はてなキーワード: 私大とは
賢くもないけどバカでもない
背比べしてるじゃない。賢い早慶とバカなFランを関関同立と比べてるんでしょ?その「賢い/バカ」も同じ私大という枠組みでしか無く、知能の差など程度が知れるわけだけど。
働けば出身大学は関係ない(その割に有名企業ほど有能な人材が高学歴に集まっていると評価しているけど)とか、どこにでも私大卒はいるとか、学力がどっちかに突出すればって書いておいて背比べはしていないとか、支離滅裂だなあ。もしかして、自分が学歴で人を見ている事実に気づいていないのだろうか。
その「早慶(法政経)なら優秀」というのは私大カテゴリ内部の人間と、早慶生に会ったこと無い人間の早慶生に抱く空想でしかない。
(https://twitter.com/matsuotakuma/status/16515731963)
うーん。中途採用とはちょっと違うけども、大学の再入学の話をさせてください。自分は、とある国立大学の医学部で教員をやっている。近年、医学部再入学(学士編入)の試験に関わって、入学願書の書き方にいろいろ感銘を受けたのでそのことを。あ、自分は選考にはノータッチだったです。
うちの医学科の再入学には、200人くらいの応募があったと思う。採用は5~10人。不景気で受験者激増しており、狭き門だ。3年次編入なので応募者は学士以上。まあ、半分は東大京大慶応。若干、理系が多かったかな。もちろん、専門学校→学位授与機構とかもまれにいらっしゃる。
で、この人たちが出す願書、これからまともな願書をより分けるのが大変なんだ。
まず、字が読めないか規定違反の願書が半分以上。ものすごい殴り書きで「平成13年 東;&#大学蔀科7類 入学」とか書いてある。この人は、卒業が工学部だったんで「東京大学理科I類」の可能性が高いと推定できたが、試験官にそういう無用のストレステストを課す理由は何やねんと思った。念のため書くけど、単に字が汚いのと殴り書きなのは見て区別がつくからね。(それとも、東大には理科7類ができたのか?)
規定違反のほうは、「1枚まで」と決まっている自己推薦文を10ページもつけてくるとか、指定された以外の用紙を勝手に使ってさらに殴り書きの字(笑)とか。もうこんなの捨てちゃっていいんじゃないかと思うが、学部長の寛大な方針で即落ちはないようだ。
あと、願書の写真がプリクラってのはマジで1枚あったなあ。記念にその願書を写メしたいくらいだったが、自重した。その出願者(被写体)は男でしたね、確か。
こんな願書が「半分以上」あるんだよ。1割とかじゃなくて。こりゃあ、ある意味、戦わずして勝つ受験生が出てくるのも道理かなと思うね。(選考に関わってないので実際は知らないけど。)
こうやって「読める」願書をより分けても、願書の内容がまたクセモノなんだよ。まあ、ここから先はさすがに守秘義務のレイヤーに突入しそうだから書きづらいのだが、2つだけ。
・資格欄に「英検1級 TOEIC ××点 アイドルマスター検定・ナントカ級(けんてーごっこ) 合格」
ネタだろ、絶対ネタだろ?と思ったが、これを医学部の願書に書く意義について小一時間(略)。他の大学(私大文系)の教員から聞いたが、「三国志検定3級」とかもあったとか。ちなみに、アイマスの人は上智卒だったかなあ。がんばれソフィア。
まあ、これはトンデモに入るか微妙だが、出願先に対して礼を失してるとは思った。続けての文章には、貴学は所詮阪大より格下なんで~みたいなことがぼんやりと書かれていたが、その文章を読むのは東大や京大や阪大を出た教授だったりするんだよね。ま、ご希望の阪大に入って立派なお医者さんになってください。
再入学の試験に関わって、結構自分としては衝撃的だったんだけど、世間的にはどうなんかね。いちばん上の議論を見ると、書類で人を決めるな!みたいな意見が多いようで。
さて、本学の選考が実際にどうなっているかは知らないが、その後に入学した編入学生たちを教えてると、まあ常識的で優秀な人が採られている印象。ちなみに、とある試験官によると、「別に書類だけで決めるわけじゃないが、面接と学科と書類の出来不出来はすごく相関している。願書をまともに書けない人は面接もグダグダ」だそうだ。
ぶくまを見て補足。
就活のエントリーシートと大学の入学願書を同じ地平で論じる人が結構いるのですね。まあ、同じものにしちゃっても悪くはないか。今のところ、リクルートに金払ってネット応募にしてる国立大学はなかったと思う。そういう予算は認められないだろうし。そのうち、東大あたりが先陣切ってやってくれるとありがたいのだが。
