はてなキーワード: 欲しいとは
お父さんが稼いできたお金の使い道を、お母さんが決めます。
子供が高校を卒業する年になり、大学に行きたいと言い始めました。
お母さんは迷います。
「大学に行かせれば、私たち一家だけでなく、村が幸せになるかもしれない。
しかし、お金もかかる。どうしよう。」
実はこの家には借金があったのです。
父親の年収は540万ですが、母親の使い道が下手だったせいで年830万の支出があります。
子供は言います。
お母さんは言います。
「あんたのやっていることはよく分からないわ。別にあんたが村で一番にならなくてもよいのよ。」
子供が村で一番勉強して、それをつかった商品を開発すれば、大金持ちになったかもしれません。
いや、そもそも、母親がきちんとしていれば、借金さえなかったのです。
しかし、母親には
「自分のせいで子供の将来にお金を出してあげることができなくて申し訳ない」
という罪悪感はありません。
しかし、去年まであった奨学金もこの不況で、今年からはなくなっています。
賢い子供は父親に相談に行きます。
昔はやさしかった父も、この不況で業績はきびしく、母には夜中のアルバイトを強要され、
肉体的にも精神的にもぼろぼろになっています。
口では厳しいことは言いませんが、心のなかではざまあみろとさえ思っています。
賢い子供は考えます。
自分で働いてお金をかせぎ、それから大学に行って勉強すればよい。
時間はかかるけれども、それでもなんとかなる。
しかし、賢い子供はさらに考えます。
自分に商才はあるのだろうか。
接客や肉体労働はあまり得意ではない。
大学に行けるだけの金を稼ぐのに何年かかるだろう。
こうして賢い子供はどうしたら良いか、一人で悩んでいます。
賢い子供にはいくつかの道があります。
他の村に行けば、奨学金を出してくれるところもあります。
母親にもいくつかの道があります。
世間の眼もあり、破産宣告は避けたいところです。
父親にもいくつか道があります。
離婚も考えましたが、母が許してくれそうにありません。
父親はとても頑張っています。
その努力は認められるべきです。
しかし、その家庭に生まれたことが悲劇の始まりなのかも知れません。
そもそも母親の外食をして、高い洋服を買い、愛人に貢ぐぜいたくな生活をやめればよいのですが、
今更、昔の質素な生活に戻ることはできないのです。
追記:2009/11/15 12:10
少なからず反響があってうれしいです。
いくつか返信しておきます。
まず、父親、母親、子供が何を指しているか分からないというコメントがありました。
父親は企業です。労働者ですね。その税金がこのたとえで言う収入です。
何人かの方が、家庭にたとえるのは不適切だと言われていますが、あわない部分があるのは承知の上です。
このたとえで、最もたとえたかったのは、
しかし、母親には
「自分のせいで子供の将来にお金を出してあげることができなくて申し訳ない」
という罪悪感はありません。
の部分でした。
「民主党と自民党は異なるのだから、前妻のようなものだ。」というコメントもありました。
あくまでも政府の代表として、母親として、発言する上では、前妻が作った借金であっても、
母親が子供にお金を出すことができないことに対して申し訳ないと感じるのは普通のことだと思います。
ところが、それがない。
これは法律には触れていなくても、教育という観点から見れば不適切でしょう。
悪いのは全部「母親」
これにはおおいに誤解があります。
父親にも子供にも大いに問題があるからです。
離婚することすらできない臆病者です。
そしてただお金をむしりとられているのを黙ってみているのです。
その上、それを子供にやつあたりしているのです。
自分は働いてさえいればいいと考えている父親は問題の解決をめざしてはいないのです。
そして、子供ですが、
ここで言う「賢い」は皮肉をこめて言っているのです。
つまり、科学技術に関しては優れているけれども、それ以外はてんでだめ。
そして、
子供は、頭は良いけれど、バカだから、
大学に行く金だけじゃなく、
といろいろと要求していることをお忘れ無く。
ということです。
そして子供は家を出た。なんて結末だと悲惨よ
本当に優秀な人はそうなる気がします。
>人生のエンディングはハッピーでもバッドでもなく、大抵はカタルシスもカタストロフィーもないただのエンドだ。
