニキビ跡が治ることはないし、造形が変わるわけでもない。
ファッションだけは上手くいったと思う。これは収穫だと思う。でもファッションは足切りを免れる程度で十分なので向上させる意味をあまり感じない。
そもそも26歳クソ童貞が女性誌を読んで得るものがあるのだろうか。モデルみんなかわいいなぁ(小並感)で終わった。
会話術は調べたけどそもそも女性との会話にたどり着けないのでフィードバックもクソもない。
整形も視野に入るが、整形するくらいならモテなくていい。魅力がないのは分かっているがこれでも愛着はあるし両親を悲しませる行為はしたくない。
そもそもこんな26歳クソ童貞である。普通にしてても一般人からしたら酔っ払い程度の判断力しかないだろう。
26歳クソ童貞はどうすればいい。
誰か教えてくれ。頼む。
記事に書こうと思ってた。
いいの…?僕男だよ…?(男の娘風)
筆者は間違いなく男です信じるか信じないかはあなた次第。
経験上そういう趣味が続く気はしないけど、なにか無いか考えます。
ちなみに26歳クソ童貞には姉も妹もいません。
男友達はいるけど女性との交友関係があるような男友達は現状いない。
人間、他人、好きですか?
ごちゃごちゃ言ってないでやらせろ
乳首何色?
女性比率が高い趣味系の集団に入り込んで、女性同士のコミュニケーションを学んで慣れておく 姉や妹がいる奴はモテる、相手との同質性がゆえに
男友達がいるか。いないなら友達づくりから いるなら男としか思えないようなドキドキしないブスと友だちになる ブスと友だちになったらそれよりドキドキするだろうブスと友だちにな...
無理だわ。 今やってることと全て逆にのことをするしかない。そして風俗へ行け。
なんとなくだけど女が書いた文な気がする
いいじゃないですか。女のふりして文章を綴るおっさんもいるこったし