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2015-03-23

[] 『ソーシャルリンク』 その10

  写真の中の高橋圭一には、今も手錠で作られた鎖ががんじがらめに絡まっている。もう一方の鎖の先は、共犯者に繋がっているものだと思っていたが……

冤罪、か」

  翌日、俺は全国に展開している喫茶店コーヒーを飲んでいた。高橋圭一勾留されている警察署に面会を求めに行って、門前払いされた帰りだ。

「面会できれば、何か分かったかもしれないのにな……」

  美味くもないコーヒーをすすりながら、俺はつぶやいた。西織あいかの話では、彼女は憧れの先輩である高橋圭一を追って『光の華』に入信したらしい。その後一年ほどは何事も無く過ごしていたが、最近良くない噂を聞くようになったとか。

  子供信者なんて滅多に見なかったのに、最近やけに子供の姿を教団内で見る──

  誰の子供か、知っている人は居ない──

  話を聞いてみると、知らない人に連れて来られたと言っていた──

  いつの間にかその子供は居なくなり、二度と姿が見えなくなる──

  数日すると、違う子供が代わりにやってくる──

  もしかして信者の中に子供誘拐して施設監禁している人が居るのではないか? そんな噂が誠しやかにささやかれていたそうだ。そして報道される女子児童に限った連続誘拐事件と、高橋圭一の劇的な逮捕信者達は噂の真相を知ることになった。

  しかし彼の人柄を良く知る西織あいかは納得しなかった。憧れの先輩である高橋圭一がそんな犯罪に手を染めるはずがない。また、忙しい芸能活動スケジュールをぬって誘拐事件を起こすなど、客観的に考えても不可能だった。にも関わらず、誰も高橋圭一犯行に疑いを持たず、しかもそれを裏付ける物的証拠まで上がるに従って、彼女は教団が組織ぐるみ高橋圭一を陥れたのだと悟ったのだった。そして彼女は、手練手管を駆使して教団の幹部に接触して内実を探っていたらしい。今のところ、これと言った情報は得られていないそうだが。

  彼女の話を全面的に信じたわけではないが、教団を探るという共通の目的がある俺達は、お互いに協力しあおうという事になった。俺達は連絡先を交換し、俺は彼女を、彼女マンションまで送り届けたのだった。

  図らずもアイドル個人的な連絡先を手に入れた形になった。嬉しいような、どうでもいいような。思春期の子供じゃあるまいし。だいたい、俺は別に西織あいかのファンじゃないしな……

  そんな事をぼんやり考えていたから、

「続いてのニュースです。昨夜、タレントの西織あいかさんが帰宅途中に男に連れ去られ、行方不明になっているとのことです」

  喫茶店に置いてあるテレビからそんなニュースが流れてきた瞬間、飲んでいるコーヒーを吹き出しそうになった。

警察によりますと、あいかさんを連れ去ったのは渋谷区在住の佐々木誠容疑者26歳」

  テレビの画面には俺の顔写真がはっきりと映っている。冗談じゃない。いや、確かに誘拐まがいのことはしたが、でもなんで警察が動いている?

警察は男を指名手配とし、市民から情報提供を募っています

  西織あいかはちゃんと自分の家に帰ったし、おそらく今日問題なく仕事に出かけたはずだ。行方不明になんてなっているはずがない。となると、考えられる可能性は一つ。

  あのアマ裏切りやがった。

  テレビの中ではどこから手に入れたのか、俺の小学校卒業文集が晒されていた。画面にデカデカと、拙い文字で書かれた『お笑い芸人になって天下を取る!』という子供の頃の俺の夢が映っている。ああ、懐かしい。そんな事を考えていた時代もあった。俺の感慨をよそに、コメンテーター芸能界への憧れが犯行へ繋がったのではないかとか、勝手なことを言ってる。うっせえ黙れ。お前になんの権利があって、純粋子供の夢を汚すんだ。

