闇の公子を読んだ。愛と憎しみが織りなす、絢爛たる勧善懲悪の物語だった。出てくる人物が美男美女のオンパレードだったからちょっとお腹いっぱい。
大別して三章からなる今作。それぞれの章なり部で主要な登場人物は移り変わっていくんだけど、物語全体を通しての主人公はやっぱり闇の公子たるアズュラーンなんだと思う。
地底の都を統べる妖魔の王たる人物なんだけど、少々いたずらが過ぎる。たびたび地上に出てきては国を傾けたり、呪物を差し向けて混乱を引き起こしたりして、大勢の人の生を翻弄し結果的に殺戮して回ってる。
神にも等しい力を有しているのに、夢から地底に迷い込んできた魂を相手に狩りを行ったり、とある人間の女性を誘惑しようとして三回失敗した挙句に彼女と夫と子供たちをしつこく呪ったりする。
やんごとなき御方なんだけど、しょうもないところが多い人物でもあると思った。
でも天上の神々と比べたり、とある吟遊詩人の予言じみた唄を聞いて不安を垣間見せたり、なんか格好つけた自己犠牲で世界を救っちゃったりするのを見せつけられると、憎めなくなる。
小説の最後なんか、アズュラーンの復活により束の間の平穏を享受していた世界に再び嵐が生じる兆しが描かれてるんだけど、行間からにおい立つ何とも言えない爽やかさのせいで読んでてニヤニヤしてしまった。
カジールとフェラジンの恋路を邪魔したり、ビネスの一家に辛苦を味合わせたりした場面では眉間にしわが寄ってしまったけど、自らが蒔いた悪事の種が芽吹いたせいで愛する世界が壊れそうになった時に見せた姿とか、滑稽すぎて愛着が湧いてきてしまった。
本当にしょうもない人だと思う。とんでもない御仁なんだけど。
公子以外にも素敵な登場人物はたくさんいて、先にも挙げたカジールとフェラジンのその後とかほのぼのしていそうでほっこりする。シザエルとドリザエルの二人も、魂の平穏を得たことで幸せに暮せたんだろうなあと思いたい。
三つの章の構成について。どれも悪が負ける物語になっているんだけど、アズュラーンの視点から見ると、第一章では自分自身が主体になった悪が負けていた。
第二章では自らが蒔いた悪がどのように人々の間を渡り歩くかを描いていて、第三章では自分が面白おかしくまき散らしてまわった悪によって手を噛まれるっていう展開が描かれていたように思う。
それぞれ悪の捉え方や切り取り方が違っていて面白かった。アズュラーンの狡猾さや執念深さ、冷酷さを際立たせるとともに、彼に立ち向かう人々の輝きをうまく描いていた。
人々の生き様に関してだと特に二章が印象的だった。魔性の女王ゾラーヤスは、最後に結局悪として敗れてしまうのだけれど、彼女の憎しみや悲しみ自体には理解できるところがあるのがほろ苦かった。
彼女が死に負けるまで、ありとあらゆるものに勝ち続けなければならない人生を歩く羽目になってしまったのは、はたして運命だったのかどうか。
優しさがうまく機能しなかったり、色んなことのタイミングが悪かったりした十代のころ、彼女のもとにアズュラーンは現れなかったことを考えるとなんかいろいろ胸に迫る。
文章としては重厚かつ絢爛で耽美。文章がずしんと腹にくる小説でした。性愛に関する大らかな受容性と、こってりした文章に慣れることができればがんがん読み進められる物語だと思う。
ただ、たて続けに二冊はつらいかなあ。死の王はまた今度にしようと思う。