2015-04-20

[] 『ソーシャルリンク』 その12

  鼻の奥にツンとした血の臭いを感じて目が覚めた。目を開けるとさっき見たようなマッチョの男の顔が見えた。同一人物かどうかは分からないが。

「目を覚ましました」

  ほっぺたが痛い。どうやら俺の目を覚ますためにビンタでもしてくれたらしい。男は俺の覚醒確認すると、すっと立ち上がって俺の元を離れた。俺は縛られて床に転がされている。首だけ動かして周囲を伺うと、ここは六畳ほどの小さな部屋のようだ。窓は無い。真っ白いタイル張りの床と、壁。どこか牢獄めいた雰囲気を醸している。鉄格子ではないが、入り口無骨灰色のドアのみ。その前に数人の男が立っている。全員、白いローブを着ている。普段こんな格好をしている奴に出会ったことはない。ニュースで時々見るローマ法王がこんな格好をしている気がする。

  俺をビンタしたらしい男が部屋の外に出て行くと、代わりにぞろぞろと、白いローブ姿の男達が部屋に入ってきた。先頭にいるのは、短髪をオールバックに整えた細面の男。多分、こいつがこの中で一番偉い立場にいる奴なんだろう。周囲の人間から尊敬や畏怖を表しているらしき関係が伸びている。

「お前か、最近教団を探ってたっていうのは」

  男の声は見た目に似合わぬ甲高い声だった。

「俺達が例の事件からんでいると、どこから知った?」

  オールバックの男は床に這いつくばった俺の顔を覗きこんで、問い詰めてきた。

「き、気まぐれだ」

「気まぐれか。警察手帳偽装までしたのも、気まぐれか。勘がいいんだな」

  彼はハッと鼻で笑って、

「ふざけるな!」

  途端声を荒らげた。おもむろに後ろの男に目配せすると、後ろの男はさっと金属でできた何かを手渡した。漢字の酉みたいな形をしている何かだ。オールバックの男はずっしりと重そうなそれを、手のひらの上で弄んでいる。瞬間、凶悪きらめきが目に入る。五センチほどの大きさの、ギロチンミニチュアみたいな刃が、蛍光灯の明かりを受けて光っていた。

「おい、手出せ」

  その一言で、男達の一番後ろに控えていたさっきのマッチョがまた前に出てきて、俺の腕を後ろ手に縛っていたロープをほどいた。俺を床にうつぶせに転がし、押しつぶすように背中に乗ってきた。息がつまる。さらに左腕の関節をキメられた。身動き一つできない。

「いててて……」

  マッチョ男はさらに俺の右手首を握り、オールバックの男に向けて付き出した。オールバックの男は、手の中の酉をカチャカチャと操作している。四角いフレームに渡された、二本の金属棒の間に俺の親指を挟むと、

「俺達が何をしたのか知っているんだろう?」

  カチャカチャと、ネジを回して固定した。

「男をいたぶっても、楽しくもなんともないが」

  カチャカチャ……

「いまさら死体が一体増えようが、どうってことないんだぜ」

  オールバックの男は、俺の右手の親指に重々しい器具を装着し終わった。この器具は、一体……うろたえる俺をよそに、オールバックの男は器具のてっぺんについたハンドルを回し始めた。キリキリと音を立てて、ハンドルが回る。小型の万力みたいだ。普通の万力は閉めることで物を挟んで固定するのに使うが、こいつは──

「言う! 言うからやめてくれ!」

  虚勢も何もかも吹っ飛んだ。今も男がハンドルを回す度に、一ミリずつギロチンの刃が降りてきている。その刃の向かう先は、固定されて動かせない俺の親指だ。

「本当かぁ~?」

  詐欺師でも見るような目で俺を見て、オールバックの男は言った。その間もハンドルを回す手を休めない。

「本当! 絶対本当! だからやめてくれ!」

  もうあとニcmも進めば、俺の指にギロチンの刃が食い込む。

「まあ、そう慌てるなよ」

  キリキリキリ……男は無慈悲ハンドルを回し続ける。

「親指の一本や二本、落とした後でも遅くないだろ?」

  こいつは本気だ。本気で俺の指のことなんてどうでもいいと思っている。もう、刃が指に食い込む。

「やめ! やめて! 写真! 写真を見たら分かったんだよ! 卒アルの!」

写真? どの写真だ?」

卒業アルバム! 集合写真! 高橋圭一の、卒業アルバムの集合写真!」

「嘘をつくな。そんな物で」

  頭がこんがらがってうまく説明できない。ギロチンの刃が指の皮膚に触れた。気が狂うほどの冷たさを感じる。

「本当! 嘘じゃない!」

  恐怖ともどかしさを振りきって、俺は筋の通った説明を頭の中で組み立て、

「俺は写真を見るだけで、そいつが持ってる周囲との人間関係が分かるんだ! だから卒業アルバム写真から関係をたぐって! 田中に行き着いた! あと西織あいかにも! だから教団が怪しいと思った!」

  オールバックの男はハンドルを回す手を止めて、

「なるほど。にわかには信じがたいが……」

  逆回しにハンドルを回し始めた。俺の親指に食い込んでいたギロチンの刃が少しずつ上に上がっていく。

「詳しく話を聞こうか」

  はーっと大きくため息をついたその時、親指の傷口に滲んだ血が一滴、つっと流れた。

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