2024-02-06

飼い猫は昔ちょっとブスだった

猫といえば「かわいい」だろ、と思う。

自宅で飼っている猫でも、他人が飼っている猫でも、私の場合、分け隔てなくとにかく「かわいい」と感じる。

だが、猫や犬、ペットの「かわいい」を無闇に、無理やり他人押し付け行為はなんとなく苦手だ。SNSでも、そんな目で見られないようになるべく心がけている。

しか特定の誰かに読ませる目的のないスペースで、宛てもなく猫の話をするのはセーフだろう、と個人的に思っている。

特に私は猫好きなので、ネットに転がっている猫についての文章は大抵ありがたく享受している。

そういう人は多いはずだ。

自分一人が考えていることは、世間で百人以上が同じことを考えていると思う。

ので、増田では好きなだけ猫の話をしたいと思う。

で、飼い猫は昔ちょっとブスでした。

あんまり飼い猫についてこういう話をする人を見かけないので、どこかに同じ体験をした人はいないだろうか、という考えもあってこの話を書き始めている。

いや、猫はかわいいんですよ。

猫はずっとかわいい。フワフワしていて、よく眠るし、たまにニャンと鳴いて、夜に見つめ合うと目がギラギラ光っている。ずっとかわいい

しかし、写真に撮ってもなんだかやけにかわいく見えない時期があった。

自分で撮った写真自分で見返しても、他人に見せても

「なんだかムスッとしている」「不機嫌そう」「ブスに見える」

と、等しく不評だった時期があるのだ。

「昔」ブスだった、とわざわざ言うのにはもちろん理由がある。

なんだか最近やけにかわいく、撮った写真は誰からも好評だ。

「目がきゅるきゅるしている」「人懐こそう」「ハンサムだね」

と、昔と比べると随分な褒められ方をしている。

それはなぜか。思い当たる節はある。

猫は二年前、我が家にやって来てからやけに可愛くなったのだ。

猫のことは二年前まで、典型的人間嫌いの猫だと思っていた。

この増田記述している猫は、もう十歳を超えるじじいキャットだ。

じじいキャットは元々実家で飼っていた猫で、いろいろな事情があって二年前に我が家へやってきたばかりだ。

そのため、じじいキャットの性格は、帰省したときに見せてくれる一面しか知らなかった。

実家帰省した際にひと撫でさせてもらえるかな、と近寄ると、ササーッと遠くへ逃げていく。

撫でさせてもらえなくとも近くで観察させてほしい、と近寄っても、尻尾ブンブン振って無言の抵抗をする。

布団に潜りこんできたり、人間の後ろを着いて歩いたりするなどもっての外だ。

威嚇をするほどではなくても、人間には近寄らない、媚びない。そういう性格の猫だと思っていた。

だが二年前、じじいキャットは十年以上暮らし実家を離れ、我が家暮らし始めた。

それ以降、じじいキャットの行動が全て逆転したのだ。

名前を呼ぶと耳と尻尾をピンと立て、撫でられるために近寄ってくる。

寝姿を近くで見つめていると、「そうか」と言うように薄目を開け、喉を鳴らす。

人間が眠ろうと寝室へ行こうとすると、なんと先回りして布団の上に座って待っている。すごく賢い。

しばらく相手してやると飽きてポテポテとどこかへ歩いていくが、起きていると十分置きくらいに布団へ遊びにやってくる。

別の猫じゃないか?と思うときもある。

だが、じじいキャットは基本的に十年前に実家で飼い始めてから今まで、彼の美学を貫いて生きているのかもしれないと、最近思う。

別に実家で粗末に扱われていたわけではない。むしろとても大切に飼われていた猫なのだが、実家ちゃんとした人間が暮らす家だったので、ちゃんとした猫の飼い方をしていた。

ごはんも、おやつも決まった時間に与える。夜間は寝室を締め切り、猫と人間の夜の時間は完全に区別していた。

この「人間生活別にする時間」が、じじいキャットにとって少し寂しかったのではないか、と私は推測している。

我が家にじじいキャットが来てからは、ごはんおやつも、お腹が空いたであろうとき、食べたいと思ったであろうときにあげている。寝室も開放し、夜間も昼間も部屋を自由に行き来できるようにしている。

人間と似ている。お腹が空いたとき、食べたいとき食事を摂り、家の好きなスペースを自由に行き来できる。わざわざ意識しているわけではないが、我が家では人間と猫の行動に隔たりがそんなにないように思える。

我が家のじじいキャットは、ずっと人間と同じ暮らし方をしたかったのかもしれない、と思う。

目がきゅるきゅると輝き、人懐こさが表情から滲み、生き生きとしている。

なんだかムスッとしていないし、不機嫌そうに見えない。

ブスに見える要素が二年前から、すっかり全部取り払われたのだ。

こんなにブスじゃなくなったのは、二年前から生活の変化が大きいと、不満が少なくなったからだと、私は飼い主として認識している。

もちろん、ペット人間時間区別する育て方も、ペットの心身の健康のためには重要なこともある。ペット人間時間をきっちり区別する方が丁寧だと感じるし、ちゃんとした飼い主だからこそできる飼い方だと感じる。

あくまでこれは我が家だけでの話だということを留意されたし。

我が家のじじいキャットの場合暮らし方が変わったことで本当にブスではなくなったのだ。

この事実を子細に記しておきたくて、個人的に忘れたくないと思ったので、私はこの増田を書いた。

ずっとかわいい猫が、暮らしぶりが変わったことで、もっとかわいくなった。

新しい一面を、十歳を超えて尚見せてくれた。

猫ってすごい。生き物ってすごい。成長ってすごい。

もっともっと、かわいくなるポテンシャルを持っている。

もっともっと、かわいく見える暮らしになるよう人間として努力する。

あと、私が単純に写真を撮るのが下手だった可能性もある。

写真も、もっと上手くなろうと思う。

  • ネコには感情があるからな。その時々でも、感情が顔を変えていく。 お陰でウチのは永遠に子猫の顔をしている。もう中年から老年なのに。 とてもかわいい。 ネコと和解せよ。

    • この猫ちゃんみたい。若いとは言えないのに年齢より遥かに幼く見えるところとか。 https://anond.hatelabo.jp/20240207125706

  • 長生きして欲しいね。

  • うちの猫はわりといつも怒った顔をしてるように写真に写る 目つきがちょっときついんだよね 怖そうな猫ってよく言われちゃうわ

  • それ違う猫だよ 増田は顔貌失認だから気付いてないけど

  • 感動した

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