はてなキーワード: エントリーとは
http://anond.hatelabo.jp/20081221200806
単純に「勉強が出来る人」=「記憶力の良い人」、「頭が良い人」=「要領が良い人」と、イメージしている人が多いから、「勉強が出来る人」=「頭が良い人」にならないだけ。
べんきょう【勉強】
(する)学問・技術を学ぶこと。勉学。(将来役立つ)経験。{俗語}商品を安く売ること。
あたま【頭】
首から上の部分。また,髪の生えた部分。考える力。上部。はじめ。人数。
と、辞書引いてみたら、学問・技術を学んだ人のほうが考える力がつくだろうというのは自明の理。
むしろ、学校の勉強だけを「勉強」と言わずに、他人との関わり全てを「勉強」ととらえて頭を良くするように努めたほうがいいんでないかい? 増田のエントリーを自分のブログに持っていくなんて、頭わりぃと思うけど。炎上させてって言ってるようなもんじゃない? いや、実際は炎上してないんだから、元増田の感覚は正しいんだろうけど、なんだかなあ。真面目にコメントしている人達がバカにされてるようで納得いかんなー。まーいいけど。
政治・経済・法律について語ってるブログを見る度に思うんだが、
(1) 参考文献が明示されてない
(2) 明示されていても学会で通用する形式でない
というレベルのブロガーの主張なんて床屋談義でしかないんじゃないか。
特に(2)の状態のブログは弊害が目に余る。
ほとんどの人は「この人は専門知識をもってるんだ」と誤解するが、
自分が理解できる専門書の一節だけを強調して、
それを見抜けないでトラックバックとばして学問ごっこしてる人も同レベル。
自身の不明を恥じるべき。
あのような挑発的なエントリーを書いた個人的な動機を話しますと、
大学院生として論文を書くうえで引用文献のピリオドひとつにも注意するし、
学者がひとつの問題を何年も考えて研究成果を発表しているのを身近に感じています。
その研究成果が「○○人は××だ。ソースは△△教授の論文である」というように(少し大げさに表現しましたが)、
ネットで書かれそれを「学問的な正当性」を持っているかのように信じている人の多さにはやりきれなさを感じます。
複雑な考え方を超単純化して「自分は理解してる」とかっこつける人には不快感は覚えますが、まあスルーします。
形式云々の話ですが、いい加減なことを書いている人は「ソースを示さないといけない」って意識はあるので
とりあえず作者、雑誌名、ページ数を書くのですが、
いつも不思議に思うんだが、何かにつけて池田信夫は思慮が足りないだとか、「また池田信夫か」みたいな言い草であの人の記事を一笑に付す人居るよね。
俺の職場にも一人居たんだが理由を聞いてみると、IPの枯渇問題について言及していた記事が気に入らなかったらしい。それ以来三流学者としてレッテルを貼っているようだ。あの記事は確かに技術的なレベルではおかしなことを言ってる(たとえばIPアドレスというのは2のべき乗単位でしかマスクが切れない、といった知識が池田氏には無いことがわかる)が、経済学者があのレベルまで掘り下げて物事を考えられるというのは俺からすれば賞賛に値するし、あんなジェネラリストが経営陣に居たら俺は安心して仕事ができる(直属上司としては何とも言えんけど)。あのエントリーについてここでどうこう言うつもりは無いので置いとくとして、俺が言いたいのは、なぜ人は学者や著名人の発言だと容赦なく辛口になり、ともすれば重箱の隅をつつくことに尽力するんだろうかということ。
プロで三割ヒットを打てば優秀な打者と評される世界がある一方、100エントリー中100エントリーで突っ込みどころの無い正論を書けない人が三流だと言われる世界なんだろうか。みんな学者を神様か何かと勘違いしてないか。ただのおっさんだぞ。ただのおっさんに信者やアンチが付くことが理解できない。その「池田信夫だから言うことはみんな正しいんだ」とか「池田信夫だからいつも間違ったことを言っている」という思考でBlogの記事の良し悪しを語るのよそうよ。良いこと言ってるときは素直に認めなさいなということ。
あめちゃんのCMじゃないけど、彼らにとって池田信夫はどうやら特別な存在らしい。10割打者であるべき学者が、たまに変なこと言ってると許せないんだろうか。学者に対する劣等意識が根底にあることは間違いないとは思うけど、それにしても何の反論にもなっていない脊髄反射ブコメを見てると情けなくなってくる。「間違ってる意見が多い」とか、もうそんなのばっかり。たまに「どの部分が間違いだらけなの?」って具体例を望むと無視か1つエントリーを引っ張ってくるだけ。反論はいつも他人任せで、URLを貼り付ける係でな。挙句の果てに「人を見下している態度が気に食わない」とか、お前が何様のつもりなんだよと言いたくなるようなものばかり。
威勢よく啖呵切ってる奴がいるかと思うと、そいつのダイアリーは大抵非公開だったりするし、あんな脊髄反射コメを1行書いただけで鬱憤が解消できるのだとしたら随分と人生楽にやっていけるだろうな。反論はできないけど、なんか気に食わないからとりあえず「上から目線が気に入らない」だとか適当に本筋とは別のところからダメ出ししときゃ気が晴れるっていうのもお手軽な精神構造だなぁ。羨ましいよ、「これはひどい」って6文字書いておくだけで気持ちに折り合いが付くんだもん。国会の野次以下だぜそれ。俺の場合反論できないと悔しくて夜も寝られん。
経済学者でもBlogなら専門外のことでもどんどん好きなこと書きゃあいいと思うんだけどな。学術活動のつもりでやってるわけでもないでしょうに。Blogを楽しんでるよこの人。みんなはBlogを書くときに、自分の職業や学歴がどうだとか、そんなつまらないことが足かせになって執筆を躊躇するの?
