2019-01-17

[] #68-2「ブラックホワイト

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はい、次の方どうぞ……っと、奥さんでしたか

相談窓口の担当は、これまた見知った顔だった。

「あ、タケモトさん」

タケモトさんは、俺たちマスダ家の隣に住んでいる人だ。

「ここで働いているんですね」

「まあ、そうですね……それで、今日はどのようなご相談で?」

母は自分の条件に合う仕事がないか尋ねた。

「んー、ちょっと待ってくださいよ」

タケモトさんは気だるそうにパソコンをいじり出した。

職業斡旋所に送られてくる求人情報はそのパソコンに詰まっており、大抵の仕事は見つけられるようになっている。

パートタイムで、ある程度の融通が利く……かつ奥さんで出来そうなものかあ……」

タケモトさんの独り言は声が大きく、そして端々から不機嫌さがにじみ出ている。

普段からそんな感じの人だ。

その言動に大した理由があるわけではない。

強いて理由を挙げるならば、その日は少し忙しかたかなのだろう。

仕事が嫌だったら、職場に顔だけ出して給料だけ貰えばいいんだよ。或いはストに使うエネルギー副業にでも回せばいい』

以前、どこかでタケモトさんはそうボヤいていた。

労働に対する考えや臨み方は人それぞれであるが、タケモトさんの場合はその情熱がまるでないようだ。

タケモトさんの仕事は、相談する人間の数や質に比例して忙しくなる。

そして忙しかったとして給料が増えるわけではない。

給料が欲しいから働いているだけのタケモトさんにとって、内容や是非に関わらず忙しいこと自体が気に入らないのである

それでも、やるべきことは最低限やるだけ上等な方なのかもしれないが。

「うーん……ある、っちゃあ、あるっぽい、です、ねえ」

パソコンをいじり続けて数十秒後、どうやら条件に合うものを見つけたらしい。

しかし依然、歯切れが悪い。

「どんな仕事なんです?」

「要は機械操作ですが、資格必要ないようなんで、そこまで難しいものではないかと」

「ああ、いいですね。私はサイボーグですから、その分野はそれなりに詳しいですし。ここに決めます!」

タケモトさんの機微を意にも介さず、出てきた求人情報に母はやる気を見せる。

「えぇ……近所のよしみで忠告しますが、もう少し慎重になったほうがよいかと」

母のそのリアクションでさすがに心配になったらしく、タケモトさんは説明を始めた。

「この会社は『256』っていう機械メーカーなんですがね。かなり最近できたところのようで、成長も著しい企業らしいです」

「『ラボハテ』みたいな会社なのね」

ラボハテ』というのは、この国でトップ機械メーカーだ。

昔、母が事件に巻き込まれ重症を負ったとき、その会社のおかげで一命を取り留めたらしい。

からなのか、同じ機械メーカーである『256』に興味が湧いたようだ。

「へえ、すごいじゃないですか」

だけどタケモトさんは違う。

前のめりの人間が取りこぼしがちな視点を母に提供する。

人間と同じで、健全な成長というものは緩やかなもんです。その摂理無視して大きくなるってことは、不健全な成長である可能性が高い」

「どういうことでしょう?」

キナ臭い……オレが言えるのはせいぜいその程度ですかね。確信のある何かを知ってるってわけじゃないんで。憶測憶測を重ねるのはデマと一緒になりますから

この時、どうしてタケモトさんはそんなことを言ったのか、母には理解できなかった。

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