  その時、隣を喫茶店の店員が通り過ぎていった。俺はとっさに顔を伏せた。卒業文集がどうのこうの言ってる場合じゃない。俺は指名手配中なんだ。しかも全国ニュース写真が公開されているんだ。

  店員の様子を伺う。俺の事を不審がっている様子はない。誰も、自分喫茶店に今しがた放送されたばかりの指名手配犯が居るなんて思わないだろう。ニュースをちゃんと観ていたかどうかも怪しい。しかし、俺はひどい不安に駆られた。今にも警官が大挙して俺の元に押し寄せて来る気がする。顔を隠さなくては。

  俺は、いつも持っているサングラスをかけて目元を隠した。これだけで焦燥感が三割減した。慌てて喫茶店を出る。外に出ると、人、人、人。全員が俺を見ているような錯覚を覚える。

「ごほっ! ごほっ! あー! 風邪だ!」

  誰も聞いていないだろうに、俺はわざとらしく咳をしながら近くのコンビニに入った。ごほごほ言いながら、口元を押さて顔を隠してマスクを買った。会計の瞬間、店員に気づかれやしないかと肝が縮み上がった。コンビニを出てすぐさまマスクを付けようと、包装のビニールを破ろうとするが、顔を隠すために片手が塞がっているので上手く開けられない。もどかしさのあまり、口でビニールを咥えて包装を破った。取り出したマスクをつけ顔を完全に隠すと、俺はやっと落ち着きを取り戻した。

  さて、これからどうするか。俺は指名手配中の身だ。外に出ていてよかった。おそらく事務所には警察捜査が入っているだろう。しばらく事務所には帰れない。とにかく西織あいか真意を問いただす必要がある。俺は携帯を取り出すと、昨日交換した彼女の番号にかけた。数回呼び出し音が鳴った後、回線がつながった。

「おい、どういうつもりだ」

  俺は彼女を問いただした。しかし、帰ってきた返事は

「……おかけになった電話番号は現在使われておりません」

  無機質な音声案内の声だった。

  * * *

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2015-03-22

[] 『ソーシャルリンク』 その9

  暴力効果は絶大だった。拳を三回腹の上にふり降りしてやると、先程までの騒動が嘘のように西織あいかはおとなしくなった。今ではソファの上でぴくりともしないでいる。

「手間かけさせやがって」

  肩で息をしながら、俺は言った。

「いいか、俺はお前のファンでもなけりゃストーカーでもない。ただお前の事務所の先輩が起こした事件を調べていて、お前に話を聞きたかっただけだ」

  彼女は、大人しく俺の話を聞いているようだ。うつろな瞳を天井に向けている。

「だから、大人しく話を聞けるならこれ以上暴力は振るわない。俺のことを黙っていられるなら、無事に家にも帰してやる。芸能活動も続けられる。いいか?」

  彼女の顔を覗きこむように言う。彼女は弱々しく頷いた。

「よし……」

  俺は彼女の口に貼ったガムテープをはずした。彼女自由になった口で、何度か深呼吸をした。はやり息苦しかったのだろう。呼吸を整えた後、大きく息を吸い込むと、

「きゃーー!!! 痴漢!! 変態!!」

  途端に叫び始めた。近所に響き渡るような大声だ。ここはアパートじゃないし夜に人通りが多いわけでもないが、もし人に聞かれるとまずい。

「犯されるーー!!! もがっ……」

  冷や汗をかきながら、俺は慌てて彼女の口を手で塞いだ。さっきと同じ展開だ。

「いでででで!!!