書かなけりゃ弱点だって見抜かれないし、そりゃ「なんか偉い学者」のままだわな。間違いも弱点もさらけ出しつつ、それでも尚、強気で書き続けるからこの人は学者なんだよ。それぐらいわかれ。サービス業のように「読者様は神様です」みたいな性根で書かれた記事なんて不要。市民を小馬鹿にしたような物言いも、それが本心なのだとしたらそれは仕方が無い。むしろそれを隠して庶民感覚を演じておきながら、心の中でベロを出されている方が俺は嫌だ。自分のありのままの考えを伝えることができるのがBlogのいいとこなのに、「書くな」とか言ってる奴はそもそもBlogに何を求めてるのかと言いたい。
("物書きの才能があるのかしら")
童貞!童貞!童貞!童貞ぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!童貞童貞童貞ぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ!非モテ虹ヲタミソジニー童貞たんの脂ぎった黒髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
童貞たんの非処女叩きエントリーかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
肉便器ババアからいっぱい発狂トラバされて良かったね童貞たん!あぁあああああ!かわいい!童貞たん!かわいい!あっああぁああ!
なるほどなと思った。とっても考えさせられたエントリー。
toledさん、「最初のエントリー」ってどれですか?
聖☆おにいさんを読んで面白いと言うとかマジでヴィレッジ・ヴァンガードwwwwwwwwwpgrwwwwww
↓
そういう態度ってどうよ。好きな漫画は好き、でいいじゃんw他人の目を気にしすぎてカッコ悪wwwwwww
↓
そういうお前こそ「ピュアな俺ってスゲエ」アピールしてんだろwwwwえ?してない?だったらなんでエントリー書いたんですかーwwwww
ってじゃあもうどうすりゃいいんだよ!!!めんどくさいな!!!
非モテに対するアドバイスが的外れだと言われてきて近頃はなくなってきたけど
今思うに別に的外れなわけじゃなかったと思う。
みのもんただとか言われるけど、「書いた奴が、どういう気持ちで(つまり単に優越感を感じるために、など)書いたか」というのは内容の的外れさとはまた別問題だ。
的外れなのは寧ろ食いついてる奴らだったと思う。
例えば「モテるためにはこういうファッションを」系のエントリーに「別に非モテは、モテたくなりてーんじゃねーんだ!モテないことでどうこう言われるのが嫌なんだ!」とかいう感じに食いついてる奴が数人はいた。が、まさにその食いつきかたが「的外れ」なのだ。モテるためのファッション紹介というエントリの時点で、「モテたくなりたいわけじゃない、非モテ」はそもそも対象として除外されているのだ。対象として除外されているのにもかかわらず食いつくほうが的外れ、というか、お前達はお呼びじゃない、という話だった。小学校五年生とかにのってる幼女漫画に「なんでエロシーンがねーんだ!」とか大きいお兄さんたちが言ってしまうような愚行である。お前達そもそも対象じゃねーよ。何しゃしゃりでてきてんだよっていう。
女はラクが出来て羨ましいらしいです。を書いた元増田です。
温かいほっこりなさせてもらえるコメントから、耳に痛いドキっとするコメントまで、いろいろ考えさせていただきました。
言い訳させて貰えば、日頃の感謝の気持ちまで書き続ければ、ただでさえの長文が更に収まりがつかなくなりそうでしたので極力、割愛しました。感謝の気持ちは本人に伝え、ついつい身の内に湧き上がってしまう傲慢な気持ちの方だけに集中しようと思いました。「苦労自慢になってるよ」というコメントには、普段、自分が毛嫌いしている「私が不幸なのは全部他人のせいなのよ!ぷんぷん!」的な考えにいつの間にか陥ってしまっていたと、気づかされました。
また、男性の男性があるが故の苦労については、日頃はてな周辺でよく目にしているので、私があえて触れる必要もないかなと思ってスルーさせていただきました。
身近な人にこぼしたら、それは「あまやかしてくれ」「がんばってるって認めてくれ」ってそれこそただのエゴイズム。自己満足。無言の強要。
そうじゃないんだ。自分でそんなことはわかってるんだ。
でも、やりきれないもやもやは、どこかでこぼさなければ自分から毒になってあふれてしまう。自分が壊れてしまう。
だからそっと、増田。
こちらのトラバコメの通りです。「そっと」なんていう可愛い内容ではありませんでしたが。
加えて、実生活で愚痴れば「そうそう、頑張ってるよ!」と迎合して言ってはもらえるでしょうが、それで溜飲を下げるだけでいいのか自分?と、思うところもあって。甘えたい。甘やかされたくない。どっちも本心で、その両方の言葉を増田でなら貰えるのではないかと思って書き込みました。
「反応が欲しかった」という点では、「釣りだろ」っていう指摘を否定できません。
言って欲しいと望んでいた「頑張ってるね」の言葉も沢山いただけましたし、「ラクをしてもいいんだよ」という言葉には「ありがとう。疲れを感じたら、きちんと休みをとってるよ」とお返事させていただきます。覚悟の上でしたが「自分の責任だろ」とのコメントにも、まったくもって反論できず、真摯に受け止めたいと思っております。「もっと気楽に要領よく生きてみては?」というお言葉も、普段しっかりと実践しております。食事をおごってもらったり、重い荷物を持って貰ったり…と、「女性であるからこその恩恵」も享受してきましたし、実家で暮らしているのがその典型で、頼れるところに頼ってます。自分に都合良く、そういった部分をカットしたのは、記事の内容がどっちつかずになりそうだったのに加え、女としての…いやいや、「自分自身のズルさ」が現れた結果です。
予想外に文章の優劣までに言及された時には、「うぁ、そんなトコまで注目するんだ」と、感心さえしてしまいました。
更にヒゲのアルファブロガーまで釣れたのを知った時は、頭が真っ白になりました。
このエントリーを読んで、何を一人で盛り上がっているんだろう、恥ずかしい…と、思っていたのですが、実際に自分の身に起こってみると気持ちがちょっと分かった気がしました。
浜ちゃんに突っ込まれた!
痛い!
ケド、嬉しい!
…みたいなミーハー気分だったのだと思います。
せっかく微妙に的を外してるものの、ありがたいお言葉を頂いたので触れさせて頂きます。
でも、そう言ってもらって、認めてもらったという気持ちになったかな?
