はてなキーワード: 書き逃げとは
A:でました、論点返し。
B:すばらしい論点返しですね。相手の意表をついた巧みなパスですね。
A:ええ~そうですね。
B:ただ、ここで相手の質問に反論してはダメですよ。相手の手のひらにのりますからね。
A:なるほど。
………
A:前レスの質問に対する解答がいっこうに得られませんね。
B:そうですね。なんにもないということじゃないでしょうか。
A:そういうことですかね。
A:なるほど。
………
私が妻を作らず子どもを育てるときは、自分が働かずに子どもを22歳らへんまで見届けることができる財力を手にした時だけです。
確かに母親がいないという点で不利な点があるかも知れませんが、ひとり親で立派に育てている人もたくさんおられるので、あんまり心配していません。考えが甘いというのは重々承知の上です。
何歳かわかりませんが、妻がいることで子どもが育てられる、それなりの資産を保持するようになったら妻を探す活動も始めるでしょう。
好んで童貞を続けたいとも思っていませんので。
私の最初の投稿から童貞を否定するレスが多く寄せられていますが、そのレスの中で童貞っていう「テンプレート」でもあるのかと述べている方がいらっしゃりました。
テンプレートができるほど、私のような童貞が増加してきているという証拠ではないかとも取れるとレスだと思います。
今や無視のできないほどの総体を持った童貞に対して、断定的に否定意見を述べるより、共存するための道を探った方が今後は賢い戦略だと思います。
まあ、このダイアリーは本音に近いことを言わなければ面白みもなくなってしまうんですけどね。
チラ裏。
低いトーンでめんどくさそうに話すようになってきた。
ここ最近機嫌が悪いな、と変に感じてわいたのだが、ある日突然机を叩き大声で恫喝される。
何が起こったのか一瞬理解できなかった。
原因は不明、思い当たる失敗もない。
そう言えば、と一つ思い出す事があった。
7月末頃、突然辞めた人がいた。仮にSとする。
そのSがNは怖い、Nに怒られる、と怯えるように自分に訴えていたのを思い出す。
その頃はまだNも愛想がよかったし、実際Sは仕事が出来ないので
いつも同じ職場のものから注意を受けていたから、軽く受け流していた。
お金がないから、と一月後復帰するが、あきらかに体調がわるそうだった。
そして相変わらずNが怖い、と言い続けていた。
復帰後ひと月経たずにSは職場に電話をかけてきて、今日で辞めます、と言った。
それっきり。
Sは本当に怯えていたのだ今になって知る。
S以外のものがNの愛想のよさにだまされていたのだった。
Nは次に自分を標的にしたのだと思った。
以来Nの事を思うと動悸が速くなり手足が異様な興奮で震えてくる。
今度は自分が鬱になりそうで、辞めてしまおうかと何度も考えたが、理由も解らず
悪意をぶつけられて逃げ去るのはあまりにも悔しい。
鬱々とする日が何日かあってある時その悔しさと恐怖が反転した。
やられたらやり返す!
しょせんはバイト、クビになったところでどうということはないと腹を決める。
一方、自分は典型的なオタク。身長はあるがひょろっとしていかにも頼りない。
その後は成り行きだ。
「黒沢」を読み自分を奮い立たせ頭の中で何度もその場面をシミュレートする。
が、そのうち冷静になってくると社会的に制裁を加えたいと思うようなり、
パワハラについてぐぐってみた。
ICレコーダーでパワハラの現場を録音し裁判での証拠に、というのを見てさっそく
今朝届いたブツを見て一人ニヤリ。
やはり武器があると心強い。
何か異様なテンションを落ち着かせようと書き込んでみた。
決戦は土曜日。まっとれよN!