  だが今度は、彼女は俺の指に噛み付いてきた。親指を噛みちぎる勢いだ。俺はたまらず、自由な方の手を彼女下腹部に振り下ろす。

「がはっ」

  今までと違って、明らかに効いてる反応。ここか。ここが急所なのか。俺は全力を振り絞って彼女下腹部を殴打した。

「はぁ。はぁ。はぁ……」

  殴っている方も息切れするくらい繰り返し殴った。見れば、今度こそ彼女は完全に従順な目をしていた。後で考えてみれば殴ったのは調度、保健体育の時間に習った子宮のあるあたりだった。

「大人しくしろ

  噛まれ右手をさすりながら、俺は言った。

「うん……もう殴らない?」

「ああ、殴らないよ」

「じゃあ、大人しくする」

  体を縮こまらせて、彼女従順の意を示していた。ゾクソクした。こいつは、やばい

  いやいや、こんなことをしている場合じゃない。急にもたげたサディステックな欲望を胸の奥に仕舞いこむと、たいぶ遠回りしたが、俺はやっと本題に移った。まずは田中との関係を探る。

「こいつに見覚えはあるか?」

  彼女田中写真を見せた。

「しっ、知らない。誰……? この人」

  嘘は言っていないだろう。俺の目には彼女田中の間の関係が見えている。田中写真から彼女に伸びるのは弱々しい線一本。おそらく偶然に一度顔を合わせたことがあるといった程度か。

「お前、『光の華』って新興宗教に入信してるよな?」

「うん」

高橋圭一も入信してるよな?」

「うん」

  高橋圭一写真を見せながら、俺は問うた。彼女から写真の中の高橋圭一には、眩い光を放つ太い繋がりが伸びている。憧れ、尊敬。きっと芸能界の先輩として慕っていたのだろう。もしかしたら、男女の間の特別感情も持っていたのかもしれない。しかし逆に写真から彼女へは、細い関係しかなかった。

「じゃあお前と、『光の華』と、高橋圭一と、知っている限りのことを話せ」

  彼女はしばし沈黙し、考えをまとめているようだった。

「信じてくれないかもだけど……」

  ためらうように前置きした後、彼女は言った。

「先輩は無実なの。教団に濡れ衣を着せられたの」

  * * *

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2015-03-08

[] 『ソーシャルリンク』 その7

  結局、不自然な言動をしたのは独身寮に住んでいた田中一人だった。翌日から俺は彼の寮の前に張り込みを始めた。朝、日の出前に起きてチャリで一時間かけて彼の最寄り駅まで。チャリをそこに停めると家の前まで歩く。そこで彼が起き出して出社するのを待つ。彼が家を出ると、その後をつけて一緒に職場まで。あとは退社を近くの喫茶店で一日待つ。彼が退社すると一緒に帰宅して、それからは彼が眠るまで夜中まで張り込み。終電もない時間になるからチャリ事務所まで帰ってくる。この生活を一週間続けた。睡眠時間は平均4時間ほどになった。正直堪える。

  何の成果も上がらず迎えた週末。俺はやはり朝から張り込みを続けていた。午前中は特に動きも無かったが、昼過ぎにどこかに出かけた。慌てて後をつける。最寄り駅から電車に乗り五駅先で降りた。駅から歩くこと十分。彼はうらぶれた雑居ビルに入っていった。

  エレベーター前の案内を見ると二階に『光の華』という宗教法人事務所を構えているらしい。田中は四時間ほどそこで過ごし、自分の家に帰った。それからは外出することなく就寝した。

  * * *

  田中の就寝を見届けてから事務所に帰ってきた俺は、早速ネットで『光の華』という宗教団体について調べてみた。最近規模を急激に拡大している新興宗教だという。その信者は多岐に渡り一般人のみならず芸能界司法警察機構政界にも少なから信者がいるそうだ。

  教祖中野興右衛門という人物で、45歳。バブル崩壊後、経済的に荒廃した日本を離れ、インドで十年間ブッダもかくやといった荒行を積み超自然的な能力を身につけたらしい。どんな人物なのか写真でもないものかと検索してみたが、一つも見つからなかった。なんでも、神秘性を保つために写真の類は一切撮っていないらしい。この情報化時代写真の一枚もないなんて、神秘性を通り越して不気味だ。まあ、逆にSNS今日の昼に何を食べたとか、誰と会ったとか、日常を垂れ流している宗教教祖なんていたら、それはそれで嫌だけれど。