あと、うちの大学はワープロ書き願書を認めてます。別に手書きじゃないと~と書く意図はない。
個人的には、わりあいみんな、書類不備や殴り書きに寛容なんだな、と思った。採用側が同じくらい寛容だといいけど、そうでなければ、そのせいで戦わずして敗れることになる。私なら個人的なポリシーより社会的果実をえらぶだろうな。
あなたの偏差値は55くらい。勉強で苦労したことも特に無いけど、テスト前にちょろっとやるくらいで
まぁ基本的に自宅で机に向かったことなんてない。そういう人が、生活保護世帯から東大へ向かうためのエントリ。
というのも、まず適当な高校に通ってると教師に「東大に行きたい」などと言った日にはキチガイと認識されること間違いなく
それどころか真剣に精神科を薦められる可能性すらある。こういう状況は全く以ってよくないので、
自分でなんとか環境を作らねばならない。そうなると、自然「予備校にいけ」という話になるが、
それはそれ、カネがかかる。そこでお勧めの方法は代ゼミ等有名予備校近くのゲーセンに行き
鉄拳、バーチャ等の周辺をウロウロすることである。出来ればちょっと戦えるレベルの実力があれば申し分ない。
そこには「まぁ、十月からマーチでいいや」と背中に書いてある部類のクズがウロウロしてるはず。
クリスティーナ等の初心者でもそこそこ戦えるキャラをチョイスし、二勝三敗で負けて友達になろう。
彼は快く参考書をコピーさせてくれるどころか、学生証すら貸与してくれるはずだ。
こうすることによって、ナチュラルに代ゼミという環境をゲットすることが出来る。講師にはどんどん質問しよう。
ただし、稀に来る見回りにだけは用心だ。
さて、予備校にはこうして潜入したもののあなたは偏差値55である。
ぶっちゃけ、たいした力にはならないだろう。しかし、周囲が全部受験生という環境を得るのは非常に大事である。
もし、最低限の社交性があるならコミュニケーション能力に末期レベルの障害を持った友人を作るのを薦める。
彼はとても親切かつ熱心にあなたの受験を支えてくれることだろう。
受験は個人戦ではなく、団体戦である。個人でモチベーションを保つのは難しい。
しかも、あなたは生活保護世帯である。アルバイトも忙しい、二浪はやむないとして資金は最低150くらい貯めておきたい。
だが、地方出身者でも二種・一種の奨学金を併用すれば大抵の場合なんとかなるのでここはさほど心配ない。
それは環境は整った。では、ナニからはじめるべきか。
色んな考え方があるが、私が推奨するのは「東京大学の過去問」+ 「センター過去問」である。基本はここだ。
まず、何でもいいから両方を手に入る限りやろう。センターに関しては偏差値55のあなたなら半分はとれるはず。
ブックオフでわりと安く手に入る。「参考書を一周してから模試」のような考え方は、貧乏人の受験には通じない。
あれは家庭教師などというチンコから糖が出そうな甘い環境のやつが取るべき戦法だ。
基本的に過去問を総当たりしてから参考書に挑む方が、遥かに効率がいい。
社会、生物などの暗記科目はこれをやるだけで普通の人間であれば八割近く取れる。
センター10年分の過去問総当たりは三週間あれば終わるはずだ。この頃にはあなたの偏差値は58くらいになっているだろう。
だが、早稲田・慶応のような私大過去問に手を出してはいけない。あれはジャンルが違う。
東大過去問はやりたいならやってもいいが、まだやってもシバかれるだけだろう。京大過去問は立ち読みすらしないほうがいい。
この頃、「~大学なら受かるな」という気持ちがわいてくることは避けられない。
実際、マーチはいけるだろうし早計も視野に入るだろう。だが、あなたはこの気持ちを噛み殺し東大にまい進すべきだ。
東大に第二志望は無い、私大対策にかまけた場合ダブル落ちすらありえる。
また、この頃から予備校通いが面白くなってくるはずである。基本的に、授業は楽しい。
なぜなら、予備校というのは受験勉強のディズニーランドだからである。ぶっちゃけると、幾ら質の良い講師とはいえ
予備校よりは独学の方が早い。しかし、勉強してテンションが上がる状態に持っていくという意味で、予備校は使った方がいい。
ここで、あなたの前に巨大な壁が現れる。
数学はなんとかなるだろう、あれは基本的な計算能力さえあればあとは暗記に過ぎないのだから。
理系のトップを狙うならともかく、センター数学は二ヶ月で満点取れるように出来ている。
