石を売る商売はアナーキーであり、このご時世に好き好んで買うような奴はちょっとしかいない。
ましてや“そういった目線”から評価して尚、この石に価値を感じる人間は皆無に近いだろう。
そんな商売の片棒を担がされているのは癪だったが、嘆いたところで事態は解決しない。
とりあえず訪問販売を試してみる。
「えーと、石を売っているんですが、買いませんか?」
こんなセリフを一生のうちに言う日が来るとは思いもよらなかった。
「しかも売り物が石だと? 古今東西、石を売る人間にロクなのはいない! 今すぐ抹消してくれる!」
「まずいぞ、マスダ。彼らは本気だ。逃げよう!」
もとから期待はしていなかったが全くもって売れず、ただただ心身をすり減らすだけだった。
箱に入った石と、そこら辺に転がっている石を交互に見る。
もう一つは価値を感じたからといって買ってくれるかはまた別の話だという点だ。
俺も水切りとかで遊んだことはあるから、それを踏まえるならこの石も無価値だとはいえない。
だが、じゃあそれを金を払ってまでやりたいかといわれれば、そこまでしてやりたくはないだろう。
「まあ需要がないといえば嘘にはなるだろうけどね」
タイナイは意外なことを言う。
聞いたことがある。
なんでも売り物にすることができるサイトらしく、それ故にラインナップは玉石混合だとか。
「石を投げれば何とやら、か」
売り物にすることができることと、それが実際に売れることは同義ではない。
ましてや玉石混合でいう文字通りの石。
それが明らかなら尚更である。
「一個だけ売れたよ」
「一個だけね」
むしろ一個は売れたってのが驚きだった。
だがその後はさっぱりだったらしく、タイナイ曰くあそこで売れないならどこで売っても結果は同じらしい。
「そうか、それにしても現代ならネットを介して取引するって方法もあるんだな。さすがデジタル社会」
「まあ、近年ではデータ上の石を売るってこともあるしね」
現実の石を売るのすらアレなのに、現実に存在しない石で成立するわけがない。
いくら俺がネット社会に詳しくなくても、それが有り得ないこと位はさすがに分かる。
恐らく、そんな下らないジョークでも言いながらじゃないと、やってられない気持ちだったのだろう。
だが、それに笑えるほど今の俺に精神的な余裕はない。
「そのジョークは50点ってところだな。いっておくが、身内びいきした上での点数だからな」
「いや……冗談で言ったわけじゃないんだけど」
ウケなかったのが恥ずかしかったのか誤魔化し始めた。
「はいはい。売る奴も大概だが、架空の石なんてものを欲しがる人間がいるならぜひとも見てみたいもんだな」
結局、不人気の職業体験の面目を保つという意味合いも含めて、俺はアパレルらしきものを選んだ。 職場にはタイナイもいた。 「タイナイ、お前もか」 「そういうマスダもか」 タイ...
俺の通っている学校では、公民のカリキュラムに特に力を入れている、らしい。 今回は職業体験であり、体育館には様々な仕事の代表者が集まって、生徒を募っていた。 「接客業はほ...
≪ 前 その後も様々な方法で売りぬこうとするが、成果は芳しくなかった。 「チャリティだ何だのと言って善良な人間に売るとか、どう?」 「いや、そういう善良な人間はかえって危...
≪ 前 つまり、こういうことだ。 俺たちはここに報告しに行く前、とある取引を行った。 「一個は売れたんだよな」 「うん」 「じゃあ、その500円で俺の石を一個買ってくれ」 「え...