  今度はこの宗教関係があると言われている人物を検索してみる。真偽は不明だが、ネット上のゴシップが大量に出てくる。あまり芸能界に詳しくない俺でも知った名前がちらほら見える。高橋圭一名前も見つかった。これで田中との繋がりが何なのか分かった。きっとこの宗教を通して関係があったのだろう。

  関連サイトを見るともなしにブラウジングしていると、一人のアイドルが目に留まる。西織あいか。19歳。明るい髪と、意思の強そうなぱっちりした猫のような瞳が印象的だ。売り出し中の駆け出しアイドルらしく、テレビで見たことはないが、かわいらしい。正直タイプだ。所属堀川プロダクション

  高橋圭一所属堀川プロダクションだった。同じ事務所で同じ宗教団体に属している芸能人二人。怪しい。

「確かめてみるか」

  * * *

  堀川プロダクションは中堅どころの芸能事務所だ。俺は事務所の入ったビルの向かいにある古本屋から、人の出入りを監視していた。まるで芸能人の追っかけになった気分だ。たまたま窓際の棚に陳列されていた、興味もない競馬マンガ立ち読みしながら待つこと三時間サングラスで顔を隠しているが、西織あいかと思しき人物が事務所から外に出てきた。

  急いで古本屋を出る。彼女は通りの角を曲がるところだった。見失わないよう小走りで後を追う。しばらく後をつけ、人通りが途絶えたのを確認して声をかけた。

「西織あいかだな」

  彼女は振り返って俺を一瞥すると、

「ファンの方? こういうの困るんですけど」

  と、不機嫌も露に言った。これで本当にアイドルが務まるのだろうかと、他人ごとながら心配になってくる。

別にファンじゃないが、ちょっと話が聞きたくてな」

  俺の話を聞いているのか聞いていないのか、はぁ~、と大きなため息をついたかと思うと、バックから携帯を取り出した。

もしもしマネージャーさん? ちょっと今すぐ来て欲しいんですけど……」

  彼女は有無をいわさず事務所に連絡を取り始めた。問題になるのは困る。焦った俺はとっさに、彼女の手から携帯を叩き落とした。

「ちょ……もがっ!」

  背中から手を回して羽交い締めにし、騒がれないよう口元を押さえる。

「騒ぐな! ちょっと話を聞くだけだから……」

  俺は囁くように言った。携帯からマネージャーと思しき男が、どうした!とか叫ぶ声が聞こえている。大事になるとまずい。

  彼女はしばらくもがもが暴れていたが、観念したのかやがて大人しくなった。

「よし。そのまま大人しくしてろよ」

  口元から手をどけても、騒ぎ出す様子はない。安心して羽交い締めにしていた力を抜いたら、彼女の体はずるりと腕の中から滑り落ちていった。

「え……」

  見れば彼女はぴくりともせずに地面の上に横たわっている。まさかまさか

「し、死んでる……」

  * * *

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2015-03-03

[] 『ソーシャルリンク』 その6

  事務所寝床に帰ってきた頃には始発が動き出す時間になっていた。興奮冷めやらぬままソファ腰掛ける。リュックから盗ってきた卒業アルバムを取り出した。パラパラとめくると、クラス集合写真の載っているページを見つかった。ポケットから高橋圭一写真を取り出し、ページにかざす。

  高橋圭一写真からは、今も四方八方に無数の関係が伸びている。その内の一本が、集合写真の上に伸びている。まず一人。期待通りだ。俺は全クラス写真から高橋圭一関係を維持している数人を見つけ出した。

  夕方まで一眠りすると、同じく卒業アルバムから見つけた電話番号を使って、さっき見つけた高橋圭一の元同級生達に電話をかけた。何気ない卒業アルバムの持つ情報としての価値の高さに驚く。そりゃあ個人情報保護が厳しくなるはずだ。