東大の本試験も言うほど難しくはない、淡々とやればなんとかなる。
だが、この頃から「英語」の恐怖にあなたは陥れられる。なにせ、あなたは真面目に勉強をしたことがない。
つまるところ、英単語の持ち合わせが少ないのである。
これははっきり言って、時間がかかる。だがやるしかない。
とりあえず、まずやるべきことは英単語帳を窓から投げ捨てることである。
あんなもんはどんだけやっても身にならない。じゃあ、「六本木に行って外人と飲めよ」って話になるかといえば
それもノーだ。あいつらはファックとアスだけで大体コミュニケーションが取れるからダメだ。
では、どうするか。これは一見遠回りのようだが、過去問に出て来る文章をひたすら追うことに加えて、
過去の問題集から類推した出そうな文章をを「読む」ことと「書く」ことである。リスニングはぶっちゃけ捨てろ、語彙さえあれば八割は取れる。「英語耳」なんて存在しない。知ってる単語は聞き取れる、後はセンスオブワンダーだ。
山といえば川、空と言えば海、俺と言えば素人童貞というように、言語には流れが存在する。
ある程度単語の形から、意味は類推出来るし文脈でも読める。100パーセントは必要ない、
「意味論的表象像が脱構築されたポストコロニアルの時代にあって観念論的自我はデカルト以後に仮定された実体性を空隙と看做す」
たとえばこういう文章があるとする。これは日本語だ、「意味わかるか?」と言われれば俺もわからんが。
それでも、なんとなーく意味はとれるだろう。つまるところ、英語って割とその程度で取れる。
後は、とれるところをキッチリ追うことだ。単語帳を追うことも大事ではあるが、言葉自体の流れを追う力は
文章を読むことでしか身につけられない。この文章を読んで「自分ってわからないよね」っていうくらいのところが取れれば
後はなんとかなるのである。ちなみに、文法は高校三年間分全部まとめて一ヶ月でなんとかなる。覚えろ。
物理、化学、生物のチョイスは俺は基本的に『日本語が読めれば出来る』生物がお得だと思うが好みでかまわない。どれでも変わらん。
世界史と日本史は暗記で取れる、暗記しろ。国語の現代文は日本人なら問題形式を把握すれば満点近く取れる。古典は覚えろ。
現代文が取れない奴は問題を作る奴の立場に立て、あれは必ず文中に答えがある。稀にないこともあるが、それは誤差だ。
だが、一教科のマニアにはなるな。9割で十分だということは深く認識しておいた方がいい。50点から90点を目指す労力とそこから100点を目指す労力は大体同じくらいだ。10点くらい犬に食わせろ。
ヒデルギン、ピラセタム、カフェイン、ブドウ糖、アドラフィニル等役立つもの世の中にはある。
アドラフィニル以外は自由に使え。ただし副作用には注意しろ。俺の頃はリタリンがあったが最近はない。残念だ。
また、追い込みの時期になると団体戦だったはずのスクラムが足の引っ張り合いになっている可能性は120パーセントである。
終盤はひたすら過去問に加えて英文を読め。結局のところ勝負を決めるのは英語だ。
帰国子女連中への憎しみをたぎらせれば越えられるはずだ。あいつらがバックでファックしてる間に単語を三つ覚えろ。
あとは普通にやれば受かるはずだし、仮に東大すべってもどこかしらの旧帝に後期で滑り込めるはずだ。
東大はやるべきことをきちんとやれば受かる。
東大に入っても幸せになれるとは限らんし、俺は幸せになれなかったが
20代の、長男であり、あたまのわるい私は時代の変化に適応出来そうも無い。
だから、まだ高校生にもなりたてで、ネットでろくに情報収集もできない私より馬鹿な(こんな時代で大学にも入れないだろう程の)弟にすべてを託してみようと思う。弟なら、今から挽回することはできる。有名私大文学部で留年してまで就職に失敗し、落ちゆく私に未来はないだろう。だからこそ、弟に希望を見て欲しい。
私はもう英語も中国語も頭に入ってこない。おそらく精神を病んでいる。ただ黙って天井を眺めていることに安らぎを覚える。この無為な時間を、弟に注ぐのだ。教育するつもりなど無い。気づいてくれるまで、たまに対話するだけの簡単な作業だ。
私は近くホームレスになる。と言っても、まだ親の資産があるから大丈夫だ。ただ、私が10年も居れば親の介護費用すら無くなるだろう。だから私は5年も待たずに家を出なければならない。それまでに貯めた資産の総量が、私のその後の人生を決める値となるわけだ。そしてその額など高が知れたもので、ホームレスになるしか道はないはずだ。
