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はてなキーワード: 訃報とは

2009-10-05

政治家ならいじめ殺してもいいんだろうか

中川昭一さんの訃報を聞いてまず思ったのは、これは実質的自殺じゃないかということだった。不眠に悩んでいたという話もあり、睡眠薬を摂りすぎたための事故なのかもしれないし、酒の飲み過ぎやストレスで体が弱っていたこともあるんだろうけれども、しかし。

中川さんのローマでの会見に問題がないとは思わないけれどもあんなに騒ぎ立てるようなことではなかった。酔っ払って会見に臨んでしまった政治家って、いないわけでもないらしいし。なにより、政治家として力量があったことは認めざるを得ない。

それでも彼を叩いていたのは単に麻生叩きの一環であって、「もうろう会見」(それにしてもこんな言葉を誰が生み出したんだろうか)は格好のネタであったにすぎない。

メディアは、ここぞとばかりに投下されたネタにくらいついて骨までしゃぶりつくした。

同じことを、松岡さんの自殺にも感じた。いろいろ事情はあったにせよ、はたしてあんな叩き方がよかったのかどうか。僕には、ただのいじめにしか見えなかったんだが。

政権与党人間だ、自民党政権から引きずりおろすためならという名目がつけば、こんないじめ正当化されてしまうのかと想像するだに吐き気がした。幸い、麻生さんは口をへの字に曲げたままで自殺するほどやわではなかったが、やわでないからいじめてもいいということにはならない。これで子供いじめがなくなるはずもなく、メディアの人たちはどういう顔で社説原稿を書いてるのか見てみたいもんだと思う。

あんな叩き方をしてなければ、仮に先日の選挙中川さんが落ちたとしても、もうちょっと立ち直り方というものがあったはずだ。まして睡眠薬の飲み過ぎで死ぬようなこともなかったんじゃないか。

これはメディアだけの問題ではなくて、日本人みながそういういじめに加担してるんだと思う。メディアはそれを反映しているにすぎない。

これは、自殺した永田メール事件の永田寿康さんの死を聞いた時にも感じた。盛大だったらしい結婚式の話を読んだりすると、末路哀れと言うとなんだけども、彼の孤独を誰か救えなかったのか、なんでここまで落とすのだろうか、同じ人間じゃないかという気持ちが湧く。きっと、彼の周囲には理解できる人間が誰もいなかったんだと思う。

政治家は、あるいは政治家だった人が自殺したり酒や薬に頼るほど繊細な神経の持主であるというのは甚だ困ったことでもあるのだけれど、しかしながら強面のオッサンが実はガラスの神経だったりするのはよくあることでもある。

政治家だって同じ人間だ。批判するべきは批判するとしても、もうちょっとなんとかやりようがあるんじゃないか。批判といじめは違う。

集団でよってたかってぼこぼこにして叩き潰そうとするのは、もういい加減やめにして、みんな大人になった方がいい、いや、なるべきだと思う。空気が読めることだけが大人の証拠なんじゃない。必要な場面では空気を読まないことのほうが、むしろ大人だ。だいたいこんないじめ方を平然と認めているなんて、子供にどういう顔をしてものを言えばいいんだろうか。

2009-09-26

父の死

「ずっと私がマサユキさんの面倒を見てきたんです。」

父は、母と離婚してからすぐ、この女性と暮らしはじめたらしい。彼女はサトウアケミと名乗った。父の訃報を知らせてくれたのは彼女だった。零細企業社長だった父は、ある日会社で突然倒れてそのまま意識が戻らなかったという。あっけない最期だったと思う。

私たち兄妹が父と最後に会ったのは、両親が離婚した日であったから、もう5年も前だった。父と母の離婚の原因について、私たちは母に聞こうとは思わなかったので、父も母も亡くなってしまった今はもう真相を知るすべは無い。だが私は、きっと父のギャンブル好きと借金が原因だったのだろうと想像していた。だから、父の傍に彼女のような女性がいたということは意外だった。父は、子供の私が言うのも何だが、女性に相手にされるようなタイプではなかった。

まあ、そんなことは今となってはどうでもいいことである。私たちはあの日、父とは縁を切ったのだから。

父の死の連絡をもらって、迷ったあげくにお線香だけでもあげようと思い訪れた私たち兄妹にむかって、彼女は唐突に切り出した。

「遺産の相続を放棄してくれませんか。私には小学生子供がいます。」

まっすぐに私たちを見つめる彼女の目は、とても疲れて見えた。彼女子供というのは、年齢から言っても、父の子ではないはずである。父と彼女が籍を入れていたかは知らない。ただ、その言葉からは、彼女の必死さだけが伝わった。

「かまいませんよ。」

私も妹も、父の遺産を相続なんて最初から考えていなかった。そもそも相続できるだけの財産があるとは思えない。あっても借金だけだろうと思われた。父と母が離婚した時に、分与できる財産はほとんど無かったのである。彼女はそのことをわかっているのだろうか。そんなことを言いたいがために、私たちを、一度捨てたこの町へ再び呼び寄せたというのか。父と彼女が住んでいた2DKは、父の位牌のある部屋に行くためには台所を通る必要があって、流しには洗っていない食器が積まれていた。テーブルの上にはビールの空き缶が置かれている。壁はうす汚れていて窓も拭かれていない。部屋の隅に投げ出された黒いランドセルが、異様に目立った。

帰り道、私の胸をいい表せない空しさが襲った。会社のために、金も家族自分自身も犠牲にして、すべてを失った父。離婚後、自由になれたと喜んだのもつかの間すぐに亡くなってしまった母。彼らが人生で得たものはなんだったのか。幸せ人生を歩めなかった人間は、いったいどうすればいいというのか。

「何にも言えないねえ」

妹が発した言葉はそれだけだった。私も何も言えなかった。「元気でやってるのか?」「お前は今、幸せなのか」本当はもっといろいろ聞きたかったが、聞けなかった。私は、妹の答えを聞くのが怖かったのかもしれない。

2009-09-19

みんな臼井義人に死んでもらいたがってる。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1303084.html

「お悔やみ申し上げます」

 亡くなった著名人に対してそうウェブ上で弔意を表する人たちに、前々からなんとなしにひっかかりをおぼえていた。

「お悔やみ」は本来的には、故人の遺族などの関係者に対して「申し上げられる」ものだ。社交辞令的な側面を除けば、そこには人の死という最上級の悲しみを他者と共有し、辛さを分かち合うことで、明日への活力を得るための一助とする目的が存在する。なんとか彼の屍を乗り越えていこう。おじいちゃん最期になんていってたの? 生きろ、ってことさ。

 ではウェブ上でお悔やみを述べる人々は「ワールドワイドネットワークディープサドネスシェアすれば、よりサフィシエンシーに富んだアロケイションを実践できるライフハック」でもキめようとしてるのだろうか? おそらく違う。ある種の人々にとってはウェブという葬式には不自由な場で唯一打てるの弔電であるし、別のある種の人々にとってはライフロギングの一環にすぎないだろう。そして、また別のある種の人々にとっては「本気で悲しんでる人」になるための入り口を作り出す儀式でもある。

