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はてなキーワード: 英語圏とは

2010-01-24

Re: 植民地主義者の欲望

http://d.hatena.ne.jp/usoki/20100122/1264167020

元増田です。原論文に当たる労を取ってくださったことに感謝します。

そもそも「有益」か否かで論を立てるのであれば、それが誰にとっての利益であるかをはっきりさせないといけないはずだ。そうではなく、単に統計数字を見ただけで言っているのであれば、何の疑いもなく「資本主義=good」「近代=good」と思い込んでいるだけである*1。また、その問いがなければ「善政かどうかはともかく」と言いながら、結局は植民地支配肯定論となってしまうだろう。

なんだか1段落でいくつもロジックが飛んでいて文意が取れません。まず、なぜ有益か否かを立論するに当たって受益者を特定する必要があるのかが分かりません(国レベルでの特定が必要であることは自明ですが、そういう話をしているわけではないでしょう。もしかして、就学率上昇の受益者は朝鮮人子供日本政府、とか全て特定しろということですか?)。「はず」で済まさずにその理由を説明してください。

さらに、受益者を特定しなければ『何の疑いもなく「資本主義=good」「近代=good」と思い込んでいるだけである』という文章も論理が飛躍しています。付け加えれば、私はGood/Badを議論しているわけではありません。有益であるかどうかとGoodかどうか(または、善であるか悪であるか)は別の問題です。だからこそ「善政かどうかはともかく」という但し書きを入れています。そもそも、「日本植民地政策は正しかった、善政だったというコンセンサスがある」と主張するなら、私がCumingsの『日本人には、信じるに足る「自らを正当化する神話」は存在しない。』という言葉引用した段階で、その主張は破綻してしまいます。

更に加えて、受益者が誰であるかという問いがなければ植民地支配肯定論となる、という文章も論理が飛んでいて意味が分かりません。それから植民地支配肯定論というのは「植民地支配には肯定的な側面が存在した」という議論であると定義してよいのでしょうか。

それにしても、増田はKohliのOn the state and lower classesのパラグラフを紹介しながら、「日本植民地は有益なものだった(というコンセンサス英語圏の学界にはある)」という増田の理解が揺らぐことはなかったのだろうか。

国家権力を後ろ盾とした労使関係の(強制的な)改善とその経験は、戦後韓国経済の離陸に当たって有益なものであったと思います(もちろん、日本政府意図していたのは、日本統治下での朝鮮生産性を向上させて日本利益資することであって、戦後韓国の成長など考えてもいなかったことは当然です)。経済発展の初期段階で賃金が上がりすぎれば、適切な資本形成が妨げられるだけでなく、インフレと(unsustainableな)貿易赤字を招来して最終的には国民生活水準に甚大な被害をもたらしますから。

ちなみに増田が省略してる結論部では「日本朝鮮植民地支配は無慈悲で屈辱的なものであったが、それと同時に後に韓国の高度成長へと進化することになる政治経済を形成するためには決定的な影響を持った」「植民地時代からの(経済発展の)連続性を強調することによって、日本国益のための残虐な植民地支配を免責することはできない」って書いてあるぞ(強調は引用者)。

そんなことは、私のCumingsからの引用に同じことが書いてあります。『日本人には、信じるに足る「自らを正当化する神話」は存在しない。』私がエントリーの中で一度でも日本植民地支配が慈悲深く思いやり溢れたものだと書きましたか?植民地支配の残虐性はその有益性を持って免責されると書きましたか?そんなことを思っているならCumingsもKohliも引用しません。この段落は私のエントリーのどこに対する反論として書かれたものなのでしょうか。

ところで、私のエントリーは「有益性についてのコンセンサス」を書いたものであり、冒頭で『・・・ことについては、学者の間である程度のコンセンサスがある”という考えにはとても同意できないな、と思った。』と書かれていますが、コンセンサスの存在に対する不同意の理由がどこにも見当たりません。この点についても説明を加えていただけますか。

2010-01-23

『ハチはなぜ大量死したのか』レビュー揚げ足取り

amazonレビューで、翻訳時のタイトル変更が結構叩かれている。

Amazon.co.jp: ハチはなぜ大量死したのか: ローワン・ジェイコブセン, 中里 京子: 本


もともとは『実りなき秋』(Fruitless Fall)っていうタイトルだったそう。

タイトル以外はパーフェクト」というレビューを書いている人はこう言う。

>原題をなぞって『実りなき秋』みたいなタイトルにすれば、

>この本は『沈黙の春』に勝るとも劣らない本になったのではないか。

いやいやいや。どれだけ自分中心に考えてるの?