なんか気分悪いなーと思って、さっきまでその理由を考えていたのだが、
1980年代の初め、小学生だった私は学研の「学習」と「科学」を買ってもらっていた。
あの頃、周りの小学生のだいたい1/3ぐらいが、学研のおばちゃんに「学習」や「科学」を届けてもらっていたのではないかと思う。
当時「科学」の裏表紙、表4の広告には東京電力と思われる原子力の記事広告がよく載っていた。
原子力空母が日本に寄港するのはよくない云々、などのニュースが流れていたり、
学校の図書室には「はだしのゲン」があって「きもちわりー」とか言いながら読んだりしていたし、
国語の教科書には、必ず一編は「原爆」をテーマにしたものが掲載されていたりしていた。
要するに、1980年初めの千葉県の公立小学校に通っていた私は「核=悪」と思っていた。
だから、親も推奨する数少ない雑誌「学研の科学」に、それも目立つ裏表紙に「原子力素晴らしい!」って書いてあるのは何か変。
そこでたぶん10才ぐらいの私は父に聞いてみたのだ。
「原子力=原爆なんでしょ?違うの?怖くない核ってあるの?学校と「学研の科学」どちらの言い分が正しいの?」。
それが東京電力の”広告”であることなど、小学生に理解させるのは無理だろう。馬鹿だったし私。
でも父はそれは実は広告というものである、ということ、それから
それが広告であれ中に書いてある読み物であれ、テレビのニュースであれ学校の先生であれ、
人が話していることが必ず正しいことを言っているわけではないこと、
いろいろな人がいろいろな立場でものを考えているのが、この世の中であるということ、
人の考えをよく聞いて、自分で何が正しいかを考えることが大切だということを、教えてくれた。
父がかなり苦労していたのは子供心に分ったので、鮮明に覚えているのだ。
そういうわけで、私はべつに東電に騙されていた訳じゃない。
清志郎が歌ったように37ケだった原発も、その後まだ増えたらしいが、選択権がないのだからしょうがない。
その後バブル景気があってバブルが崩壊して、新党ブームなんていうのもあって、
原発とかはなるべく嫌だなぁと漠然と思ってはいたけれど、選挙権を得た時には
55年体制とやらも自民の一党支配とやらも、なんかもう形にはなっていなかったと思う。
大学で左翼運動の人も見かけたが、どう考えたって胡散臭いとしか思えなかったし、
私の周りでは、成績優秀者で「官僚になりたい」「政治家になって世界を動かしたい」なんていうのは
ほとんどいなかった。
まれに居ても、官僚になりたい子や政治系の活動をする子の方が、頭が残念な子が多かった気がする。
まぁこれは私見ですけれども。
私は大人になり、今となっては悔しい限りだが、政治や選挙などに関心が無くなっていた。
それは本当に後悔することではあるけれど、私が選挙権を得た時にはもう原発たくさん建ってたんだよ。
少なくともチェルノブイリの事故があったときに、選挙権があった大人たちは、
どうして止めてくれなかったんだろう?
ちなみにwikipediaによると斉藤和義さんは1966年生まれ。チェルノブイリの時には20才。
彼は本当に今まで、ずっと騙されていたんだって言うのだろうか?
私に選挙権が回ってきたときには手遅れな時期だったけど、それでも「騙された」なんて思えないけど。
父は団塊の世代よりも10は年上で、共産党員でも社会主義革命を目指した人でもない。赤旗は毛嫌いしていたのでたぶんそう。
それについても「お父さん、日本が共産主義国になればいいと思っているの?」と聞いたことがある。
「共産党に票を入れるのが、今に問題があるということの意思表示だからだ」
「お父さん、白票とか選挙ボイコットとかじゃだめなの?共産党ってなんか恥ずかしくない?」
「白票や選挙に行かないと、意思は示せないのが今の法律だから、行くんだよ」
私はノンポリを気取っていたけれど、何回かの選挙では「反対票」を入れてきた。まぁ効果はなかったけどね。
私は、大人として何をすればいいかなぁ、と思いを巡らせていた。3日間。
少なくとも急ごしらえの反原発ソングを歌うことや、学生ノリのデモに参加することや、
twitterで「石原に入れないようにしようぜ!」ってつぶやくことじゃ、なさそうだ。
とりあえず明日は選挙に行って、正当に数えてもらえる票を入れてくること。
そのあとは、名残の桜を見にいく。
2005年とかのスレが普通に残っていて、延々このような議論が交わされている…
156 :7分74秒:2006/02/24(金) 07:17:56 ID:kWBDKT0o
消費に即したパッケージングを施し、(それが故意でなくとも消費から生まれる事には変わり無い)
最小のものから部分を定義して全体が作られた完全に不自然な音楽が、
現代音楽を意識的に受け継ごうとする輩によって不自然なまでに作られている。
それらに「アートっぽい若者」が踊らされている、これは紛れもない消費の体系であり、
現代音楽の可能性などではない。可能性というものは後に現れてくるもので
もしそう出来るものなら、それは可能性ではなく
可能性にとらわれているだけの事である。
160 :7分74秒:2006/02/25(土) 14:47:13 ID:Kmbr99+u
>>156はもうちょっとちゃんといろいろ聞こうね。イメージだけでしゃべってるでしょ?
もしそうでないなら
最小のものから部分を定義して全体が作られた完全に不自然な音楽
このままじゃツッコミどころおおすぎで書ききれんし、僕の誤解かもしれないから
書き逃げじゃないんなら、よろしく。
161 :156:2006/02/25(土) 23:10:36 ID:XmwstdFo
>>160
所謂西洋的な解体をもとにあの時代に現れた音楽(今で言う現代音楽)
のような役割を持った音楽の出現を現代において意識的につくりだそうとしても、
私が批判の対象にしているものは、そういう事を意識的に、
かつ金を絡ませてやっている輩の事です。
163 :160:2006/02/26(日) 00:06:09 ID:W+LzncDc
そうやって、あなたは私に対するイメージをつくり、そう断定的に仮定してしゃべっている訳です。
だから最後に誤解かもしれないから、ってフォロー入れたつもりなんだけど。
2chだと>>156みたいなツリなんていくらでもあるからね。
それで気を悪くしたんなら悪かったと思うが。あとやっぱり「そういう事を意識的に、
かつ金を絡ませてやっている輩」って具体的に誰のことか分からん。いまどき
そんな前世紀的な芸術のとらえ方の人が実際にいるの?頼むから理屈オチでないなら
名前を挙げてくれ。
164 :160:2006/02/26(日) 00:07:01 ID:6kek95OQ
まず一番の勘違いとして、あなたが古典的な芸術観にとらわれすぎているから逆に、
スレタイの「エレクトロニカは21世紀の現代音楽」をエレクトロが
現代音楽っていう言葉に”新鮮”はあっても”進歩的”っていうニュアンスはいまや
ただ楽器が変われば新しいフィーリングが生まれる。20世紀にいろいろな音楽を通過してきて
いまや西洋の古典的な楽器では現在のリアリティは表現できないんじゃないだろか、
別にそれを断定したいんじゃなく、音楽を作る上でのそういう切り口があるってこと。
あと「いろいろ」で僕の考える今のリアリティとしては是非押さえておいて欲しいと思う、
”村上隆”についてご意見伺おうか。ちなみに言っておくと、僕は肯定派。
もちろん村上は通過してるよね?