かなしくなるしくみ。

 訃報が大きなニュースとして扱われるのは各種著名人の中でも俳優歌手芸人などなどアーティストの場合が一番多い。ニュー速はてなの場合はオタ寄りの人間が多いためか、漫画家声優も比較的反響がデカい。こういった人々はアウトプットしたものが他に比べて我々の生活に入り込みやすい。あるいは、能動的に手に入れる場合の(精神的・物理的)コストが非常に安く上がる。だから、ファンならずとも「思い出してみれば、(作品を)見たこと、聞いたことがあるよね……」という気分に陥る。 仮想的な個人関係が構築される。そうなるともう「知人」だ。知ってる人が死ねば悲しい。当然の感情だ。だから、お悔やみを申し上げる。当然の論理だ。

 これは「悲しんでるフリ」なのか? 否だろう。少なくとも、結果的には「本気で悲しむ」ことになるのだ。そういう結果に行き着いてしまうシステムができあがっている。そう、悲しみを指数関数的に増幅させるプロセスが。

 著名人の死には思い出補正のほかにもうひとつ、故人の個人情報(しゃれじゃないよ!)、即ち通常の葬式における「彼/彼女とのおもひで パブリック版」がメディアによって無償提供される。追悼記事の体裁をとった故人の交友関係、裏事情、履歴学歴出身出自家柄家族構成年収バイオグラフィーその他諸々が暴露される。作品が繰り返し繰り返し某のりピーバキバキDJプレイ動画並にテレビリピート再生される。掲示板まことしやかに故人の美談が語られる。雑誌で特集が組まれ、いかに素晴らしい足跡、業績を残したかが取りざたされる。そして、ブログで「○○に関する個人的な思いデ」なる記事がアップされてエントリ執筆者に<わたし&gt;の代入がはかられる。かくして公人としての彼/彼女情報私人としての彼/彼女情報を手に入れることで、それぞれの中で実際と感情的にはさほど変わらない擬似友人関係が手に入る。リアルと違うのは<わたし&gt;と故人をそれぞれとりま人間たちがまるごと欠落してることだ。まぁなんて十年前に流行ったライトノベルみたいなんでしょう。君はそれで十分なんだろう。電波はどこからでも届く時代なのだし。

 だから、画面上の「お悔やみ申し上げます」はいびつに響くのだ。単に遺族を知らないのあれば、自分の周囲から作者を知る人物を探し出して共有すればいい。それこそネットでは腐るほど見つかる。が、それではダメなのだ。上記のプロセスを経て構築された太くて強固な一本のみから成る関係は非常に閉鎖的で、誰の干渉もゆるさない。その上、線でつながれた二人のうち一人はもの言わぬ屍なのだから、もうほとんど俺 is world.だ。

先生のばあい

 臼井義人のような行方不明の場合は、この故人情報の提供が前倒しで行われている。(世間一般的には)一部の人にしか知られてなかった「まつざか先生恋人爆死エピソード」やら、新宗教に関連した家庭内不和の噂やらがばらまかられ、『クレヨンしんちゃん』がベースとなった映画ピックアップされる。作品について語ったインタビューやら本やらが紹介される。そもそもがアニメのお陰で幼児~30代に絶大な知名度を誇る漫画の作者だけに、人々は自分の中の『クレしん』体験を持っている。我々はその記憶をつぶさに思い出の中から発掘し、あたためるだけの時間時間を与えられる。今までまったく知りもしなかった作者をよき隣人よき友人として捉える様になり、ついにはこうのたまいだす。

「私の人生において『クレしん』はドラえもんとならんで人格形成に強烈に作用したいわばバイブルです。ええ、今でも大ファンですとも。ワシは臼井義人が育てた! しかし今の子供はかわいそうですね。ドラえもんしんちゃんを同じ曜日に楽しめないとは!」(楽しめる)

 

 

既に世間は膨れあがっちまった悲しみではちきれんばかりになっている。今日に至り、「遺体発見!……か?」というニュースダメを押した。今更後戻りはできない。「なんかの間違いであってほしい」「俺は信じないぞ」。これらは通常、死者に用いられる言葉だ。

 人は自分本位ないきものだ。いわんや、(推定)死体と<わたし&gt;としかいない閉じた、花火すらない部屋の中にあっては。死体の前についた(推定)が外れた時、ようやく理想的な関係が得られる。なぜ理想的なのか。安心できるからだ。なぜ安心できるのか。安定しているのだ。構成要素が自分しかいないから。ということは必然的に訃報からはじまる一連のシークエンス主人公はその人自身、ということなる。主人公は人の死を嘆き悲しむのだから人生という本のワンシーンとして、美しくならないはずがない。

 画面越しに行われる弔いはその人の体内で循環し続けて決して放散されないのであって、つまるところ内面の問題なのだ。そこに臼井義人の親族関係者が介在する余地などまったくない。だからこそ、人はどこまでも残酷になれる。決して、自覚することなく。

 あなたは悲しむ準備はできましたか? 悼む用意は充分ですか?

 私は……臼井さんが五体満足これ無事にお戻りになることを祈ってます。

 

2009-07-29

【言葉】「良い医者」と「自分に都合の良い医者」は完全に別物

言葉】「良い医者」と「自分に都合の良い医者」は完全に別物

村崎 ちなみに死因のひとつと噂されている鎮痛剤の過剰摂取なんだけど、マイケルが打っていたデメロールって鎮痛剤、そんなにヤバイ薬なの?

唐沢 モルヒネと同じオピオイド系の薬だね。モルヒネと同等だから確かに鎮痛効果はあるけど、副作用も山のようにある。まあ、これを投与するような症状はもう末期と思っていいほどに危険クスリだよ。だからマイケルに投与していた医者訃報が流れてから雲隠れしちゃったじゃない。

村崎 そんなに鎮痛剤中毒みたいな感じだったのかな?

唐沢 もともと痛みに弱い体質で、ペプシコーラCM出演時に大火傷して以来、完全に痛み止め依存症みたいになっちゃったらしいね。

村崎 麻酔薬や鎮痛剤って、実は覚せい剤LSDよりヤバイって話もあるよね。分量間違えるとエラいことになるとかさ?