ちゃんと、英語圏で『Fruitless Fall』ってタイトルで名作になるがな。

日本でこんなタイトルで紹介されたから、名作にはなりませんでしたよ」

って、んなわけあるかい。

大体タイトルをけなしている人たちは、

本当に知りもしない作者の『実りのない秋』というタイトルの本を手に取ったのだろうか。

2009-12-19

中途半端語学好き

語学勉強するのが好きである。でも、なんだか「語学勉強してるのよ〜」という雰囲気が好きなようで、正直身に付いているとは言えない。

英語の場合は受験という勉強目的が主だったが、いつかいろんな国に海外旅行行って楽しみたいな、というのが続けている理由。仕事では、読み書きは「使う可能性も多少ある」程度でスピーキングは数年に一度の海外出張があるかないか。英検2級、TOEICは700止まりでその後受験してない。英会話教室に通ったこともあるので自己紹介程度の簡単なことなら会話できるけれど、多分一人で英語圏に行って聞き取りとか交渉とかは厳しいだろう。

第二外国語ドイツ語を習った。アルファベットやごく簡単な挨拶なら今でも覚えているが、会話能力はなし。ドイツ自分が一番旅行をしてみたい国なのだがまだ行ったことはないので「身に着けなきゃ」という切迫感がない。積極的な勉強はせず、NHK語学番組を毎週見ている。

同じく大学の講座であった、アラビア語にも興味は示したが初めの1時間アラビア文字に挫折し、履修登録はしなかった。いつかあれを読めるようにはなってみたい。

初めて行った海外韓国で、観光旅行で必要な「これください」関連の言葉は覚えたがハングルの読み書き能力ゼロ韓流ドラマはまあまあ好きだが、はまるほどではないためTVで着いていたら見ている程度、勉強らしいことは特にしてない。

今年、初めて一人海外旅行フランスへいった。といっても現地在住の知人を訪ねただけではあるが、往復一人移動の日が多かったため、2カ月ほどNHK語学番組勉強した。特にフランス好きではなかったのだが、意外にも楽しかったのでまたいつか行きたいと思い、旅行後も公民館でやってるような初級フランス語講座に3カ月ほど通った。これもそこまで真剣に学んでたわけではないので、なんとなくフランス語っぽい雰囲気がつかめたかな程度。

どれも動機が「数日程度の旅行」なため、ひたすら貴重な金と時間をドブに捨てているような気がする(いざとなったら大阪のおばちゃんぽく日本語で押し通すという手もあるわけだし)が、やっぱりどれか1カ国語ぐらいはマスターしたいよなあとは思う。この中で妥当なのは英語だよな。

ところで「来年イタリア出張に行ってもらうかもしれないよ」と上司に言われたのだが・・・。

2009-12-10

http://anond.hatelabo.jp/20091210084558

しかし、「Bitch」ってデカデカと書いてあるTシャツを来て出歩くのは、まして英語圏の国でそれをやるのは、さすがにマズいでしょ。

俺らが「萌え」ってデカデカと書いてるTシャツを着て(着ないけど)、周りから白い目で見られてるのを「差別だ!」って言い返すぐらいのおかしさ。

2009-12-06

何故日本貧困層は移住しないのだろうか

母国では暮らしていけないので海外へ行く

戦前ブラジルへの移民もそうだった

現代においても、中国人韓国人は母国には仕事が無いので

積極的に英語圏を中心に移住している

何故日本仕事がない、と言っている人たちは海外へ行かないのだろうか

俺たちの世代には希望がないと嘆いている人たちは何故移住しないのだろうか

歴史的に見ても、世界的に見ても生活できないから海外に出て行くというのは全く珍しいことではない

ワープアだ、ロスジェネだと嘆く前に海外人生を切り開くという選択をするべきではないのだろうか

2009-11-29

http://anond.hatelabo.jp/20091129152802

英語圏ではネットで窓について調べるのめんどくさそうだな、と思うことがある。

2009-11-27

ふたりぼっち(くらい)の宗教戦争

そんなことやこんなことで今話題のウィキペディア。投稿者が減るのはウィキペディアのためにもそんなに悪いことじゃないんじゃないか、とも思ったんだがどうやらそんなに減っているわけでもないのかな。投稿者の減少が何故いいことかっていうと、良くも悪くもノイズが減るんじゃないかと期待するからだ。内容の信頼性とか記事の質は相変わらずだろうけれど、同じ話題に関わる人間の数が減ればおかしな記事はおかしな記事なりに純度を上げて「おかしさ」のS/N比が上がるとすれば、それはいいことだと思うわけ。ザーザー言ってて何を言っているのかよく分からない放送よりはアホな芸人が喋りまくっている番組の方がまだマシなところがあるようにね。テレビを見たがる子供砂嵐を見せるか民放馬鹿騒ぎを見せるかというのは究極の選択っぽい気がするけど、幽霊の見えそうな砂嵐よりは民放を見せて「また馬鹿テレビを見てるのかい」って言った方がまともな子供に育ちそうなものだ。で、それは放送大学を見る幼児に向かって「難しい番組だねえ」と言っているのとあまり変わらない。どっちがいいかは最終的には価値観の問題かな。