なったと思いますよ(笑)
残念かつ幸いなことに、一番うれしい「頑張っているね」は、身内ではなく同志のそれ。身内といえど、どう頑張ったかの理解は同志には敵わない。(中略)
あなたの不幸、それは(元)夫にばかり、そして父にばかり、共感を求めたことではないだろうか。
「同志を利用」することを思い立てば、その同志を通して夫や父と共感できたのではないだろうか。
子供を育てていく、家庭を守っていくという点では、私は元夫を同士だと思っていました。
共通の認識を持って、一緒に頑張って欲しかった。家計が今どういう状況で、今の暮らしを続けていたらどういう状況になるかを知って欲しかった。
「いやいや、でも仕事に関してなら、畑違いの人間から言われても嬉しくないだろ?」って事なら、それでも、やっぱり「素直に嬉しい」と思います。
あぁ、気遣って貰えているんだな…と。
本当の意味で100%理解して欲しいだなんていうのは、さすがに傲慢ですし、無理な話でしょう。
大抵の人間は自分の経験したことしか実感できない。他の人の苦労や努力は想像しかできないものです。
ただ、その想像すらしてもらえない。気にかけて貰えない気持ちが当時は言葉にならず、涙となって流れて元夫をうんざりさせてしまったようです。
そして
身内という共有結合を成り立たせるためには、他者という電子が必要なのではないか。
近しい存在だからこそ、距離感の取り方が難しい。私はこの部分が理解できていませんでした。
さすがはマッチョな人は、難しいことを考えているのだな…と、改めて痛感しました。
よく他のエントリーも拝読しておりますが、奥様に対するリスペクトが綴られていて好感をもっておりました。でも難しい言葉を並べたててないで、素直に「頑張ってるね」って言ってあげればいいじゃん。なんで出し惜しみしてんの?とも思います。
相手をいたわる言葉は、言って言いすぎることはありません。ブログで持ち上げつつ、実生活でも言ってしまえ。このオシドリ夫婦め。
悩み相談に男性は『解決策』を求め、女性は『話を聞いてくれる人』を求める。
そういった感覚の違いが、如実に現れたエントリーだったなと思いました。
それと感情吐き出すだけ吐き出して、慰めの言葉を貰えている内に黙って消えればいいのに、なぜ無粋にも戻ってきているのかというと
http://anond.hatelabo.jp/20081217173857
読んでからしばらく腹が痛い。これはやっぱり男性のせいだろう。それ以外にあなたの怒りの持っていきばはどこにもない。だが、男性であるところの僕はあなた個人のために何もできない。憂鬱だ。
優し過ぎです!!!!
あなたが心を痛める必要は全くありません。世間一般の男性の罪?を、あなた一人が背負って苦しまないで下さい。
あなたは私に何もしてくれなくていい。私は私のやりたいように勝手に生きて、勝手に悩んで、勝手に怒っているのです。他の生き方も選べるのに、それを選ばなかったのは私自身です。私の責任です。
その気遣いをご家族や周囲の人たちへ向けていただくことで、私の前記エントリーは報われます。
どうか私の知らないところで勝手に生きて、勝手に楽しみ、勝手に笑ってて下さい。
その他、この場では取り上げきれませんでしたが、応援や慰め、お叱りの言葉をありがとうございました。気持ちが落ち込んだときには、いただいたコメントを読み返して励みにしたいと思います。
優しいコメントは瞬間的に心が温まり、厳しいコメントは時間が経つにつれ身に染みていくのを感じました。
大人になると、ダメな事を面と向かって「ダメ!」と言ってくれる人が少なくなるので、本当にありがたいと思いました。
そして、最後に。
このエントリーを書いた後、コメントを読んだ後に気付いたことを書きます。
私は「優等生な自分」が好きでした。離婚するまで、私は「父の自慢の娘」でした。
今、その地位が揺らいでいるのが怖い。だからニュースや一般論に過剰に耳を傾け「父の考えは古い」「世間ではこうだ」と世間的に認められることで、父に認めて欲しかったのだと思います。
父は戦後の生まれで、物も食べ物もない時代を生き抜いてきた人です。幼い頃から新聞配達をして家計を助け、いつもお腹をすかせていたと聞いています。そして右肩上がりの経済成長期に努力すれば報われる。結果が出なくても努力すれば認めてもらえる。といった状況の中で、しっかりと堅実に仕事をこなしていきました。バブル期の世間が『イケイケドンドン』な浮かれ気分の時も倹約を貫き、ゴルフもパチンコもせずに質素な暮らしを続け、定年退職した今も「年金受給者の身分で贅沢したら申し訳ない」と、テレビを見ながら細々と暮らしています。
ある時、「母と一緒に旅行に行っておいで」と旅費を負担する提案をしたのですが、母と共に頑なに拒否されました。「気持ちだけで充分」だそうです。結局、その時は折衷案として食事をご馳走することで落ち着きました。
母も幼い頃に父親(私の祖父)の借金を背負いながら、その事を決して語らず、その借金がなくなるまで働き、世間では「いきおくれ」となる年頃まで結婚しなかったそうです。大人になって親戚の人から聞いた話です。
父も母も「男だから」「女だから」という枠組みなしに苦労をし、そしてその苦労を人のせいにするでも、いじけるでもなく、ただがむしゃらに生き抜いてきました。
母は「嫁の苦労」を実体験しているので、私に「結婚しなさい」とは言いません。