もしもし佐藤です」

  おばさんが甲高い声で電話に出た。佐藤って奴の母親だろう。

もしもし、私、佐藤君のクラスクラス委員をしていた佐々木と申します。覚えておいででしょうか?」

「は、はぁ……」

  覚えているはずがない。佐々木というクラス委員が居たのは本当だが、卒業アルバム写真の上で、二人の間には一切の繋がりがないのは確認済みだ。

佐藤君とは同じサッカー部チームメイトとして、仲良くやっていたのですが。話にだけでも、聞いていませんでしょうか?」

「そう言われてみれば、そうだったかしらねぇ」

  二人がサッカー部だったというのも本当だ。

「それで、ご用件は何でしょうか?」

高橋君のニュースは聞いてますよね? ほら、僕達、元同級生として高橋君には特別思い入れが……今回の事には、みんなショックを受けていまして。一度、ケジメと言いますか、僕達で集まって、話しておこうということになりまして……それで、佐藤君の今の連絡先をもらえませんか?」

  同様の手口で狙いをつけた元同級生、全員分の住所を手に入れた。

  * * *

  週末。洋服の青山で買い込んだ安いスーツに身を包み、俺は調べをつけた元同級生達の元を訪ねてまわっていた。全員高橋圭一と同じ年齢で、31歳だ。同じ高校卒業したはずなのに、それから十年以上も経つと二人として同じ人生を送って来なかったのが分かる。幸せな家庭を築いている者、そうでない者。卒業アルバムの中で凛々しい顔つきの少年が、立派な中年に育っていたり。

  これから訪れるのは都内大手企業独身寮だ。目的の部屋を見つけ、インターホンを鳴らす。

はいはい、どなた?」

  やがて、くたびれたトレーナー姿の男がドアを開けて顔を出した。

田中さんですね。私、こういう者なのですが……」

  俺は懐から警察手帳』を取り出し、彼の目の前に掲げた。マスキングテープステンシル活用して、それっぽい黒い手帳旭日章警視庁を金字でスプレーしただけの偽造警察手帳だ。何度も作り直してやっと完成した。力作だ。このタイプ警察手帳はもはや使われていないそうなのだが、疑われることはなかった。

警察の方が、何の用ですか?」

  いかにも警戒している。そりゃ突然訪問してきた警察なんて、歓迎はされないだろう。俺は偽造警察手帳を懐にしまい、代わりに高橋圭一写真を取り出した。

「ご存知でしょうが高校の元同級生だった高橋圭一都内連続児童誘拐殺人事件容疑者として取り調べを受けています。それで念のため、元同級生にもお話を伺ってまわっているんですよ」

「俺が何か知っているとでも?」

「いえ、全員に聞いていまして」

  俺は、ちょっとすまなそうな顔をして言った。

「何も知りませんよ。高橋とは、卒業以来会ってもいない。別の世界の住人でしたから」

「そうですか。ご協力ありがとうございました」

  俺は頭を下げて、その場を後にした。

  彼は嘘をついている。俺の目には高橋圭一写真から彼へ繋がる関係が見えていた。十年以上昔の元同級生などという、弱々しい関係ではなかった。それは、警察に嘘をついてでも隠さなければならないような関係だ。さて、一体何を隠しているんだろうね?

  * * *

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2015-03-01

[] 『ソーシャルリンク』 その5

  さて、この事件捜査すると決めたのはいいが、何から手を付けたらよいものか。まさか高橋圭一写真を持って、鎖の先に繋がっている共犯者が見つかるまで街をうろつくわけにもいかない。

  新聞週刊誌テレビインターネット。俺は事件関係しそうな情報を集められるだけ集めた。しかし、共犯者に繋がる情報は見つからなかった。テレビは連日、高橋容疑者について報道していた。派手な交友関係、爛れた異性関係、隠された変態趣味……史上最悪の犯罪者だ。容赦も何もない。

