結局、不人気の職業体験の面目を保つという意味合いも含めて、俺はアパレルらしきものを選んだ。
「そういうマスダもか」
「それで、僕たちは一体なにをすれば?」
「最初は店でレジでもしてもらおうかと思ったんだけど、いつ来るかも分からない客を待っていたり、かといって雑用作業なんてのも退屈だろ?」
「はあ……」
「そこで趣向を変えて、最近目をつけていたとある商品の販売に専念してもらうことにした」
俺もタイナイも嫌な予感がしていた。
思いつきの経営を、ましてや俺たちにさせるってのは、どうなんだろうか。
「これを見てくれ」
そう言うと、店頭にあった箱を指差す。
箱の中には小奇麗な石が十数個ほど並べられていた。
何かの原石とかだろうか。
「そう、何の変哲もない石だ。これを売ってもらう」
自信満々に言ってのける。
俺たちは戸惑いを隠せなかった。
「え……っと、何らかの使い道がある性質だとか、何らかの効能というか、そういうのがあるんです?」
「いや、別に。石は石だ」
つまり、それら石は事実上道端に転がっているものをちょっと綺麗にした程度のものであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
本当に道端から拾ってきたんじゃないかというほど不揃いで、使い道に困る不恰好なものばかりだったのだ。
「え、それを売るんですか」
「何の問題が? 別に商品説明を盛っているわけでもない。いたって誠実だ」
そうなのかもしれないが、そういう話ではない。
これといった用途もなく、宝石のイミテーションにすらならないものだ。
「売るって、いくらですか?」
「そうだなあ、ひとつ500円で」
恐らく「500円くらいなら文句を言う気にもなれないし、まあこんなものだろう」と消費者に思わせたいのだろう。
狡っからいと言いたいところだが、この石はそれ以前の問題な気がした。
値段をつけて売る価値があるかすら疑わしい。
俺たちの怪訝な表情を察したのか、その人はやれやれと溜め息交じりに語りだす。
「商売ってのは売りたい人が売って、欲しい人が買う。需要と供給は絶対正義だ。モノの価値ってのは人間が後からつけたものなんだよ。キミたちは価値を感じないのかもしれないが、オレはそうは思わない。後は欲しいと思っている人を探すだけだ」
本気かどうか分からないが、相手は経営者で、俺たちは商売の是非を把握しているわけではないティーンエイジャー。
「販売方法はキミたちに任せる。売れた数に応じて評価点をあげようじゃないか。大丈夫、大丈夫、簡単、簡単。」
この経営者が何を持って簡単だとのたまうのか、俺たちにはよく分からなかった。
少なくとも俺たちは、この石を主観的に見ても客観的に見ても価値を感じないわけで、仮にこれに価値を感じる人間がいたとしても特定できる気がしない。
しかし評価点を餌にされた以上、俺たちみたいな大人しい若者は大人しく従うしかない。
十数個の石が入った箱をそれぞれ渡された。
改めて個々の石を眺めてみるが、やっぱり売り物として成立するとは思えない代物だ。
「それらはキミたちがそれぞれ売る石だから、片方に押し付けたりしちゃ駄目だぞ。それに売り上げと、売れなかった分の石はちゃんと返してもらうから。誤魔化してもキミたちが損するだけだからな」
こうして俺たちは「簡単な商売」の職業体験をさせられることになったのであった。
俺の通っている学校では、公民のカリキュラムに特に力を入れている、らしい。 今回は職業体験であり、体育館には様々な仕事の代表者が集まって、生徒を募っていた。 「接客業はほ...
≪ 前 石を売る商売はアナーキーであり、このご時世に好き好んで買うような奴はちょっとしかいない。 ましてや“そういった目線”から評価して尚、この石に価値を感じる人間は皆無...
≪ 前 その後も様々な方法で売りぬこうとするが、成果は芳しくなかった。 「チャリティだ何だのと言って善良な人間に売るとか、どう?」 「いや、そういう善良な人間はかえって危...
≪ 前 つまり、こういうことだ。 俺たちはここに報告しに行く前、とある取引を行った。 「一個は売れたんだよな」 「うん」 「じゃあ、その500円で俺の石を一個買ってくれ」 「え...