今は別居しているが、あの環境では弟はろくな人間になれない。いや、良く躾けられているので親に従順すぎると言えばいいか。ろくな人間が躾が行き届いているといえば変に聞こえる人もいるだろうが、どうせその価値観はすぐに潰える。少なくとも、今後の人生で躾などというものは化粧ほどの意味もない。無用の長物なのだ。
とにかく、私は一度マイホームに戻る必要がある。
弟には人生の自由度を増やす必要がある。気付きのない人間にだけはなってはいけない。おそらく弟も今から外国語の習得など難しいだろう。国内でのサバイバルに耐えられるだけの体力があるだろうか。いや、ないだろう。彼は親にも、私にも、そしておそらく他人にさえも、優しく、素直だった。自分でいうのも何だが、良く私の真似をした。こんな末路まで真似をされては困る。兄より強い弟になってもらわなくては困る。兄の、親の死を超えられるだけの強靭な精神がなければ困る。祖父の死で号泣してしまうような、おりこうすぎる人間になっては、困る。
私自身は、生きる気力もなくなりつつある。ホームレスになってからは地べたに這いつくばってでも、日本の終焉に立会うことすらできないかもしれない。
最近よく自ら望む死を想像しては我に返ることを繰り返すが、家を出た直後に駅で死ぬかもしれない。
とにかく、私の人生自体はもう先がない。
そろそろ予備校も始まる時期だと思うので、一浪で底辺国公立医学部に受かった体験記的なのを書いとこうと思う。誰かの参考になれば。
わたしは小中高と公立に通ってきて、高校のレベルもそんなに高くない。高校2年までバリバリ文系で、成績が5だったのは世界史くらい。数学、化学あたりは2だった。まったく理系科目についてわかってなかったんだけど、医学部に行きたくなって3年から理転。sin,cosがなんなのかわかんないし、増減表かけないし、molがなんなのかわかってないっていうレベル。しかも夏休みをまるまる文化祭の準備についやして、ほとんど勉強せず。
それで高校時代にやってた勉強を。数学はまず学校の授業は、3Cで意味わからなかったんだけど、全部起きて聞いてた。あと4STEP。化学は東進ではないんだけど、そんな感じの映像講座と、セミナー化学。生物は学校の授業と、ニューグローバルとかいう問題集。英語は小さい塾行って、いろんな大学の過去問やったり、和訳の添削受けてた。英語と生物が好きだったので、この二科目ばっかりやってた。
偏差値はベネッセの模試で、数学45→50、化学45→55、生物55→65、英語60→65くらいの感じだったと思う。
受験の結果は、センター77%で、国公立は出願しなくて、私大医学部3つ全敗。
浪人は河合塾。二次で必要な4科目はほぼ河合の前期のテキストしか勉強してない。特に数学は本当に前期のテキストのみ。下の予習っていうのはだいたい、さらっと問題解く程度で、あんまり時間はかけてない。前期は全部休まず授業出た。過去問は直前に2年ずつくらいしかやらなかった。
夏までは授業の予習を一応して、授業のあと、授業のノートを白紙に再現する作業をしてた。思い出せなかったらちらっとみる。解答をパターンで覚え込もうとしてたんだけど、このやり方はあまりよくなかった。後期からは、授業は微積の授業と添削のある授業だけ出て、数学のできる友達とか講師にわからないところ聞きまくった。どうしてこの作業にもってくのか、っていうのをわかってる人に聞いて、上の作業をやってみると結構伸びる。わたしの場合、最後まで偏差値は出なかったけど、入試本番は全く手が出ない問題はなくて、国立二次は大問3問中の2問完答できた。
前期も後期もテキストの予復習と、セミナー化学、重要問題集とかで類題をやってた。あと講師にも類題もらったりしてた。どの科目もだけど、特に化学は演習量が大切。わたしが一番時間をかけたのは化学だと思う。
テキストは予習だけで、復習はほんとに解けなかった問題しかしてなくて、主に論述演習をやってた。論述は生物独特の言い回しとかもあるし、基礎知識がしっかりしてないとできないから、かなり勉強になると思う。あと英語で生物系の洋書読んで基礎知識忘れないようにしたり。
前期は予習して、答え合わせ的に授業出るだけ。復習は単語をさらう程度。後期は授業は英文法しか出ないで、あとはテキストの問題といて、仲良い講師に添削してもらってた。あと英作文の添削があったから、それは全部出した。あと、辞書は英英辞典しか使ってなくて、知らない単語はノートに項目丸写しした。これで結構英作文が伸びたと思う。それからこれは趣味なんだけど、洋書とか一般向けの簡単な論文とか読んでた。