唐沢 分泌系とか、人間の肉体の微妙バランスは全て交感神経と副交感神経の交替のバランスで成り立っている。ところが鎮痛剤というのはこのバランスを崩して、常に交感神経緊張状態を作りだすことで痛みを緩和するんだよね。短期間ならいいけど、それを一ヶ月以上の期間にわたって持続させると、肉体にありとあらゆる障害が起こってくる。実は知人にセ×ス常用患者がいたけど、こんな大衆薬だからと油断していて、最後には体ががたがたになってしまった。

村崎 「♪痛くなったらすぐセ×ス」っていうけど、痛くなくても買いに来ちゃうんだな、困ったことに(笑)

唐沢 血管の収縮が普通の状態になるわけだから、全身に栄養が回らない。長生きできるわけがない。

村崎 マイケル遺体を解剖したら、お腹には溶けた薬があるだけで、消化された食べ物なんてまったく出てこなかったっていうじゃん。

唐沢 太ることを恐れていたから、もともと小食だっていうよね。それで食うもんも食わずに薬ばっか飲んでたら、そりゃ死ぬよ。

村崎 以前オレの周囲にもメシもろくに食わずに栄養剤ばっか大量に飲んでたような不健康な奴らとかいたけどけさ、みんなもう死人か廃人状態だよ。薬って一般的には、身体の不調を治すべきものっていう良いイメージがあるんだけど。

唐沢 でも、副作用のない薬なんか存在しないからね。どんな自然のものから採った漢方薬でも副作用はあるんだから。人間の身体の自然な作用に対して、外部から不自然矯正していくわけだから、そりゃ影響は出てくるよ。特にマイケルの場合、たたでさえあれだけ人体改造してると、ね。

村崎 いやあ、とにかくオレはあんなに真っ白い黒人は見たことが無いよ! 病気だか整形だか、どんな理由でああなったか知らないけど、あれだけ目まぐるしく顔の色やカタチが変化したスーパースターはいなかったよね?

唐沢 いまの人体改造技術ってすごいからね。こないだ某有名整形外科の院長先生の腹筋の凄さに感心して、その先生の家人に“よっぽど鍛えているんですね”って言ったら、「いえ、あれは腹筋の形にお腹脂肪を削っているんです」って(笑)人間フィギュアだね。

村崎 マイケルにもそういう凄いテクを持った整形外科の先生がついていたはずだと思うんだけどさ、ヤバいと気づいた時点で、誰も注意したりしなかったのかな?

唐沢 いや、これだけのセレブなっちゃうと、自分に都合の悪いことをいうような医者はそばに置きたくなくなるのよ。必要なのは“自分が薬がほしいときに、すぐに投与してくれる”都合のいい医者なのよ。オレの知り合いにも、リタリンをすぐに処方してくれる医者ばかり渡り歩いている奴とか、いるもの。

村崎 なるほど、「良い医者」と「自分に都合の良い医者」は完全に別物だと(笑)。そう考えると、どんなに死ななさそうなセレブでも意外にあっさり逝っちゃう理由もわかる気がするな。そういうのとは関係ないけど、プロレスラー三沢光晴がいきなり死んだのも(★9)オレ的にはかなりショックでガックリきたよ。別にそんなに大好きってほどのファンじゃなかったけど、何であんなに殺しても死なないようなタフで強靱な肉体の持ち主が、ああもあっさり逝っちゃうのかと……。

唐沢 でも、最近三沢ってお腹がポッコリ出てきて、レスラーの体形じゃなかったからね。あれ、ノアの社長とか、慣れないビジネスとかやらされて可哀相に、ストレス溜まっていたんじゃないかと思うよ。馬場さん以来の伝統で、全日系は団体のトップが社長も兼ねるっていう流れがあるんだけどさ、本来はレスラーリングの中だけに集中すればいいんであって、面倒なことは脇の背広組に任せりゃいいんだよ。

http://www.shakaihakun.com/vol090/05.html

2009-07-23

1999年のライジングサンロックフェスミッシェルは神だった

今年はもうほんとびっくりする訃報が多いけど、はてブ開いただけで泣けたのははじめてです。


はてなブックマーク - ナタリー - アベフトシ、急性硬膜外血腫のため43歳で逝去

http://b.hatena.ne.jp/entry/natalie.mu/news/show/id/18966


THEE MICHELLE GUN ELEPHANTギタリストアベフトシさんがお亡くなりに!

え、あ、ちょ…まじですか?

まだマイケル追悼終わってないんですけど! いまもモニター入力変換すれば一時停止したDVD映像が稼働してるんですけど!


わたしが高校大学時代に最もお金をつぎこんだとおもわれるバンドのコアメンバーがお亡くなりになりました。

忌野清志郎マイケル・ジャクソン若杉弘指揮者)と続き、ミッシェルって…今年の音楽界どうしちゃったの……


さっきニコニコ動画で、わたしの行ったライジングサンロックフェスティバルライブを見つけました。

1999年のこのライブは、北海道海辺の特設会場でオールナイトスタンドライブを行うという過酷な野外フェスの第一回です。

特にこの99年のフェスは最初にして最も過酷な回といわれ、日中気温が40度を超える炎天下のなか倒れる人続出というあるいみ伝説ライブです。わたしはこれをミッシェルのためだけに、大学の友達と2人で朝イチのエアドゥ(まだ買収前)に乗って海を渡り、一晩中踊り狂い、夜明けと共に会場を後にしたあと一切観光をせずまたエアドゥに乗って東京に帰るという無茶ぶりを発揮したのでした。

このとき、ミッシェルの出番は真夜中。歌は「世界の終わり」。

歌詞に「赤みのかかった 月がのぼるとき これで最後だと 僕は聞かされる」という部分があるのですが、爆音の中、ちょうどこのときにボーカルのチバがすっと指を上に上げました。

つられて上を見ると、本当に真っ赤な月がのぼってました。



この「世界の終わり」は、わたしがミッシェルにはまったきっかけであり、この曲がアルバムから流れた瞬間にもうこのバンドについていこうと思ったものです。

そしていっしょにゼロ泊2日でオールナイトライブに同行した友人は、わたしの家ではじめてこれを聴いたとき、聴き終わったあとしばらく身動きしませんでした。

しばらくしてやっと彼女は、呆然としながら「すごいね、この人たち」って言いました。


今日皆既日食でした。

アベさん、死ぬタイミングまでかっこいいなんてサギだよなー…

http://www.nicovideo.jp/watch/sm190693

2009-07-17

http://anond.hatelabo.jp/20090717221640

訃報という些細な記事一つとっても、ちゃんと骨のDNA鑑定をして本人であるかを確かめるまでは

マスゴミによるデマ記事だ、というように自らかしたルールを厳格に守っているわけですね。


「本当に死んだかは判らないけど、死んでいてもおかしくないと思うから、死んだ事にしても別に良い」ってこと?

それ、正気ですか?