私が子供の頃からの事ですが、夫婦喧嘩は必ず父の「誰のおかげでメシが食えると…」発言で終結します。もし両親が離婚したとして。父には当時稼ぎがありましたし、家も父名義ですから家事は行き届かないまでも暮らしていけたでしょう。しかし母は実家にも戻れず、住むところも働くところも困り、文字通りに暮らしていけません。その現実を突き付け、自分に反抗するなら出てってもいいんだぞ。と、意地悪く言う父に母は何も言い返さず。そして父の言い分だけが通る様子を私はずっと眺め続けていました。労働収入を得ないということは、こんなに肩身の狭いものなんだ…と、母の無表情になった横顔を見て育ってきました。どなたかのコメントで「保守的な考えを批判しつつも、本人がその保守的な考えに固執している」とありましたが、根本はこの部分にあるのだと思います。
そして大人になった今、私が母の擁護をすると「出戻りのくせに…」と、やはり突かれると痛いところをバシバシと突いてきます。父は真面目で偉い人ですが、出来すぎ故に弱い立場の人間を遠慮なく攻撃してくるのです。
父も母もどちらも苦労した。安定した暮らしを手に入れるという点において、父の苦労は報われた。でも母の苦労は?と、思うと疑問です。どうして二人とも貧しい思いをして、母だけが弱い立場のままいるのか。それは母が女だからだろうか。その気持ちが前回の必要以上に父を、そして男性を貶める内容となりました。
父の世代は努力が報われたのに、私の努力は報われない!と、いじけた発言をし、その私の努力とは比べものにならないほどの大変な父の苦労を評価をしたくなかったのは。母のことは好きだ尊敬してるいいながら同じ生き方をしたくないと思っているのは。
母の俯き黙った横顔が脳裏に焼き付いて離れないからです。
勿論、しょっちゅうそんな一方的なケンカをしているのかというと、そんなことはなく。週末は必ず二人で買い物に行くくらい仲の良い夫婦です。ただ父が定年退職してからは、顔を合わせる時間が増えたせいかケンカになる事が多くなってきたようで、その時は本当にどうしていいのか分からなくなります。母を擁護すると「出戻り。嫁に行け」と、火の粉がこちらに飛んできます。「父の自慢の娘だった私」は、もう結婚することでしか果たせない。でも私は多分、結婚しない。
私はもう父が誇りに思うような娘にはなりそうもありませんが、だからといって無理矢理、父を貶める必要も全くありませんでした。
父にどんなふうに思われようと、父は私の誇りです。勿論、母もです。
これからはケンカになれば引き続き母の味方をしつつも、父の顔を立てられるように、うまくカスガイになっていこうと思います。むしろ孫である私の娘がその役を担っているようです。あと自立も引き続き頑張ります。
前回のエントリーを書いた直後は、答えのない悩みを書いて、私はいったいどうしたいのだろう。頑張るしかないか…と、思っていたのですが、思いがけず奥底にあった他の悩みと、それの解となるヒントを得たような気がします。
とりあえず、出ないと噂されていたボーナスも支給されましたので、両親には日ごろの感謝を込めて何かプレゼントを贈ろうと思います。父には痩せて貰う為にウォーキングシューズとか考えていますが、母は父に輪をかけてシュミがない人なので、本当にどうしようか、それが目下の悩みです。
初めて給料が出たときに花を贈ったら、花瓶にも入れてもらえず枯らされたので、別の何かにしたいと思っていますが…。「何か欲しいものある?」って聞いたら、普通に「洗剤」とか答えが返ってきそうだからなぁ…。
悩みは尽きません。
近頃増田でたびたび「彼女なんて別に欲しくない」「結婚なんて寧ろしたくない」という独男のエントリを見かけるが、あれは一体何なのか?ああいった代わり映えのしないエントリに毎度毎度それなりにブックマークがついているのも解せん。
「彼女なんて別に欲しくない」「結婚なんてしたくない」……って、じゃあしなきゃいいだろ、別に(笑)。お前は誰だよwしらねえよwっていう。
例えばこれがあるグループの中で、一人だけ彼女がいないからといって「おいお前早くつくれよなw」とか散々囃されていた中、そのグループの皆に対し「ていうか、俺別に欲しくないだけなんだけど」とか言うのは分かるが、増田で不特定多数にそんな個人的なことを表明して何になるんだよw
そしてそこにやけに多量のブクマがつくのも不思議だ。こんなもん、「じゃしなきゃいんじゃね(鼻ホジホジ)」で終わりのエントリーだろうw何を皆で真剣に「彼女が欲しくなくても別に不思議じゃない理由」について話し合ってるんだよw欲しいってんならともかく、欲しくないってんなら別にそのままでいりゃいいんだから何も困ることなんかないだろwそれとも「俺は彼女なんか欲しくないのに、女のほうからよりまくってくるんだ…全く困っちまうぜ」というような男なのか知らんがw
別に何も理由をせつせつと語る必要すらない。「なんか欲しくねーからいらね」でいいものを、ぐだぐだといい訳をするように理由を述べて「だから欲しくなくてもおかしくないだろ?!」と正当化する意味が分からん。そんなことをしなくたって別に誰も何もきにしねえよ、お前のことなんて。見も知らぬお前が彼女欲しくないなんてどうだっていいよ。
「俺は実は、早稲田に行きたくないんだ!」とか受験生が言っているような感じ。
「じゃあいかなきゃいいだろが…」としか他人は言い様がない。それとも、だれかが「そんなことない、君は早稲田にいける実力を持っているんだから、受けてみなよ!早稲田はいいところだよ!」と言ってくれるのを待っているのか?