名言。
あんたにルールは守って欲しいけど、そもそも罪悪も人間の決めたもんだろ。
助かった人間のお陰で、豚とか牛とか沢山死ぬわけで
なんていうか、罪悪とか善とかの道徳って
OSで言えばプログラムミスとか仕様的問題点を抱えている気がする。
そういう俺も理由もなく罪悪感みたいなのを常に感じてる。特に理由はないんだけど。
容姿、性格、年齢、家柄その他の条件が同じである二人の未婚女性がいて、その二人の違いが処女性だけにある場合に両者の特徴を比較すると
1・他人の子を妊娠している可能性が0%。 ・他人の子を妊娠している可能性は0%ではない。
2・身持ちが堅い。 ・尻が軽い。
4・他の男の価値観に染められていない。 ・性交渉をするほどに強く他の男の影響を受けている。
5・婚前交渉が一般的な社会においては、交渉相手 ・最低限度の対人関係能力はある。
を得られないほど対人関係能力が低い可能性がある。
この場合、特徴1、2、4、によって処女が大幅に有利となる。3は長期的な関係では問題ではないし、5は事前に相手を良く知る時間を取ればよい。特に、2は大きなポイントであり、これまで他の男と一度も性交渉をしていないのならば、自分と結婚した後に他人と浮気をする可能性は、子供が要らなくても性交渉をした非処女と比較してかなり低いだろう。1、2、は、自分の子供を育てることに意欲を持つ男ほど重視し、子供が要らない人ほど軽視する。
二、 一夜限りの相手、あるいは短期間の付き合いを目的とした場合
この場合、相手を口説いたり理解するために費やす時間や労力はなるべく少なくしたい。よって特徴2、3、5、によって非処女が有利である。短期間の付き合いなので特徴1、は問題にならない。特徴4、についても問題にならない場合が多いので通常は非処女が有利である。しかし、「自分が相手の初めての相手として印象を残したい」「なるべく弱い状態の相手がいい」「非処女は汚れている」等といった価値観を持つ男にとっては、特徴4が大きく作用し、処女が有利となる。尚、特徴4を重視する人は強く重視する傾向があるので、売春においても、AV初出演女優においても、処女の方が料金が高い。
三、 結婚をすぐに意識するほどではないけれど、場合によっては長く付き合っていくかもしれないという場合
この場合、必要とあらば時間をかければよく、嫌になれば別れればいいだけなので、全ての特徴について両者に有利不利は一概に言えず、各人の価値観による特徴ごとの重視程度次第となる。端的に言えば、男が結婚を強く意識しているほど処女が有利となり、男が結婚するつもりが無いほど両者の差は無くなる。
補足事項・・・場合によっては、以下の要素も合わせて考慮される。
・性病の可能性という特徴においては、全ての目的で処女が有利となる。
・出産能力の証明という特徴においては、結婚目的においては非処女でも経産婦は処女より有利となる。(子の扶養義務があれば、その分子持ちとして不利となるが。)
・中絶経験があれば、結婚目的において不利となる。ニ度の中絶経験があれば、非常に不利となる。
・人妻であれば、一夜限りの相手、あるいは短期間の付き合いを目的とした場合に特に有利となる場合がある。(自分の子を他の男に育てさせることが出来る可能性及び、誰かが妻にするほどに評価したという特徴により。しかし、夫や社会からの報復の可能性という特徴により不利となる。)
自分の対人関係能力が充分に高いことを周囲に示しつつ、結婚(婚約)するまで処女でいる。(結婚相手の男性以外との身体接触を少なくすればするほどよいが、そうするほどに男性との「環境を含めた対人関係能力」を高めてそれを証明する難易度が上がるトレードオフ。)
・婚約していない相手とも性交渉しつつ、なるべく良い男性と結婚することを目的とする場合
・結婚の可能性は考慮せず、男性と付き合うことを目的とする場合
処女なら・・・結婚を意識しており、子供の養育に意欲的で、長期的な関係を望む男性を狙うほど非処女に対して有利。
非処女なら・・結婚を意識しておらず、子供の養育に意欲的でなく、短期的な関係を望む男性を狙うほど処女に対して有利。
女性には目的ごとに、又、何を目的とするかについても多くのトレードオフがあると思うが、これらの情報も参考に、良く考えて最適なバランスを保っていって欲しい。
大学に入って困ったのが服。
