母はとりあえず求人情報だけ印刷してもらうと、言われたとおり慎重に考えてみることにした。
「どうでした、マスダさん。御眼鏡に適うものはありましたか?」
「あ、センセイ。一応はあったんですけど、担当の人がもうちょっと考えてみてはどうか、と」
「ほぅ、私にも見せてください」
センセイは求人紙に目を通す。
「『256』は機械やAIによる技術開発、研究、及びその製造をしている会社……」
「条件は申し分ないですし、これ以上のものはそう見つからないと思いますね……額面どおりに受け取るなら、ですが」
「と、言いますと?」
「公式サイトを見てみましょう」
センセイが、持っていた携帯端末で『256』について調べ始めた。
「最近出来た会社のサイトにしては随分とデザインがしっかりしてますね」
「プログラムなども作っている会社ですから、ここを疎かにしているようでは話にならないでしょう。重要なのは書かれている情報です」
迂闊な企業は、こういったところにすら綻びを見せる。
明らかな問題点を耳障りの良い言葉に代えたり、重要な事柄なだが都合が悪いので書かれていなかったりだとか。
しかし『256』に書かれた情報は過不足なく、あからさまな美辞麗句を並べた欺瞞もない。
その後も外部からの情報や評判なども調べてみるが、好意的な内容が多い。
中にはネガティブでキナ臭い話も一定数あったが、怪文書じみた内容のものがほとんどで真に受けるようなものはなかった。
「へえー、転職した元社員からも高く評価されているのは珍しいですね。こういうのって会社側に落ち度がなくても刺々しいこと言う人多いんですが」
「……やっぱり、ここで働こうかしら」
タケモトさんの言っていたことが未だ気がかりではあったが、調べた限りでは『256』は優良企業だ。
これ以上、悩む理由はないように思えた。
「そうですか……では私もここで働いてみましょうかね。ちょっと気になることもありますし」
「知り合いがいれば働きやすいですからね。それに、働くのに高尚な理由なんて必要ないですよ」
もしブラック企業だったなら、すぐさま辞めるなり、出るとこ出ればいい。
そういった打算もあり、二人は『256』で働くことを決めた。
「はい、次の方どうぞ……っと、奥さんでしたか」 相談窓口の担当は、これまた見知った顔だった。 「あ、タケモトさん」 タケモトさんは、俺たちマスダ家の隣に住んでいる人だ。 ...
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