2009-06-30

物心ついて、初めてまともに聞いた洋楽は「Thriller」だった。

これはすごいよ、ちょっと怖いけど、とLDをかけてくれた。

小学生だった自分にとって、なにがすごいのかは分からなかったけど、

純粋に面白くて何度も見せてもらった。

(今だって、何がすごいのかなんて多分本当は分からない)

その後、カセットに録音してもらった。

中でも「Billie Jean」が大好きだった。

マイケル・ジャクソン訃報を聞いて、一番最初に聞きなおしたのもこの曲だった。

そして、初めて真面目に「Billie Jean」の歌詞を調べた。

ジョン・デンバーが「Take Me Home, Country Roads」で繰り返し歌うウエストバージニアの地に行った事もなかった、

という話も衝撃だったが、「Billie Jean」の歌詞も自分にとっては衝撃だった。

多分、歌詞を知っていたら、両手放しに「この曲が好きだ」とは思えなかっただろう。

今ならばまだしも、子供の頃の自分だったら。

今の今まで歌詞を知らなくて良かった。

自分は「Billie Jean」が好きだ。

情弱って、良いこともあるんだなと思った。

滅亡の記憶は創世の記憶

MJって記憶ジョニーか?ってそれJMだろと、一人寂しくボケツッコミをしちまったじゃねーか。

個人的にはアーサー・C・クラークのが印象深い。「2001年宇宙の旅」の著者といえばわかるだろう。wikipediaからひっぱってくると「ロバート・A・ハインラインアイザック・アシモフと並んでビッグ・スリーと称されるSF界の大御所」の最後の一人だ。時代を感じたね。

なんてのは正直どうでも良い。10年前の、あの訃報に比べれば。

あれは今日と違って本当に天気のよい日だった。あの本当に天気が良かったという記憶は一生忘れないだろう。

夏の葬列には負けるだろうが。

なんて話もまあどうでも良いだろう。

冬休み帰省の足で向かった通夜と、春休み帰省の足で向かったお悔やみの、あの年の夏休みに比べれば。

ま、早く帰らなければまた間に合わないのではという思いと、帰らないほうが良いのではという思いが交錯した、ってだけで、実際は何も起こらなかったわけだが。

人生、生きていれば色々な死と出会う。

これから先はこれまでの死よりももっと多くの死と出会うだろう。

親の死、友人の死、自分の死。

ま、本当はそんなこと、どうでも良いことだろう。自信はないが。

あ、タイトル意味はない。

http://anond.hatelabo.jp/20090630005752

株式会社はてな」が滅亡するとき

以下は株式会社はてな」の行く末と同じくらいにどうでもいいことなんだが、自分ブログよりこっちの方が読者が多そうなので書かせてもらうよ。

まあ何が不満かっていえば、マイケル・ジャクソンの扱われ方ね。世代がどうとか趣味がどうとかいう問題とは別に、マイケル・ジャクソンの死は単なるポップスターの死とは異質な出来事だってことは読者のみんなも分かっているということを前提にして話を進めるので、ここで「?」と思った人はもう読まなくていいよ。時間とってごめんね。あ、あとマイケル・ジャクソンって誰だよ、って人もね。

僕はエルヴィス・プレスリーの死、ジョン・レノンの死についてはほとんど何も知らない。その時何が起こったかを見守った、という意味で「知っている」と言えるのは今回のマイケルだけだ。でもそんなこととは関係なく、今回の出来事が凡百のエンターテイナーの死とは異質な出来事で、前二者の死と同じ何かのマイルストーンになるってことは知っている。有名人の死、というのは消費されるべきひとつのエンタテンメイント・イベントでしかないけれども、この出来事は画面や紙面を通じて僕ら、つまり世界中人間にひとつの進行形の歴史の波頭を突きつけると同時に、音楽というどこまでも個人的な体験にひとつの永訣を迫ったという意味で特別なんだ。

あの日Twitterタイムラインを眺めていると、"Where were you when MJ died?"という問いが永遠に問われ続けるだろう、ていうポストがいくつもあった(このフレーズ検索してみるといいよ)。マイケル・ジャクソンが死んだ日、君がどこにいて、何をしていたか、というのはこれから先ずっと問われ続け、語り続けられるだろう。なぜなら、それが個人と歴史が出会ったということの証し立てだから、ってことだ。この日は決っして忘却されない。なぜならこの日僕らの人生は多かれ少なかれ決定的な変化を経験していて、それを僕らは言葉によって語ることができるから。そうやって僕らは歴史を共有し、歴史を生きながら他者と出会ってゆく。マイケルを除くあらゆる人間が、そのようにしてマイケル以外の誰かに出会うという、同じひとつの可能性を生きる。それが、マイケル・ジャクソンのいない世界を生きるということだ。著書のなかでジョン・レノン訃報に触れた瞬間の出来事をまるで昨日のことのように克明に語っていた佐藤良明みたいにね。あの日カーラジオに耳を傾けていた佐藤良明を揺り動かしたものと同じ何かに、僕らはまさしく触れていたんだ。

それはどんな出来事でも同じことだ、と言われるかも知れない。確かに個人と歴史出会いという意味では同じかも知れない。でも、今これを読んでいる「僕ら」にとっては違う。なぜなら世界中の「僕ら」の中に、マイケルを知らない者はいないから。そういう意味で、これは日本の偉大なるプロレスラー三沢光晴の死や、日本の偉大なるロッカー忌野清志郎の死ともまた異質な出来事なんだ。悲しさでいえば、僕の周りには清志郎が逝ったことの方が悲しい、という人は多いけれどね。僕個人がマイケル・ジャクソンとその死についてどう思っているかは、ここでは関係ないから書かないことにするよ。

さて、自社サイトニュースメディア性に自覚も出てきた「はてな」はあの日の出来事をどう伝えただろう。

はてブ」のトップページを見ていた人は最初「いま話題」の欄がマイケルになったとき、説明文が同名のバスケットボール選手になっていたことに気がついたはずだ。これは「はてなキーワード」の冒頭がそうなっていたためだと思うけど、「いま話題」が手動で書かれていることが明らかになった今では、何で修正しなかったのだろうっていう疑問を持たざるを得ない。それから、「はてなブックマークニュース」でマイケルの話題が扱われた記事のタイトルは、最初に「マイケル・ジャクソンさん死去――死期を“予言”した質問が発見される」、そして「“最高の80年代ありがとうマイケル・ジャクソン追悼サイトが作成される」だ。最初のものを見て、僕は「はてな」は滅亡すべきだと確信しかけたね。あらゆる意味で、記者の、編集長の、そして株式会社はてな」の「神経を疑った」ってやつだ。「はてな」が世間と連動して情報を発信する自社コンテンツとして開始した「はてなブックマークニュース」を利用して、唯一あの日に伝えるべきことが、それだったとはね。ブックマークでもネット一般でもものすごい話題になっていたイランの騒ぎをほとんど黙殺しているのは何故だろうとか、「はてなブックマークニュース」についていろいろ思うことはあるけれど、「死」そのものを発端にしたニュースとしては、なんていうかあまりに酷いんじゃないかって思ったんだ。非常にナイーブにね。どう言っても自己申告型の言い放しにしかならないけど、卑近な言い方をすれば、セクハラに同席しているみたいな軽い衝撃というか、なんだか人に言いにくい不思議な感じがした。別にあの記事はすごく普通で、どこも不謹慎なところや無神経なところはないんだけどね。まあ君は読んでくれてるみたいだからついでに甘えて言い訳すると、僕自身よく分からないからこんなことを書いているんだ。