だから「おかしさ」って書いたけど、何か特別な要素の純度が上がった状態とでも思ってほしい。で、たぶん、絶対的な投稿者数が減った後に相対的な比率で増えてくるのは、職業的な専門に対するストイックさとか、オタク的な過剰さとかを備えた「熱心な」人達だ。ハタから(つまり「世間樣」から見れば)見ると良くも悪くも常軌を逸して、つまりに真摯に追求している、あるいは配慮を欠いている、つまり常識を変革すべく頑張っている、そういう人達だ。まあ自分の学界の片隅に籍を置かせてもらってるけど、そういう人達のもつ情熱とか執拗さとか真剣さとかは、まさしく人生を賭けた壮絶なものだと感じる。

ちょっと話は逸れるけど、ウィキペディアはなぜ専門家に優しくないのか、という疑問を持っている人は結構いる。専門分野で執筆に参加したけれど、結局「専門家じゃない人たち」に気圧されて撤退してきた本当の専門家を、個人的にも何人か知っている。こうした不幸がどうして起こるかっていうと、おそらく上に書いたような「熱心な人達」と専門家が正面から鉢合わせしてしまった場合、専門家人達は「おっと、インターネットなんかでシロウト相手に喧嘩している場合じゃないや。今月中に論文仕上げないといけないしな」てな具合に本来の戦線に戻っちゃうからなんだな。研究者はそっちの方で人生を賭けているんだから当たり前のことだ。まあ仕方がないね。

で、宗教の話をしよう。結論からいうと、ウィキペディアにおける生命力という意味では宗教的な情熱を持って行動している人々も市井の「熱心な人達」と張り合ってるんじゃないかと思った、ってことだ。人には物事の「宗教性」に比較的敏感な人たちと、そうでもない人たちがいる。ご存知のようにな日本は圧倒的に「無宗教」な社会だけれども、注意深く暮していれば宗教的な空気というのは比較的よく遭遇するものになっているように思う。まあ創価学会とか明らかなものは置いておくとしても、クリスチャンの多い朝鮮半島からの留学生などが増えているといった事情もあるんじゃないかと思う。例えば東京都心カフェ小一時間耳をすませていると、その地元クリスチャンコミュニティが会合の場所にしていることが分かったりする。いきなり聖書を読み始めれば分かりやすいけど(そういうことも結構ある)、そうでなくともメンバーが出会ったときの挨拶言葉だとか、そのグループの顔付きだとかをしばらく見ていると「ああ、なるほど、そういうグループだったのか」って思うわけだ。これはたぶん信者さん自身がもつ「仲間意識」と同じようなものだろう。別に隠しているわけじゃないだろうけど、フリーメーソンの変な握手みたいな、ある種の言語化されない巧まざる符丁が作りあげられている。

それで、定期的にウィキペディアを眺めていると、上に書いたようなのと同じ体験をするんだ。つまり明らかに宗教的な関心で活動している投稿者というのを見付けることができる。僕の個人的な関心のせいもあるかも知れないけれど、クリスチャン、もっといえば福音派の方が以前から熱心な投稿を続けているのに気付くのはそう難しいことじゃない。だってほとんど毎日新しい記事を書いてるからね。その編集履歴を眺めていると、気がつくことは三つ。一つ目は、自分モチベーション、あるいはバックグラウンドを表明した上で編集活動を行っていること。二つ目は用語法に非常に敏感なこと。三つ目は(たぶん自覚しているはずだけど)自分の視点というものを相対化できている人もそうでない人も、よくも悪くも書きたいことしか書かないということ。二つ目と三つ目の点が悪しき融合を遂げてしまうと百科事典のはずなのに「キリスト教事典」みたいなちょっと文脈が他とズレた項目ができてしまう。内容的には正しいだろうから、まあ必ずしも悪いことではない。というか、文句をいう筋合いは全然ないからどうでもいいけど。

書いておきたいのは、そういった方々が福音派なのは偶然じゃないということ。福音派って何かしら、という人もいるかと思うが、ざっくり言えばプロテスタントの中で一番熱心に「聖書が絶対だわよ」って考えている人たちのことを日本語では福音派と呼んでるみたいだ。で、中学校くらいの知識を総動員して説明すると、プロテスタントってのはもともとのカトリックの人たちが「教会ってステキ。おフダをどんどん買えば天国に連れていってくれるんだから」とかちょっとアレな感じになっていると思って、「そんなアホな。聖書を読む方がよっぽど御利益があるに決まってる。金もかからんし」という感じで喧嘩別れした人たちの末裔のことだね。そんなわけだから貧しいながらもマジメにコツコツ働く人たちに圧倒的な人気を博したみたい。で、福音派ってのはその中でも「聖書が大事だね」っていうところで突っ走っている人のことだと思ってればいい。たぶん。「これ全部本当のことが書いてあるんだぜ」「だよね」「最後の審判くるよね」「ヤバいよね」「でも千年王国チョー楽しみ」みたいな。信じられないかも知れないけど、これ全部本当の話、ってやつ。念のため書いとくと福音派って中にも聖書の話と現実歴史の対応には諸説ある。というか複雑すぎよく分からん

