2021-03-24

例えば陰謀論

例えばカルト宗教

存在しないものを「有る」と言い張る人はキチガイに見えてしまう。

だが「無い」ことは証明しづらい。

特別根拠なく他者否定するような攻撃性はそれ自体狂気にも見える。

 

逆に 存在するものを「無い」と言い張るのも同様だが、いくらビジネス感が強い。

昨今で言えばコロナ関係

人間うそうそこまで狂うものではない。

明確にそこにある以上、何かしら意図があることを疑うのが普通だ。

その意図を達するために狂ってみせようという思考それ自体サイコ感はあるが。

 

愛だの恋だのの価値を主張する人、主観以外で価値を感じようもないのに人に押し付けてくる輩が多い。

しかし外部からはあえて否定しないし、同じものを持っている人間がお互いに「自分たち価値有るものを得ている」と確認し合うため

非常に自信過剰で厄介なキチガイ集団だ。

 

価値を感じること自体はいい、それを否定していない。

問題なのは監査されない環境自覚していないことだ、つまり数が多すぎる。

その「誰にでも手に入る」数の多さはアイデンティティ確立を困難にし、持たざるもの攻撃することで実感しようとする層が一定数生まれるのが非常に厄介だ。

 

例えば水泳選手

「50m25秒も切れないの?」

「うわ、絶対水泳やったほうがいいって。」

「21秒切るの人間幸せなのに、可哀相」

などと言い出したらどう感じるか。

少なくとも自分キチガイと思うだろう。

技術に対するリスペクトは有るし、応援する選手が良い記録を出すのを見るのも嬉しい。

だがそんなもの普遍的価値はあるわけもなく、それを自覚できなくなった盲目さはまさに狂気だ。

 

「そうは言っても多くが価値を認めているのだから、それは価値でいいのでは。」

よく聞く価値観だし、その通りだ。

間内評価あい価値を噛みしめるのは健全行為だと思う。

自分の信じたものを追求するのは立派だとすら言える。

だが日本円海外では使えないし、動物相手にも役に立たないだろう。

その事実を見ないふりして強引に勧めてくる輩、冒頭のキチガイ2種のハイブリッドとして本当に狂った存在として映る。

 

これはあくま干渉された際に感じることであり、幸せな家庭を築く人や特別技術に対するリスペクトは常に持っている。

恐らく向こうから見ると「明確に存在する価値が見えていないキチガイに教えてやってる」という感覚なのだろう。(もちろん前述のアイデンティティの件のケースも有るだろうが)

大きなお世話、という言葉では恐らく伝わらない。我々はお互いをもっと違う生き物として認識している。

そちらがマジョリティだ。マイノリティキリンか何かとでも考えて欲しい。

キリン味噌汁は食わないし金にも人間とのSEXにも興味はない。無理やり食わせれば暴れるだろう。

いや分からん、食うかも。知らん。ゴメン。

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