「こういう時って、なぜか卒業アルバムとか晒されるよな……」

  今回は特にめぼしい内容が書かれていなかったのか、報道されていないが。

卒アルか……」

  彼も学生だった時期があるわけで、当然学校に通っていれば人間関係が生まれるわけで。

  もしかしたら、彼の人間関係卒業アルバムから探れるかもしれない。卒業アルバムには卒業生写真が載っている。高橋圭一写真と突き合わせれば、もし今も関係が続いていれば分かるはずだ。

  ネット高橋圭一の経歴を検索する。都内にある高校に通っていたらしい。早速電話で問い合わせる。方々から問い合わせが殺到しているのだろう。何度かけても話し中だ。10回以上かけて、やっとつながった。

もしもし、○○高校事務所です」

  電話口の相手は疲れきった声で言った。

もしもし。私、佐々木探偵事務所佐々木誠也と申す者ですが、例の都内連続児童誘拐殺人事件について調べていまして……」

  すると相手はうんざりした口調で、

「そういうのは警察にまかせていますので」

  とだけ言って電話を切った。マスコミ警察ならいざ知らず、探偵への対応なんてこんなもんだろう。さて、どうするか。いっそマスコミ関係者を騙ろうか。しかし、図書室やそこらに保存されているであろう、アルバム現物を見せてもらわなくては困る。校内に入る時に身分証の提示くらいさせられるだろう。身分証の偽造? そんなスキル無いぞ。

「よし、学校に忍び込もう」

  ちょっと卒業アルバムを見せてもらうだけだ。そっと忍び込んで、そっと出てくる分にはバレやしないだろう。

  * * *

  その夜、草木眠る丑三つ時。俺は目立たないよう黒装束に身を包んで、件の高校の校門前に立っていた。校門は柵で閉じられているが、高さは2mもない。よじ登ろうと思えば、よじ登れる高さだ。俺は周囲に人が居ないことを確かめると、サッと柵を超え校内に侵入した。

  人目を避けて校舎の裏手にまわる。ガラス窓が一つあった。施錠されているが、何の変哲もないクレセント錠だ。俺は背負ってきたリュックの中からマイナスドライバー釣り糸を取り出した。サッシの隙間にマイナスドライバーを突っ込んで広げ、先を結んで輪っかを作った釣り糸を滑りこませる。その輪っかを錠に引っ掛け、引っ張れば……

  ガチャリ。音を立てて鍵が開いた。順調極まりない。窓を開けて校舎に侵入した。俺って天才じゃなかろうか。

  その時の俺には、最初に校門をよじ登った時点でモーションセンサーに引っかかっており、警備会社から警備員急行している途中だとは思いもよらなかった。

  俺は校舎をうろついて、図書室らしき部屋を見つけた。鍵がかかっていたが、ただの引き戸だったので力技で扉ごと外して中に入った。目当ての卒業アルバムは図書室の一番奥の棚にあった。高橋圭一卒業した年のものを抜き取る。後は彼の写真と付きあわせて確認するだけだ。

  カツン

  図書室の外の廊下から足音が聞こえた。心臓が飛び上がった。カツンカツンカツン……こちらに近づいてくる。

「おい、扉が外されているぞ」

「本当だ」

  なんてこった。懐中電灯を持った人影が二人、図書室に入ってきた。おそらく警備員だ。

「誰かいるのか!」

  俺は卒業アルバムを抱えたまま息を潜めた。どうしようどうしようどうしよう。

  二人組のうち、片方が入り口の前に立ち、片方が部屋を調べるために中に入ってきた。出入口は一つのみ。逃げ場は無い。

  薄暗くて二人の姿はぼんやりしか見えないが、間にある関係ははっきり見える。上司と部下だろう。部屋に入ってきたのが上司入り口を固めているのが部下。しかし、違和感がある。これはむしろ、義父と義理の息子の関係か? たまたま同じ会社家族で? いや、この関係もっと後ろめたい何かでは……?