服無いの。マジで。中高6年間学ランで通したし。男子校だったからそれが普通だった。
無いって言ってもダサい普段着ぐらいはあるっしょ、とかそういうレベルじゃないの。
一番新しい服が小学校6年生のときに買った奴なの。親が。
さすがに入学前に予備校通って周りのお洒落な浪人生見てて、「このままだとやばいなー」とか考えてた。
でも服屋行くにしても服屋に行く服が無い。
けどまぁ行った。6年生のときの服で。
あれさ、「欲しい物を買ったらいい」とかいうけど「何が欲しいか」とか分からんから。欲とか湧かないから。
けどそっからなんとか大学生っぽいファッションになることができた。2年かかったけど。
んで今思うにあんとき「どの服が欲しいのか」がわからんかったのって当然で。メーカー製とかショップブランドのパソコンを買ったことない人をPCパーツショップに連れて行って「さぁ好きなパーツを選んで自作しよう」とか言ってるのと変わらんのよね。
最初はメーカー製でもショップブランドでも良いから一台すでに出来上がったのを買うべきじゃん
けど服だといきなり「パーツから組め!」とか言われるわけじゃん。そんな中で「好きな服を買えよ」とか言われても困るわけ。とりあえず出来上がったの、くれよ。
そんで一式そろえてみたら、自分に足りない服が分かってきて、自然と「欲しい服」が出てくるようになった。
なので「大学入って服がない!」とか悩んでる人はとりあえず一式そろえてみるといいと思う。
マネキンそのまま買うなり、店員さんに事情はなして全部選んでもらうなり、ネット通販で一式買うなり。
なんでもいいから、とりあえず、一式。
障害とはいっても、主に知的障害の話です。
多動、自閉、ダウン等ありますが勿論軽度から重度まであり、一概に言えない分野でもあるとお断りを入れておきます。
主に自閉の場合です。
世話をしなければいけないし、気苦労は耐えないし、なにより日常の一般社会から外されてしまう。
外されてしまうというより、子供が物心付く頃には障害児の子と自分二人の普通ではない世界の<普通>が彼らには常識になってしまうから。
―不思議なもので子供が不可解な奇声を発していてもそれが普通になる。
―多少変な行動をしていても目を離せるようになる。
―一つの対象に執着し、例えば人形の髪をこねくり回していても気持ち悪い所か微笑ましい。
そうして外へ出れば当然奇怪な視線に晒され、そこで彼らの奇怪が日常になっていた親は一般社会との差異を初めて猛烈に感じることになる。
そんな一般社会から親はわが子をどう守り育てればよいか?
そのポイントで一般社会からどういう目で見られるか分かれ目になっていると思う。
どうにも残念な親の方が多い気もするが・・・
一般学級に通う兄弟が居る親の方が、我が子の振る舞いに申し訳なさそうに腰が低いパターンが多い。(※1)
「親が付いているのに奇声奇行をスルー」それは親にとっては<普通>だから。
残念だが奇声は静止できない。
けれども障害のレベルでは危害を加えないもしくは他人に不快感を与えないレベルに出来なくはない。
勿論親も度が過ぎる場合は叱らなければいけない。
それがどのレベルか分からない人もいるが、個人的には人に興味を持ち絡む時には相手と場所を考えて静止すべきはする辺りがライン。
周囲に理解がある場所が少なすぎる⇒施設だけでなく社会でも、が理想だが理解を得られていない。寧ろ偏見。
http://anond.hatelabo.jp/20081211235156
注意して理解は出来るレベルなら怖がらずに注意を入れたほうがいい。
でないと野放しになるから。
彼らは親と施設関連という狭い世界で育ってきたから一般社会の常識はその住民が教えてあげるしかない。
実際の所は怖い、危うきには近づかずの偏見で注意する人はいないが・・・。
それに「人に注意されても聞かない聞けない(逆キレ)」レベルの重度、
そういう躾をされていない(親が障害だからと叱ってこなかった)場合、ストレスが貯まっていてプッチン、
もあるので難しい問題ではある。
ついでにhttp://anond.hatelabo.jp/20091108162347
何も分からないと思っていたら大間違いで、一般の人より感情が分かる。
周囲の気持ちが筒抜けだったんだろう。
お金をちゃんと払えたんだから、せめて「ちゃんと払えた!出来た!」と生暖かい目で見守ればよかったパターン。
