2023-08-12

好きな人と手を繋いだ



アラサー。5年ほど交際した彼氏とは結婚に至らず別れて1年半、ほとほと疲れていた。もう自分恋愛しないだろうな、人のことを心から好きになることはないだろうな、そう思っていた矢先に彼と出会った。稲妻のように恋に落ちてしまった。


彼はバツイチで、11個上だった。聞くところによると、婚姻生活は8年だったらしい。子はいなかった。

相手について知りたいような知りたくないような、でもきっと彼が好きになった人なのだから、魅力的な女性だったに違いない。

事実、彼の知人から奥さんはとても美しい人だったと聞いた。容姿に優れた上に、頭脳明晰女性だったらしい。私じゃ太刀打ちできるわけがなかった。


告白したが、案の定振られた。どうやら年下には一切興味がないらしい。

ごめんね、でも増田ちゃんは可愛くていい子だと思ってる。その気を使って言ってくれた蛇足さらに辛かった。もう大人なのだ、1ミリもそんなことを思っていないことは痛いほど分かっている。可愛いなんて言わなくていいのに。情けないが、涙が止まらなかった。私はまだこんな感情を失っていなかったのだ。



振られたちょうど1ヶ月後に彼を含む飲み会があった。やっぱりまだ彼のことが忘れられなかった私は、傷に塩塗り込むのを覚悟で参加することにした。

遠巻きに彼の顔を見て、ああやっぱり素敵な人だな、と再確認した。振られたけど心の中で静かに思い続けてるくらいならいいかな、ビールを啜りながらそう思ってしまった。

その日は少し体調不良気味だったため、思ったよりも酒が回り足元がフラついていたので、皆と解散したあと店のそばでしゃがんでどう帰ろうかとズキズキ痛む頭で悩んでいた。

大丈夫?帰れる?後ろに心配そうな顔をした彼が立っていた。

大丈夫じゃないです。そう言うと、タクシー捕まえよう、彼が言ってタクシーを止めた。


座席座り込み自分の住所を告げると、糸が切れたように私はぐったりして自然と頭を彼の方へ倒した。走行中、彼はずっと何も言わずに私の肩を支えてくれていた。

これはよくないな、ダメだなと思いながらも、初めてこんなに彼に近づけたのがとても嬉しかった。さっきまでタバコ臭空間にいたのに、彼からはとてもいい匂いがした。


そして彼は私の肩から手を離すと、私の手を握った。

女性のような華奢な指だった。私も握り返した。

私が握り返すと、彼はさらに強く握ってきた。彼の手に触れられた嬉しさと、絶対に報われることないだろうという悲しさと、いろんな感情が混じって、涙が出そうになった。このまま時間が止まればいいのに。このまま付き合えればいいのに。頭がぐちゃぐちゃになって、そしてやがてそれは元奥さんへの叫びへと変わった。

こんな素敵な人と結婚していたなんて、彼女前世でどんな徳を積んだのだろう。どんな顔だったのだろう。最初はどういう馴れ初めだったのだろう。初めてのキスはどこでしたのだろう。どんな結婚生活だったのだろう。一体彼女の何が、彼に人生を共にしたいと思わせたのだろう。私は彼女には絶対なれない。それが本当に悔しかった、辛かった。彼女になりたかった。



タクシーは私のマンションの前に止まった。ああ、着いてしまった。時間は止まらなかったんだ、そう落胆すると、気をつけてね、今日はお大事にね。おやすみ。そう彼は言って、申し訳なさそうな顔で私を見た。そして静かに私だけを下ろして、片手を挙げると、またタクシーに乗り込み、闇の中に溶けていった。彼は私の家には上がり込まず、颯爽と帰っていった。



手にはまだ彼の感覚が残っていた。洗いたくないな、気色悪いがそう思ってしまった。好きな人と手を繋いだ事実、それを消したくなかった。なんて夢のような時間だったのだろう。

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