福音派アメリカで多くて、ブッシュ共和党の支持母体になってることは有名だね。政治に熱心で極端になると共産主義悪魔の手先、イラク先制攻撃万歳、進化論教えるなら学校やめるし、中絶するなら病院焼いちゃうよ? (実際、焼いてるし、医者を殺してる)みたいな人が多いみたい。中絶反対、てのはカトリックの方が厳しいのかと思いきや、実は福音派の人たちもけっこう過激な人たちが多い。ヨーロッパの国がほとんど中絶を合法化しているのに比べて、アメリカで未だに喧喧諤諤の議論をしているのはそれが原因のひとつかな。福音派政治とか社会問題に積極的に関わりたがるのは全然不思議なことじゃない。つまり福音派であることと積極的なコミットメントには密接な関係がある。というのは、福音派の人たちは自分たちの考えを広めることをかなり大事に考えているからだ。つまり布教福音派だと伝道っていうのかな)がかなり大事。まあ宗教は何でもそうだけど福音派は特にそこが目立っていて、ちょっとゴリゴリした感じになっているんだね。みんな、生まれ変わって新しい自分ボーンアゲインしようぜ ! トゥギャザーだぜ ! みたいな。まあ、回心するのが大事だから回心させてあげよう、ていう感じかなのかな。とりあえず頑張れ、としか言えないけど、個人的には家を焼かれちゃたまらんし、できちゃったら産むしかない、ってのは穴があったら入れるしかない、てのと同じくらい野蛮だぜ、って思う。理性ってのは原理的に自然を抑圧するものなわけで。

最近アメリカ福音派政治的な人たち(キリスト教右派と呼んでる)は民主党オバマ政権取ったし、アフガンベトナムっぽくなりつつあるし、ゲイ結婚もちょこちょこ合法化されてるし、ちょっとヤバいんじゃない? とか考えてるみたいだけど、とりあえずどうでもいいや。うん。ウィキペディアの話だった。政治的・宗教荒し日本の数ケタ上の密度で起こっている英語版なんておぞましくて覗く気もしないけれど、書きたかったのは、日本語ウィキペディアでも熱心な福音派の人たちが(たぶん二人くらいで)頑張ってます、ってこと。ウィキペディア編集者の中で二人くらい、っていうのが意外と日本における福音派の「熱心な人」の比率としていい線をいってるのではないかと思ったが、調べてないので分からない。まあヘドが出るほど嫌いな人もいるだろうけど、オタクだと思えば貴重な存在かも知れない。で、オタク絶滅しないように、そういう彼ら(彼女ら)もきっとしぶとく生き残っていくだろうな、と思ったんだ。ある日突然「ウィキペディア悪魔の手先だから見ちゃダメ」ってことになるかも知れないけどね(英語圏には実際そういう趣旨でできた何とかペディアもあるし)。

2009-11-25

hiya gypsy!

I'm Japanese, spend half of my life outside of Japan, and bilingual. There you go, one gypsy here!
I tried to write in English, but I make better sense in Japanese, so sorry for that.

前述の通り、私は日本人帰国子女で、加えて幸いにも家族には恵まれていて虐待にあったこともないし、摂食障害もない。(いじめはちょっとあったけど。)
だから、あなたが日本に長年住んできた外国の方だったら全然参考にならないかもしれないし、全然役に立たないかもしれない。でも、できることなら少しでも何か伝えられたらと思って書いています。

虐待etcを抜きにした、帰国子女の悩みの部分を箇条書きにするとこういうことだと思うんですが:
帰国子女/バイリンガルは背景に持つ文化が周囲と絶対に違う、自分固有のものになる
・同様に複数の文化を背景に持つ帰国子女等が相手でも、やはり違う文化を持っている  →他の人と比べて人間関係を築きにくくなると思う

多分、元増田さんはイマココ。そしてそう思ったところで、対応が分岐するんじゃないかなと。
1.他の、同じ文化を持つ人同士がすんなりと人間関係を築けると思うのは私たちfit inしない人間勝手幻想、みんな苦しいのに私たちは責任転嫁してるだけ。壁を作ってるのは私たちの方だと思う→2か3へ
2.現実がどうであれ、全く気にしない。帰国子女であることを楽しめる人はこのタイプですね
3.築きにくくなる。ただ、それはもう仕方ないことだから、自分社会から外れたところにあると意識したまま、せめて定住者/ジプシー問わず自分を受け入れてくれる人を探す

すみません、かなり強引にまとめましたが、多分こんなところだと思うんです。
選択肢4にそういう同文化の人同士の特別な関係はあって、帰国子女も頑張ればいつかそういう関係を築ける相手を見つけられる…というものや、選択肢5に一人で生きていく、などがあるんじゃないかという突っ込みが入りそうですが、私はないと思うので除きました。

