昼過ぎに起きると、すぐに稼働させ続けていたノートパソコンの画面を覗き込む。mp3、映画、アニメ、漫画のダウンロード結果を確認する。何か適当なファイルのダウンロードに成功していたら再生しながらその日最初の食事を取る。
知っているバンドの名前を片っ端から検索にかける。何かアルバムのzipが引っかかったらとにかくダウンロードしてみる。外付けHDDを買うだけのまとまったお金がなかったので、ダウンロードしたアルバムはすぐにCD-Rに焼いてパソコンからは消してしまう。最初のうちはジャケットや曲目を律儀に印刷してケースに挟み込んでいたが、すぐに盤面にマジックでタイトルだけ殴り書きして(時にはそれすら行わず)、スピンドルにどんどん積み重ねていく。好きなミュージシャンも、よく知らないミュージシャンも、あまり好きじゃないミュージシャンまでも、落として焼いて積んでいく。
映画は容量を食いすぎるし時間もかかるから滅多に狙わない。長い時間をかけてダウンロードした目当ての映画が劣悪な隠し撮りものだったりしたらたまらない。すぐにShift+Delする。レンタルショップにも並んでいないような作品の題名で検索をかけて、たまにヒットすると興奮しながらダブルクリックする。しかし大抵はダウンロードが開始されなかったり、されたとしても進捗が遅々として変化しないので結局痺れを切らしてキャンセルしてしまったり。
アニメに関しては、特定のアニメを観たいと言うよりは、ネットワーク上に散らばった10〜20話分のバラバラのファイルを一つずつ探して集めるコレクションのニュアンスが強い。少しずつダウンロードして、歯抜けの状態のままCD-Rに焼いていって、全話が集まったらその時点で満足してしまう。結局観やしないんだ。しかし、毎週オンエアされるリアルタイムのアニメは話が別だ。目当てのアニメがオンエアされてから半日も待つとファイルがネットワーク上に溢れかえる。量が多いからダウンロードも一瞬で終わる。当時、ビデオはおろかテレビも持っていなかったので、ダウンロードで毎週のアニメを追えて助かった。
何でもかんでもダウンロードする。あらゆるフレーズで検索する。時間帯によってネットワーク上に現れるファイルの種類が違う気がして、家にいる間はパソコンの画面から離れられない。ダウンロードしたアルバムを取っ替え引っ換え聴きながら、毎日明け方まで検索とダウンロードを繰り返す。何ヶ月も、何年も、検索とダウンロードを繰り返した。自分から積極的に何かをアップロードする事はなかった。「ネ申」になる趣味はなかった。落として落として落とし続けた。
いつ辞めたのかは覚えていない。段階的に飽きて辞めていったような気もするし、何かのタイミングで「こんな事を続けていたら駄目になる」と思って全てを投げ出したような気もする。熱中していた頃の記憶は鮮明に残っているのに、熱が冷めた頃の記憶は曖昧だ。
当時ダウンロードしてCD-Rに焼いたアルバムのうち幾つかは今でも家にある。しかしもう聴かない。聴く音楽の好みが変わったわけではなく、劣悪な音質のmp3を聴くのが嫌になったからだ。当時ダウンロードしたアルバムをCDやiTMSで買い直すこともあるけど、別にそれが何かの免罪符になるとは思ってない。
ある時期からのあなたは悲劇の主人公であり、不遇の天才であり、司法の被害者でした。おそらく実際、ある視点から見ればその通りなのでしょう。あなたの天才を理解できる方々、あなたの天才に間近に触れた方々があなたを敬い崇める気持ちに嘘はないのでしょう。
私にとってのあなたは文化のテロリストであり、価値観の撹乱者であり、混乱の根源であり、偉大なる暇つぶしの提供者でした。「殺傷事件があったからと言って、包丁職人を罰するのはとんでもない」という理屈は正しい。だけど私はあなたが善良なる包丁職人だったとは思わない。あなたを心から尊敬します。そして、その愛と同じ質量であなたに懐疑します。あなたの叡智は恐らく大いなる恵みをもたらした。それと同時に非可逆的な混沌をもたらした。
何年か前にちょっとしたきっかけであなたの講演を聞く機会がありました。あなたはとても早口で、とても聡明な、筋の通った話し方をする人でした。門外漢の私にはあなたの喋ってる内容は一割程度も理解できなかったのですが。
お悔やみ申し上げます。安らかに。