はてなキーワード: のび太とは
昨日行ってきました。
すごく楽しかった。
しかしそこはオレ、10時の開館から18時の閉館まで居座ったね!
はじめにおはなしデンワとやらを渡されるから、まずは見て回ろう、と思うのが素人
オレたち玄人はわけが違う!
まずはカフェ
そんで朝食、これだね
最初にカフェに来る人は少ないし10時の開館直後だから待たずに入れる
ちょっとゆっくりしたら、1階に舞い戻っておはなしデンワを受け取る
その頃には展示スペースも空いてきててゆっくり見られる
おっと、展示スペースの休憩エリアを忘れずに
きれいなジャイアンが見られるぜ
それだけじゃない
外をみると小さいのび太が寝てるし、さらに手前の木の上には…
展示スペースを見終わったら1階受付でもらった切符を渡してFシアターへ
映画が終わると何かが起こる…!
シアターから直接外に出られるんだ
だがオレたち玄人はそんなことじゃあいけない、わかってるだろ?
少し小さめで見つけずらいが、階段があるんだ
そいつで3階へ行こうか
3階にはオバQ、どこでもドア、ピー助が目立っているが、柵の外にも眼を向けて欲しい
黒べえはすぐわかるだろう
すべて見終わったら小休止
おやつもある
休憩が終わったらじゃあどうしよう?
見るだけでも楽しい、でもいっぱい買え
こいつは100円入れて鍵をかけるんだが、なんてこった、開けたらお金は戻ってくる!
お土産を買い込んだ上で手ぶらになったら、今度は2階へ行ってクイズでもやろうか
目指せ全問正解!
ま、楽勝か
そしたら夕食までマンガを読もう
大体16時、ちょっと手前くらいがいい
一度カフェへ行って予約をとる
カフェに入れたら夕食だ
しおから、たくあんだのもついてるぜ
これがうまいんだ
夕食は17:30くらいに終わらせよう
夕食がすんだら外はすっかり暗くなってる
外へ出てみるとライトアップされてることに気づくはずだ
18時閉館だから夏場は明るくて見られないだろうな
1周したらそろそろ帰ろう
ロッカーに預けた荷物を忘れないように!
こんだけ満喫できて、入館料は1000円
映画に行くよりずっとお得だ
行ってよかった、また行こう
・しょーねんは外に出れば必ず死にたがる生き物となってしまっているのですよ
・ここにいる患者は、つらいことから楽になりたいと願った時、満足に飛び降り自殺することもできないじゃん。追い詰められた時に、精神の矛先が塞がれちゃってるんだよ。だからフェンスを取り除けば、やる、やらないは別にして閉鎖感は和らげられるかと思ってねー
・内臓は激痛を訴えてたけど。自分を削って他の人を詰め込むのが人間関係だから、納得してた。無理にだって限界はあるものだと実感した日がくるまで、そう長くなかったけど。
・だれもこたえないでほしい。だって、かみさまは、いないほうが納得できるから。
・死にたがりながら生きてるのと、生き生きと死にたがるのと、どっちがましか、アタシには判断出来なかった。人は生きてるだけで意味があるんだって、そんなことは学んで来なかったから。
・まいのりてぃなぼくらは効率を求めてはいけないのだ。それは、趣味だけじゃなく、生き方とか、そういったこと全部に当てはまる。もはんてき人間であれないのなら、どれだけこの美しい世界がふべんに感じられても、がまんして生きるしか無い。そのがまんができない人を、「犯罪者」と世間は呼ぶ。
・やられる側としての想像や耐性があったぼくと違って、攻めるだけしか経験のなさそうな「おいかけてくるの」あらため「えらそうなの」は未体験の激痛に反撃を忘れる。
・人が動くために必要なもの。惰性、欲、他人。全くないわけじゃない。ぼくにだって、その3つは少しずつ残っている。この倍、どんな形をしているか何も分からないけど。
・こんなもんなんだ、ぼくは。このていどなんだよ!ぼくは子供で力が足りなくて頭も回らなくて笑ったり泣いたり怒ったりできなくて、自分勝手で人の力を借りたくないのに借りないと生きて行けないのに借りれなくて生きていられるかすごく怪しくて!誰も助けてくれる人がいないし何も助けて返せるものがないし。マユちゃんを助けても感謝されないしぼくを助けても感謝することしかできないし。
何も無いけど、
何もないけど助けて。
助けて、「○○○○○」
・ある人に刷り込まれた幸福のための条件は2つ。その1は自分以外の誰かに期待されたり求められたり、必要とされたりすること。そのニは省略。こっちはアタリマエのことすぎるから、反芻するほど味があるわけじゃない。