所謂池沼に理解が全くない例。
(奇行が)キモイ・(何も出来ないから)邪魔という認識しかないから、世間から消えろと思うのは当然。
せめてそれが(奇行は)ある程度しょうがない・(学習能力はあるから)お金をちゃんと払えたな、そういう人も居る、
位の理解を持てれば、障害者とその親も少しは生き易くなるのかもしれない。
苦労は一般の子供の数倍手は掛かる。
成長はするが遅い。一日で覚えることを一年かかって覚える。十年かかることもあるだろう。
当然障害者支援施設のスタッフならばそれを親と見守り理解して褒めるが、それはその閉鎖された世界だけの話であって社会は厳しい。
そもそも成長する事すら知らない人が大半だと思う。
彼らにはその数倍手を掛ける事が<普通>であって、
その彼らは「彼らにとってはあたりまえである<普通のきくばり>を周りにもして欲しい」と考えている節がある。
問題なのは「周りにもして欲しい」という思いが一般社会の他者にはとんでもない負担なのだという事実を彼ら自身気付かない事。
世界に落差がありすぎて、その主張は奇怪異端にしか聞こえない。
しかも彼ら自身はそれを当たり前だと感じているからどうしようもない。
当然両者は合間見えない。
モンペに近いとは思うが、その感覚を一般社会に持ち込むパターンも性質悪い。
上長の親戚が障害児、受け入れられないか?というレベルならまだしも、出来ないなら自分が直接見るから受け入れて
という事を平気でやる。身内びいきを悪びれなくナチュラルに言う辺り過保護さに唖然。
言いたい事は多々あるが別で。
まずは理解してもらうしかない。
同性愛のように、こういう人間が居ると主張し、まずは存在を認めてもらうのが偏見脱却には一番だと思う。
そういう団体もあるかもしれないが、いきなり「路頭で奇声あげて困りうろついてたら助けてあげてというレベル」
で理解を求めようとしても落差があり過ぎる。
同性愛者団体が「自宅で兄が男とセックスしてても理解して許して」と主張するような物で、
まずは「同性を好きになる人が居ます」から始めないといけないように、
障害者も「奇声をあげたり言葉を繰り返したりしてします人間が居ます。奇怪に見えますが危害を加えません。」から
理解を求めないといけないと思う。それでも敷居は高いが。(※2)
勿論差別はなくならないが、障害の内容を理解してもらえば実際問題少しはマシになるからだ。
奇声を発する/意味のない言葉の連呼/突発的な所作、この辺の騒音+奇怪行動レベルでも理解は得られる。
我慢して頂ける。
勿論当初はクレームも付いたが・・・駄目と注意すれば理解し成長すると周囲理解が得られるとその子へ声を掛けてくれるように。
当然こちらも静かにするよう注意したりもする。(が、きつ過ぎると我慢後酷くなる場合があるから難しい。親の苦労を思うと・・・)
ただしその「我慢していただいている事」を当たり前だと思ってしまっては駄目。
この部分を忘れて「我慢するのが当たり前」とならないよう(なってしまっている親はモンペと言われる)気をつけないといけない。
大変だと思う。現に大変ではあるし。家から社会から。
出来るのは「障害者が居る」という事と「育てる人の苦労」を理解する事。
親がモンペとなり理解されないからせめて権利を主張する、とならないように。
※1;周囲の目を気にして行動できるが、兄弟に負担を求める。
※2;「わが子の見せしめ」と思うだろうからほぼ無理かもしれないが。
確かにと頷きながら読みました。家庭環境と批判への対応についてはどうでしょうか。
周囲に数人、増田的に言えば「痛い」バンプファンがいますが、どちらかといえば放任されているイメージがあります。それぞれ女子高生ですが遅くまで遊びまわっていたり喫煙していたり。 …人によるのかな。「曲が批判されたときに猛反発する」ファンもしばしば見かけますが、彼女たちは寧ろ喜んで受け取りそうです。意地の悪い言い方をすれば、世間に批判されるこの音楽を好きな私の感性!個性! というように。自己承認を求めると同時に、個性尊重の志向が捻じれた結果嫌われるものや自虐を好む傾向にあって、バンプの曲は両者の間でバランスのいい位置にあるんじゃないでしょうか。
いわゆる痛いファンの中にも、認めろ認めろ!ファンと、嫌って嫌って(でも好きになって)!ファンがいません?
