僕はプログラマーをしているのだが、体調を崩しがちで、月に何度か高熱が出て会社を休んでしまうことがあった。朝も弱くて寝坊だってする。傍から見ればただのクズだ。体調管理が出来ないなんて社会人失格、というのは前の会社で頻りに言われていたことだ。結局大きな病気になってしまい、その会社は辞めることになった。就職して一年も経っていなかった。
ニート期間というのは、実家ぐらしだからこそ続くのだなと思った。20歳で実家を飛び出して一人暮らしを始めた僕は、今更実家に戻ろうなんて考えはなかった。母からご飯をちゃんと食べているか、仕事は決まりそうか、なんなら戻ってこないか、などと定期的に連絡は来ていたが、無駄にプライドの高い僕は一度巣立った場所からの援助なんて受ける気はない、受けちゃいけないと思っていた。
ニート生活を始めて数日は、気ままに生活が出来て楽しかった。貯金にもある程度余裕はあったし、ゲームも好きなだけ出来る。だが、一週間経つと、急に不安に苛まれるようになった。僕は変なところが真面目だったのだ。自由を謳歌できなくなった。周りが働いているのに働いていない自分への危機感、減っていく貯金、過ぎゆく時間。大好きなゲームも、今はやっている場合じゃないと思い始めた。結局遊べたのは二、三週間であとの二ヶ月は勉強をしたり、プログラムを書いたり、転職に向けての活動をしていた。
仕事を辞めた当初、転職なんて簡単にできると思っていた。就職も周りがバタバタしている時にすんなり決まったし、今回もすぐ決まるだろう、と。現実は残酷で、僕はなんて甘い考えをしていたんだと痛感した。今の自分は新卒ではないのだ。プログラマの求人は、どこも実務経験を重視していた。まだ若いとはいえ、実務経験が一年に満たないような、自己都合で退職したニートを雇ってくれるところなどなかった。
ただひたすら焦っていた。自己都合退職なので失業保険も貰えず、時間だけが過ぎていく。その頃から、頭の中で追い込まれていく感覚を感じ始めた。いろいろな方向から罵倒されているような、怒鳴られているような、何かから追われていて、逃げなきゃいけないという感覚。息が詰まる。一人きりの部屋で、何も音のしない部屋で、過呼吸で倒れそうになる。
近所のおばさんは、僕が在宅業務をやっていると思っているらしく、昼間でもおかずを持ってきてくれたりするのだが、優しい声で話しかけてきているはずなのに、頭のなかでは何かに脅迫されているような錯覚に陥る。目を覚ますたびに、テレビをつけるたびに、PCをつけるたびに、出かけるたびに、人と話すたびに、それは起きた。気が狂いそうだった。今思えば、あの時実家に帰っていればこうはならなかったのかも知れない。
ニート生活三ヶ月が経とうかと言う時に、僕が入社する会社の面接日が決まった。不安でいっぱいだった。面接官が話すたびに頭のなかであの感覚がやってくる。まともに話せていたかどうかも覚えていないが、とにかく何も考えないようにした。
その会社から採用をもらった。採用通知を見た時。憑き物が落ちるのを感じた。ただ、就職してからも脅迫されているようなあの感覚に陥ることがある。前と何も変わっていなかった。あの感覚は何だったんだ。そう思っていた。
変わっていたのは心の持ちようだった。あの瞬間に、心が成長したんだと思う。前の仕事を辞める前より体調不良になりにくくなった。寝坊もしなくなった。仕事でも、大きな評価をもらえるようになっていた。