で、その直後のデザインと「いま話題」のエヴァ化ね。「『いま話題』って広告枠だったのかよ」という指摘に対する「広告じゃなくって応援しているだけです」とかいう申し開きがどこまでも斜め上だってことは「はてな」の皆さんには理解できないんだろうな。アニメの真似事する前にもっとやることがあるだろうとか、いろいろ言いたいこともあるけど、ひとつだけ確実なのは「はてな」はコミットする、っていう言葉意味を知らないってことだ。コミットする、っていうのはひとつの決断だが、コミットしない、というのも同じ決断であって、さらにいえば決断しない、っていうのも、積み重なって歴史を形成するひとつの決断なんだよ。そしてその歴史は君たちの歴史であると同時にあらゆる人間歴史でもあるんだ。

ま、言いたいことは何も書いてないけれど、僕が言いたいことなんてとりあえずどうでもいいんじゃないかな。大事なことは、遠い将来、どこかの街角マイケルの歌声を聞いたときに僕が泣くだろう、ってことだ。もし君が泣いていたら肩を抱いてあげるさ。それから何か話すことがあれば、何かを話そう。僕らがそのようにしてマイケル・ジャクソンと生きる時代になるなんて、一体誰が予想できただろう、とかね。そして残念ながら、そのときにこの京都の IT 企業は完全に忘却される。彼らの決断としてね。

ね、本当にどうでもいいことだろう?

2009-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20090527133719

さっき息を引き取ったとのこと、享年10歳でした。

食事も喉につかえたような感じだったけども、訃報を聞いたらずーんと胃に重いものが入ったようだ。正直辛い。

2009-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20090510083643

彼らが挙げるのが
「雨あがりの夜空に」「トランジスタラジオ」「スローバラード」「パパの歌」
ってところなんだけど、それ以上を挙げられる奴ってそんなにいないだろ。

訃報ニュースへのコメント
「びっくりしました」「突然の事だったので」なんて言った奴は
少し前まで何の関心も払わなかったエセファン。

ファンが多くなったのではなく、
ニュースに片っ端からくちばしを突っ込みたがる軽薄な奴らが
日本に増えただけだよ。
たぶんやつらはアルバム1枚持ってないよ。
せいぜいがMP3が何曲かHDDに入ってるぐらいだろ。

あてにならないよね…

2009-05-04

http://anond.hatelabo.jp/20090504164741

この話題で揉めるのは分かるけど、頭に血が上って頓珍漢な事を書いている人がいるなあ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20090504164741

kilrey 科学, 言葉 煙草の話と思いきやパワハラの話だった。

パワハラってのは上司が部下に対して行うものであって、クライアントと業者の関係は違うっつーの。「その後は一度もそいつをクライアントとの食事には同行させなかった」が当たるとも思えない。仕事から外したわけじゃなくて業務上の打ち合わせには参加させてたんじゃないかな。

imo758 ひとつだけほぼ無条件で喫煙鉄板でだめな場所を知っている。それは重度の喘息患者の前だ。喘息患者の死亡者数を調べてみるといいよ。

元増田が書いたのは「タバコを無条件に拒否していけない場所はないはずだ。」である。これを「拒否していい場所」と読んじゃったのね。カッとして脊髄反射で書き込んだんだろうな。

下手な皮肉を吐いて痛々しいのも目に付く。

SeiSaguru 属性 喫煙者さんが煙草さんの煙さんで空気さんを汚染してるからよめなくなっちゃうんだと思うですぅ><

ririas GW楽しんでますか?

kazunoricc 訃報, 増田 非喫煙者の大半は喫煙者

・・・どれも非喫煙者っぽいのが嫌だなあ。

http://anond.hatelabo.jp/20090504204818

訃報ブクマしちゃうような人は、やっぱりコメントに「ご冥福」とか書くんでしょうか」を書かれた本人様でしょうか?

私は以前から、なぜハロヲタブクマしない傾向にあるのか?ということを疑問に感じていまして、そのことについて、研究したいと感じて、このような増田エントリーを立ててみた次第でありました。

基本的に人前で喫煙はよくないが客の喫煙は容認するのがビジネスマナー

http://anond.hatelabo.jp/20090504164741

この増田見て訃報で「喫煙者乙」とコメントするのにショック受けるのは理解できなかったが(もしかしたら「乙」意味を知らないのかもしれないから、書いておくが「おつかれ様」の略なのでたたきではないはず、どちらかといえば好意的なものだろう)、クライアントタバコやめさせる新人がだめってのは激しく同意

自分もこの前すし屋(もちろん喫煙可)で食後の一服してたら、店員が「あんた何やってんだ?湯のみを灰皿にしないでくれるか?」とか怒鳴られて「吸殻ぐらい洗えばすむだろ?タバコ禁止してないなら灰皿ぐらい置いとけよ」とか言ったら追い出された。

なんでこういう個人経営の店って客に対して横暴なんだろうかね。

なんでタバコはなくならないんだろうねぇ:訃報はてブで思った

http://anond.hatelabo.jp/20090504164741

喫煙者攻撃、まして死者への冒涜はもってのほかだが、これだけタバコで早死にしたとしか考えられない著名人が多数出ていて(喉頭がんなんて喫煙者でなければまず罹りませんよ。肺がんよりも遥かに)、それをどうやら心の底から惜しんでいるらしい人たちがいて(俺にはまったくそう見えないんですが)、その人たちがなぜ「タバコを撲滅するべきだ。喫煙者からタバコを取り上げるべきだ」という自分などからすれば当然の発想に行かないのかが不思議たまらない。筑紫哲也ももうすっかり忘れ去られているんじゃないのか。

形ばかりのお悔やみを言う暇があったら、禁煙運動、反タバコ活動しようぜ。

あと、いわゆるスモークハラスメント、そして受動喫煙「加害」の実例を屈託もなく書く貴方を非難する。俺は全力でその新卒君を支持する。

なお、WHOの推計によれば、20世紀中にすでに1億人が喫煙により亡くなっており、すみやかな対策が行われなければ21世紀中に10億人が死亡する。現在世界で毎年540万人以上がタバコで亡くなっており、エイズの2.5倍、世界第3位の死因である。近々2位にランクアップすると見られる。これだけの死が単一の原因でもたらされているにもかかわらず、なあなあで済まされてしまっている現状は、新型インフルエンザWHO見立てでは、現状だとパンデミックでも死者200万くらいでしたっけ)なぞよりよっぽどの脅威だ。はっきり言ってパンピーは皆リスク感覚が崩壊している。

訃報ブクマ

訃報ブクマするのはいかがなものか?」という意見をどこかで読んだ。その人物は、はてなユーザーだがブクマしない。そして、日頃からブクマする行為について何かと批判的であったので、以前にそのことについて尋ねたことがあったのだが「いや、これは個人的な考えだから」のひとことで、はぐらかされた。

どうして訃報ブクマすることが面白くないのか、私には想像できない。どのようなネットの記事であっても、ブクマされるのは平等であると私は考えるのです。

なんで非喫煙者空気が読めないんだろうねぇ:訃報はてブで思った

ごめん、タイトルは少し釣り

俺は喫煙者。でも、マナーが良い喫煙者と思う。ただ、どうしても言いたい事があった。喫煙者から非喫煙者への文句はタブーとされているとしか思えないので、チキンな俺は増田になってみることにしたんだ。

忌野清志郎さん。神。日本ロックの祖で、彼にしかできない最高の音楽を生み出し続けてくれた人。

日本でホンモノのロックをやる人に、彼の影響を受けていない人を探すのは大変だと思う。

影響力だけではなく、最高のロックを生み出し続けてくれていた。そして、これからも永久に生み出し続けてくれるものと思っていた。

その突然の訃報に、今もネット中が悲しみにくれている。その第一報である毎日新聞の記事へのはてブの一覧をみてくれ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.asahi.com/national/update/0503/TKY200905020212.html

はてブコメントに、ショックの大きさが伝わ・・・あれ、なんか変なのがないか?