国語はもともと文系で得意だったから予習と授業にでることしかしてなかったら、センター古文漢文で大失敗。まじめに勉強するの推奨。政経は授業に出て、12月の終わりから本格的に始めた。センターの過去問といて、間違えたところを教科書とテキストと面白いほどわかる本を3つ並べて、まとめる。それ使って昼ご飯の間とかに友達と口頭試問。あとは12月の初めくらいから、朝8時から授業が始まる前にセンターの過去問演習してた。
偏差値は最終的に、数学55、化学70、生物75、英語75くらいだった。センターは83%、私大は3つ受けて、2つ受かった。1つしか受からないだろうと思ってたから、2つ受かったのは結構自信になって、余裕を持って国立二次に臨めたと思う。
現役時代に英語ばっかりやってたので、浪人して英語は遊び程度で平気だったので、ほかのことにいろいろ時間まわせた。あと得意科目があると自信になるから、ほかの科目もがんばれる。
いろんな話も聞けるし、些細なことも質問しやすいし、受験校決めのときもチューターより俄然、頼りになる。
医学部進学コースみたいの入ってれば、多浪のだめな感じの人もいるけど、みんなそこそこやる気もあるから、仲間がいるとモチベーション維持しやすいと思う。食事の時間を決めて一緒に食べたりすると勉強に区切りもついて効率よくなる。
これ一番大切。だいたい多浪してるひとは自分のこと見極められてないひとが多いと思う。どのくらい、どういう努力が必要か、自分のレベルにあった大学はどこか、ちゃんと判断できるひとは受かってる。だめだと思ったら早くほかの道を見つけた方がいいんじゃないかな。
こんな感じかな。他の人には当てはまらないところもあるだろうけど。
一歩前進だ
辞書引けたならこれらの間違いの部分がわかるだろう
妥協には「選べるけど」「分相応」なんていう条件はない
最初に打ち出した意見や要求を取り下げたり緩めたりして歩み寄れば「妥協」
じゃあ実践だ
あるいは、東大に落ちて金がないから私大に行った奴が、東大に行くのは妥協したとかいってたら、やっぱり言葉の使い方がおかしくね?
これなどは「最初の目標は東大だったが、学力が足りず○○大に妥協した」でよく、国語として何もおかしくない
おかしいのは「おかしくね?」とか言ってる奴の国語力と辞書引く習慣もないこと
わかったかにゃ?馬鹿くん
辞書引くのって大事だろ
笑いの金メダル。つまらない芸人が寒いキャッチコピーで紹介されるのとか、女ばっかの観客の声のとか、進行女子アナの「おおわらいで~す!」とか。ぶっとばしたくなる。
ボランティアとかやっちゃってる大学生。私大だとさらに。勉強して国公立いっとけよ、浮いた授業料ユニセフにでも寄付しておけ。
あとファッション紙とかムカつく。ガーリー(笑)キッチュ(笑)こいつら頭おかしい。http://kw.allabout.co.jp/glossary/g_fashion/w006353.htm解説読んでも理解できない、キモい。
ドンキホーテ。クソごちゃごちゃした店内を歩いて、無条件で腹の立つ手書きっぽい値段ポップを見たらさして値段も安くないのに、
近所のスーパーを名指しで徹底価格抗戦とか言っててなりふり構わない感じが生理的に無理。ペンギンのキャラとか、本当消えてほしい。
都市の景観を無視した看板の下で、DQNカップルがたばこ吸ってるのとか言うまでもなくムカつく。
電車で足閉じない男。テメェだよテメェまじでちぎれろ金玉潰れろ。スカートの裾広げて座る女、お礼を言えないお年寄り、携帯鳴らすのも音漏れしてんのも全員万死に値する。
子供が土足で座席に立ってるのに注意しない親もいいね、子供の将来が楽しみだ。可哀そうだね。
電車。バス。車。自転車。徒歩。外。家。店。どこに行っても何をしててもムカつくよ。みんな死ねばいいのにな。
そしたらとってもすっきりだ、きもちいいよ。
京大の入試がおわってから、何度も何度も自己採点した。何度やっても、ギリギリで合格の点数が出た。
