2023-05-02

萌え」の復興こそが腐れきったヲタク価値観是正する

元始、「萌え」と「エロ」は別物であった。

昔のヲタクは可愛らしい2次元女性を見ることで、なんとも表現しがたい感情が「萌え」出てていたのである

萌え」という表現はあまりにも文学的だ。それは簡単に言ってしまえば「恋」なのだが、2次元美少女に恋をしている人というのは常識外れで逸脱した人間だという当時の感覚があったため、ヲタクたちは社会から身を潜めるようになる。子どもでもないのに2次元キャラを好きになる、ましてや恋愛感情を持つなんておかしい。そういう無意識下の抑圧がヲタクたちの衝動ますます2次元へと駆り立てることになる。

恋と言い表せないこの感情を彼らは「萌え」と呼んだ。

萌え」は性的感情昇華させる手段であった。結局彼らはどこかで「エロ」を求めていたのだろうが、露骨に「エロ」に走ることはなかった。それは彼らのヲタクとしてのプライドのようなものであった。ヲタクコミュニティ形成されるにつれ、作品真摯に向き合うことが第一義とされた。エロは瑣末なものとされた。それは「エロ」を前提とするエロゲーにまで及んだ。ストーリーを感動的なものにすることで、それらは「泣きゲー」と呼ばれた。これは彼らのプライドであった。

しか現在社会世代交代に従ってヲタク市民権を勝ち取るに至った。2次元が好きなことは普通とされ、日常会話で深夜アニメの話が出ることは珍しくなくなった。だが、それと同時にヲタク文化ローコンテクスト化が進んだことは否定できない。これはヲタク産業が拡大し競争原理が働いたがゆえ、より分かりやすく「エロ」いものウケるようになってしまたことに起因する。

コスプレも最早コスプレのテイをなしていないものが増え、エロを書かない絵師の居場所も無くなりつつある。これは以前のヲタク文化ではありえない話である。「作品真摯に向き合うこと」がまず守られていない。それはコンテンツ制作側と受け手の両方に言えることだ。

最近エロ広告非難されることに対して表現の自由だとか言う人もいるけれど、そんな節操ないことをしていたら社会から批判されるのは当たり前だと思う。おっぱいが大きいだの貧乳だので騒ぎすぎ。気持ち悪いと思われるのは当然。だからもう一度原点である萌え」に立ち返るべきだと思う。「エロ」は所詮コンテンツの表面をなぞるだけの浅い思考にすぎない。もっと深く作品と向き合って、自分の中で一度完結させて欲しい。他人意見をすぐに求めないで欲しい。ヲタクもっと一人の時間を作るべきだ。そこから萌え」は生まれる。今のヲタクは浅い。

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