あなたの意見はどーも教科書や本を読んでるだけで、今現実にアートと向き合ってる人の
意見にかんじないんだよなー。現場の人ってあなたが言ってるくらいのことはみんな
分かった上だと思うけどねぇ。
どうしようか一晩悩んだが、やっぱり質問した以上、レスを返すのが礼儀じゃあないかと。…それが相手をメチャメチャ怒らせるのが判っていても。
ただ、どこまで行っても平行線以外あり得ないと思うので、この件について、当方からはこれきりにさせてもらう。書き逃げ御免、悪しからず。
『そうなんだけどさ…』を書いたのは、第一にまず不思議だったからだ。ゴミ焼却場や火葬場、その類いの施設であれば反対運動をここまでボロンチョ貶したりはしないはずだ。で、出た結論が、たぶん、障害者を潜在的なリスクと見做していない、ということ。あ、念のためあらかじめ書いておくけど、脅威度の評価と差別感情というのは別問題だからね。
id:mats3003 入居するよ。別にね。ちなみにうちには娘がいますが何か?
id:jaikel ううん、だからなに?としか。実例は見ているし、知っているし、実際近所にもいる。それがどうした、以上の感想はない。
こういうレスポンスが帰ってくるのは、自分の娘がいきなり抱きつかれるとか、そば歩いていた人間に突然殴られたりする可能性を考えていないから、何じゃないかと思う。突発事態が起きたときに対応できるように、視界の中に彼らが入ってきても、脳内でマークして、視界の外に出るまで警戒レベルを少しだけ上げておく、みたいなこと、してないでしょ?原子力発電所や軍事基地が嫌がられるのは、実害に加えて、日常生活におけるリスクを増大させるからでもある。障害者更正施設もそう。実際にその手のものが出来ると、その周辺地価は下落する。やくざさんの事務所が入ったビルと同じで。
で、反対の起きた場所はこういう施設がこれるくらいだから、もともと地価が低かったんだろうと思う。で、その地価を更に下げるようなことになって喜ぶ地主も住民もいない。
id:Ivan_Ivanobitch 家を貸して、自分たちは引っ越せばいい。これが自由主義。他人の引っ越しは排除してはいけない。これが自由主義。
そこら辺を考えてないから出てくるコメントなんだろうと思う。毎日毎日、夜中にドッスンドッスン足音がしたり、歩いてるといきなり目の前にものが落ちてくるような家に好きこのんで越してくる物好きはいない。雨水なのかオシッコなのか判らない敷石の凹みのたまり水を避けて歩くのが楽しい、なんて人も。
で、これ。
id:washburn1975 差別, これはひどい 出たよ恒例の自称リアリスト。毎度毎度ツッこむのも疲れるんだけど、じゃあ自分の子供が自閉症だったら座敷牢にでも閉じ込めておくの? 自分が自閉症だったら閉じ込めておいてほしいのか?
幸いにして隣のジェントルジャイアン君は外向きの性衝動が(割合)希薄な自閉症児でガニメアン君のような知的障害児じゃあないから、直接的な性被害に遭う可能性は低いんだけど、ジェントルジャイアン君の感覚刺激に対する反応なんかによっては今後、彼が自慰行為に熱中する可能性がある。どの程度の可能性か、調べようもないし、俺はとてもじゃないが怖くて自分から聞く気にはなれない。で、先に書いたように我が家はすでにして座敷牢の中に位置しているわけだ。washburn1975さんには例えば、便所と庭の区別もつかないオナニー猿(そんなものには退化しないよな、ジェントルジャイアン君)と一緒の座敷牢の中に娘が閉込められている親の気持ちって判ってもらえるだろうか?