3月10日。これから春になろうというのに、冬のように寒く、冷たい雨が振っていた。そんななか、電車で2時間ほどかけ、大学まで合格発表を見に行った。現役のとき、浪人のとき、受験時に何回も往復したので、駅から大学への道はもう迷わない。予定通り大学につくも、自分の志望学部の合格発表の掲示板を見つけるのに少し迷い、目的の場所についたときにはもう発表2分前。思ったより人は少なかった。2分という時間はとても短く、あっけなく、これまでの思い出が蘇るということもなかった。しかし、心拍数は、腕時計の秒針が進むにつれ急上昇した。時間になると、建物の中から、番号を無機質に羅列した模造紙が運ばれてきた。ためらいなく、自分の番号を探す。探す。なかった。探す。僕の番号はなかった。不合格。その現実は、間をおかず、僕を飲み込んだ。落ちた。涙ではなく、うめき声が上がった。無意味に彷徨し、幾度番号を探しても、ないものはなかった。震える手で、携帯を手に取り、家族や、友人にメールをする。「落ちました。」「だめでした。」誤魔化しに絵文字を添えた。自宅には電話をした。姉が電話を取った。姉の声をきいたとき、初めて泣いた。おそらく、姉でなくとも、家族であれば、誰でも泣いていたと思う。「よく頑張った。」と言ってくれた。受験生活で、いっしょに励ましあった、ある友達は、合格していた。良かった、と思った。「おめでとう」とメールを送った。
僕は、逆転合格するすごい人でも、苦労をかけた家族に恩返しできるいい息子でもなんでもなく、ただ不合格者の一人だった。わき目も振らず、校門を目指し、大学を出た。周りの笑い声を振り払った。落ちた。途中、何度も立ち止まり、空を見上げた。涙は我慢しても、断続的に流れてきた。雨は来たときより強くなっていた。風もあり、折り畳み傘がすぐにめくれるので、差すのをやめた。顔に雨がかかって、涙と混じってくれたので、ありがたかった。
電車に乗った。方々に送ったメールが、次々かえってきた。みんな優しかった。そのやさしさが逆に心を締め付けた。申し訳なさと不甲斐なさで押しつぶされそうになった。現役、浪人、2年間はり続けた虚勢は、あっけなく、一瞬で瓦解した。車窓から見る空は鉛色に曇っていた。郊外の野原は春らしくなかった。雨が降っているかどうかは車内からは分からなかった。自己採点はまったく無意味だった。半ば無意識に、合格点がでるように操作していたのだから当然だ。
朦朧としたまま、家についた。自分の部屋で一人泣いた。ベッドの布団が濡れていった。ただ泣いた。しばらくして止んだが、母が勤め先から帰宅し、その顔を見ると、また、泣いた。目が赤くはれた。こんなに泣いたのは、いつ以来だろう。母は変わらず優しかった。僕はあやまった。何年かぶりに母の肩にすがって、あやまっても何の意味もないと分かっていながら、何度も何度もあやまった。母は、「あやまらなくていい。お前は自慢の息子だ。」といった。そんな優しい母に恩返しできなかった自分が情けなくなり、また泣いた。
今日が人生の分岐点であることは間違いない。一つ目の大きな試練は、負けた。滑り止めの私大はすでに決まっている。明後日国公立後期試験がある。今は、ただ、流れに身を任せるしかないようだ。悔いはいくらでもある。満員電車で見る社会の大人がなんであんな悲壮な顔をしているか少しだけ分かった。でも、前に進むしかない。とりあえず、進みます。家族にも、友達にも、話せないことを書きました。駄文失礼しました。
こんな記事増田にはいっぱいあるんだろうなーと思ったけど結局は自己満足なので書く。
滑り止めにって思ってた学校も落ちた。
gouhi.comって「残念ながら〜」しか出ないのかなって思うくらい全部落ちた。
それで俺が今迷ってるのは、バイトしながらでもあともう1年がんばってみるか、3月入試で残ってる下位層の大学に出願するか。
親は「私たちはお前が浪人する覚悟はできてる」って言ってるし、俺もその覚悟は出来てたつもり。
だけどいざその「全部落ち」っていう立場に立つと、その覚悟はどこかへ消えてしまった。
クイズ番組に出てる芸能人が「ここに立つとなんか答えらんないんだよね〜」って言ってるみたいな感じ。
確かに、いい大学に行ったからって何だ、って思ったけど、就職活動してる人が「やっぱり何だかんだいっても学歴だよね」って言ってるのも知ってたから、浪人っていう選択肢があった。
1年頑張ったからって第一志望に行けるっていう保証はないけど。
でも頭のどっかで「大学がすべてじゃない。人間その生き方が問題だ」なんて言葉も思い出して、下位層の大学に行って人一倍頑張ってやろうかなって思ったけど、
それはやっぱりどっかで甘えてるのかなーとも思う。浪人1年頑張れない奴が大学行って人一倍頑張れるわけがない。
俺これからどうなっちゃうんだろう
たぶん、人生で日記という物を書くのが初めてだ。改稿変だし、チラシの裏だが書く。