後者の本音も(好きになって)なんでしょうが、好きなって欲しいのは曲でなく自分自身で、曲への批判はアクセサリーになり得ると思います。
中途半端な年齢だったので、電気工事の資格を目指して、再就職し、
その後フリーターになり転々としていたけど某宅急便の会社で落ち着いた。
腰に不調をきたし、泣く泣く退社。
小売業と言えば聞こえはいいが、はっきり言ってレジ打ち品だしのマネージャーみたいな感じ。
年収は300万前半。
嫁は殆ど介護と子育てで、パートに出てもらうのは不可能な状態。
抜け出すあてもなく毎日仕事。
苦しい。蒸発したい。
http://anond.hatelabo.jp/20091112170253
http://anond.hatelabo.jp/20091112165842
非コミュはどこにいったほうがいい? それも人といなければ苦痛に見舞われるような非コミュ。
俺だって好きでこんなところに書き潰していない。もうやめたい。辞めたいと思う。
お前らが不愉快なのはもう肌で分かる。それくらいは分かる。でも、行き場がないんだ。どこに行っても同じ事の繰り返し。
まあ、いいんだけれど……。
今回は俺が痛手を被ったと思ったから書いたことだ。それ以上の理由はない。
知的水準が上がる? ああ、まあ、そうだと思う。でも、お前らそうやって見下したように記すのなら、そんな連中が頭いいとか嗤わせるな。
モデリングの参考にフィギュアの画像が欲しいときってあるじゃないですか。
最近のアマゾンは、クリックで拡大する方法で、簡単には最大解像度の画像がDLできない場合が多いです。
そういう時に簡単に最大解像度で画像保存する方法を見つけました。
例えば
http://www.amazon.co.jp/gp/product/images/B00284C90K/ref=dp_image_z_0?ie=UTF8&n=13299531&s=toys
の画像を保存したいとき、
まず、ASINまたはISBNの番号を記録しておいて(この場合は B00284C90K)
http://parasiteeve2.blog65.fc2.com/blog-entry-372.html
を開きます。
「INPUT ASIN」欄にASIN・ISBN番号(この場合は B00284C90K )を入力します。
「IMAGE SIZE」を「LARGE」にします。
「SHOW ALL PICTURES」ボタンを押します。
すると、同ページの上のほうに、そのASINの画像一覧のサムネイルが表示されます。
「現在高校1年以下で、学力が全国3分の1以上。一流はとても望めないが二流なら・・・」
そういうレベルの学力を持った人がもし居るなら、ぜひAO入試で一流大学を狙って欲しい。
高校2年のキミはもう遅い、AO入試は言うほど楽じゃない。
「就職試験と同じ」といえば増田の人たちはわかってくれるだろうか?
座学は一般入試と同じ~ちょっと下くらいだが、実験や研究室になると飛びぬける。
ちなみに慶応にAO入試が多いわけは、SFC(慶応大学 湘南藤沢キャンパス)がAO入試を9割近くとっているから。
ほかの学科は、他大学と変わらず3人程度しか取っていない。
■AO入試に必要なもの
提出するものは、願書、そして志望理由書。
試験は一般入試よりはるかに早く、10月あたりに集中している。
推薦より早く決まるので、学内で一番最初に合格とかも珍しくない。
1次試験でまず願書とともに志望理由書を郵送し
受かれば2次試験の面接やディスカッション、学力試験に参加できる。
ようするに志望理由書さえ通れば、ほぼ受かったと思っていい。
必要なことは
この季節は学園祭がある、そういった時を狙って行けばハードルは低い
それ以外にも、その教授が開いているイベントがあれば必ず参加し、著書を読むこと。
有名な大学なら、大手予備校にいけばある。一ヶ月だけでも入ってみよう
多少の金はかかるが、全体的に見れば一般入試より金がかからない。
・志望理由書の添削
「オレ毎日ネットで文章書きまくってるし、論文とか余裕」と思った人は必ず落ちる。
■志望理由書
よって、もっとも大事なもの。
400、800、2000文字で、大学によりけり。
中堅の大学は400文字が多い。
多いのはめんどくさいが、文字数が少ないほうが難しい。800だとありがたい。
AO入試を受けるにあたって、将来どうしても達成したいことが必要だ。
宇宙旅行、新型の医療装置、量子コンピュータ、メイドロボ、ガンダム、etc...
それを決めた、昔からそれを作りたいと思っていた、なら
・「私はなぜそれが必要だと思ったか」を17年間の人生と絡める
・「それを実現すればどう役に立つのか」を考える
・「なぜそれがその大学でなければならないのか」を言う
といった形式になる。
そしていきなりそれを書こうとしないで「なぜ?」を5回くりかえしてほしい。
たとえば
「宇宙旅行を実現したい→なぜ?→宇宙へ行ってみたい→なぜ?→わからない・・・」
では駄目で
「メイドロボを実現したい→なぜ?→汎用型人型ロボットが無いから→なぜ?→技術的に難しいから→
なぜ?→二足歩行が難しい→なぜ?→高性能、安価な姿勢制御装置が実現していない、よって貴大学の○○研究室で・・・」