http://anond.hatelabo.jp/20081213141956
これにも関連しているけれども。
常野さん、こんなことばっかりしてたら、英語圏であろうが日本語圏であろうが「一流」になんかなれっこないよ。こんなことしてる暇があったら、論文書いて投稿するとか、知り合いの編集者さんに原稿読んでもらって、企画きちんと立てて売り込んで、とにかくちゃんとやろうよ。ちゃんとやろうと思えばやれる人なんでしょうあなたは。今だって語学教師としてはそれなりの自負があるんでしょう。だったら研究者として、あるいはライターとして、まともな仕事をしようよ。
ネットジャンキーでブログがやめられないんだったら、こんな下らない煽りじゃなくて、それ自体活字にできてお金を出して読んでもらえるようなコンテンツをきちんとあげようよ。
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20081214/p1
稲葉先生は確かに御親切で、常野氏にこう説かれているのだろうとは思うけれども、それはあまりにも相手に対して残酷だと思います。常野氏はもう31、分別がある年齢です。自分の能力も見えてきた年頃の人間が、精一杯考えて、自分がもっとも目立てる手法を選んだのがあの自爆テロだったのですよ。31ですよ、いい大人じゃないですか。そんな人間が、
「ブログを通して出てるんです、入っていいでしょう」
とまで幼稚な詭弁を口にしたんですよ。傍から見たらどうみても「みっともなさ」の極致です。でもそれは、常野雄次郎という人間が、現実に持っている存在感、レトリック能力、それを最大限駆使して、自分でもっとも適切な言動だと思って選び取ったものですよ。しかし、確かにこれが彼にできる精一杯のところでしょう。
常野氏の新しいエントリーで、
最後にあずまんへ個人的なメッセージ。
「煽る」っていうのはこういうことだよ。
井口先生じゃいい人すぎるから。
http://d.hatena.ne.jp/toled/20081215/p1
こう書いている。姜尚中ですよ。東さんと今回の件でなんの関係があるのか。要は、常野氏は論壇の有名人なら誰でもいいのか。次は黒柳徹子でも呼ぶのか。みのもんたか。これを読めばよくわかるように、常野氏はもう言論人として真面目に名を成そうとかそういう努力は、投げちゃった人なんですよ。彼がいま考えているのは、「論壇」の「顔役」と絡みたい、それで目立ちたい、しかしそのために自分の言葉を磨く、そういう努力は一切しない、そんなことです。なんでこうなるのか。彼がもう自分の能力を見切ったからですよ。本人がそうである以上、他人がどうこう言っても詮無いことです。稲葉先生のエントリーのコメント論で書いていますが、
私信よりもこうしてブログに書いてくれる方が百万倍うれしい。アクセスが増えるから。ただ、これはあずまんにも再三お願いしたことなんだけど、リンク貼ってくれませんか。Nさんの件で経験したんだけど、稲葉さんに紹介されるとアクセスすごいんだよ。できれば、↓にお願い。
なんというアクセス乞食の成れの果て。でも、もう常野氏には手段を選ぶ余裕はないのです。31ではもう、過去の彼のように、不登校ネタを売りにすることは無理がある。そもそも不登校なんて珍しくなくなってきている。彼は彼の売名欲的上昇志向を(敢えてここでは成功妄想とは言わないですが)支える手段が、齢31にしてなくなってしまって、難しいポジションなのですよ。
いや、こういうことはもう、稲葉先生は百も承知でしょうね。その稲葉先生に対して常野氏は叫び続ける。
僕は本気で「一流」になりたいと思ってる。しかもその素質があるような気がする。ただ努力を怠っている。勉強をサボっている。何かやっても、とんちんかんな方向に行ってしまって、進歩しない。それについて悩んでいる。
僕は「一流」になりたい。ちやほやされたい。500年後の図書館に本を残したい。強い願望です。
赤の他人からこんなこと言われても困りますよね、誰だって。常野氏のこの発言を目にしたら、大人なら誰でも思うでしょう。
「努力を怠っている。勉強をサボっている。」自分でもそうわかっているような人間が、なんで「一流」になれると思うのか、素質があると信じられるのか?
夢見る中学生じゃないんですから。いや、こういうことを言うと真面目に勉学やスポーツや芸術に励んでいる中学生に失礼だ。たとえ素質があっても、なにかの分野で「一流」とみなされる存在になることは簡単なことではない。つい易きに流れるのが人間でしょう。でもそれを省みて、また頑張ってみるのも人間で、多くの人はそうやって一流とまでは行かずとも準一流、二流くらいにはなる。常野氏は31にしてその入り口にさえ立っていない。立つことはできない。彼は立たないことを売りにして生きてきたからです。
「登校拒否系」の常野氏は、言論人である東さんに対して、言論人志望者としてまともに対することをしなかった。東さんの発言を批判したいなら、普通に一人で大岡山に行って、「東さん、あなたの発言にわたしは異論があります、それについてはこのような形でまとめてきました、この場は東さんが責任を持たれている講義の場ですからここですぐ対応をされるのは難しいでしょうから、自分のブログでもこの意見を発表しようと思います、よろしければご覧になって下さい」と言わなかったのか?代わりに常野氏はどう言ったか。
あずまんと波長が合いそうなネット右翼の諸君もたくさん来たらさらに楽しくなると思うよ。
糾弾会みたいなのは今回はやめとこうね。
こう言ったのです。誰がどう見てもこれは威嚇であり、脅迫です。東さんがこんなことを書いているのが来ると知らされて、友好的に対応するはずがない。学生になにかあったらどうするか、考えるのが当然です。それを見越して常野氏はこう書いたのです。後から言い訳はなんとでも言えるが、「そんなつもりはなかった」と後から言うのは脅迫者の常套手段です。
なぜこう言ったか?結局は常野氏が避けたのですよ、まともな議論を促すのを。彼は自ら望んで、「下らない煽り」に終始したのです。
それはなぜか。常野氏はもう、まともな言論人志望者であることさえかなぐり捨てているのですよ。彼はとにかくアジテーターとして目立って、名を売って、「ちやほやされたい」だけなのです。つまり、かつての不登校児が自分の無様なプライドを慰撫したいだけなのですよ。
言論のプロを目指すことは、悪いことではないでしょう。それならば、質の高い議論をする、そのことで少しずつ自分の存在感を高めることが王道でしょう。それをしたならば、図書館に五年なり五十年なり、その議論は痕跡を残すでしょう。その道を目指さない常野氏は、もう、負けたんですよ。そしてそれをいうならば彼は、これまで勝とうとしたことがない人生ですよ。それで「とんちんかんな方向に行ってしまって、進歩しない」でいないはずがない。それでなにか成果が上がれば、それは奇跡です。稲葉先生くらいのキャリアをお持ちの方なら、そんなことはもう、見えている。でも稲葉先生はこう呼びかける。