(22ページ後)
幸福の条件、その2。自分以外の誰かが、不幸だったり悲惨だったり同しようもない状態であること。こんなの、幸福を感じる為の比較として、当然のこと。・・・でも、おかしい。僕はついさっきまで、どっちも傍で与えられていたはずなのに。ちっとも幸せな気はしなかったんだけど。
・でも・・・でも、ぼくといたときはぜんぜん、幸せそうに見えなかった。
・御園はね、幸せなんだよ。君の目がどれだけあの子の背景に不幸を捉えたって、背負う本人は幸せだけを凝視し続けてるの。それを他人がとやかくいう権利は、無いんだよ。あっていいはずがない。正しい不幸と間違った幸福を天秤にかけたら、どっちが重いって話よ。
・ぼくがマユちゃんを見て不幸だと思ったのなら、どうすればいいんだろう。惰性と他人と欲望の、何に従えば僕は正しく生きられますか。
・先生は、それをクチにしない。意地が喉としたを麻痺させて、容易には送り出させない。対策を練る時間を稼いで、何とかしのいでいく。諦めるのを、どんどん後回しにできる。僕には一生、真似できそうもない人間らしさだ。
・なるほど、大人は、視野が狭いのに、奥が深い。ぼくのうそなんて、まだまだ子供だ。
・起きなさい、××
・金子はドラえもんばりに便利な男ではない。かと言ってのび太でもスネオでもない。僕も同様だ。一体僕らは、何に属せば、収まることが出来るのだろう。
・望む望まざるにかかわらず、僕の一日はここにあった。これがぼくの世界なんだから、甘んじて受け入れよう。日常の価値は非凡なのだ。それを忘れないから、ぼくは普通である自分をどこまでも好きでいられるのだ。
・父の投げかけた言葉を噛み締めてみると・・・中身スカスカで、歯が咬み合ってしまうあー、つまり・・・・僕はとても幸せってことだ。今のご高説は、「ぼく」には不要なわけであり。
>A.yuhka-unoさんは、聞くに値する主張をしている
>B.itiさんは、バカ
>D.yuhka-unoさんは、全面的に正しい
A〜Dについて、拝読しました。
私の見解ですが、まずAに関しては異論ありません。ブログ記事、大変勉強になります。
Bについてなのですが、私はitiさんが「バカ」だとは思ってないんです。ちょっとややこしいんですが。
itiさんからはどちらかというと、物凄く誇張した表現ですが、「狂人」的な感じを受けました。
追いつめられたものが裏返ってああいう形で噴出したかのような印象です。だから「大丈夫かこの人?」と思って書いてました。
Cに関しては、荒れるメカニズム自体にはあまり興味がないです。
何故あれを見て「悪口」「陰口」と認識したのか、ということが知りたいのであって、ヒートアップぶりはそんなに気になりません。
「ああそうですかご勝手に」とは出来なかったのは、先述のように何かが危うい印象を受けたからです。
Dについて、どこまで完全に正しいかというのも特に求めてないです…。
最悪の想定ですが、例えばブログ記事が完全に妄想癖と虚言癖の織りなしたもので嘘八百、本当は子ども思いの苦労人のママなのよーという話であったとしてもそれはそれでいいです。
その妄想癖と虚言癖は何がどうなって起こったのか、という話にスライドするだけなので。
また、親は本当に心底そんなつもりで言ったんじゃなかったけどその一言で子どもを酷く傷つけてしまって軋轢を生んでしまった、という話であったとしても、子どもの側からしか書かれていなくて不正確、不公平とかいう話には必ずしもならないと思います。
何故なら子どもが子ども自身の復活のために書いてるブログなのだから。傷の深さは子ども自身がよく知ってます。部外者どころか親にさえそこんとこは何とも断言できない領域です。
だったら、子どもが傷ついたというその一点では子どもが全面的に正しいし、子どもの認識から出発すべきだというのは妥当だと思います。
「遺伝子に感謝」というのは例え話ですw。100点の成績は誰のものか? 私のものです。親のでなくて。という話です。
そして、それなら90点の成績も0点の成績も私のものです。「0点取るなんて、許さないわよォォオ!」みたいなのび太のお母さん的な台詞は本来誰にも許されないことです。
itiさんは「あなたが真っ当に育ったことは素晴らしい。私はお母さんを尊敬する」みたいに書いてましたが、その尊敬は真っ当に育った子どもに対してなのかそれとも親に対してなのか、ごっちゃになってますよね。
