9月のある日、僕が体験したできごとは、あまりにも現実離れしていた。
その日会った人物の言うことを全部信じればの話だが、彼女がそこまでの嘘をつく理由も思いつかないので、とりいそぎすべてを信じることにして、話をすすめる。
その日、妻が義母と出かけるというので、僕は暇を持て余していた。ふと、最近、ツイッターで援交をしている女子がいるらしいから、どんなもんか検索してみよう、と思いたった。暇を持て余した男がすることはろくなもんじゃない。
検索するとかなりアカウントがヒットした。その中から、20歳の専門学校生とプロフィールに書いてあるアカウントにメッセージを送ってみた。するとすぐに返事があったので、条件や会う場所を決め、待ち合わせ場所に向かった。
そこにいたのは、20歳よりさらに若く見える女の子だった。嬉しいような、でもちょっと危険なような、そんな気持ちでホテルへと移動した。
ホテルに着き、やることを済ませた後、しばらく話をしていると、唐突に打ち明け話がはじまった。
人生うまくいかないんですよね。そんな始まりだったと思う。若い子にありがちな話だと思っておざなりなアドバイスをしていると、急に彼女が言った。
「記憶が持たない」という症状は、小説や映画のテーマにもなっているし、有名なミュージシャンも交通事故をきっかけに発症している。だから、存在は知っていたが、当事者を目の前にしたのははじめてだったので、すぐには受け入れられなかった。
彼女は、家族の話によると、ある時、自分の大切な人が目の前から姿を消したこと、また学校の先生からセクハラを受けていたことが重なり、鬱を発症したらしい。そしてそれと同時に記憶が徐々に消えていき、最終的に1日しか記憶が持たないようになってしまったのだという。
それから、彼女は1日の終わりにスマホに、「スマホのメモを見ること」というふせんを貼り、スマホのメモには家族の写真と、父、母、兄という説明を入れ、朝起きてまずやるべきことを書くようになった。
また、日々の記録を手書きの日記につけ、毎朝それを読み返すことで、自分の行動を把握しているらしい。そこに書かれていることは彼女にとっては他人事で、ふーんという感想しかないらしい。
さらに、記憶がないことで、自分はこういう人間だ、という内的一貫性もないため、ある出来事に対してどのような感情を持つべきかわからず、結果的には感情を失ってしまったという。それは暗い人間になるという事ではなく、全てに対してフラットなため、第一印象では明るい人に思えるのが不思議だった。
彼女は毎日、自分のSNSを開き、昨日と同じく行動を繰り返すことで、自分の1日を前に進めている、そこに援交を誘う投稿があればそれをそのまま投稿しなおし、僕のような男がひっかかれば寝る。
これからも彼女は昨日を繰り返して生きていくのだろう。あるいは病気がよくなれば、彼女は彼女の明日を生きることができるのだろうか。
「あまりにも現実離れしていた。」というつかみがうまいなと思った。