とかそんな感じで繰り返すことによって、自分でも知らなかった「夢を実現するために必要なモノ」が見えてくる。
私は「なぜ宇宙へ行きたいのか」を一年中考えてて半鬱状態になった。
ちなみに、理系でありがちなのが、専門用語はなるべく使わないように
あくまで「誰が読んでもわかるような文章にする」こと。
学校によってまちまちだが、ボコボコにされることが多い。
某国立では「H8(小型のマイコン)にした制御プログラム全部書いて」と言われて
できなかったら「あれぇーキミが全部やったんじゃないのぉー?」とか。
帰りには決まって電車に飛び込みたくなるが、皆そんなもの。
本心で書いた文章でも危ないのだから、でっちあげた文章なんかは絶対バレる。
内容は一般入試より簡単で科目数が少ない。例えば数、理のみで問題文は英語で書いてある、とか。
■どうしても一流大学に受かりたいなら
慶応SFCで「動物に権利を与えたい」という内容で提出すれば受かる。
私自身も中学1年・2年生の頃いじめを受けていた。しかしこれを実践することで、中学最後の年にはいじめと無縁の生活を送れるようになった。以下では私がこう考えるにいたった軌跡を書こうと思う。
先述したとおり、私は中学一年生のころからいじめを受け始めた。理由は些細なことだった。
「あいつをいじると反応が面白い」
そういって私は数々の嫌がらせをうけた。トイレのホースで水をかけられたり、サンドバック代わりに殴られたり、教科書を捨てられ貴重品を奪われたり、自分の机に「キモい死ね」と書かれたり、あげく「(自分の名前)菌がうつるから近づくな!」と言われクラス全員から避けられたり・・・。これ以上書くのはやめておくけれど、世にいう「いじめ行為」は一通り受けたのだろうと思う。
もちろん私の心は愉快ではなかった。学校から帰って部屋にこもり「どうやったら楽になれるだろう」とずっと考えていた。学校にも居場所がない、家の外にも場所がない、だから家にこもる。けれども家では親に悲しい姿を絶対見せたくなかったから、私の居場所は自分の部屋しかなかった。
「このまま生き続けたとしても、くだらない人生を送るんだろうな」
薄暗い部屋で自分の悲しい末路を考えたあの時間を、私はいまだに忘れられない。涙が止まらずに床にポタポタと落ちた。うめき声を押し殺すように、私は口に手をやり突っ伏した。そして暗い中にずっとそのまま沈んでいた。
しかし中学二年生の夏、そんな私にも転機が訪れた。それは「本」との出会いだった。当時の担任の先生が私に「面白いから読んでみなさい」と、大平光代の「だから、あなたも生き抜いて」を貸してくれたのだ。
私は驚くと同時に興奮した。その本を読み終えると、私はジャンルを問わず沢山の本に触れるようになった。江戸川乱歩の「怪人二十面相」シリーズ、田中芳樹の「銀河英雄伝説」、そして三国志演戯。本を通じて私は「いじめられている現状」だけが人生ではないことを知った。大平光代のように自殺未遂を乗り越えて弁護士になる人もいるし、怪人二十面相のようにプライドの高い大泥棒もいるし(想像上だけど)、ラインハルト・フォン・ローエングラムのように強烈な天才もいるし(此方も勿論)、義に生きた関羽や超雲のような武将もいる。
「もっともっといろんな人の生き様や考え方を知りたい」
そう思った私は、読書だけでなく勉強にも精を出すようになった。
社会の時間が一番のお気に入りになった。日本史や世界史に出てくる偉人の話を聞いていると、私の背筋はゾクゾクした。だからどれだけいじめられようと、学校は絶対にやすみたくなくなった。そしてこれまでしたことのなかった授業の予習復習もしてみた。そうするとテストでも点数がとれるようになり、勉強が好きになった。(いじめられっ子を見返してやりたいという気持ちも、勉強を好きになった原因の一つかもしれない)。そして「大学でもっとたくさんの人生・考え方に出会いたい」という夢を抱くようになり、これまで考えもしなかった高校進学にも憧れはじめた。
学内でぶっちぎり底辺だった成績も、次第に真中くらいになっていた。
そして私はこう思った。昔の自分には、学校という場所しかなかった。しかし今の俺は読書という、自分だけの打ちこめる「場所」を手に入れたんだと。それがきっかけで、きっと心にも余裕が生まれて、他の色々なことにも気づくことができた。担任の先生が「本」を貸してくれたのが、きっと俺の人生の転機だったんだ、と。
だからこそ、いまいじめられているあなたも「自分の打ちこめる何か」を探してほしいと私は思う。私の場合それは読書だったけれど、世の中は本当に広い。こうしてネットを使えているのだから、あなたも自分の好きなものにすぐ出会えると思う。そして学校なんてどうでもいいから、その自分の好きなものに熱中してほしい。そうするとあなたも心に余裕が生まれて、いじめなんてしょうもないものだと思えるようになると思うし、その先に自分の新しい生き方も見えてくるはずだよ。
幸運を祈ります。
こんな風に飲んでいると依存症になると止められたが飲みたい。そんな日もあるのだよ。たのむから傷口に粗塩をすり込むような真似は辞めてくれ。
俺はもう忘れよう。へいへいのうのうとつづがなくくらそう。うらまれようがなにされようがきにせず、へーへーのうのうと
>たかがセックスしない程度で「死んで欲しい」などとは普通思わない。
そうなの?