私は今のところ3で生きていますが、私の性格の問題かもしれませんけれどやっぱりfit in、しませんね。それでもなんとなく一緒にいられる友達や、大事にしたい人たちはできました。
だからお前も頑張れ、というのは些か勝手な話かもしれません。押し付けがましいというか、一緒にするなって思われそうですね。なのでそういうことは言いませんが、応援しています、とだけ言わせてください。

最後に一言。増田に書く以上、日本語でも書いたほうが他のジプシーたち、英語圏以外にいた人たちにもよりよく伝わってよかったんじゃ…?と思いました。もったいないなーと。

http://anond.hatelabo.jp/20091125174702

2009-11-04

身内同士で甘えているからエンジニアサービスは大きくならない

はてな界隈でちょっと名の知れたエンジニアが作ったサービスって必ず話題になる。

でもそれだけ。

話題になるだけ。

 

「~~さんが作ったサービス!面白い!」といろんな人が宣伝しまくるからはてブ数は飛躍的に伸びる。

でもそれだけ。

はてブ数が伸びるだけ。

 

 

結局身内同士で称賛しあってるだけで実際のサービスの質で勝負できてないんじゃないかな?同じ個人エンジニアが作ったからすごい!って言ってるだけで別にサービスの中身がすごいわけじゃないから数か月もすればすっかり使われなくなる。あるいはサービス不具合や使いづらい点があったとしても「~~さんが個人でやってるから仕方ない」と周りが甘い目で見ちゃう。だからいつまでも改善されないし低レベルなままのサービスレベル放置される。

実例を挙げると2007年2008年頃のロケットスタートがわかりやすいのではなかろうか。ロケスタの棟梁id:kensuuさんといえば はてなでも屈指の人気ユーザーなので彼が作ったサービスは必ず話題になる。多くの人がブログtwitter勝手宣伝する。でもそれだけ。ユーザーの生活になじむようなサービスにはならない。あくまでネタサイトに過ぎない。

応援してくれるユーザー達がいるのは大いに結構。しかしそれって身内甘えにもつながるんだよね。どんなにくだらないサイト作っても話題にしてくれたり、多少使いづらくても大目にみてくれたりってのは、メリットでもあるけれど長い目で見ればデメリットにもなる。つまり開発者の心の甘えにつながる。それが日本の(個人の)エンジニアサービスが全く大きくならない最大の理由。ヌクヌク温室育ちのサービスなんて大きくなりっこない。

 

海外はそういう馴れ合いみたいなのが少ない。あっちは思ったことをはっきりと言う文化だからウンコサービスにはボロクソなコメントが投げかけられる。特に英語圏は「国内の暗黙の了解」みたいなのが通用しないんだよな。アメリカ発のサービス世界中で使われるから、国内の暗黙の了解なんてものは通用しないわけ。開発者の個人的な事情なんてどうでもいい。サービスの質が純粋に問われる。そういう世界。当たり前っちゃ当たり前だけどな。

だから日本と違って英語圏では一国の経済政治に影響を与えるようなwebサービスが生まれる。facebookは20代前半の学生が作ったサービスだが世間はそんなものは一切考慮せずに純粋SNSとしての価値のみを評価して利用したし、開発者が20代前半だからといって大目に見ないで改善要求は厳しくした。また開発者側もそれを望んだ。結果として今や日本web企業が束になってもかなわない規模に発展した。

 

今年に入ってロケスタは変わった。しょーもないネタサイトユーザーの慣れ合いに頼ってリリースするのではなく、ギーク層を飛び越えて一般層の生活に馴染むようなサービスを作り出した。nanapiなんてその最たる例だよ。あれは間違いなく大きくなる。コンセプト、デザインユーザーフェイス管理体制などすべてにおいて今までのロケスタ発サービスの中で群を抜いて素晴らしい。kensuuさんの意識が変わったのだろう。ブログにもそれっぽいことを書いてた気がする。探したけれど見つからなかった(汗)

 

なんかいい加減一部のwebエンジニア同士の慣れ合いっつーか甘えっつーか擁護のオンパレードみたいなのは無くなってほしいね。そうすればもっと日本webも楽しくなるし、すげーサービスも個人エンジニアから生まれやすい土壌になるよ。今のwebエンジニア同士の排他的身内擁護な空気嫌悪感抱いてる人多いんじゃない?でもそれをtwitterはてなで言っちゃうとそいつらがドドーッとイナゴのように押し寄せるから言わないだけで。あれはどうにかしたほうがいいよ。

 

そんな甘い土壌でヌクヌクしてるサービス海外に行って通用するわきゃない。わきゃない。でも「海外に通用するようになりたい!」という決意表明だけで日本ユーザーは称賛するんだよね。実際には何もやってないのに、海外で通用させたい(キリッ)と言うだけで称賛されちゃう。それってどうなのよ。

 

