2018-08-07

みんなが武器を持たない社会理想なのか

広島知事「お隣吹き飛ばす爆弾子供説明できない」

https://www.asahi.com/articles/ASL863389L86PITB00G.html

この記事ブコメを読んでいると、以下のようなものがある。

hakuoh 理想論だと言われても、少なくとも広島市長と長崎市長はこうであるべきだと思う。そういう立場を取る人も必要

grdgs 提言努力必要だろう。嘲笑ってるやつらは現状を追認するしか脳のない思考停止のアホ。大人ぶりたいガキだな。

medakamaster 究極の目指す姿がこれなのは間違いない。この姿を忘れてはいけない。 知事は今すぐ全廃しろなんて言っていない。

「全員が武器を持たないで仲良くできれば理想社会ができるね」というようなことはよく言われるのだが、そもそもそれは理想なのだろうか?

まず「全員が仲良くできれば」というのは、その思想自体はいいことのように聞こえるが、構造的には全体主義である。「全員が仲良く」を実現するには方法は、私が考えたところだと三つ。

どちらにせよ「お前らとは仲良くしない」という、現在社会に当たり前に偏在する多様性を何らかの形で間引くことでしか「全員が仲良く」は成立しない。これが果たして人類が目指すべき理想的な社会なのだろうか? 一番最後選択肢が実現すれば、まあ「武器なき世界」にソフトランディングできそうな気はするが、それはもはや人類ではないかもしれぬ。

フィクション世界では、「全員が仲良い社会」というのは何度か実現しているが、どれもろくな結果になっていない。

例えば貴志祐介に『新世界より』という傑作があるが、あの世界では進化した人類が個々に強力な力を持ってしまったがため、お互いを攻撃できないように思想洗浄がなされている。ボノボ型の性愛文化も取り入れられ、あらゆる形で争いが起きないように制度設計がされている。おかげで仮初めの平和社会が保たれているものの、その過程で発生する不穏な因子は排除されるわ、イレギュラーな外敵から攻撃には極端に弱いわと、その社会のありかたは歪で脆弱だった。

アラン・ムーアの『ウォッチメン』はどうだろうか(以下結末に触れるので未読のかたは読まないように)。あの作品でもある形で世界平和が実現するのだが、それは本当によいものだっただろうか。仮面を剥ぎ取ったロールシャッハのあの表情は、何を表していたのか。

かように、全体主義に基づいた人類兄弟的な平和はよく理想だと言われるが、本当に理想なのかがそもそも疑問だ。それは浦沢直樹の『20世紀少年』のラストで、全員がグータララーと歌って仲良くなるような不自然社会だと考える。イレギュラーが許されない清浄社会よりも、利害関係スパゲッティのように絡まり、多様なプレイヤー価値観で溢れかえり、汚物まみれのゲロだらけのそびえ立つクソを、それでもなんとかかんとか運用していく現在社会のほうが人間的というか、私にはよほど理想社会に見えるのだが、どうだろうか。

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