常野さん、こんなことばっかりしてたら、英語圏であろうが日本語圏であろうが「一流」になんかなれっこないよ。こんなことしてる暇があったら、論文書いて投稿するとか、知り合いの編集者さんに原稿読んでもらって、企画きちんと立てて売り込んで、とにかくちゃんとやろうよ。ちゃんとやろうと思えばやれる人なんでしょうあなたは。今だって語学教師としてはそれなりの自負があるんでしょう。だったら研究者として、あるいはライターとして、まともな仕事をしようよ。
ネットジャンキーでブログがやめられないんだったら、こんな下らない煽りじゃなくて、それ自体活字にできてお金を出して読んでもらえるようなコンテンツをきちんとあげようよ。
常野氏を擁護する人は、いろんなことを言う。例えば東さんだって、柄谷さんの法政の講義に潜り込んで、それでデビューのきっかけをつかんだという。でも東さんは、ちゃんと潜り学生なりの作法を踏んで、威儀を整えて、ソルジェニーツィンについての原稿を見て下さいと持って行ったわけでしょう。そのときの東さんは、柄谷さんに「彼の原稿なら読んでみよう」と思わせるだけのアピールをしたんでしょう。これは卑屈とか取り入るとか言うことではない。真っ当な手順を踏むと言うことです。
かたや、常野氏はなにをやったか。
あずまんと波長が合いそうなネット右翼の諸君もたくさん来たらさらに楽しくなると思うよ。
糾弾会みたいなのは今回はやめとこうね。
「ブログを通して出てるんです、入っていいでしょう」
といじましい嘘をついたのです。そして自分は最初、この経緯を隠して、常野氏の取り巻きは東さんを「ださい」だのなんだの罵った。「はてサ紅衛兵」は今回は東さんをリンチすることには失敗したようですが、その代わりにこういうかばい合いは発達しているのですね。でも、こういうデビューをする「言論人」なんてありえないでしょう。
あずまん、そうとう男を下げちゃったな。今回。
そこで僕から超ウルトラスーパーCの挽回策を提案します。
僕をゼロアカ優勝者にしてください。
知らない人のために言うと、講談社から10,000部の本が出せるというコンテストです。
そしたら、みんな思うと思う。あずまん、大人だなって。器として。これだけのいきさつがあった上でそうしたら。思わん?
常野氏のはなしは、なんでもやっぱりここに戻ってくる。目立ちたいよう、お金が欲しいよう、みんな僕のことをかまってよう(涙)。僕の話を聞いてくれよう、だからみんなで押しかけるよ。
どこまで虫がいいんだろう(呆)。教室を騒がせてここまで迷惑をかけた相手に、なお自分の売名への協力を呼びかける。もともとこれが言いたくって、東さんに絡んだんだろう。でもこれは、常野氏がもう他人が見えなくなっている、他者の心情を忖度できなくなっていることを実証しているだけですね。「これだけのいきさつがあった上で」「大人だなって」思わせるとかいうのは、正々堂々論陣を張って批判された場合であって、なんで「プンスカ、プンスカ、ピュー!」とか東さんをいかにも戯画化して書いていたアジテーターがその当の相手にまともな対応を期待できるのか、わからない。まして、SF大会なんかから何年も東さんに粘着しているストーカーまで同行して、これは嫌がらせ以外の何者でもない。まして常野氏はなおもこうも書いている。
糾弾っていうのは、たんに相手を傷つけるためにやるものではない。そうではなくて、相手に自分が間違っているということを自覚させることが重要とされる。だからそれは愛情と憎悪が複雑に絡み合った興奮から始まる。
けど、僕は歴史修正主義者に対して1%の希望も持っていない。必要なのは、対話でも説得でも論争でも、まして糾弾ではなく、暴力だ。
これはまたはっきりとした脅迫だなあ。「自分が間違っていると言うことを自覚させる」ために必要なのは「暴力だ」そうですが。常野氏にはもう、良心なんか残っていると期待はできないね。
稲葉先生はd:id:NakanishiB氏にも「まとまった原稿を書いて持ち込む」ことを勧めるけれども、自分が書きたいように書ける自費出版の同人誌に書いてなおパッとしない人に、いまさら広い土俵に連れ出してもなにもできないでしょう。かつてNakanishiB氏は小田島隆さんにもその悪文をたしなめられていましたが、残念なことだけれども、文章を書く力があまりにも独特な発達を遂げた人は、もう、まともな文章は書けない。
id:gerlingがこれもコメント欄に書いていたけれど、
> それ自体活字にできてお金を出して読んでもらえるようなコンテンツ
そんなものできないから東とかはあんな惨めな真似をしてるんですよ。
これは東さんではなく、常野氏やNakanishiB氏への当てつけに読めてしまう。人が悪いなあ。東氏の本はお金を出す人に読んでもらえているでしょう。それへの真っ当な批判なら、またそれにもお金を出す人がいるでしょうが、
「ブログを通して出てるんです、入っていいでしょう」
こういう人には誰もお金を出さない。常野氏は、この先、どうのたうち回って「一流」の夢を断念するまで足掻くのでしょうかね。それまで、いろんな人に迷惑をかけそうですが。
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20081214/p1
上記エントリーへのブクマコメに対してIDコールを頂いたので、ここで回答を書いておきます。
自分のブログで書け、と言われそうですが、既に全く更新してない廃墟なので。
id:thoughtplace 取り敢えず「努力しないことは道徳的な悪ではない」には異を唱えておく。怠けているせいで低待遇なのは当然であって、働き者にとっては比較対象にすらならない。クリエイティブなものを生み出す「怠け者」って何? 2008/12/15
id:y_arim 単なる賃金の差に道徳上の善悪を見出すってほとんどメンヘル思考だぜ、それ。それとも16世紀のプロテスタントか何か? クリエイティヴなものを生み出す怠け者については、村上春樹の執筆時間とか考えよう 2008/12/15
単なる賃金の差を悪だとは思いませんよ。
元エントリの前提は「スキルアップ努力も貯金もせずに浪費しまくり、ギャンブルや女遊びなどの自堕落な生活を続けて失業しちゃった人達」です。
元エントリ自体が、「職も維持出来ない程に怠けきった人」と「職は確保した上で適当にやっている人」を混同して書いている節があるので、認識にずれがあるかも知れませんが、前者を「単なる賃金の差」で済ます方がメルヘンだと思うんですが、如何でしょうか?
