2019-11-14

[] #80-8「人は簡単に変われる」

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…………

俺はまず、クラスメートに某セミナーのことを話した。

「……といった感じで弟の奴、これくらいの大きさの本を1000円で買わされてやんの。返品しようと次のセミナーに出向いたら、言い包められる始末」

語ったことは全て事実だし、誇張はしていない。

それを提起したことについて、俺の価値判断が含まれているのは否定しないが。

「なんだと! そんな自由気ままに生きたがる人間ばかりになったら、この社会崩壊するぞ!」

「えー、確かに上等じゃないかもだけど、そこまで目くじら立てることっすか?」

「へえ、子供にそんな本を買わせるのか。ブログネタに使わせてもらおうっと」

だが、俺がどう考えているかなんて、この際どうでもいい。

問題にならないことを問題にして、それを解答して喜ぶのは出題者だけだろう。

だが出題さえしておけば、後は各々で勝手に悩んで勝手に答えてくれる。

そうなった時点でしめたものだ。


そんな具合に、俺は周りの知り合いに話していった。

時には雑談の一部に紛れ込ませ、時には何気なく呟くように。

「言ってることは、とにかく“自分の好きなように、楽に生きよう”って感じでさ。しがらみとかガン無視だよ」

それを聞いた人は、また別の人に話すという連鎖が発生し、見知らぬ人たちにも伝播していく。

こうなったら、たちまち波紋は広がり、それが収まらない環境ができあがる。

数日後には、町中で毎日、どこかの誰かが某セミナーの是非について語っている状態になった。

「んー、そういうのに子供まで巻き込むのはどうなんでしょうね」

「だが成人してたらOKかっつうと、それはそれでどうかと思うぞ」

しかし、違法というわけでもないですからなあ」

これが俺の狙いだった。

一言説明するならば、「物議を醸し出させる」ってこと。

その流れまでコントロールすることはできないが、それは正直どちらでもいい。

…………

それから数週間後、結果は如実に現れた。

最近、あの自己改革セミナーやってるとこ見ないね。受講者も見かけなくなったし」

「そりゃあ、最近あん調子”だったからな。この状況でやり続けるのはツラいだろう」

物議を醸したことで、あのセミナーをやっていた男や、その受講者の肩身は狭くなっていった。

実際の是非はともかく、その窮屈さに耐えられなくなれば萎縮していく。

風の便りで、あのセミナーは主戦場を変えて色々やっているらしいが、この町に来ることは二度とないだろうな。

「なんか追いやられたみたいで可哀想だな。別に悪いことしているわけでもないのに」

「いいかいかを決めるのはお前じゃない」

「じゃあ、誰が決めるんだよ」

「そんなの俺の方が知りたい」

もし知っていれば、こんな謀略に頼らなくて済んだ。

というより、身内が巻き込まれてなければ今回の件は無視していたに違いない。

あれの何がダメだったかなんて、俺だって本当のところは良く分かってないんだから

「そういえば弟よ、あの本はどうするんだ? 返品は難しそうだが、持っておくのか? 捨てるのか?」

「捨てちゃダメだよ。中古ショップで売らなきゃ。100円もしないと思うけど、ハムカツの足しにはなる」

この頃には、弟の言動もすっかり元通りになっていた。

弟はスポンジの如く吸水性は高いが、すぐに乾くタイプなんだ。

有り体に言えば「飽きた」ってことさ。

いずれこうなるんだったら、かかずらう必要はなかったかもしれない。

結果として、俺も「考えすぎていた」ってことなんだろう。

「じゃあ、その本を売った帰りに、あそこのハムカツを食うか」

「え、奢ってくれるの?」

「そんなわけないだろ。むしろこっちが奢って欲しいくらいだ」

「なんでだよ」

これが、この話の顛末だ。

結局、人は簡単に変われない、変わるわけにはいかない。

だが、もし変わるのが簡単だったのなら、それは元に戻るのも簡単だってことだ。

(#80-おわり)
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