俺はオサカの話を思い出していた。
バイト仲間のオサカは映像コンテンツが大好きで、自前のサイトでレビューもちょくちょくやっている。
そんなオサカにレビューの是非について何気なく尋ねたことがあった。
皆なんで、他人の評価をそこまで求めるのか俺には分からなかったのである。
結局、自分にとって最も信頼できるレビュアーは、自分自身じゃないかと思うからだ。
「理由は人の数だけある。意見を分かち合いたい、何らかの指標が欲しい、千差万別さ。それでも言えるのは、レビューを求める人間がいて、レビューを書きたい人間がいるのは間違いない以上、無下にするのも難しいということ」
「そう言ってしまっていいだろうし、自分もそう思ってレビューに臨んでいる。だからこそ下手なことは書かないよう心がけているわけだし」
「お前の考えは分かったが、みんながそこまでレビューに対して何らかの志を持っているとは俺には到底思えない」
レビューを書いているオサカですら、芳しくない答えだった。
そんなものにガキの弟が関わることを、俺はとてつもなく危険だと感じたんだ。
「え? 何が」
「とぼけるなよ。弟をあんなにレビュアー気取りにさせて、どういうつもりだって聞いているんだ」
「本気で言ってんのか? 弟のような実績もない人間に見せかけだけの権威を持たせて、そんな人間の発言を大勢の前に発信する。弟だけじゃなく、大衆や店を弄ぶ行為に何の疑問も持たないのか?」
「レビューというものは本質的には個人の意見だ。それを他人にも理解できるよう体系化することがレビューだよ。是非もなし、だ」
「何がレビューだ。こんなネガティブとヘイトにまみれたものが。何かを貶したりすることをわざわざ書かなくても、もっと誉めることばかり書いたっていいだろ」
「それは大した理屈じゃないね。貶してばっかりのレビュアーがダメだというなら、誉めてばっかりのレビュアーだって同じことだろ。マスダはそもそも前提の段階で誤解している」
「俺が何を誤解しているっていうんだ」
「価値には絶対的なものと相対的なものの側面がある。何かを誉めることは何かを貶すことに繋がるし、何かを貶すことは何かを誉めることに繋がるんだ。それを言語化することも批評の一形態なわけ。なのにダメだって思うのはマスダの気持ちの問題でしかない」
「その批評に安易に振り回される人間がいることを知っていてもか? そんなものがなければ起きなかったトラブルだってたくさんあるはずだ」
「この大衆文化は個人の確固たる意志だけでは止まらないし、止めるものでもない。できるのは個々人がそれをどう受け止めるかのみだ」
「それって要は自分のレビューに責任はないし、持つ気もないってことだろ。なのに発言権だけは行使するなんてムシがよすぎる」
「だから、ネットってのはそういうもんなんだって。ネガティブやヘイトを許容も順応もできず、無視することすらできないなら、レビューはもちろん他人の意見の巣窟であるネットそのものを利用しない方がいい。マスダは僕たちの批評スタイルが気に入らないのを、善悪の問題に摩り替えているだけだ!」
弟にレビュアー気取りをやめさせたくて、タイナイのほうを説得してみたが完全に失敗だった。
タイナイにとって、ネットはリアルと地続きであることを忘れていた。
人は現実に対してどんなに不平不満をもったところで、それとなあなあに付き合って時には自ら楽しさを見出す。
「いやー、いまトイレ入ったらさ。今どき和式だったんだよ。この店サイテーだ」
「なるほど、レビューに書いておかなきゃね」
このままじゃ組合に目をつけられて、大事になるのも時間の問題だ。
タイナイは承知の上かもしれないが、弟までそれに巻き込まれるのはよろしくない。
どうにかできないものか。
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