一昨年の高校最後の夏休みの初めに人生で初めての受験をする事を決意した。親からは驚かれた。
その時まで自発的に勉強した事もなかったし、高校も面接だけのところを選んだし。
中学高校のクラスでも最下位に近い実力であり、何より勉強が嫌いだった。
いざ「受験勉強」というのを取り込もうと思っても何をしていいかわからなかった。
今思えば当然だった。今まで勉強という事に対して真面目に取り組んだ事がなかったからだ。
中学レベルの知識すら自分にはなかった。副詞・形容詞・形容動詞の意味すらわからなかった。
それでも参考書を買い漁り、それに書いてある内容の熟読を試み、シャーペンを走らせた。
そんな馬鹿な俺でも必死にやったお陰か、クラスの定期テストで上から2番目になれた。
友人達には驚かれたし、先生に勉強の事で始めて褒められた。自分でもよくやったと思ったし嬉しかった。
そんな幻想に浸っていた私の優越感は全統模試によって吹き飛ばされた。ほとんど解けなかった。
学校単位で受けていたので学年の中では上位だったが、全国レベルでみると標準の下の下。驚愕した。
それでも勉強に対して諦めきれず、去年のセンターに挑むも惨敗。
私大も幾つか受けたが結局地元の俗に言うボーダーフリーの大学にしか受からなかった。
号泣した。自分はこんなものだったのかと。あれだけやってこの結果かと。やっぱり俺はどこまでいっても馬鹿だと。
諦めきれなかった。だから私は両親の同意を得て浪人をして、国立を目指す事を決意した。
その時決めた。この一年間は一人で生きていこう、友達を作るのはやめよう、受験一本でやっていこう、と。
夏休みぐらいまで自分を必死に追い込み勉強した。予備校で何度も周囲に声をかけられたが見向きもしなかった。
だけど不思議とやる気はあった。自分はまだ可能性がある。まだやれる。この頃はパソコンや漫画などに目も向けずひたすらに勉強を続けた。
先に大学に進学していった友人達、先輩や後輩も皆応援してくれた。お守りもたくさん貰った。とても嬉しかったしやる気もあがった。
そして夏休み終わりの記述模試。結果は去年に比べて毛が生えた程度。この頃から自分に対して失望し始めた。
勉強もし続けたがやる気がどんどん失せていった。毎日通っていた予備校の自習室も徐々に行かなくなっていった。
鍵付きのタンスに封印していたパソコンを起動させて、暇をつぶす事も増えてきた。
冬も間近に迫った最後の模試の結果を見て、完全にやる気がなくなった。目の前が真っ暗になった。
その時に思った。そうか、自分には勉強は向いてないのかもしれない、と。
徐々に行かなくなった予備校はほとんど行かなくなり、家で現実逃避する日がいくらか続いた。
センター間近だというのに、周りの受験生は必死だというのに、皆が遠くで応援してくれているのに、
やる気が沸いてこない。何もしたくない。死にたい。もう生きたくない。そんな事を思ってた。
結果は惨敗。しかし、この日を境に再び勉強をし始めた。何故だかわからないけどやらなきゃいけないんだと思った。
運のいいことに、センター利用で出していた日東駒専レベルの私立(去年落ちた)が何故かA判定が出ていた。
そして今に至る。昨日それより少し上のランクの入試を受けてきたがたぶん落ちてる。そしてこれからも入試が続く。
国立も足切りが無く、二次比率の高い所に出したので可能性はまだある。E判定だけど。
俺はもうどうしたらいいんだよ。
http://okwave.jp/qa/q4071893.html
http://www.unipro-note.net/archives/50219681.html
http://saki.2ch.net/kouri/kako/964/964345084.html
俺も自分の大学では休学に金がかかるなんてあり得ない話だったんですが、
どうも世の中の私大はそうではないみたいです。
ほんとウンコですね。
弟が大学やる気なくて単位落としまくりで、留年させてやる経済的余裕がないから中退かも、って話なのかな。
何年生か知らないけれど、3年次編入制度を利用して国公立大へ行く手もある。私大卒業までの学費を考えると3年時から卒業まで3年かかってもそっちのが安いケースも全然あるし。
Eランレベルでやる気ないなら、ムリにでもどっかの大学は卒業しといた方が就職はいいと思うなあ。もちろん中退しても実力と努力でどうにでもなることはたくさんあるだろうけど、いま、弟は実力とか努力とかこれから身に付きそうなの?