子どもに対して尊敬を向けるのなら「この親の元でもあなたは育った、素晴らしい」となるわけで、親の賞賛と結びつきません。
親に対しての尊敬なら、子どもが真っ当に育ったかどうかは持ち出すべきではありません。何故なら親が苦労を耐えたことが賞賛の的なわけで、子どもは別に犯罪者でも殺人鬼でもいいし、そもそも病弱で成人するまで命が保たなかったとかでもいい。
子どもがまともに育ったということを親をほめるための材料にしてるんです。可笑しな話です。
子育てが大変だ、というのを完全否定するつもりはないです。大変ですからね、子育て。本当に。
でもそれとこれとは話が別ってやつだと思いますw
子どもを育てるのは大変だ、アンタを育てるために私はアレも諦めたコレも手放した、みたいな話に繋げられると、子どもは何も言えなくなりますからね。
モノポリーで遊んだことはありますか。ビルやアパート経営を体験する4人くらいで遊ぶボードゲームです。
8つの大通りをすごろくの要領で進み、物件を買ったり、カードを引いてイベントをこなしていきます。
ボードを一周するとベーシックインカム的にお金がもらえます。説明書にはサラリーと書かれていたと思います。
このゲームが始まったばかりのときは、地主さんがいません。プレーヤーの誰かが土地を購入すると地主さんとして収益を上げられるようになります。
誰かが駐車場にとまったり、アパートやホテルをにとまってくれるのを待ちます。
同じ通りの土地を買い占めることができると収益が倍になります。
運良く、土地をまとめて所有するプレーヤーもいれば、点在する物件を所有するプレーヤーも出てきます。地上げ屋風情の交渉力で土地をまとめ始めるプレーヤーは最強です。
すべてのプレーヤーにある程度の収入があり、それなりにお金が動いているときが一番盛り上がります。
たくさんの物件を所有したときに出ると困るカードがあります。建物の修繕カードです。マンションの大規模修繕のように費用が一気に飛んでいきます。手持ちの物件が多いほど痛手になります。
終盤は、残った二人の一騎打ち。それぞれのプレーヤーの性格が露骨に出てきます。
ルールにもよりますが、資金がショートしたプレーヤーから抜けていくと、最後に残ったプレーヤーがすべての通りの物件を独占して勝者となりゲームは終わります。
ゲームなので、もう一回遊ぶときは、これまでの状況をリセットして、最初から始めれば、何の問題もありません。
このサイクルを現実に当てはめたとき、資本主義の問題点があきらかになってきます。
ゲームを始めたときから、地主がいたらどうでしょう。誰かが勝った状態からゲームを始めてみます。プレーヤーは細々と得たベーシックインカムを貯めることもできずに、どんどん絞られていきます。
独占した物件は、既得権ですから、放出されることはありません。盛り上がるゲーム中盤にならずに終わってしまいますね。ボードゲーム好きの友達といえども途中で帰ってしまうかもしれません。
現実の経済では、ゲームが終盤に差し掛からないように、ずっと中盤のプレイを続けられるように政府が法的な規制をかけてバランスを取っています。
バランスをうまく取れず終盤にさしかかると現実の世界では、終盤の状態を終わらせて序盤に戻そうとする力が生まれてきます。内乱や暴動です。江戸時代だと維新に向かう力です。
そこまでいかなくても、自然災害をきっかけにして、ほころびが顕在化するかもしれません。
このゲームは8人くらいまでは遊べたと思いますが、プレーヤーの数を一気に20人に増やしたらどうなるでしょう。
脱落者が10人以上出て、モノポリーの作者が想定しているプレーヤー数に落ち着くまでは、過酷なゲームになります。
20人を8人にするために先に面接をしたり、ゲームに参加するための条件をクリアしないとゲームをできないようにしたらどうでしょう。
よほど恵まれた人しかモノポリーのサイコロをふれなくなってしまいます。
ルール通りにプレイすれば、盤面を一周してもらえるベーシックインカムの量が多くなります。資金の供給が過多になって、バランスが崩れるかもしれません。
この状態のバランスを取るには、盤面の数を5つに増やして、プレーヤーを分散させたほうがいいでしょう。20人の中から一人の勝者を出すよりも、5人の勝者を出したほうがいいと思いませんか?