では、前者を何故「悪」と呼ぶかと言えば、「ただ怠けている」と言うだけの理由で、他の人に「救済」して貰っているからです。
「国家」なんて持ち出さなくても、何の収入もなく生活している以上、その人を養っている人(多分家族)が居るでしょう。
そういった人達の収入を食いつぶしても平気で「努力しない」で居られるのは、充分「悪」だと私は思います。
そんなのはカビの生えたプロテスタントの考えだ、ニート万歳! と言う方も居るかも知れませんね。
私とは相容れませんが。
一応補足しておくと、「職は確保した上で適当にやっている人」に対して発生する「単なる賃金の差」に対しては「怠けているせいで低待遇なのは当然であって、働き者にとっては比較対象にすらならない。」とコメント済みです。
日本でも裁量労働が導入される様になって大分経つのに、随分前時代的な思想ですね。
まぁ、そういう考え方もあるでしょう。
ですが、村上春樹が村上春樹である為に掛けている時間は執筆時間だけですかね?
村上春樹と同等の知識や発想力や表現力を得る為に必要な時間はどれ程のものでしょうね?
村上春樹はそれを「努力している時間だ」とは言わないでしょうし、むしろ「俺は怠け者だ」と言うでしょうが、「スキルアップ努力も貯金もせずに浪費しまくり、ギャンブルや女遊びなどの自堕落な生活を続けて失業しちゃった人達」とは次元が違う事は議論する必要も無いと思いますね。
こんな所で回答になったでしょうか?>id:y_arim
from id:thoughtplace
本日、ログイン時に表示される、ユーザーアイコンにマウスカーソルを合わせると表示される「お気に入りに追加」「非表示に追加」のポップアップインターフェイスの拡張を行いました。
http://hatena.g.hatena.ne.jp/hatenabookmark/20081211/1228971170
この文章は、ポップアップインターフェイスが分かっていない人向けの説明になってないし、分かっている人にも不明瞭だろう。
はてなは、分かり易い日本語表現なんて考えちゃいないと感じるところだ。
「ユーザーアイコンにマウスカーソルを合わせると表示される「お気に入りに追加」「非表示に追加」のポップアップインターフェイス」と書いてあるけど、これではポップアップインターフェイスの説明が不十分だ。
ポップアップインターフェイスとは、一般には、アイコンにマウスカーソルを合わせると、そのアイコンに対する指示メニューが、アイコンから飛び出るように(ポップアップで)表示されるようなGUIのことをいうだろうに、そのことを説明していない。
「ログイン時に表示される、」と書いてあるけど、一般に「ログイン時」というのはログインした時点のことを意味するので、ログインしたら消えずに表示されているアイコンを説明するのには不適切な表現だ。
ここは、「ログインしている時に表示される、」や「ログイン中に表示される、」等とすべきだろう。
「ユーザーアイコンに」と書いてあるけど、「ユーザーアイコン」と書かれれば読者は自分のユーザーアイコンのことと混同するだろう。誰のユーザーアイコンかを説明しないのは不適切な表現だ。
ここは、「お気に入り」や「お気に入られ」などに表示されているユーザーのアイコンに」と説明すべきだろう。
上記エントリーのコメント欄に以下のようなユーザーがいるけど、さもありなん。
なにを言ってるのか全然わからない…
これらのことを考えて、書き直してみた。
はてなブックマークのポップアップインターフェイスの拡張を本日に行いました。このポップアップインターフェイスでは、ログイン中に表示されている「お気に入り」や「お気に入られ」などのユーザーのアイコンにマウスカーソルを合わせると、「お気に入りに追加」又は「非表示に追加」の指示メニューがアイコンから飛び出るように(ポップアップで)表示されるようになっていました。
私は作品づくりの末席を汚させていただいている者ですが、
「作品の作り手に対して、敬意を示したり、賛辞を送りたい」という
あなたの考え方はとても素晴らしいと思いますし、とても嬉しく感じます。
ここから書くことは、私個人の考えであり、
作者の意見として一般化できるようなものではないでしょうが、
私自身このエントリーで色々考えることがあったので書かせていただきます。
まず前提としてお話しておきたいのが、どのような形であれ、
作品に対してのリスペクトを受けるということは作者としてこの上ない喜びだということです。
「自分の作品を世の中の人に認めてもらいたい」「作品を見た人から褒めてもらいたい」という思いからです。
もちろん、「どれだけ認められたか」という要素の一部分として
売上げがモチベーションの一部になっていることは否定できませんが。
特にそういう人たち(お金儲けではなく、認められることを目標にしている人たち)が多いような気がします。
同人で大金稼げる人たちなんて本当に一握りですし。
私の周りの作家さんたちも、毎回赤字になりながらいろいろなところで細々と販売してます。
前置きが長くなりました。
私はそのような心理状態で製作に当たっているため、
ファンレターや、コミケでの購入時に一声かけていただくこと、サイトでの応援書き込みなど、
作品を見てくださったすべての方々の応援の声が本当に嬉しく、力になっています。
これらに優劣などありません。すべての言葉が心に染み入る思いです。
元増田さんは、「賞賛の声を投げかけるだけではダメなのでは?」とお考えのようです。
そこまで考えていただけるサークルさんは本当に幸せだと思います。
きっとその声は確かに届き、作家さんの力となっているはずです。
もちろん、「あなたの絵を見て、絵を描き始めました」と言われたら、
それは本当に嬉しいことだと思います。
しかし、もしも書かれているように、
>いつまでも俺も視聴者のままじゃいけないような罪悪感
ということが絵を始めるきっかけであるならば、
決してそのような罪悪感を感じることはないということを伝えたかったのです。
しかし、純粋にそれらの作品にインスピレーションを受け、絵を描きたいと思うのであれば、
ぜひ絵を始めてみてください。そして、そのサークルさんにそれを伝えてあげてください。
きっとまた次の作品への力になると思います。
せっかくなので、ここ2年ほどのさくらインターネットiDC移転を中心に、わかる範囲ではてなサーバ変遷の歴史をまとめてみようと思う。
> 59.106.108.68: mobile.hatena.ne.jp.
> 59.106.108.69: f.hatena.ne.jp.
> 59.106.108.70: rimo.tv.
