2017-12-20

ハルキムラカミ的構想による「クトゥルーの呼び声」をめぐる三章

  1.粘土でできた羊


 思うに、人類にとって幸福なことは、ばらばらに与えられた情報ひとつにまとめることができないということだ。

 それはたとえば、象について何でも知っている人が、象使いについては何も知らないというように。


 ぼくは、こういったどうでもいいことの大半をデレク・フリンフィールド小説から学んだ。

 デレク・フリンフィールドが書いたのは、たとえばこんな話だった。

 ある男が毎夜、悪夢にうなされていた。

 男は悪夢で見たものモデルに、粘土像を作った。それは羊に似た何かだった。

 彼は、その意味を知りたくて粘土でできた羊を、ある考古学者のもとへ持っていった。

 考古学者はそれを見てとてもおどろいた。彼はアフリカで、ある部族につたわる伝説研究していたとき、現地の老人からこの世でいちばん恐ろしいものとして聞かされていたのが、《粘土でできた羊》の話だったからだ。

 その数日後、考古学者は突然心臓が止まって死んでしまう。それがこの小説の結末だ。

 これで、デレク・フリンフィールド作品としては、まともなほうなのだ

 この小説家は、母親の死を知らされると、チェ・ゲバラ肖像写真を抱いてビルから飛び降りしまった。

 やれやれ


  2.スパゲッティモンスター1973


 1973年のこと。

 その年、ぼくは毎日のようにスパゲッティをゆでていた。

 そのうちスパゲッティについて、とてもくわしくなっていた。

 いいかげんゆでるのにもあきた頃、Kのバーへビールを飲みに行った。

 しばらくピンボールをやってからカウンターに座った。

 すると女の子が話しかけてきた。

「ねえ、スパゲッティモンスターの話を聞きたくない?」

「聞きたいね」ぼくは答えた。

 ぼくはスパゲッティについてはとてもくわしかったが、スパゲッティモンスターについては何も知らなかったのだ。

ルイジアナの沼地に、ある宗教団体が住みついていました」

「ふむふむ」

「その団体の人たちは、近所の人たちをさらってきてはひどい方法で殺していました」

それはひどいね」

「それで、警察が出動して、ピストルばんばん撃って、信者はみんな逮捕されたんだけど、その時、狂信者の一人が大事そうに抱えていたふしぎな金属でできた彫像を、警察押収したの」

彫像?」

「そう、それがスパゲッティモンスターだったのよ」

「ふうん、で」

「これでこの話はおしまい

「えっ」

おしまいなの」

「ふうむ、その、スパゲッティモンスターって、《粘土でできた羊》みたいなものかな?」

 ぼくがたずねると女の子はきょとんとしていた。

 もちろん女の子は《粘土でできた羊》のことなど何も知っちゃいないのだった。

 やれやれ


  3.船が沈む話


 1984年ごろ、ぼくは広告関係仕事についていた。

 ある日、くだらないパーティに出席することになった。

 それはとても退屈なパーティで、ぼくは退屈していた。

 ある男が話しかけてきた。

「船が沈む話をしてやろうか」

「ああ、聞きたいね

 ぼくは退屈していたのでどんな話でもよかった。

「あるところにノルウェー人の船員がいた」

「ふむ、ノルウェー人ね」

「彼は船に乗って南太平洋を旅していたんだが、ある時、海図に載ってない無人島を見つけた。つまり海底から隆起した新しい島なんだな」

「ふむふむ」

「船員たちはその島を調べるために上陸した。するとそこには非ユークリッド的な建築があった」

「ううむ」

「その建築神殿のようなもので、大きな扉があった。船員たちが近づいて行くと、扉が開いてそこから恐ろしい怪物くるとぅーが姿を見せた。船員たちは皆あっというまに怪物に食い殺されてしまったが、スウェーデン人の船員一人だけは、何とか船まで逃げ帰り、島を脱出することができた。だが怪物は海まで追ってきた。そこでスウェーデン人は船を反転させ怪物にぶつけた。とぅくるーは沈んでゆき、船も沈んだ。スウェーデン人ボート脱出漂流することになった。その間、彼はくとぅるーの夢を見つづけ、救助されシドニー病院収容されたときには、すっかり気が狂っていたんだ」

「その、くとぅるーってどんなやつなの?」

「頭がスパゲッティみたいな怪物だよ」

「うーん、それってスパゲッティモンスターのこと?」

「何でもいいんだよ。何なら、《粘土でできた羊》でもね」

「えっ、……」

「それでな、そのノルウェー人の船員は、故郷ノルウェーの森に帰って、そこで井戸を掘りながら死んだそうだ」

「ん、ノルウェー人なの?」

「そうだよ」

「生き残った一人はスウェーデン人じゃなかった?」

「……どっちだっていいんだよ。何ならデンマーク王子ってことにしてもいい」

「あ、そう」

「じゃあ、こんどはデンマーク王子スパゲッティモンスターと闘う話をしてやろうか」

「もう、いいよ」

 ぼくがそう答えると、男はその場からはなれて、どこかへ行ってしまった。


 ぼくは家に帰ると、南佳孝の「スローブギにしてくれ」をかけながらビールを飲んだ。

 そしてその日11本目のタバコに火をつけた。

 吐き出した煙が流れて消えていくのを、ぼくはぼんやりながめていた。

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