じゃ、おやすみ☆ミ

2009-11-03

だいたい、日本に生まれたのが運の尽きだと思うね。

情報量英語日本語では圧倒的に違う。

しかも英語日本語言語的距離はかなり離れているので英語の習得は他のインドヨーロッパ語を母語とする人と比べたら比較にならないほど困難。

日本語と距離が近い言語って韓国語ぐらいしかないけど、韓国語が簡単に習得出来ても何の意味も無い。

こんなこと書くとモラルを疑われるかもしれないけど、英語圏では電子書籍日本よりは一般的で、P2Pなどで電子書籍が流れている。英語圏人間無限に本を読めるのだ。

もうどうしようもないね。来世に期待するしかない。

http://anond.hatelabo.jp/20091103151821

色々だらだらと書いてあるけど、結局のところ、

英語圏にもまともに進出できる」と考えてた小野マトペさんの読みが浅かった

という解釈でよいだろうか。

ふぁぼったーが負けた本当の理由

http://anond.hatelabo.jp/20091103151821

2009-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20091028160105

日本語でもできない、っていうから別の問題かもしれないけど。

TVニュースは大体理解出来る。

新聞も大まかに読める。

「大体」「大まか」ってどのくらい? 分からなかった単語、フレーズを正確にスポットできる? つまり、「××」っていう単語がわからなかった、と認識して後で辞書を引ける? 自分は「どこが分からなかったかがちゃんと分かる」までにひとつ段差があった感じなので。スポットできてない時って、ちゃんと聞けてなくても聞けたところだけつないで何となく分かる気になってることがある。

裁判ものは独特の単語や言い回しを知らないとどうしようもないので、その手の映画を見まくったり小説を読みまくるしか。

発音についてはちゃんと習えば改善される。自分一人の力だと限界があると思う。ちゃんとした文章も、書き方のコツというのはあって、習うことができる。この2点については、もし英語圏にいるならコミュニティカレッジなんかでintermediateとかadvancedのESLのコースを取ってみるって手があるんじゃない?

2009-10-26

http://anond.hatelabo.jp/20091026134435

具体的なプランとしては

とりあえずはこれだと思ってる。

国はマクロ経済状態にもよるが、できれば英語圏がいい。

なるべく中国インドには行きたくないから、シンガポールあたりが妥当だろうかと思ってる。

言語継続的に勉強中で、中期目標としてはTOEICで900、TOEFLiBTで100くらい欲しい。

職の確保が難しいが、これは2通りあって、

というプラン。やはり日系企業から行くルート現実的かと思ってる。

そのためには景気が回復した(と企業が思い込む状態になった)ときにそういう会社に行けるよう、

今は(英文)履歴書に書けるような仕事プライベート上での業績を蓄えてる、という感じ。

いきなり留学しちゃう、という飛び道具もナシではない気がするけど、自分の中でビジョンが明確になってないから危険だと思うのと、まだ少々金が足りない。

http://anond.hatelabo.jp/20091026104626

もっちー意図は知らんけど。一般的に「英語圏」と言った場合は、コミュニケーション英語を使ってるところが全部含まれるからアメリカ人だけの話じゃないね。

消費者市場を考えた場合、中国が伸びてくると書き言葉としての中国語重要性は確かにぐっと高まるだろう。

ただ、知の生産者としての世界を考えた場合、中国でもインドでも教育レベル高い人は大抵英語使えるわけで。むしろこの世界では生粋アメリカ人なんて少なくて、アメリカ大学院も半分は留学生なわけだし、そうなると基本的にその世界では誰でも通じる英語でどんどん文献も蓄積されるって正のフィードバックがかかってる。ここから言語スイッチするコスト無茶苦茶高い。IPv4に先が見えててもなかなかIPv6にみんな切り替えないのと同じ。「みんなが使ってる言語だから使う」んであって、それを例えば中国語に切り変えるには「周囲の大半が中国語で話すようになる」「主要な文献が中国語でまず出版される」ようにならないと。

そうなるには、中国が本当に一人勝ちになって、まともな研究をするには中国に行くしかない、ってくらいにならないとだめじゃないかな。でもそうなったらなったで、日本語未来ってのはやっぱり明るくないね。

日本国内で十分にでかい市場を回せればいいわけなんだけど、これから人口減ってくしなあ。国内の産業盛り上げるには外に売ってかなくちゃって考えると、じゃあやっぱりビジネスは(英語なり中国語なりの)共通語でやるしかないねってことになる。

ウェブ立志篇】米ミューズ・アソシエイツ社長 梅田望夫 進化を遂げる英語圏

http://sankei.jp.msn.com/science/science/091026/scn0910260329000-n1.htm

日本語が亡びるとき」に続いて、まだ英語圏マンセーしてるのかぁ~

むしろこれからは中国の国力が高まって、中国語が突出していって、

漢字が使える日本人も美味しいおこぼれにあずかれる予感

アメリカ人漢字読めないもんね

2009-10-06

http://anond.hatelabo.jp/20091005225930

あのさ、みんな英語圏では外人なんだから、そんなスラスラ会話できるわけないじゃん。ましてや展示コーナー云々なんてすぐスラスラ言える奴は変。単語だけボソボソ話しても、伝わればいいじゃんって思うんだけど。