あるいは、自分の息子を座敷牢からでないように神経をすり減らしている親の気持ちを。
…ああ、書いてて自己嫌悪一杯だ。
差別イクナイ。差別者は悪。うん。ドロひっかぶらないとこでそう書くのは心理的なコストがゼロでしかも正しいこと言ってるという気分高揚というプラス効果もあるんだけど(同性愛者は何かが欠けているとか言い放っているのはアレ、やっぱり心理的コストがゼロなんだろうか、信じ難いけど)、ドロと格闘してる側が見ると、なんか「清潔なのはいいよね、みなさん。でもみなさんもわざわざ汚れたくはないんでしょ?」とか言いたいみたいな気分になるんだ。だからといって横からちょっとドロひっかけちゃってもいいって訳じゃないのは承知してる。ごめん。
ああ、それから。
施設を受入れろっていう側は果してそれに伴う負担増を解消できるだけの体制を整えているんだろうか、本当に。以下、ご参考まで。
大倉山投げ落とし事件
http://anond.hatelabo.jp/20101210233537
http://anond.hatelabo.jp/20101211021647
前半の発言は見たことないや。
後半についてはそういうこともあるのか、とは思うけど同意は出来ないや。
反応あるにしろないにしろ書き逃げしてるのは確かなわけだし。
あー書いたら早速例示してくれた人がいた、ありがと
http://anond.hatelabo.jp/20100916002336
泣くなよオッサンw
当然 http://anond.hatelabo.jp/20100916002336 には何の発言もないって
ことね。
まぁ、反論避けるというか上みたいに論もくそもない発言ばっかだから誰も
反論自体しないだろうけども・・・
以前思いついて長らく脳の片隅に押し込めてきた妄想が昨夜旧友と深酒した明けに頭をもたげたので勢いで書き逃げる。
キモオタ発想とオヤジギャグの混合物で、一般受けする要素はもちろんのこと何らかの意義・意味も一切ない。受ける層がないような気もする。
筆者は化粧の経験も美容の知識もない。ついでにUnixとか画像処理についても素人。
一言で書くと「*nixのmakeコマンドのノリで、メイクアップのイメージを生成・出力するジョークソフト」。
イメージに直接塗ったり盛ったりするソフトはあるのかも。でもそれはWYSIWYGなのでCUIで。
みたいなフォーマットでmakefileを書いて、すっぴん顔のイメージを用意して「make」すると顔がどんどんメイクアップされていくという感じ。
あえてプロセスにちょっとディレイ入れてだんだんとイメージがメイクアップされていく様を見るのは楽しい(筆者が)。
メイクアップコマンドはアクション名でもよくて「make dohade」でごってごてになるような指定とか「make clean」ですっぴんだけ残して消去するような指定をする。
実装難しそう。顔そのものの自動認識はできても、目元やら唇を自動判別してそこに適切なメイクアップ効果を重ねるのは…。
画像処理でパターン認識やってる学生さんは現実逃避の自由研究にぜひ。
ある程度テンプレート決め打ちだとまだやりやすいか。実写か二次元だとどっちがいいんだろう。
ひょっとしたら各メイクアップコマンドを適切に設計して作ればmakeコマンド自体のようなものは再発明しなくてもいいような気がした。どっちが楽かという話はある。
モヒカン族は生きていた!! 更なる空気の読めなさを鍛え無断リンク論が蘇った!!
仄めかしメソッドはすでに翁が完成している!!
非モテロリスト 革命的非モテ同盟 D:ID:furukatsu!!!
真のメタブクマを知らしめたい!! アルファブックマーカー D:ID:REVだァ!!!
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痴漢コート見せたる 日給8000円 D:ID:ki2nekoだ!!!
株式会社グローバル・フレックス・プランニングからデブマッシュが上陸だ!! イタタ音楽痛 D:ID:inumash!!!
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ライフ八苦に更なる磨きをかけ ”ココロン”D:ID:kokoroshaが帰ってきたァ!!!
今の自分に甲斐性はないッッ!! 中出しブックマーカーD:ID:Ubuntu!!!
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特に理由はないッ ハゲキノコが女に媚びるのは当たりまえ!!
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目立ちたがりのメンヘル罵倒!! D:ID:y_arim!!!
Twitter80000ポストはこの男が完成させた!!
若きスーパーハカーが帰ってきたッ
俺達は君を待っていたッッッD:ID:Hamachiya2の登場だ――――――――ッ
☆
加えて脱村者発生に備え超豪華な村民を4匹御用意致しました!
何で私罵倒されてるのwwwっうぇえww D:ID:dropdb!!
メールを晒された罵倒王ホノムラカガト(笑)!D:ID:yositune!