>それ、「妻に死んで欲しいと思われる位酷い事をしている夫が大勢居る」と言う発想に至る人が殆ど居ないのが不思議。
検索エンジンでそんなこと検索している人がそんなに被害受けていると思えないけどねw
>大抵の男性が、痴漢と聞くと冤罪しか思いつかず「本当に痴漢被害に遭った事のある女性なんてごくごく一部でしょ?」と言うのと一緒か。
どっちもどっち。事象として双方発生し、どちらかが断定しずらいから双方思う人はいるだろうけど悲観すぎじゃね?
横だけど。
学歴偏重主義の親が言うことなんかほっとけばいいよ。
東大にいけることが子どもの才能だと思ってるおばかさんなんだから。
中卒だって高卒だって財を成し社会的にも認められてる人もいる。
子どもに芸術的な才能があったとしても何もしてやれない(気が付かない)こともあるし、
そもそも何が経済的な成功に繋がるかなんて一定の法則があるわけじゃないし。
子どもにも自分で自分の幸せを見つける力を持って欲しいなと思う。
そのためには親が幸せに暮らしていることを行動で示すしかないんじゃないのかな。
教えることなんて出来ないんじゃないの、って思うよ。
今まで人間関係が上手くいかなかった彼。
露骨に嫌な顔をされたりして、人と円滑に接する方法を考えるより
彼はそういう経験を盾に、他人に敵意を剥き出しにすることに躊躇いが無い。
自分に自信が無いだの喪男だの言うけれど、プライドだけは凄いし
身近な女性とよく比べられるし、みんなの前で私を笑い者にすることもある。
過去に私は「人(私)が嫌がることをしないで」と泣きながら訴えたことがある。
でも30過ぎた彼からの返事は、「人の嫌がることが分からない」。
どうやら彼は、自分の発言が相手を傷つけているという実感が無いみたい。
彼が女の子の格好しているのもそうだよね
何故なのかと彼の考えを聞いて
全員が賛同するはずがないんだ
しかし中には聞いておきながら
自分が納得しないと
怒ったり否定したりする
愚者がいる
人に説明を求めて
解答が常に得られると思っている
蒙昧な者も多い
が全ての答えらしい。
こういう人と、どうすればうまく関係を築いていけるんだろう。
私だって未熟な人間で、彼に迷惑をかけてばかりで、本当はこんな愚痴を垂れ流す
資格すらないって分かってる。
でも「言わないと分からないから言ってみろ」→【色々思うところを言ってみた】
→「お前だって(ry」のループが続いて、やっぱり私が悪かったですごめんなさいって
なるのはそろそろ限界かも。
何か対処法や心構えがあれば、いちいちカリカリせずに済むのかな。
≪余談≫
第一志望の企業の試験前日に、私を励ましたかったのかなんなのか、「こんな試験で
人柄とか分かるかよ、こんなのやるから日本の企業はふじこふじこ」と言う彼が
酷く残念な人に見えた。
確かにこれじゃモテないよね。
経済学にはとんと疎い素人だけど、最近はてな界隈で盛り上がっているリフレ論争はなかなか面白い。
難しいところはぜんぜん判らないし、いくつか論点があるような気がするけど、要するにお金がどうやったら廻るようなるのか、という話だよね。
リフレ派の人は、日銀が国債を買ったり、インフレターゲットを宣言することで、みんなに将来的にインフレになると予想させればお金が廻るようになると考える。インフレだと現金を持ってても価値が目減りしていくからね。構造改革の必要性を否定するものでは必ずしもないけど、いまはそのタイミングじゃない。リフレ派とされるエコノミストの言葉を借りれば、風邪を引いてるときにわざわざ体力つけるためにトレーニングをするのはイクナイ、みたいな感じだろうか。
他方で、反リフレ派の人によれば、いまの不況は日銀がお金を刷れば解決なんて単純な話ではなくて、日本の産業構造(たとえば解雇規制とか)にそもそもの元凶がある。だから、規制緩和によって企業が余剰労働力を放出しやすくして体力を回復させ、イノベーションの創出を通じて新しい需要を生み出すことが必要だと考える。日銀が通貨供給量を増やしても、どうせ銀行に貯まるだけの話でインフレにはならない。それでも無理に流通させようとすれば、国債が暴落したり、ハイパーインフレを生じさせる可能性がある。
ここからさらに憶測交じりのいい加減な話をしてみたい。