  部屋を改めていた警備員がこちらに近づいてくる。あの本棚の角を曲がったら、俺の姿が見えるだろう。俺は隠れていた本棚の影から飛び出した。

「あっ、待て!」

  警備員懐中電灯で俺を照らす。俺は顔を見られないように手で隠しながら、叫んだ。

「おい、おっさん! あんたの部下、娘さんのことヤリ捨てしてるぞ!」

「なななななんでそれを!」

  思いっき狼狽える部下。その隙をついて、彼に体当たりをぶちかます。お互い派手に転倒するが、すぐさま立ち上がって猛ダッシュ。後ろでは警備員の二人が、お前だったのかとか、知りませんとか押し問答している。

  侵入した時に使った窓から外に出て、来た時は気づかなかった裏口か校外に出た。怪しまれない程度に走って高校から距離を取る。20分ほど走って、もう十分だろうという所で一息ついた。

「盗ってきてしまった……」

  手の中の卒業アルバムに目を落とす。これって、窃盗だよなぁ。

  ええい、やってしまったのは仕方がない。それもこれも、凶悪事件を解決に導くため! 結果オーライってことになるさ!

  * * *

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[] 『ソーシャルリンク』 その4

  佐々木探偵事務所占い屋の看板を下ろして、俺は事務所に新しい看板を掲げた。浮気調査專門の探偵をやることにした。人探しや素行調査も請け負おうかと思ったが、やはり浮気だ。なにせ浮気調査なら、調査対象は依頼主の夫か妻なのだから探す必要はない。それに情事現場を押さえるまでもなく、浮気相手と二人でいる様子を目にさえすれば、二人が不倫関係にあるかどうか知ることができる。簡単な仕事だ。

浮気、してますね」

  俺は女の写真を一目見て言った。

「やっぱりそうですか……」

  神妙にうなずく依頼主の男。

しかし、写真だけでよく分かりますね」

「まあ、長年のカンってやつですかね」

  俺の能力写真にも有効だ。姿さえ映っていれば問題ない。ただ、その繋がりが誰に向かっているかは分からないが。

  写真には20代後半の女の上半身が映っている。背中である黒髪で、美人に入るか入らないか微妙な顔つきの女だ。写真の中の彼女から、ドロドロしたどす黒い関係が何処かへ伸びている。おそらく、繋がった先は浮気相手だ。

  依頼主の旦那へも白い色の細い関係が伸びているが、いかにも弱々しい。茹で過ぎた素麺みたいだ。逆に旦那から妻には太くがっしりした関係が伸びている。二人の関係のちぐはぐさが忍ばれる。

  俺は依頼主と契約内容確認し、前金として10万円を受け取った。一日につき1万円。10日分だ。浮気相手が見つかった場合は、成功報酬として5万円貰うことになっている。10日かかると言ってあるが、そんなにかかりはしないだろう。チョロい商売だ。

  次の日から、早速俺は依頼主の家の前で張り込みを始めた。小奇麗だが小さな賃貸マンション子供が生まれたら引っ越すつもりでいたらしいが、未だに子宝に恵まれておらす、その機会がないのだとか。依頼主の部屋は4階、右から2番目。近所の公園のベンチに陣取って、人の出入りがないか注視している。俺は視力は良い方なので、裸眼で観察できる。怪しむ人も居ないだろう。

  初日は鳩にエサをやったり、近所のおじいさんと世間話をするだけで一日が終わった。依頼主の部屋には、監視対象ママ友が訪ねたのみで、男の出入りはなかった。次の日、監視対象は一度買い物に出ただけで、特に人と会う様子もなかった。

  翌日。張り込みを始めてから三日目。監視対象は昼前にめかし込んで出かけた。お、これは、と思って後をつける。JR地下鉄を乗り換えること40分。彼女都心ビジネスホテルに入っていった。一階がレストランになってるやつだ。