……ッッ どーやらもう一名は新IDで離婚説が囁かれている様ですが、専業主婦と子供をdisり次第ッ皆様にご紹介致しますッッ
チラシの裏なんだから書き逃げ上等の精神で正直に思っていたことをつらつらと書かせていたただいたのですが、
予想以上にトラックバックや記事紹介、ブクマなどの反響がありましてこの場を借りて本当にありがとうございます。
率直な意見が言えて、それに対する反応を聞けるというのはやっぱり匿名というところの利点ではないか思っています。
いろんな意見があってすごく参考になったし、何より自分の視野が広がって書いてみてよかったと思っております。
ぶっちゃけると題は簡略に題を付けるとしたらこれしかないかなと思ってつけただけです。
書いていることは正直な気持ちを書きましたし、嘘はまったくないです。
それだけは本当。
チラシの裏で釣ってもしかたないので。
「あきらめません、オタクな男子と付き合うまでは。」の精神になりつつある最近です。
オタクというカテゴリーで付き合いたいと思うのは変だとか一種の変な盲信的信仰であるというのはある種当たりだと思いますし、自覚があります。
しかしながら、スポーツ好きな人が好きとか映画好きな人がいいとかそういう傾向は世の中に腐るほどありますよね。
そんな感じと一緒だと思います、実際のところ。
その「スポーツ好きな人がいい」というのもある種のフィーリング、感性が似ているという人の特徴を生かした自分とフィーリングが似た人を知るための方法だと思うのです。
だから、フィーリングや感性が似ている人を探すための手っとりばやい方法(語弊があるかもしれません)が私にとって『オタク』だったというだけです。
まぁ、簡単にいわせていただくとオタクな男子が私の異性の趣味。(まさしくオタク的発想な気がする)
あと、カノンを貸してくれたステキな元彼のおかげで結構美少女ゲーとかギャルゲーとかも良くするようになった。
実際に今、PS3でTtTをしていたりする。そんでもって好きだ。(ギャルゲーってか燃えゲーだと個人的には思うが)
さすがにエロゲーは買う勇気がないので、コンシューマーになってからとか18禁じゃないやつ限定だが。(21歳なので一応合法ではあるが)
まぁ、もっとも前からサクラ大戦とか好きだったからあんまり変わらん気もするが。
だれかと仲良く一緒にしてみたいとか話してみたいと思ったりもするが、こんなことを仲良く話せるオタク女子を探すのはオタク男子を探すより大変だというのは皆さん想像がつくだろう。
そんなのはネットでもいいと思うかもしれないが、それだけでは味気ないと感じるし寂しい、正直。
彼氏と気兼ねなくそんな話ができたらある種嬉しいし、まぁ少しどうかとは思われても仕方ないが。
あと、ゲーセンで「ゲーセンクイーン」http://anond.hatelabo.jp/20081025003044なんてできません。ごめんなさい。
基本的にチキン属性な私にそんなのはできません、ってか出来てたら今頃彼氏よりどりみどりで要るわなー。
ゲーセン行ってもマリオカートとクイズマジックアカデミーしかしない私には無理というのが本当なところな気もしますが、エロくないし。
そんな駆け引き出来る子にはなれんですよ、うん。
でトラバとかを見さしていただいてて多かったのが、オフ会やmixiでの出会いを求める方法。
確かに改めて考えるといい方法だと思います。
実はこれ書いて反響貰ったあと、ちょっとがんばってみようとしました。
遠距離で自滅した経験のある人間としては出会えたとしてもそのあとが続かないと意味ないというのをよく知っております、身にしみるほど。
オタク男子と出会うというのはあくまで第一フェーズでありまして、達成されるべき目標は「オタクな男子と付き合うこと」であります。
でも、まだこれからということでmixiあたりとかいろんなとこで頑張りたいと思います。
もちろんオタク男子だからといって人となりはみさせてもらいますし(こっちもみられますしね)、真剣な気持ちで付き合いたいと思っておりますので。
私の場合、オタク男子というのが無条件な条件ではありませんので。第一条件的なものだととらえて頂ければ。
イケメン好きとかではないので、中が基本ですが。
元彼のプリクラ見せたら友達には顔に関して「うーん、普通かな。」といわれたくらいですから。
普通の何が悪いって感じではありますが。
http://anond.hatelabo.jp/20081101232814
どれだけ厳しい批判が寄せられているだろうかと恐る恐るみてみたら、好意的な反響が多く、胸をなでおろしています。
増田に書く理由としては、ひとつめ、専門外のことに長く関わるつもりがないこと、ふたつめ、連休の出先で手元に一冊の参考書籍もなく、HDDとネット上のソースだけを参考に書いたエントリなど、歴史を専攻したものとして、しかも専門外のものとして、とても胸を張って提示できるものではないこと、みっつめ、それゆえ、ホームに書いたら全て書き換えるほどの修正をせずにはいられないだろうが、その気力も時間もないこと、よっつめ、しかし、あれを「論文」とすることには憤りを覚えたので、せめて学問を知る人にはトンデモはトンデモであると伝えてみたかったこと、いつつめ、増田であれば上記の点をそれほど気にやまずに済むこと、このくらいでしょうか。したがって、私のエントリはいわゆる「ちらしのうら」です(文献表記がみにくいのもわざとです。すみません)。私はさくっと書き逃げする卑怯者です。内容がいかがわしいのも推敲が甘いのも全て私の責任です。でも、もろもろの言い訳によって逃げられるものではないですよね。ああ。
