2017-07-06

[] #29-5「簡単商売

≪ 前

まり、こういうことだ。

俺たちはここに報告しに行く前、とある取引を行った。

「一個は売れたんだよな」

「うん」

「じゃあ、その500円で俺の石を一個買ってくれ」

「ええ?」

「で、今度はその500円で、俺がお前の石を一個買う」

「……魂胆が見えてきたよ。滅茶苦茶なことを考えるね、ホント

そうやって互いの石を売買することを繰り返した。

そうして、俺たちは石を売り切ったのだ。


…………

これには経営者も呆れてモノも言えないといった顔である

「な、なんて奴らだ。もういい、石を返せ」

「何言っているんですか。この石は僕たちが買ったんです。これがどういうことか分かりますよね」

まさか……買えというのか。バカを言うな!」

経営者の顔が真っ赤に染まる。

まあ、そりゃあ罷り通らないだろう。

俺たちだって、これで納得するとは思っていない。

こんな商売をやるような人間なら尚更だ。

ここまではあくまで、その後に続く詭弁を押し通すための布石である

別にあなたが買っても買わなくても構いませんよ、僕たちは。ただ買わなかった場合、この石に価値をつけたあなた自身は『その石を買う価値がない』と暗に認めた、という事実が残るかもしれませんが」

赤くなった顔が今度は青くなる。

さすがに俺たちの思惑が分かってきたようである

「この石に価値最初につけたのは他の誰でもない、あなたです。それなのに『この石を買う価値がない』と認める。あなたはそういったものを売っていることになる。その意味をよーく理解してくださいね

「もちろん、売る側が必ずしもモノの価値を信じる必要はありません。自分より欲しいと思っている人間に、より儲かる値段で売る。それは商売の基本だ。でも売る側が無価値だと評したものを、喜々として買う人間がどれほどいるか経営者なら分かりますよね」

「ぐ……分かった、買おう! だが、その石には仕入れコストがかかっているんだ。定価じゃ買わん」

少しでも値切ろうとするあたりに意地を感じるが、そもそも提案に乗った時点で俺たちは得をしている。

そういったことを考えられる余裕すら、その人にはなくなっていたのであろう。

酷い取引に見えるかもしれないが、何のことはない。

欲しい人が買い、売りたい人間が売る。

互いに納得した値段で取引しただけだ。

実に真っ当な商売だな。

こうして俺たちは、今回の職業体験を無事終わらせたのであった。

給料ちゃんと手に入ったし、学び取れるところもあったし、いい“体験”だったよ。

(#29-おわり)
記事への反応 -
  • その後も様々な方法で売りぬこうとするが、成果は芳しくなかった。 「チャリティだ何だのと言って善良な人間に売るとか、どう?」 「いや、そういう善良な人間はかえって危険だ。...

    • 石を売る商売はアナーキーであり、このご時世に好き好んで買うような奴はちょっとしかいない。 ましてや“そういった目線”から評価して尚、この石に価値を感じる人間は皆無に近い...

      • 結局、不人気の職業体験の面目を保つという意味合いも含めて、俺はアパレルらしきものを選んだ。 職場にはタイナイもいた。 「タイナイ、お前もか」 「そういうマスダもか」 タイ...

        • 俺の通っている学校では、公民のカリキュラムに特に力を入れている、らしい。 今回は職業体験であり、体育館には様々な仕事の代表者が集まって、生徒を募っていた。 「接客業はほ...

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん