2010-01-24

Re: 植民地主義者の欲望

http://d.hatena.ne.jp/usoki/20100122/1264167020

元増田です。原論文に当たる労を取ってくださったことに感謝します。

そもそも「有益」か否かで論を立てるのであれば、それが誰にとっての利益であるかをはっきりさせないといけないはずだ。そうではなく、単に統計数字を見ただけで言っているのであれば、何の疑いもなく「資本主義=good」「近代=good」と思い込んでいるだけである*1。また、その問いがなければ「善政かどうかはともかく」と言いながら、結局は植民地支配肯定論となってしまうだろう。

なんだか1段落でいくつもロジックが飛んでいて文意が取れません。まず、なぜ有益か否かを立論するに当たって受益者を特定する必要があるのかが分かりません(国レベルでの特定が必要であることは自明ですが、そういう話をしているわけではないでしょう。もしかして、就学率上昇の受益者は朝鮮人子供日本政府、とか全て特定しろということですか?)。「はず」で済まさずにその理由を説明してください。

さらに、受益者を特定しなければ『何の疑いもなく「資本主義=good」「近代=good」と思い込んでいるだけである』という文章も論理が飛躍しています。付け加えれば、私はGood/Badを議論しているわけではありません。有益であるかどうかとGoodかどうか(または、善であるか悪であるか)は別の問題です。だからこそ「善政かどうかはともかく」という但し書きを入れています。そもそも、「日本植民地政策は正しかった、善政だったというコンセンサスがある」と主張するなら、私がCumingsの『日本人には、信じるに足る「自らを正当化する神話」は存在しない。』という言葉引用した段階で、その主張は破綻してしまいます。

更に加えて、受益者が誰であるかという問いがなければ植民地支配肯定論となる、という文章も論理が飛んでいて意味が分かりません。それから植民地支配肯定論というのは「植民地支配には肯定的な側面が存在した」という議論であると定義してよいのでしょうか。

それにしても、増田はKohliのOn the state and lower classesのパラグラフを紹介しながら、「日本植民地は有益なものだった(というコンセンサス英語圏の学界にはある)」という増田の理解が揺らぐことはなかったのだろうか。

国家権力を後ろ盾とした労使関係の(強制的な)改善とその経験は、戦後韓国経済の離陸に当たって有益なものであったと思います(もちろん、日本政府意図していたのは、日本統治下での朝鮮生産性を向上させて日本利益資することであって、戦後韓国の成長など考えてもいなかったことは当然です)。経済発展の初期段階で賃金が上がりすぎれば、適切な資本形成が妨げられるだけでなく、インフレと(unsustainableな)貿易赤字を招来して最終的には国民生活水準に甚大な被害をもたらしますから。

ちなみに増田が省略してる結論部では「日本朝鮮植民地支配は無慈悲で屈辱的なものであったが、それと同時に後に韓国の高度成長へと進化することになる政治経済を形成するためには決定的な影響を持った」「植民地時代からの(経済発展の)連続性を強調することによって、日本国益のための残虐な植民地支配を免責することはできない」って書いてあるぞ(強調は引用者)。

そんなことは、私のCumingsからの引用に同じことが書いてあります。『日本人には、信じるに足る「自らを正当化する神話」は存在しない。』私がエントリーの中で一度でも日本植民地支配が慈悲深く思いやり溢れたものだと書きましたか?植民地支配の残虐性はその有益性を持って免責されると書きましたか?そんなことを思っているならCumingsもKohliも引用しません。この段落は私のエントリーのどこに対する反論として書かれたものなのでしょうか。

ところで、私のエントリーは「有益性についてのコンセンサス」を書いたものであり、冒頭で『・・・ことについては、学者の間である程度のコンセンサスがある”という考えにはとても同意できないな、と思った。』と書かれていますが、コンセンサスの存在に対する不同意の理由がどこにも見当たりません。この点についても説明を加えていただけますか。

  • なるほど、欧米日韓含めてすべて「日本の植民地統治は善政とはいえない」ってことでコンセンサスがある、というのが最も確かなことらしいな。

  • 元のエントリはノリノリの軽妙洒脱な筆致で書いてたのに、急にタイトな文体になりましたね。それが墓穴にならなきゃいいけど……

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