リフレ派的な視点からすると、2000年代前半のシバキアゲ型の景気回復は、輸出産業にはよかったかもしれない。けど、国内はずっとデフレ基調だったわけで、派遣労働者やバイトを増やすことで表面的には失業率を低く抑えていたかもしれないものの、平均所得はどんどん下がっていった。そりゃ、みんなお金使わなくなるよね。
ところが、それでも日本の国内市場の規模は実はかなり大きく、本当ならそれほど輸出に依存する必要はない。だから、とにかく国内市場の需要の回復が必要だという話になる。そのためにはみんなが気持ちよくお金を使うことが必要だから、気持ち的にもハッピーなほうがいい。解雇規制の緩和とか今やれば、雇用も促進されるかもしれないけど、むしろ正社員やそれに依存するパートタイマーの人たちなんかがみんな不安になって需要が一層冷え込んじゃうかも。要は、国民を「甘やかす」ことが大事だという話。バブルアゲイン、プリーズ。てか、バブルなんてはじけてみないとバブルだったかどうかなんてわからね~んだよ、みたいな。
ところがどっこい、反リフレ派からすれば、そんな甘いこと言ってんじゃないよという話になる。労働力の安価な途上国がどんどん伸びている以上、国内のデフレは不可避なのだ。比較優位なんて幻想。だから、生産性が低くて人口が減っていく日本には、国民を甘やかしている余裕はない。みんなで希望を捨てて、突然の解雇にもめげないメンタリティを獲得し、生活水準の低下も耐え忍びつつ、生産性を上げて衰退のペースをゆるやかなものにする以外にない。そのためには、非効率的な富の再分配とか論外だし、地方なんぞ切り捨てて効率のよい東京にみんなで住もうとかいう話にもなる。だから、反リフレ派の人の話を聞いていると、だんだんと暗い気持ちになる。
「国民に甘言ばかり弄するのはポピュリストで、たとえ嫌われても厳しい正論を告げるのが真の知識人」なんていう発想からすれば、反リフレ派の人はなかなかカッコいいような感じもする。
でも、超個人的な話をすれば、1歳のうちの子どもなんて「つねに希望をもって生きていきますように」という発想から名前をつけたわけだが、希望を捨てろとか言われたら、いったいどうすれば…orz
それは措くとしても、「個人の悪徳は公共の利益」とか、「合成の誤謬」なんて言葉もあるし、みんなが希望を捨てて、厳しい将来に備えちゃったら、それこそお先真っ暗じゃないかと思うんだけど、どうなんでしょうかね。果てしない縮小均衡が続いて、結局のところ、本当にみんなが貧乏になるんじゃないだろうか。社会学的に言えば「予言の自己成就」というやつだ。
あと、反リフレ派の人は「物が売れないのは、みんながもう物を持っているからだ」とか「若い人がブランドの服よりもユニクロを買うようになった」からイノベーションが必要だって言うけど、本当にそうなのかな。みんな本当はいろいろと買いたいと思ってるけど、懐が寂しいし、将来が不安だから、財布の紐を締めてるだけなんじゃないのかな。少なくともうちはブルーレイが欲しいし、新しいPCも欲しい。VAIO-Xとかいいよね。ディズニーランドももっと遊びに行けるといいんだけど、高いよね~。
それとも、そういう個人消費の話ではなくて、投資やマーケットの話になるとやっぱり変わってくるのだろうか。そこら辺、ぜんぜんわからないんだけども。
上の理解はたぶん間違いだらけなんだろうけど、どこが間違えてるのか教えてもらえると嬉しいなあ。
おそらく出来るとは思うよ。ただ、それだとセックスも手繋ぎも成り立たなくなる恐れがある。
同じ部屋を過ごしている住民が彼氏・旦那になるかとは別問題だと思う。ましてや好きな人が自分の相手をして欲しいときにして欲しくなるのは過酷。
でも、理想の一つではあるだろうし、生活も成り立つわけだから、俺はいいと思うよ。
仕事やってる脇で同人原稿でもLO読んでる横でギターならしていても。いや、ギターは不味いか。煩いから。
というか、その生活、過去に一度だけ成り立ったよ。相手メンヘラ、俺四六時中ネット。やばくなったら俺買い物。相手寝る。
相手の日記に「俺の考えていることが分からない」とか書いてあったけれど、必ずしも知る必要はないかも。生活に困らないなら知り合う必要もないし。
趣味にあわせてわざわざ水曜どうでしょうを見て蘊蓄聞かされているのも別に悪くはなかったし。好き嫌いは別で、別に悪いもんじゃないのも確か。
大抵、自分が相手の趣味に合わせる感じなので唯一の苦痛はそれだけ。教えて貰っても自分で勉強しても高が知れているというのもあるんだが。