2019-01-16

[] #68-1「ブラックホワイト

俺がティーンエイジャーになって間もない頃の話だ。

バイトでもしようと思ってるの」

母は俺たち家族にそう告げた。

「それはまた……どうして? 別に家計が苦しいわけではないだろう」

「有り体に言って、やることがないの。家事ほとんど機械がやってくれるんだもの実質的に私がやっているのは、その補助と言ってもいいくらい」

母は専業主婦というやつで、少し前までは大忙しだった。

家事はもちろんのこと、俺たち兄弟の世話までしていたからな。

しかし、現代科学の賜物は母を楽にしていくと同時に、仕事に対するモチベーションも奪っていった。

そして、俺たち兄弟は成長していくと手がかからなくなり、自分で出来る範囲のことはやるようになった。

母が今までやっていたことは徐々に減っていき、自分だけの時間が大きくできたわけだ。

子供が自立していくことは親として喜ぶべきなんでしょうけど、同時にメリハリもなくなっていくのよねえ」

しかし、そうして出来た時間は中身がなく、ポッカリと空いている状態だった。

母はそれを新たな仕事で埋めたかったわけだ。

あなた仕事で夜に帰ってくる。子供達は学校から帰ってきたら友達と外へ遊びに行く。キトゥンは躾ができてる上、子供達が世話するからエサをあげるくらいしかやることがない。自分身体メンテナンスだけで、残り時間は潰せないの」

「うーん、なるほど……だけどその空いた時間仕事に費やさなくてもいいんじゃないか。自分だけの時間なんだから趣味だとか、もっと有意義なことに使えば……」

「私に必要な“有意義”が、そういうものじゃないってことくらい分かってるでしょ?」

母は無趣味人間で、やりたいこととやるべきことを直結させた人生を送ってきた。

趣味時間を費やす必要がなかったんだ。

それで充実していたし、不満もなかった。

『やるべきことと、やりたいことが直結している人生幸せだ』

以前、センセイがそう言っていたのを思い出す。

だけど、こうも言っていた。

『難点は、常にやるべきこと、やりたいことを追い求める人生になりやすいってところだな。やるべきことがなくなれば、やりたいこともなくなるからね』

まさに母はその体現者だったのだろう。

結局、反対する理由もなかったので、俺たちは母のやりたいようにさせた。


…………

母は近場の職業斡旋所で手ごろな仕事を探すことにした。

「うーん……丁度いい条件のがないなあ」

入り口近くに貼られた求人紙に目を通していくが、都合のいいものは中々見つからない。

そうして唸っていると、とある人物が声をかけてきた。

「おや、マスダさん。珍しいところで出会いましたね」

声をかけてきたのはセンセイだった。

「ええ、ちょっとしたお小遣いに稼ぎに。センセイも?」

「そんなところです。とは言っても、ここに貼られているもので目ぼしいものはなさそうですね。良い条件なのは、既に持っていかれたのでしょう」

「そうなんですか……じゃあ、他のところで探した方がよさそうですね」

「後は相談窓口ですね。ここに貼られているもの以外を見繕ってくれることがあるので。それに期待しようかと」

「へえー、じゃあ私も行ってみようかしら」

母はセンセイと共に相談窓口へ向かった。

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