< 125.206.202.66: mgw.hatena.ne.jp. < 61.196.246.69: b.hatena.ne.jp. < 61.196.246.70: b.hatena.ne.jp.
> 59.106.108.71: mgw.hatena.ne.jp. > 59.106.108.72: b.hatena.ne.jp.
< 221.186.129.148: g.hatena.ne.jp.
> 59.106.108.73: g.hatena.ne.jp.
< 125.206.202.82: search.hatena.ne.jp. < 221.186.129.147: ring.hatena.ne.jp. < 221.186.146.28: a.hatena.ne.jp. < 61.196.246.68: r.hatena.ne.jp.
> 221.186.129.147: search.hatena.ne.jp. > 59.106.108.74: a.hatena.ne.jp. > 59.106.108.75: r.hatena.ne.jp. > 59.106.108.76: ring.hatena.ne.jp.
< 125.206.202.83: d.hatena.ne.jp. < 221.186.129.146: d.hatena.ne.jp. < 221.186.146.29: d.hatena.ne.jp. < 61.196.246.67: d.hatena.ne.jp.
> 59.106.108.77: d.hatena.ne.jp.
> 59.106.108.97: d.hatena.com. > 59.106.108.97: hatena.com. > 59.106.108.97: m.hatena.com. > 59.106.108.97: m.hatena.ne.jp. > 59.106.108.97: s.hatena.com. > 59.106.108.97: s.hatena.ne.jp.
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d2.hatena.ne.jpで新しいコメント構造の実験を開始しました - はてなダイアリー日記
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< ???.???.???.???: auth.hatena.ne.jp.
> 59.106.108.90: auth.hatena.ne.jp.
長いので省略
> 59.106.108.93: rokuro.hatelabo.jp.
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> 59.106.108.103: favicon.hatena.ne.jp. > 59.106.108.105: img.b.hatena.ne.jp. > 59.106.108.106: bbeta.hatena.ne.jp.
> 59.106.108.93: bottle.hatelabo.jp. > 59.106.108.93: counting.hatelabo.jp. > 59.106.108.93: news.hatelabo.jp.
常野のルサンチマンは果てしないな...。本を書きたいとかお金が欲しいとか、真っ当に自分の思索を深めていたら声がかからないこともないだろうに。
以前の不登校の本、あれだって自分の著書だと思えばいいじゃないか。最初は「不登校芸人」でもよかろう。
最近、稲葉先生にも「論文英訳してやるから百万払え」とか絡んでいたが、プロならもっと形式を整えるもんだ。それが出来ないのは所詮アマチュアだが、アマチュアなら分を弁えろ。
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20081120
ここのコメント欄な。今回とあまり構図が変わらんじゃないか。
東さんの批判をしたいならすればいいし、講義に潜りたいなら潜ればいいだろう。ただし真っ当なかたちでだ。なんで徒党を組んで荒そうとするんだ。少人数になったのはただの結果論じゃないか。「ネット右翼も来い」とか言われたら、騒動になる可能性に備えないわけにはいかないだろう。向こうは報酬もらって講師をしてるんだぞ。
そもそも常野が「来いと言っている」「ツンデレだ」と言っている東さんのエントリーだって、騒ぎを起こしたい側に都合のいい読み方をしすぎじゃないのか。
まあ、常野君は一人で潜って質問するのが怖かったのはわかるが、それなら自分の力量を磨けよ。議論じゃなくって売名がしたいのも想像がつくが、それなら騒ぎを起こさずに自分の議論を深めていくほうが近道だろう。
まあ、その力量があればだがね...。自分でもないことがわかってきたんだろう?それで三十路も半ばになれば、焦るよな。目立ちたいよなあ。金も欲しいよな。でもそれを臆面もなく騒ぐのは、見苦しいんだよ。
y_arim氏のはてブコメントへのスターの数が、ちと不自然に多い気がする。
もっとも、自作自演をしているわけではないという事はすぐにわかるのだが。
ただ、なんというか「サクラ連合」みたいな存在を疑わずには居られない。
まぁ、そもそもこういうのはy_arim氏に限った話では無いけどね。
一方で弱者連合でクネクネと内輪でコメント付け合う気持ち悪い連中だっているわけだし、スターぐらいどってことないけど。
いっとくが俺はy_arim氏好きだからな。それでも不思議に思うんだからしょうがないだろ。
id:essaさんのエントリーにあるように、竜王戦(羽生vs渡辺明)がいま盛り上がってるのね。
流れを簡単にまとると、
→いつもは旦那に対して辛辣or無関心(を装ってる?)な渡辺夫人がブログ上で異例の励ましメッセージ
「めぐみが流れ変えたん?」
このワクテカを増田のみんな(15人くらい?)で分かち合いたいと思って、
将棋を知らない増田のために、わかりやすく棋士をドラゴンボールで例えてみたんだけど……
逆にわかりにくいかな。
梅田望夫 = ヤジロベーで雰囲気だけ掴んでもらえたらと思う。
みたいなサービスを誰かつくらないかなー。それぞれのブックマークはパーマリンクを持っているので、ひどいコメントのブックマークを登録してリストにしてしまう。登録数の多さでランキングをつくって馬鹿なコメントをつけるやつをさらし者にしたり、コメントに対して「これはひどい」か「そうでもない」か投票できるようにしたらおもしろいかもしれない。
はてブを見ていると「これはひどい」って思うコメントをしばしば見つけることがあるんだけど、見つけるたびにわざわざエントリーを書いて指摘するのは大げさだし、そもそも反論する価値もなかったりで、ほとんど放置してしまうし他の人もそうしているだろう。ひどい内容の記事にはたくさんの人が「これはひどい」タグをつけたり反論をコメントしたりしているのに、はてブコメントはほぼ完全放置状態なのでどうにかすべきだと思う。「痛いはてなブックマーク」が実現されればひどいブコメが放置ってことはなくなるので多少はましになる。それかはてブが掲示板であることをやめればいいんだけどこれはほとんど期待できないので、はてな外ではてブに影響を与えられるシステムを構築するしかない。
というわけで、誰かつくってください。