  少し時間を開けて俺もホテルへ入る。彼女レストランで男と会っていた。なんとも生き生きとした、女の顔で喋っている。二人は黒く濁った粘着関係で繋がっていた。間違いない。彼が浮気相手だろう。

  俺はスマートフォンで二人の写真を取り、ホテルを出た。依頼主は離婚のための証拠集めではなく、浮気を止めさせるための証拠が欲しいだけだそうだから、これで十分だろう。後はあの男の身元を調べれば一丁上がりだ。

  それから俺は男の方の後をつけ、住所や勤め先を調べあげた。報告書をまとめて依頼主に提出するまで五日。成功報酬を受け取って15万の売上だ。悪くない。悪くないのだが、最初の300万のインパクトが強すぎたせいか、どうも味気なく感じる。思っていたより楽な仕事じゃない。丸一日じっと張り込んでるのも、体は疲れない割に精神の疲労がひどい。

  もっと割のいい稼ぎ方はないものか。なんて考えながら、ぼーっとテレビを観ていたら、ニュース番組が始まった。経済サミットの開催。各国がなにがしに合意閣僚問題発言批判を強める野党。連日の猛暑アイス商戦の激化。うんぬん。

「次のニュースです。日本犯罪史上最悪とも呼ばれた、都内連続児童誘拐殺人事件容疑者として、芸能事務所堀川プロダクション所属の男が逮捕されました。逮捕されたのは、タレントの『タカミー』として知られる高橋圭一容疑者31歳です。警察によりますと、先月末から『先月行方不明になった女児と一緒に居たのを見た』といった複数目撃証言が寄せられ、高橋容疑者の自宅の家宅捜索に踏み切った所、行方不明になった女児の物と思われる衣服押収したとのことです。高橋容疑者は容疑を認めているとのことです」

  幼い女の子だけを狙って誘拐し、性的暴行をくわえた上に残忍な方法殺害するという、常軌を逸する凶悪犯罪犯人が捕まったらしい。それだけでもニュースバリューは高いのに、しか犯人芸能人。人気絶頂バンドマンだ。番組は長々と時間を取って、事件の経緯を伝えていた。しかし、俺はそれとは違った意味で画面に釘付けになった。

「それにしても、なぜ、高橋容疑者はこのような犯罪に手を染めたのでしょう?」

  アナウンサーに話しをふられたコメンテーターが分かったような解説を始める。やれ容疑者バンドマンとしては珍しくオタク趣味で有名だった、マンガアニメの影響だ、うんぬん。そういうテンプレートがあるのかなと思わせる、テンプレ通りの解説だ。

  それはともかく、気になることがある。画面に高橋容疑者映像が映る度に、俺の目には彼の持つ人間関係が見えている。さすが芸能人だけあって、すごい数の繋がりがある。彼から四方八方に伸びる関係のうち、見慣れない種類の関係があるのだ。彼の体には、無数の手錠つなげて作った鎖が巻き付いている。まさか警察がこんな拘束の仕方をするわけがないから、これは俺の目にしか見えていない、繋がりの一種だろう。その鎖の一方は画面の外の何処かへと伸びている。誰と繋がっているのかは分からないが、かなり強い関係だ。これは、何だろう?

  犯罪者……手錠……関係……犯罪者のつながり……

  ひらめくものがあった。これはもしや、この事件には彼の他にも共犯者がいるということではないか? おそらく警察も気づいていない。犯人犯行自白して一件落着したと思っている。つまり共犯者存在は俺しか知らない。そいつを見つけてやれば……

  瞬間、脳裏に映像が瞬く。

超能力探偵現る!』

『史上最悪の難事件を解決!』

『未解決事件の解決に警察特別に協力を要請!』

  新聞雑誌が俺の活躍を伝え、一躍有名人に。探偵業の合間に芸能活動なんかして、バラエティーやらCMやらに引っ張りだこ。

「これだ!」

  俺は事務所で一人、拳を突き上げた。待ってろよ共犯者、待ってろよ俺のセレブレティライフ

  * * *

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