ちなみにだるくてやる気がないのは心身症を疑うのも忘れない方がいいと思う。その場合、治療しないとこれから実力も努力も絶対湧いてこないし。
偉そうな言い方になってしまうが、もうちょっとすると「勉強が出来る=頭が良い」というわけじゃないことに気づくと思う。
あるいは、「勉強が出来ない=頭が悪い」じゃないということに。
一生これに気づけない奴もいるけど、多分、これに気づけない奴こそ本当の馬鹿だ。
で、元増田のセンターの話だけど、世の中ほとんどの奴は勉強してないよ。
進学校なら周りが勉強してるし、授業もきっちりやってるから、「進学校で勉強してない奴」でも、全国の高校生レベルで見れば勉強してる方になったりする。
逆に、行ってる学校の学力レベルが低くて、予備校とかにも行ってないと、「学校ではそこそこ勉強出来る奴」でも、全国の高校生レベルで見れば勉強していない方になったりする。
俺自身で言うなら、中学時代に学校以外でした勉強は、定期試験の際、試験前日に2時間程度の勉強をした経験のみ。
そのまま中堅の高校に推薦で入って、高校入学後は、定期試験の際にすら勉強しなくなった。授業時間以外での勉強はゼロ。その授業すらも、大げさではなく半分は寝てたレベル。
三年の際、生まれて初めて予備校に行って、元増田とは逆の意味でビックリした。
世の中、こんなに勉強してる奴ばっかりなのか、と。
夏期講習から行き始めたんだが、入学時には下から二番目のクラスに振り分けられた。
そこでは、朝9時から夜7時まで、みっちり勉強。昼休憩や合間の休憩時間を除いても、正味9時間は勉強時間。
おまけにほとんど毎日宿題が出て、家に帰ってから1時間くらいも勉強する始末。
こんなに勉強したのは生まれて初めてだった。
自然と学力は上がって、夏期講習終わりの時には、上から二番目のクラスに振り分けられてた。
この頃には要領も良くなって、予備校の授業も、ポイントだけ押さえていれば集中し続けなくて良いことに気づいたし、宿題は予備校の授業中にやるか、友達に写させて貰う(数学の宿題などは、解法さえわかっていればわざわざ自分で解く必要はない)ようになった。
で、そのまま夏期講習の後も予備校に行き続けて、秋には私大受験コースの一番上のクラスになって、その後、無事私大に入学(ここまで読んで貰えばわかるように、とにかく努力が嫌だったから、暗記系の科目が苦手で、国立は早々に諦めた)。
つまり、勉強出来ない奴の集まる環境から、勉強出来る奴の集まる環境まで見たわけだけど、「こいつ、頭良いなぁ」って感じる奴は学力に関係なかった。
もっとも、予備校の勉強出来ないクラスの連中で、「頭良いなぁ」って思う奴は皆無だったけど。そりゃ一日何時間も勉強してるのに、勉強出来ないままの奴が、頭良いわけないわな。
それよりも、俺の通ってた中堅高校の方で「頭良いなぁ」って感じるのに成績良くない奴ってのがいた。
予備校にも行かず、勉強もしてないような奴だったから、俺と同じで三年までは留年ギリギリ。だけど常に周囲より進んだ考えをしてて、俺は今でもそいつのことを頭良いなぁと思ってる。
俺は、まぁ私大としては偏差値トップクラスの大学に行ったんだけど、そいつはいわゆるFランクラスの大学。
今でも時々会って話すけど、未だに俺はこいつに勝てないというか、頭の出来が違うなぁと感じるよ。
「気づく瞳」「気づかない瞳」 - G.A.W.
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20100110/1263135584
周りを良く見渡してる、というのは一人の作業量が多い仕事において最低条件かもしれない。
でも情報が入ってきていても、それを脳内で適切に処理して行動に移せるかは少し別かも。
調理まである程度のことは教わった。
人件費を抑えるために一人の作業量が多い仕事場なのは牛丼チェーンもコンビニと同じで、
キッチン内の作業が沢山ある一方でいつ流れ込んでくるか分からないお客さんへの接客も蔑ろにできないから、
とにかく初めから「○秒に一度は客席を見る」と仕込まれた。
マニュアルにもあったかな。
幸か不幸か来店の多い店舗だったのでそうせざるを得ず、
それ自体はすぐに無意識にできるようになった。
そして急な大量来客以外は余裕をもってこなせるようになった。
けど、その突然の大量来客が起こった時。
それまで指摘されたことなかったけど、元々パニクりやすいところがあったのか、
状況が一応視界に入っていても一瞬頭が真っ白になってしまうことが最後まであった。
(繁忙時では1、2秒の躊躇さえチーム全体の足手まといになる)。
でもこれって、入店したばかりでもそうならない人もいるんだよね。
当然の如く、そういう人は昇格が早いことが多い(調理があまりに下手だと少し手間取るかもしれないけど)。
私がいた店舗では性別や年齢に関係なくそういうタイプの人がいて、
彼らは主婦や育児(小学生以上ではあるけど)と並行して沢山入ってる人や、
小さな頃からよく家事を手伝ってるような人たちで、
優先順位をつけることに慣れていて、
咄嗟のことでも即座に判断できるぐらい慣れている人たちなんだろうと思った。
ということで、パニクる以前に状況が見えていなかったら話にならないわけだけど、
その次にももう一点壁があるんじゃないかなと。
まあ、完璧に状況を判断できているならパニくることなんてない筈だというご意見もあるかもしれませんが、
私の場合はケースバイケースとマニュアルが併存する世界というのが苦手なので、
その判断がつけられない、とやはり咄嗟の判断能力の問題なんだと思う。
ちなみに、これは偶然なんだろうけど、
経済的に社会的上位層に入らない家庭出身の人(貧困層ではないけど四年生私大は無理という家)ばかりで、
みんな小さな頃から両親が一生懸命働いている姿を目にしている人たちだった。
私ともう一人のちょっと鈍いタイプ二人は両方とも経済的に余裕がある家でマターリ育っていて、
私に関してはバイト以前は「効率」だとか「テキパキ」とかを意識したことがなかったので、