てか、目標設定の違いだよなー。伝わればいい派と滑らかに伝えたい派と。一字一句間違いたくない派もいるし。だいたい留学とか滞在とかすると、一字一句間違わないように言おうとする→は!?とか言われる→単語だけで伝えてみる→通じたけど情けなくなる→それを繰り返す→「なんでテメーの母国語しゃべってやってんのにわかんねーんだよ!」みたいにキレ始める→態度でかくなる→妙に通じ始める→現地独特の表現とかも覚えだしたりして上手くなる、でここまでで2年間ぐらいなんだろうか。

ところで元増田が別のことを話したい件w 言ってる事は正しいけど、しょーがないよ。もうそこまで細かいニュアンス勉強とかできてるんなら受験受験って割り切ればいいじゃん?

2009-10-05

http://anond.hatelabo.jp/20091005225930

英語ができる」の基準による。挨拶や買い物ていどなら、特に勉強しなくても英語圏で数年暮らしてればできるようになる。だが英語文献を精緻に読解したり、アカデミックな議論についていったりする上では重箱の隅をつっつくような文法知識が不可避。俺は英語論文を書き英語圏学位をとってきたが、大学受験時代に培った実力はたいそう役に立った。

2009-09-25

http://anond.hatelabo.jp/20090925111544

本当のところ、あまり友達が欲しいわけではないように見える。

情感が閉じているような印象を受ける。他人と感覚を共有していると感じられない、というような。

ろくに英語が話せなくても英語圏の人と勢いとか熱意で意思疎通が取れる人っているけど、増田はその逆なのではないだろうか。

体感覚による意思疎通が全く無い感じ。いっぺん死にかけてみたら変わるかもしれないよ。

2009-09-18

http://anond.hatelabo.jp/20090918002109

あぁそう?そりゃすまん。

でもさー、話題ちょっと逸れるけども、元増田は「欧米」のって聞いてるじゃん。

欧米の話題に興味持ったら英語圏なわけだからちょっと英語で調べりゃいいじゃん?

それもネットだったら単語羅列して打てばいいだけだよね?

英語圏以外のことだったら人によるけども、英語だったら義務教育あれば可能だよねー。

なんか、ネット日本語部分しか使ってないなんてもったいない

2009-08-15

http://anond.hatelabo.jp/20090812214941

これって本家英語圏創造論者たちのよく使う恣意的な引用なんだな。というか、直訳ですらなく改変してるし。

2009-08-08

「がんばってることを認め合う場」と「社会起業」の意味の違い

昨日の夜、「がんばって」日本のあるイベントの中継をみようと、寝ないでいた。

・・・結果、寝てしまった。なぜなら、とても退屈だったから。

 カメラアングルは悪いわ、音声は悪いわ、事前に提案していたことに返事はないわ、

 チャットに対応している人はいないわ、と、あげればキリがない。

 それでも、イベントの志はそれなりに評価できるものだと思って、2回ともネット

 参加を試みた。

 第一回目の慶応大学の時、その中継サイトには、20人以上の人が見にきていた。

 このサイト自体が、英語サイトなので、英語圏人達もいる様子だった。しかし、その

 英語人達には、日本語で流れ続けるプレゼンテーションは全くわけがわからない。

 せめて、公式サイトに、英語プログラムくらいあってもよいのに。いや、日本語でも

 なかったんじゃないかな、プログラムプレゼンテーターの紹介がサイトのわかりやす

 いところにあれば、あとで調べることもできるだろうし、そこから同じような活動をして

 いる人達が繋がっていくきっかけが出来る。

 社会起業というコンセプトに「あ、これ、面白い。かっこいい」と思った若者が反応

 して、それを支援するイベントを作ろうと思ったまではよいと思う。

 でも、内容的に見た時、別の方も書いていたが、社会起業ボランティアの違いが

 わかってないように思った。

 すでにアメリカにも、ほかの国にも、社会起業として認識され、ビジネスとしても

 成り立っている会社がたくさんある。まず、それについてもっと主催者は調べてみる

 べきだと思う。

 あと、ほかの県でも、開催されるようだが、こういうフィードバックをちゃんと生かして

 最後の会くらいで、世界社会起業を志す人や団体と結んでいくくらいのビジョン

 を持って欲しい。

 このご時世、ネットで繋がっていくことは、とても簡単だし、同じ志を持っていること

 で、言葉の壁を越えていくことだって出来るはずだ。

 がんばってることを認め合う場としての今の形から、ホントの意味での社会起業

 について学び、今年が2年目だというこのイベント、もっともっとレベルの高いもの

 にして欲しいと思う。

 若い人達がやってることなので、いろいろと内部での揉め事もあるようだが

 (これもネット上で表に出てたりする)それも含めて、成長の過程として、

 お互いを認めながら、進歩していってほしいなぁ。

  

   

 

  

2009-07-18

海外では高身長女性モテたりする

http://anond.hatelabo.jp/20090716234152

もし元増田海外で働けるようなら、行ってみると楽になるんじゃないかと思うなあ。

英語圏ならアメリカカナダオーストラリアニュージーランドイギリスみたいな多民族国家や、

英語以外を使えるならヨーロッパなど。

どこの国にも背が高くない男性は一定数いるけれど、

日本よりは180cm以上の人が多い。


元増田はおそらく180cm前後かそれプラスなんじゃないかな?