さて、前回のエントリでは、後半にさしかかったときにから睡魔に襲われ、最後は「藁人形叩き」ばかりになってしまいました。ようやく投稿できたと思ったら、字数超過で記事を分割せねばならず、つづきでは田母神氏の論文タイトルを間違えてしまいました。謹んで失礼をお詫びします。いろいろとミスがあろうと手をいれるつもりはなかったのですが、批判する論文タイトルの間違いはいくらなんでもひどいので、訂正します(ついでに「シンガポール華僑粛清事件裁判記録」後編のミスも直します)。これも後出しですが、原文が縦書きの漢数字は、横書きなので適宜英数字にしています。
では、気をとりなおして「藁人形叩き」ばかりをしていたところに補足してみたいと思います。最後に与太話の蛇足ですが雑感を述べてしめます。
しかし人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。
(前回と同じく、はてな記法による引用の出所は、田母神俊雄「日本は侵略国家であったのか」2008年http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf)
第2次世界大戦開戦の時点であっても、カナダ、オーストラリア、南アフリカなどが自治領化・独立した例がありますね。フィリピンでも独立を前提とした自治領政府が成立していましたね。
また、どちらかといえば植民地統治体制の比較の話ですが、自治・独立とまではいかないまでも、現地の住民を支配機構に採用していく次のような例もありました。
「1920年代より英国はビルマに赴任するICS〔引用者注:インド高等文官の略称〕に英国人のみならずビルマ人も採用すべく方針を変え、その結果1939年末の段階で、ビルマにおける全高等文官のうちビルマ人は32.8%を占めるに至った」(根本敬「英領期のビルマ人高等文官(ICS/BSC)とタキン党」『東南アジア史学会会報』63、1995年、17ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0004924657)
それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るのがあと百年、2百年遅れていたかもしれない。
1940年代において、宗主国が疲弊し、植民地の独立運動が高揚したのは確かなことでしょう。ただし、歴史学の領分は、「もしも」を考えるというより、その過程をつまびらかにして、それぞれの要因や重要性を検討することにあります。
まず、開戦の詔書には「東亜ノ安定」「世界ノ平和」「万邦共栄」「東亜安定」「東亜永遠ノ平和ヲ確立」という表現はありますが、肝心の戦争目的を述べている部分は、あくまで「今ヤ自存自衛ノ為蹶然起ツテ一切の障礙ヲ砕碎スルノ外ナキナリ」(「御署名原本・昭和十六年・詔書一二月八日・米国及英国ニ対スル宣戦ノ件」1941年12月8日、アジア歴史資料センターレファレンスコードA03022539800。引用部分の漢字は適宜新字体を用いました。センターホームページの検索バーに左記のレファレンスコードを打ち込めば該当資料のページへ飛べますhttp://www.jacar.go.jp/)ということであり、「アジア諸民族の解放」、「植民地の解放」、や「独立」といった文言は一切ないことを指摘しておきます。文面上はまさに自存自衛の戦いをうたっており、解放の約束は明文上ではなされていません(ちなみに、みればわかりますが「八紘一宇」もないです)。では、実際、アジア諸国にどう接し、現地住民はどう対応したのか、前回は文献名をあげただけのものから少し引用しておきます。
「ビルマは1943年8月1日主権を有する独立国家となったが,真の独立を求めるビルマ人にとってそれは,’’偽の独立’’,’’メッキの独立’’にすぎなかった。ビルマ人は,独立が’’空虚’’であることを知っていた。この当時の日本人に対するビルマ人の態度は,「愛していなくても我慢して接吻する」ようなものであった」(大野徹「ビルマ国軍史(その2)」『東南アジア研究』8(3)、1970、360ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/55632/1/KJ00000134014.pdf原文の注の番号は引用者が削除しました。以下の引用文でも同じ)。
「日本の『朝日新聞』は、この作戦について、「皇軍航空部隊の空襲は一見、印度民衆の苦難を一層増大せしめるかに見えるが、爆弾の雨の中に、皇軍の印度独立運動に対する無限の慈愛と支援が含蓄されている」と書いていた。まことに「含蓄」の深い論評だったと言うべきであろう」(中里成章「日本軍の南方作戦とインド」『東洋文化研究所紀要(東京大学)』151、2007年、190ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/5716/1/ioc151004.pdf)。
「本稿では不十分ながら、日本の大東亜共栄圏=アジア主義のプロパガンダが、そして、その大枠の中で動いたチャンドラ・ボース等の活動が、インド社会との接点を持てずに、空回りしていたことを明らかにしえたのではないかと思う」(前掲中里論文、195ページ。ボースたちについては、197ページの注6、200ページの注22、202ページの注26、208ページの注80も参照)。
インドネシア、フィリピン、ベトナムの抗日闘争について、詳しくは論文本文を読んでいただきたいのですが、結論としては、
「要するに、東南アジア諸国の反植民地・民族独立運動は、太平洋戦争と日本の侵略によって生じた情勢やその他条件を、主体的、積極的に活用して日本に対応し、戦前に比して飛躍的な成長を遂げた。そして、このことは、戦後における東南アジア諸国の民族独立運動の高揚や民族独立の達成の決定的要因となった。この意味において、太平洋戦争と日本の侵略は、東南アジア諸国の民族独立運動史における一大転換点であったということができよう」(谷川榮彦「太平洋戦争と東南アジア民族独立運動」『法政研究(九州大学)』53(3)、1987年、395ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008279870原文にあった傍点は除いた)。
