2019-11-08

[] #80-2「人は簡単に変われる」

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『誰でも出来る自己改革』を返品するため、弟は次のセミナーが開かれるのを待つことにした。

俺は未だ気づいていなかったが、その期間から異変は起きていたんだ。

「……どうせ返すんだし、せっかくだから読んでみるか」

弟は貧乏根性で、その本を開いてしまったんだ。

「ふーん……」

弟は活字嫌いだったが、まるで絵本を読むような勢いでページを進めた。

「……へえ……ほーん……こーん」

資料を纏めている俺の近くで、弟は数秒ごとに感嘆の声を漏らす。

鬱陶しくて仕方がなかった。

「なあ、兄貴も読んでみなよ。結構いいこと書いてあるよ」

この時点で、既にハマってしまったらしい。

とうとう、俺にまで本をススメてくる有様だった。

「俺は課題で忙しいんだが……まあいい」

気乗りはしなかったが、ここで断ると更に鬱陶しくなる予感がする。

部屋で静かにすることを約束させ、俺は渋々読んでやることにした。

「……なんか、予想以上に“軽い”な」

「何言ってんだ兄貴。本の重さくらい見た目で想像つくだろ」

「いや、物理的な意味じゃなくて……」

その本は文体が明朗快活で、難しい単語迂遠言い回しほとんどない。

まあ読みやすくはあるんだが、自己改革を謳う本にしては随分とユルいように思えた。

俺の借りてきた社会科学本が難解だったせいで、余計にそう感じたのだろうか。

「……はーん、“如何にも”って感じだ」

内容は、筆者独自ライフハックと、それに伴う持論を解説していくというもの

それを終始、前向きな言葉を添えながら羅列していき、読者に語りかけるように書かれている。

俺のイメージする自己啓発本そのものって感じだ。

「『テレビの音量とチャンネルを同じ数字に、マンション住まいなら階層も合わせる。一日に同じ数値を見続けることを意識し、心の安定化を図るのだ』……ははっ、意味分からん

しかし、書かれていることは全体的に安っぽい。

心理面のノウハウ迷信めいたものが多く、方法論は漠然としている。

尤もらしいことも散りばめているが、いずれも既に使い古された概念や、多少の知見があれば自ずと分かるようなことばかり。

わざわざ言語化するほどでもないのに、それを大袈裟表現で覆い隠して、何か画期的な考えのように語って見せている。

兄貴、このページの『よく学び、よく遊べ!』って良い言葉じゃない?」

「ああ、そうだな。良い言葉過ぎて、既にどこかで聞いた気がする」

何か良さげなことを書いてあるようで、その実は何も書いていない。

そんな感じの本だ。

まあ、弟みたいな奴がマトモに受け止めてしま構成なのは理解できる。

「これで1000円ってのは、書いた奴はかなりの自信家だな。むしろ読む側が1000円を貰うべきなんじゃないか?」

本を読み終わった後、俺は皮肉を交えながら弟に感想を述べた。

これがマズかった。

「その言い方はないだろ。価値あるものを、価値があると思う人間が買う。健全商売のあり方じゃないか

俺の冷笑気味な反応は、あいつの感情を逆なでした。

それで余計に意固地になったのだろう。

少し前まで「紙くずを買わされた」って顔をしてたのに、この短期間で弟は完全に“出来上がって”しまったようだ。

「……まあ、買ったお前がそれでいいのなら、俺から言えることはこれ以上ないな」

この時、俺は「面倒くさい」と感じて、適当なことを言って話を切り上げた。

いま思えば、それもマズかった。

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