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id:mori-yoshiro 喫煙者

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愕然としつつ、彼のその日のブックマークを確認する。

http://b.hatena.ne.jp/mori-yoshiro/20090503

怒りの前に怖くなる・・・

忌野清志郎さんが嫌いな人も居るのかも知れない。そして、その人が非喫煙者という可能性も高いだろう。かといって、これはないんじゃないか?

訃報ねこそぎ探したからには、どれだけ彼を特別に思っている人が多いのか、悲嘆にくれている人が多いかはわかっていて、全部に「喫煙者乙」とタグつけて回ったんだろう。

彼は単純なキチ○イ?犯行声明とか出しちゃうような厨二?

たぶん、違うのだろう。熱烈な嫌煙者なだけだろう。

時々、喫煙に恐ろしいほどの敵意を持つ非喫煙者に会う事がある。もちろんその人に迷惑を掛けたのならば謝るべきだし、迷惑を掛けないようにするべきだ。ただ、自分に迷惑を考えるだけでは許せない、タバコ世界存在している事すら許せない、融通の利かない嫌煙者というのがいる。彼らは、タバコの話題になると、状況も見ず、論理も考えずに、ただただ否定する。

そして、そのような主張は大概は通ってしまう。

1つ、思い出した事がある。数年前に俺の部下に新卒が入ってきた。頭の回転が速いわけではないものの、真面目でちゃんとやってくれていた。上司・部下の関係もしっかり認識していて、社会人一年生としては充分合格だろう。

ただ、一度だけ、彼が『不合格』となった時があった。

クライアント3人と、新卒、俺の上司、俺の合計6人で会食に行ったんだ。

クライアント3人は全員喫煙者乾杯が終わってすぐにタバコに火をつけたクライアント。じゃあ、と俺も懐をまさぐる。

タバコ、やめていただけませんか?苦手なので。」

その新卒の発言、耳を疑った。目を白黒させるしかできなかった。

クライアント側はタバコを消して謝る。いくら俺が、どうぞお吸い下さいと言っても吸おうとしない。まぁ、当然かもしれない。タバコは悪だ。悪に対してやめるように言って、それを否定できるわけはない。たとえクライアントと業者の関係でも。

クライアントと別れた後、俺は当然叱った。しかし、その新卒は「公共の場でタバコを吸うのが非常識だとおもいます」と言い分を変えない。俺もどういえば良いのかわからなくなって、結局その場はうやむやに。ただ、その後は一度もそいつをクライアントとの食事には同行させなかったけど。

俺が転勤になって新卒の彼とは1年だけの付き合いだったが、思い出すに、彼が言う事を聞かなかったのはその一度だけだった。

真面目な彼にとって、タバコはどうしても許せないのだろう。

何度も言うが、タバコは悪だ。

喫煙者は、嫌煙者に対して何も言えない。

嫌煙者が喫煙者に対して主張すると、反論を受ける事が無い。もしかして、タバコについてだけは無条件に拒否してもいいとおもっていたのかもしれない。

実際、倫理的に、タバコを無条件に拒否していけない場所はないはずだ。

ただ、そういう事じゃなくて、死者に対しての敬意・クライアントを大切に扱う、などの常識を覆すのはやめてくれ。喫煙者としては文句が言えないので本当に困るんだ。

id:mori-yoshiro さん、あのタグは消しておいてもらえないだろうか。忌野清志郎さんが鞭打たれているようで悲しいんだ。タバコの文句でも、売名でも、別のところでやってくれ。

2009-05-03

死んでもかんけーね

別に死んでても生きてても関係ないんだけど。友人でもないし。聞きたけりゃCD聴けばいいし、見たけりゃYouTubeでも何でも見りゃいいし。芸能人訃報を聞いてショック受けてるのって、豚インフルエンザニュースでドキドキしてんのと何も違わない。自分の身体に関係ある分だけ、豚の方が切実なくらい。

では、なぜ清志郎の方が切実になっちゃうのか? それは俺が身体だけで出来てるわけじゃないからだ。目に見えない部分に、巨大な影響を与える奴に昨夜死なれた(らしい)。

でもなあ、それでもなあ。別に清志郎のニューアルバムを聴けないことが致命的な訳でもないし、「夢助」だって試聴しただけで買わなかったし。だからまじで、死んだって別に関係ないはずなんだけど。ライブだって、最後の奴に行けたからラッキー、みたいな感じさえするし、「全快おめでとう、キヨシロー!」「みんなサンキュー!」ばっかの、あんなユルユルライブはつまらない感じもするし。正直、また行きたいなんて思えなかった。だからもう二度とライブ見られないってのも、俺にとっては致命的じゃない。

じゃあなぜ? ショックよ?けっこう。しかも微妙に横っ面を引っ叩かれた感触もありーので。なんかちょっと自分最近の生活態度を反省しちゃうかも、ぐらいの勢いで。

気にしてたんだよな、多分、いつも。勝手に生活の指針にしてた嫌いがある。俺は「人ごみに流されて変わっていく」のが不得意な人間なので(じゃなきゃGWにこんなことグダグダ書いてない)、清志郎のように人ごみバリバリ摩擦してる奴が大好きだったのだ。しかも清志郎の目は、どんどんクシャクシャになっていく頬の皮膚とは対照的に、いつまでたってもチンパンジーのように澄み切っていた。まさに矢野顕子の言う「心の美しさが歌に表れている人」、或いは渋谷陽一の言う「凄くエモーショナルで、センチメンタルな心を持った男だったけれど、同時にハードで前向きな姿勢を常に崩さなかった」人だった。そういう奴はあまりこの世の中にいなかったのでね。つい好きになっちまった訳ですよ。

なんで会ったこともない話したこともない奴の、そんな内面みたいなことについて知ったふりをしているのか? それはもう「歌に表れている」としか言いようがない訳で。「ヒッピーに捧ぐ」でも「雨上がりの夜空に」でも「トランジスタラジオ」でも、はたまた「ワザト」でも「石井さん」でも「激しい雨」でも、とにかくなんでも、彼の心のいろんな目に見えない部分が、声になって出ていた。誰でもそうなのかは良く分からないけど、心の中をそのまま声に出す奴がいると、そいつがめちゃめちゃ愛おしくなるな。そしてそれを聴いて、俺も何かを声に出して歌いたくなったのだった。犬の遠吠え合戦みたいなもんだ。愛し合いたかったんだな。俺と清志郎はそんな関係だった。だからリアルで友人じゃなくても、死なれるとぽっかり穴があいちゃうのです。

2009-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20090222151151

人それぞれだから一概に言えない。だからアンタの考えは間違ってます。

というタイプの反論は、何ら実質的に論破していないのに、反論した当人は論破した気になっているのが厄介だ。

この事例では、badに入れるのが普通。goodに入れる奴はちょっとおかしい。

それは訃報が流れてきた時に笑ったり貶したりするのがおかしいのと似たようなものだ。

程度の差はあるけれども。

説教してるうちに、自分でも間違いに気づかなかったか?