以上でつっこみの補足は終わりです。現下の情勢については特に言及しません。
さて、今回のエントリ執筆の目的としては、可能な限り速やかに「論文」が論文になっていないことを示すことでした。大事なのは「内容」とおっしゃるのは結構ですが、学問的に批判可能な形式(もちろん既存の研究にとらわれない革新的な独自形式でも、読者に史料を提示できればかまいません)をとらないものは、「無敵な人」の独自な「歴史観」の告白にすぎないでしょう。それに価値を認めるのは個人の自由ですが、学問や教育の場に持ちこむのはお門違いです。そのような姿勢では、いつまでたっても歴史学における扱いはトンデモのままですよ。もちろん、大学や研究所にいる専門家でなければ歴史の話をしてはいけないということではないです。「昭和史論争」を引き起こしたのは歴史研究者ではありませんでした。しかし、自己の見解を教科書にのるような通説となさりたいのであれば、専門家と同じ舞台に立ち、その批判に応答しなければならないでしょう。「つくる会」はその舞台に立つ気はないと宣言した結果どうなっているでしょうか。今なら学術雑誌に投稿しなくても、インターネット上でいくらでも長文の論文を発表できますよね。
一般に、歴史研究者は、四年生大学で専門的なトレーニングを受け、さらに修士課程二年間、博士課程三年間以上を費やして史料を読み込み論文を紡ぎだしています。それでも、個々の論文の結論で言えることはささやかなことです。また、研究会・学会・書評などの形でお互いに切磋琢磨しています。それぞれが広範な史料に目を通しているからこそ、個々の研究がその時代の歴史像のどこに位置づけられ、どの部分がその時代の特徴をよくとらえられているかを議論できるのです。自分の個別研究が歴史研究の大きな流れのどこに位置づけられるのかをとらえるため、歴史を学ぶ標準的な手順としては、まずは先達がエッセンスを詰め込んだ教科書、概説書を読み、そこから主要な研究文献やレビュー論文、目録等を漁って研究史をたどり、そこで用いられている史料を読み、先人の研究の妥当性を検討したり自己の問題関心を追求していくのです。木簡のように新しい史料が見つかったり、機密文書が公開されたりして史料が増えれば、それがどのように従来の見解に修正を迫り、新たな知見を付け加えるのか議論します。そのような積み重ねのなか、通史は更新され、教科書の記述も変わっていきますが、このことをもって歴史は定まりないものだから最新の研究成果も独自研究も変わりないということは的外れでしょう。それはかえって科学としての歴史学が機能している証拠にほかなりません。
さて、歴史学者全体がイデオロギー的に偏向している、現行の教科書は自虐史観・マルクス主義史観に基づいているという「つくる会」の主張もありますね(それでいて『国民の歴史』のように、専門家の研究から剽窃したりするの会員もいるのは厚顔無恥ですね。参照、尾藤正英『日本文化の歴史』岩波新書、2000年、あとがき)しかし、戦後長く標準的な高校教科書として採用されてきた山川出版社の『詳説世界史』の執筆者には林健太郎(故人への敬称は略します)が含まれていました。日本史にしても伊藤隆氏が編者であった『近代II』を含む、『日本歴史大系』山川出版社、1984-90年、が、受験前に初めて読む通史だった私などには、学会の主流がマルクス主義史観など妄言にしか聞こえません。岩波だから駄目などという意見も見ることがありますが、最新の『岩波講座世界歴史』岩波書店、1997-2000年、では、古代・中世・近世・近代という時代区分はもはや採用されていません。そもそも研究の場では、評価は自分の目で確かめてから下すもので、事前に確定できるものではないのです。
「いずれも〔引用者注:本文でふれられている臼井勝美氏、酒井哲哉氏の研究のこと〕,侵略の時間的連続性〔引用者注:満洲事変から日中戦争へ〕を,陸軍の遠心性,すなわち現地機関の好戦性や暴走に帰さない画期的な研究であった」(加藤陽子「書評 安井三吉著『柳条湖事件から盧溝橋事件へ―1930年華北をめぐる日中の対抗―』」『アジア経済』45(9)、2004年、67ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/7473/1/kato45_09.pdf)。
「日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する」なんて本質論は、学界ではなされていませんよ。人事面でも、システム設計・運用面でも、上部の問題は大きかったですよね。私みたいなものにも自衛隊に信頼できる友人はいますので、余計に上が軍の失敗を反省するそぶりもみせないのは問題と感じるわけです。
最後に、余計なお節介でしょうが、歴史学入門、史学史についていくつか参考文献をあげておきます。ご興味のある向きは手にとられてみてはいかがでしょうか。
小田中直樹『歴史学ってなんだ?』PHP新書、2004年。(CiNiiの定額許諾を契約している大学関係者は、下敷きとなった論文をDLできるかもしれません。私は今DLできる状況にないので保障はしません)
小田中直樹「言語論的転回と歴史学」『史学雑誌』109(9)、2000年。
http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0002622266
歴史科学協議会編『卒業論文を書く―テーマ設定と史料の扱い方』山川出版社、1997年。