私にも一人178cmの友達がいたけど、彼女はいつも彼氏がいたよ。


彼女中国人で、大柄な人が多い北部においても女性で178cmは高い方と言っていたけど、

オーストラリアに移住してからは

道を歩いてると180cmを裕に超えるモデルみたいなイケてる男の子から口笛吹かれたりしてて、

付き合ったのはみんなアジア系男の子みたいだけど、

みんな185cmとか超えてて、彼らも彼女モデルみたいだから気になったと言ってた。


たしかに顔は可愛かった(可愛い系の香港人女優とちょっと似てた)けど、

あくまで女性らしい普通女の子高身長だったってぐらいなので、

手足の長さも身長の分長いってぐらいだったし、

プロモデルレベルの輝きがあったとかではない。


あと白人女性なら170cm+はゴロゴロいるし、

180cm+はさすがに多くないけど、日本にいる時に比べたら目にる機会多いよ。

なにより180cm+の男性が多いから、

日本にいるより気にならないんじゃないかな。


もしかしたら178cmと180cm+じゃ違う!って思うかもしれないけど、

大柄な人が多い土地ではそこまで違和感を得ないと思う。

特に多民族国家みたいな所で育った人は

やはり同一民族が大多数を占める土地で育った人に比べて外見を気にしない人が多いし。

身長を含めてね。



追記:


これも言ってたのモデルみたいなカッコいい子だったけど、

170cm未満はチンケすぎて性的対象に見えないって言ってたのもいたな~。

それ聞いてた私はチンケ中のチン身長だったんだけどw。

2009-07-14

ttp://toshi3.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/techcrunch-82b0.html

いってることはまともだけど、日本語でこんな記事かいても意味ないよね。 TechCrunch の日本語訳が微妙なのは、英語わかる人だったらみんなわかってるはず(とくにさしみ)。英語圏の読者はそんな長崎原爆なんて尻もしないだろうし、気にしてない。じゃぁ広告主に訴えたらどうかと思っても、英語版の TechCrunch が日本人読者に配慮なんてする訳ないじゃん。つまりなにしても意味ないよね、っていうくらいじゃね?Mike にメールしてみたら?たぶん Twitter で投げるべき。

まぁそもそも TechCunch は、書く人によってレヴェルがまちまちっってのもあるわな。

2009-06-21

http://anond.hatelabo.jp/20090621213550

大枠で何してるか知ってるから「リスペクトしてる」って発言してるんじゃないの。それ以上の、具体的に東方でどういう作品が作られてて、なんてハンドルの作者が支持を受けてるかなんて俺だって知らないよ。あと、

それに日本ウェブは残念、とか全体で語っちゃってるんだから。

にしたって、本当に君は例のインタビュー記事をちゃんと読んだのかと言いたい。IT戦士煽りタイトルはともかく、実際に「残念」という言葉を使っているのは、

 とはいうものの残念に思っていることはあって。英語圏ネット空間日本語圏のネット空間がずいぶん違う物になっちゃったなと。

 ただ、素晴らしい能力の増幅器たるネットが、サブカルチャー領域以外ではほとんど使わない、“上の人”が隠れて表に出てこない、という日本現実に対して残念だという思いはあります。そういうところは英語圏との違いがものすごく大きく、僕の目にはそこがクローズアップされて見えてしまうんです。

の2箇所だけなんだけどね。実際問題として、日本ウェブではもっちーが期待するような「ウェブの使い方」が広がってないのが残念、って言ってるだけに過ぎない。ここからどうやってサブカル叩きの意図を読み取れるのか、そっちのが俺には不思議

2009-06-19

うーんうーん

先日バイトレジやってる時OLっぽい女性に「~って出来るんですか?」と聞かれた。

話声が聞き取りにくかったので確認の為に、「~~をされるのですか?」と聞き返したら

そしたらそのOLさんあっという間に無表情になって「いや私が聞いてるんだけど」と仰った。

その時は特に問題なくやりすごせたけど怖かった……。

まあその辺はいいとしてOLさんは私が何と言えば気に障らなかったんだろう。

「すみません、もう一度おっしゃってくださいますか」とか?

でもそれって逆にイヤミっぽいような……。

そもそも質問を質問で返すのって悪いことなのか。

そういえばなんか前に英語の本で

英語圏の人は聞き返される事を不愉快に思いません。

それはちゃんと相手の話を聞こうという意思があるということだからです。

なので聞き取りにくかったらちゃんとPardon me?などと聞き返しましょう」

と書いてあったけど本当なのかな~。

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