社会人だったらもっと自我が柔軟でないとな。困ったモンだ。

2009-01-30

タッくんのこと

もう20年以上も前の話だ。

タッくんは足が悪かった。

タッくんと僕は、幼稚園から小学校まで一緒だった。

5, 6年生のときのクラスも同じだったから、そのときのタッくんのことはよく覚えている。

タッくんは生まれつき足が悪かった。

幼稚園の時は少し片足をひきずるような形で歩いていたが、お庭ではみんなと遊んだし、

運動会にも参加していた。もちろん速くはなかったが。

小学校に上がると、随分と悪化したように見えた。

運動会の50メートル走でも、ハンデで25メートルラインからスタートするという方法で

参加するようになっていた。小学校高学年の時は、もう運動会には参加していなかった。

その頃からは日常生活では車イスに乗るようになっていた。

小学校ではいろいろな係活動があると思う。

黒板消し係とか、掲示係とか、いきものがかりとか。

それと同じ並びで、タッくん係というものがあった。

タッくんの車イスを押してあげたり、階段ではおんぶしてあげたりしてあげる係だ。

タッくんは忘れ物や落とし物が多かったし、それにちょっと怒りっぽいところもあった。

それに対して周りのみんなは、さすが小学生というべきか、とても優しく対応していた。

タッくんをいたわるという労は惜しまなかったと思う。

あるときの学級会で、そのことを議題に上げる子がいた。ミホちゃんだ。

「みんな、タッくんを甘やかし過ぎじゃないの?」

「タッくんは足が悪いだけなんだから、それ以外のことは、みんなと同じでしょ?」

ミホちゃんは、タッくんのご近所さんで、タッくんの良き理解者でもあったように見えたし、

なによりも頭の良い子だったから、みんな少し驚いた。

「ミホちゃんって冷たい」みたいな空気が流れた。

でも逆に僕は、衝撃を受けた。

ミホちゃんはすごいと思った。

こういうのが差別なんじゃないかと、おぼろげに理解できた。

そして、僕はミホちゃんをフォローした。

結果的に、タッくんに対しては、もう少し厳しく応対する、つまり、いろいろな意味

他のみんなと同じように接するということで落ち着いた。

タッくんはその後も悪化の一途をたどり、中学からはみんなと同じ公立の中学

行くのではなく、少し離れた養護学校に通うことになった。

それ以来僕はタッくんに会っていない。

中学に上がると、タッくんのことは急速に忘れて行ったが、たまに親から状況を聞いたりしていた。

本当の病名が、筋ジストロフィーというもので、現代医学では治らないこと。

そして、少なからず衝撃を受けたのが、命にも関わる病気で、もって20才くらいまでだということ。

それから僕は高校にあがり、大学に上がり、成人式を迎えた。

その間タッくんのことを思い出すことはほとんどなかったように思う。

成人式から幾日もたたないうちに、タッくんの訃報を聞いた。

ああ、来るべきものが来てしまったなと思っただけで、特別な感情はわいてこなかった。

僕は1人でお通夜に行った。これももう10年以上前の話だ。

遅く行き過ぎたせいで、弔問客はすでになく、タッくんのお母さんと直接話ができた。

もとから絵がうまかったタッくんは、養護学校に行ってから絵を勉強して、最近まで、

ずっと描いていたのだそうだ。

ただ、最近では、手も思うように動かなかったから、絵筆を口でくわえて描いていたという。

最後に描いた絵を絵はがきにして、弔問客に配っていたので、僕もいただいた。

これから逝ってしまうときに描いたとは思えない、さわやかな夜空とお月様が描かれていた。

足だけでなく、手も不自由になっていたということは少し驚いたが、筋ジストロフィーというのは

そういうものなんだろうと、妙に納得した記憶がある。

先日、引っ越しをするとき、荷物の中からその絵はがきが出てきた。

なんとなくタッくんのことを思い出し、それから筋ジストロフィーのことを調べてみた。

wikipedia のページを見て、筋ジストロフィーの症状として、精神薄弱などもあることに気がついた。

まさか

あれは病気とは無関係じゃなかったのかもしれない。

タッくんの落とし物が多かったことや、怒りっぽかったことは、病気のせいだったのかもしれない。

涙がこぼれてきた。

僕と、ミホちゃんがタッくんにした仕打ち。

なんて酷い。

2008-09-27

http://anond.hatelabo.jp/20080927205214

学生時代に死んだ友達がいたけど、先生の口から知ったよ。

彼の親友には彼の両親から連絡がいったかもな。

社会人なら、やはり上司からじゃない?

っていうか、訃報って配偶者子供が出すのが普通だろ?

親より先に死ぬ子供ってやっぱ少ないはずだから。

訃報連絡ってさ

親族には本人の両親からいくとして、

本人の交友関係って把握するの難しくね?