今まで述べてきたような研究の積み重ねに対し、自説の根拠もまともに示さずに自分の意見を広めたいと主張する行為がどういうものか、一度お考えになっていただけたら幸いです。
また見苦しい長文になってしまいました。最後まで読んでくださった方に感謝します。
(追記)さすがに人名の誤記は看過できないのでミスを修正しました。
(再追記)引用文の出典が抜けていたのも直しました。すみません。
(再々追記)直ちに答えられるトラバをいただいたので応答します。ホロコーストの研究の進展について次の文献を参照してください。
芝健介「ホロコーストとニュルンベルク裁判」『史論(東京女子大学)』55、2002年。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008575897
見え見え過ぎる釣り(twitterの痛い発言晒したのもあなた?)だが、気が向いたので思惑に乗ってみる。
なんかイチローが200安打達成したからパンチ佐藤は偉い、みたいな変な話になってるけど、
その点は不問に付すとして、実は自発的・内発的な支援活動はこの場合何の反論にもならないんだよね。
生存「権」というからには、自分以外の何かへ無条件に要求出来る資格を有しているって意味なんだろうと思う。
でもボランティアというのは単に好きだからやってるだけで、「面倒くさいからやーめた」なんて言って、急に放り出しても
(女性専用席の図書館だって、可能ではあるんだろうけど追い出してはいないし)言うまでもなく何の問題もないわけ。
医師における応召義務と似たような形で、何らかの制度的な縛りが存在しないと、趣味嗜好の話として却下されるだけ。
法的な縛りは難しいと言うなら、たとえば実名や住所を公表するなりして、評判を人質にコミットしてみるとか色々出来るよね。
パンチ佐藤の方に話を戻せば「大学や食堂がいくら音を上げようが、積極的にどんどん収容する義務があるんだぜ凄いだろウチは」
みたいな、誰からも(たぶん・・・関係者以外)反論が来なさそうな形で実績を積まないと、傲慢さの代償として理屈に殉じる
誠実な態度とは言えないんだな。葛藤や屈託もなしに綺麗事言って説教に励む無敵の人に、貸す耳を持つ人はそう多くないから、
せいぜい努力して見せてほしい。まあ例の如く詭弁に詭弁を積み重ねて、変人と物好き以外関心を失った掃き溜めのプロレスに、
いちいち人生掛ける必要や意義は限りなく薄いと思うけど。面倒臭いしリソースの無駄だよね。
あとどうでもいいけど、狭隘な義憤に任せてうっかりヒステリックなエントリ書き上げて炎上した人がいたとして、
目の届きにくい所で悔し紛れに「本当の俺はこんなに偉いのになぜあいつらは認めないんだよ畜生」みたいな書き逃げしたって、
どこまで内容が真実味を帯びているのか、疑問に思う人が出ても不思議じゃないと思うな。
まあそこまでは人が悪くないつもりだけど、少なくともフェアな議論を心掛けるならあんまり得策じゃない態度だとは言えそう。
こんな感じでご要望には応えられたかなあ。
いや、あの状況でHALTANの肩を持てるって本人以外ちょっと考えにくいだろww
本気で君がHALTAN以外の誰かで、HALTANを擁護したいのであれば、こんな匿名の書き逃げで印象操作するんじゃなくて現地に行って堂々とやりこめてくりゃいいのに。
見苦しいから帰ってくれ。鬱陶しい。
おいおい、手提げカバンに格上げされてるお!ポーチで十分じゃなかったのかyo!!!w 次の言い訳としては「手提げ鞄やトートはポーチに入る!」って顔真っ赤な言い訳かwww
最初に
http://anond.hatelabo.jp/20080518201613
一般人は基本的に軽装だぞ。男ならサイフあれば十分って奴もいる。
ちょっと重い本持ってペンとノートとワックス髭剃りゴム等の入ったポーチを持ち歩く俺ですらリュックの必要性を感じたことなど一度もない。
って書いてあったので、ポーチを手に持って歩いているのかと読んだ俺は「鬱陶しい。」と言われる訳かww
あー、このまま返答無いと確かに「論破ーwww」とか書き込みたくなる気分わかるわw
スターやはてブはあるけど。
何故だ? これがはてな村?
同じく。書く動機として、あるいはコミュニケーションを求める意味で「コメントが欲しい」というのなら、最初の増田さんが必要としているのはブログサービスではなくてSNSだと思う。
今や区別する意味なんてほとんど無いかもしれないけど、『ブログ』と『SNS』は本来全く違うものなので、「コメント」に関する価値観が伝統的に全然違う(この場合の「伝統」つーのは、期間にすればたかだか2、3年の話ではあるけれど)。ブログのコメントに関する話については、この辺の議論とか参考にして貰うといいんじゃないだろうか。
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/08/08/1765
だからホントは「他のブログサービス」よりもSNSを勧めたいところなんだけど、確かにはてなは他のブログサービスより理系の人が多くて、「本来ブログとは…」と考える人が多いせいで上記のような傾向が強い、というのはあるかもしれない。だから「他のブログサービス」ならもう少しコメントがつくかもしれない。また最初の増田さんも「SNSとは違ってもっと公共性のある場所で自分は物を書きたいのだ」と思ってはてなダイアリーを始めたのかもしれない。それならなおさら「他のブログサービス」に移行するという選択肢を考慮する意味はある。
個人的には『なれ合い』コメントとかほんとの『書き逃げ(便所の落書き)』コメントとかは嫌いなので、はてなの空気は心地よいんだけど、いわゆる「はてな村」の傾向というのとこれとは、また少し違うことなんじゃないだろうか、とこれは余談。
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