初めて自分の感情も行動も抑制できなくなった。出会った相手が悪かったんだと思う。
きっかけはある日のコンサート会場。ステージ上で全然笑わない彼にとてつもなく惹かれた。そもそも私は昔からみんなが笑っているその空間で一人だけ笑っていない、そういう人のことが気になってしょうがない。なぜ笑わないのか、何を考えているのか、知りたくなる。彼はそういうタイプの人間だった。周りの子たちはアイドルらしく笑顔を振りまきながら踊るのに対して彼は全然笑わない。その日から彼の思考が知りたくて、彼という人間が知りたくて堪らなくなった。
それからコンサートや舞台は必ず行くようになった。最初のうちはステージ上の彼をみれるだけでよかった。でも、次第に彼を知りたいという欲求が私を変えていく。私の行動はどんどんエスカレートしていった。暇さえあれば出てくるのを待ったし、彼の乗り換えの駅や最寄り駅でも待った。
彼を待っている間がどれだけ寒くてもどれだけしんどくても彼に会えばそんなことはいっきに吹っ飛んでいく。クリスマスに彼に会えた時には今日この世界で一番幸せなんじゃんないかとも思った。
この時点で私はヤラカシやリアスとなどと呼ばれる部類なのかもしれないがそんなくくりはどうでもよかった。私は彼のことを担当にはしなかったし、自分のことを彼のオタクとも認めなかった。私はただ彼が好きで、彼のことが知りたいだけなのだ。彼が好きだからしょうがないと言い聞かせ自分本位な欲望を自分で許した。
彼に会いたくて仕方なくて仕事を早退したこともあったし、何度も欠勤した。地方で仕事が決まった時は彼と同じ場所にいたいがために、仕事を辞めようとした。結局、会社の都合で辞めれなかったんだけど。
コンサートや舞台の終演後にも私は会える、ファンが知らない私服も私は知ってる。よく着る服、よく使うカバン、最近身につけてるアクセサリー。そのへんのファンよりほんのちょっと多く知ってることが快感で堪らなかった。いけないことをしてるの頭でははわかっているが、その背徳感が私を加速させる。
私はあくまで彼に恋をしている一人の人間でありたかったから、オタクとして見なされるのはどうしても嫌だった。非公開の列に並ぶオリキや駅で話しかけるヤラカシのようなオタクとしての表立った行動はできなかったし、何より彼と会う空間に私以外のそういった人たちは存在してほしくなかった。いつも偶然居合わせた一般人を装い、話かけることなく静かに見守る。そのために服装や彼との距離感、行動にはとても注意したし、派手だった髪色も変え、定期的にイメチェンをした。
私はこれでも彼を好きだと思う前は真面目にデビュー組のファンをしていた。「ファン」本来の意味通りに、無理することなく楽しんでいた。
初めてのジャニーズのコンサートの現場に彼はいた。中学生の私と中学生の彼。まだまだあどけない彼がその頃よく着てた黄色の衣装を身にまとって花道を走る姿を今でも鮮明に覚えている。大人になった今、彼に恋をしているなんて中学生の私は夢にも思わないだろうな。
毎日彼のことを考えて辛い。どうやったら彼に近づけるのか、あと何回辛い思いをしたら彼の内側に入れるのか。本当は気づいてる。アイドルに恋なんてしたってなんの意味もないこと。どんどん自分を辛くさせていってること。彼がどの駅で降り、どんな街に住み、どんな家で育ったのか知っていたって本当に何の意味もない。それでもやめられない時はどうしたらいいんだろう。私は一体いつまでこんな毎日を繰り返すんだろう、こんな進歩のない毎日を。