実家から離れて一人暮らししてる人とか特にさ。

会社へは両親から連絡するのかな。

会社の同僚には訃報は届きそうだな、ふむふむ。

あー、でも突然死か入院→病死でも違うかもなぁ。

ふと、気になってしまった。

2008-08-24

のぶなが事件簿

小学生のころ、のぶながという友達がいた。

そいつのことについて勝手に書こうかなとおもう。

いつも黄色い半ズボン姿に、Tシャツを着ていた。

ちょっと小太りな男子だった。

そんな小太り男子引き起こした、印象深い事件だ。

5年生の一学期夏休みが始まろうかという頃、

先生がある漢字テストを行った。

そのテストには、3回挑戦できる代わりに、必ず満点を取ることが要求された。

満点が取れなかった生徒には、夏休み宿題が追加された。

出題された漢字を1日1ページ。約40ページ埋めて提出すること。

なかなか凶悪な宿題だった。

のぶながはそのテストに落ちた。

そして、漢字40ページの宿題が追加された。

3人くらいしかその時落ちなかったが、このときはまだ

のぶなががあんな面白いことになるなんて、思いもしなかったよ

夏休みが終わった。

みんなが夏休みの工作とかを持って元気に登校してくる。

のぶながもやってきた。いつもの半ズボンで。

朝の会を終えて、担任がいよいよ

漢字宿題、やってきてるよなぁ。。ここ持って来て」

と言った。

結果、3人中やってきたのは1人だけだった。

のぶながもノートを持ってこなかったようだ。

忘れてきた2人は起立させられた。

担任は若干切れ気味で、「やってきてるんか?ノート忘れただけなんか?」

と凄んでいた。

今考えると、この担任も少しおかしな男だった。

男子からはキャッチボールの相手してくれたり一緒にドッチボールしてくれたりで、

けっこう人気があったが、お気に入りの女子をよく膝の上に乗っけていたり

セクハラっぽい言動もちらほらだった。

この前久々に地元に帰ったら、生徒に手を出したが断られたことに逆切れして

相手の親の車をめちゃめちゃにしたとのことで、逮捕されてた。。

この日はまだ初日ということで、つるし上げも10分も経たないうちに解かれ

2人は席に座ることができた。

2日目、3日目とプレッシャーがかかるうち、

のぶながじゃない方のやつも、ノートを持ってきた。

明らかに徹夜して書いたっぽい、目にクマができている。

のぶながは、まだ持ってきていなかった。

4日目、のぶながはまたノートをもって来なかった。

担任は、ぶちぎれた。

「やってあんのか?え?おい!」

宿題のカツアゲだ。

「やってあります」

のぶながはこの4日間、一貫してこの言葉を発し続けていた。

もともの口数の少ない、ただの小太りな男だったが、

凛とした表情で、繰り返していた。

「やってあります」

その言葉に、担任も3日は我慢できたのだが

4日目で限界が来たのだろう。

ぶちぎれ具合が半端じゃなかった。

「お前、やってへんねやろ!?おい!!」

起立したのぶながを、なぜか教室の隅に追い詰める担任。

のぶながを教室の隅のピアノのところまで、追い詰めた担任は

両手を振り上げると、のぶながの顔を両側からビンタした。

ビンタしたというか、ものすごい音を響かせながら挟み込んだというべきか。

のぶながの鼻から相当な勢いで鼻血がでてきた。

完全に静まり返った教室の中で、ぽたぽたと鼻血を出し続けるのぶなが。

担任は鼻血だらだらののぶながにティッシュを渡すと一言、


「とってこい」

のぶながはノートを取りに帰らされた。

絶対やってあるはずないのに。

そして、通常とおり1時間目の授業が開始された。。

2時間目の授業が始まる前に、担任は少しおかしなことを言い出した。

「のぶながが宿題やってあると思う人、手挙げて」

誰も、あげなかった。

「な、やっぱりそう思うだろ?」

こいつ、何がしたいんだろう。

給食時間になったが、のぶながはまだ帰ってこなかった。

家までは歩いて20分もないはずだから、明らかにおかしかった。

少し焦る担任。

同級生を数人連れて、車で捜索にでかけた。

のぶながは、家に帰れず、周りをうろうろしているところを保護された。

同級生と一緒に車に乗って帰ってきたw

この日は担任がちょっとびびってしまったらしく、

宿題は明日で良いから、ということになった。

5日目の朝。

教室は、のぶながの話題で持ち切りだった。

今日こそノート持ってくるのか、持って来てなかった場合何が起こるんだろう。

というか、担任の怒鳴り声を毎朝聞くのは最悪な気分だったので

早く終わって欲しいという声が大半だった。

のぶながは、遅刻ギリギリで学校にやってきた。

担任が教室に入り、朝の会が始まる。

「おい、今日は持ってきてるやろな?」

のぶながは平然と言い放った。

「すいません、わすれました」

した、を言い終わるかどうかの内に

担任はのぶながに内股を決めていた。

確実に一本だった。


「とってこい」


のぶながは廊下に追い出された。

実は4日目に車で帰ってきたときに、ノートはおばあちゃんの家に忘れていて、

夜持ってきてくれるみたいな話をしたらしいのだ。

だから、また取りに行かされた。

そして、1時間目の授業が始まった。。

2時間目が終わっても、3時間目が終わっても、のぶながは帰って来なかった。

そして、給食時間になり、担任は2度目の捜索に出かけた。

しかし5時間目に担任は一人で帰ってきた。

帰りの通学路にも、昨日見つかった団地の外周にも、のぶながはいなかったらしい。

のぶながは行方不明になった。

6時間目の授業も終わり、放課後になっても、以前消息は不明のまま。

帰り道にみんなでのぶながの居そうな場所に寄ってみたが、見つからず。

担任も結構焦っていたような気がする。

自業自得なのにw

一方クラスのみんなは、そんなに心配していなかった。

というか、毎朝のやり取りが面白過ぎたため、他クラスまで巻き込んで

ものすごい話題になっており、ついに失踪したことで

のぶながついにやっちまったw という感じだった。

陽の落ちた頃、担任は、警察に捜索願を出した。

夜中も警察と担任と、のぶながの親でいろいろ探していたみたいだが

翌日の朝学校に着くと、まだ見つかっていないらしいということだった。

担任は明らかに疲れている表情だったが、1時間目の授業を始めた。。

3時間目の中ごろ、いつも昼時のチャイムを鳴らす有線放送から、役場の広報が入った。

いつもは、地域の人の訃報とかが流れてくるやつだ。

でもこんな時間になぜ?

いまでも覚えている、とてもお茶目な放送だった。

こんにちは広報○○町です。

 ○○小学校の、○○のぶなが君が、現在行方不明となっています。

 黄色い半ズボンを履いた、やや太目の男の子をお見かけになった方は

 ○○町役場までご連絡ください。

 繰り返します。。」

クラスは爆笑に包まれた。

有線放送の甲斐なく、その日ものぶながは見つからなかった。

しかし、その翌日にのぶながは意外とあっさり捕獲された。

隣町のコンビニ朝ごはんを買おうとしていたところを、

なぜか親戚に発見されたのだったw

警察事情を聞かれたりして、のぶながはその次の日に帰ってきた。

しばらくの間、みんなのヒーローだった。

学校を追い出されたのぶながは、やっぱり家に帰れなかったらしい。

そして、隣の町までぷらぷら歩いて行ったとのこと。

隣の町には大きな古本屋があり、そこでやわらちゃんを全巻読破。

その後、近くのスーパーで晩御飯のかわりにソーセージ(魚肉)を買ったらしい。

夜となって、泊まるところといっても、ここは三重の片田舎

ラブホテルしかなくて、のぶながは、近鉄の高架下で一晩明かすことにした。

そして、高架下で、ダンボールを敷いて眠ろうとしたところ、

犬が近づいてきたらしい。ソーセージはその時取られたと言ってました。

そして次の日の朝、親戚に見つかり保護される。。

いろいろお騒がせな奴で、他にもいろいろな事件を起こしていましたが

このときののぶながはGJでした。今でもネタにしています。

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