盤面を置く場所がなくなって、隣のおねえちゃんの部屋に侵略したら、反撃をくらうかもしれません。領土を増やすための戦争はそんなものです。
少ない国土で、競争の場を増やすには、山や川や海峡で国土を区切って、盤面を増やしたほうがいいともいえます。
現在の日本でいうと、高速通信網、高速交通網によって仕切りが取り払われてしまって、盤面が限りなくひとつに統一されつつあります。
世界的な視点で見てもそうなってるのかもしれません。
勝ち残った有利な人が、「建物の修繕カード」を引いて負けそうになったときに、「今のはなしね」といって、ルールの変更をせまってきたらどうなるでしょうか。
「おごれるもの久しからずや」の「盛者必衰の理」にしたがって、序盤に戻すことができれば、循環型の繁栄が続くのではないでしょうか。
最近、転校してきた子をこのゲームに誘って、このゲームを覚えさせたとしましょう。しかし、詳細なルールや攻略法やうまいタイミングみたいなものはわかりません。しばらくの間は、この子が最下位街道まっしぐらで、残りのみんなは楽しいかもしれません。
きっと欧米諸国が植民地での覇権争いをしていたときは、笑いが止まらなかったでしょう。
ゲームを始める前に仲間1人と喫茶店で作戦会議をして、誰がどの通りの物件を取るのかを決めておき、苦渋の判断で売却したかのように演技して、ゲームを進めてみたらどうなるでしょう。
残りのプレーヤーが嫌な思いをすることなく、ゲームの中盤が続くのであれば、案外悪い選択肢ではないのかもしれません。
終盤にいたっても、談合が続くのであれば、他のプレーヤーに疑念が生まれくるかもしれません。
ゲームはゲームなので、資金がショートしてしまった人は、ゲームが終わるまで残った人たちのプレイを見ていればいいのですが、現実ではそうもいきません。
資本主義のルールにしたがって、舞台から退場した人にとってみれば、ルールがきちんと守られているかどうかは、重要です。のび太といえども、資本主義の洗礼を受けたあとでは、ジャイアンが負けそうになったときに盤面をひっくり返すのを見過ごすわけにはいきません。もう一度、ゲームの盤面に戻して、プレーヤーとして活躍できるようにして、偶発的な事象の発生を防がなくてはなりません。
しずか「パパ!! あたしお嫁に行くのやめる!!」
父「しずか・・・・・・」
しずか「あたしが行っちゃったら、パパ寂しくなるでしょ?」
父「ははっ、それりゃもちろんだ」
しずか「これまでずっと甘えたり、わがまま言ったり、それなのにあたしは、あたしからはパパやママに何にもしてあげられなかったわ」
父「とんでもない」
「キミは僕らに素晴らしい贈り物を残して行ってくれるんだ」
しずか「贈り物?」
「あたしが?」
父「そう。数え切れないほどのね」
「最初の贈り物はキミが生まれて来てくれたことだ」
「午前三時頃だったよ・・・!」
「病院を出たとき、かすかに東の空は白んではいたが、頭の上はまだ一面の星空だった!」
「この広い宇宙の片隅にぼくの命を受け継いだ命が、今生まれたんだ、そう思うとむやみに感動しちゃって―、涙が止まらなかったよ!」
「楽しかったなァ!」
「満ち足りた日の想い出こそ、キミからの最高の―贈り物だったんだよ!!」
「少しくらい寂しくたって、想い出が暖めてくれるさ」
「そんなことは気に掛けなくていいんだよ」
しずか父にとっては楽しい日々だったと思う。
毎日が楽しくて仕方なかったのは父親だけだったりして。などと考えたりする。
しずか母は、しずかがまだ赤ん坊の頃に、心のなかで
「こいつさえいなければ!」
しずかママはそういう負の思い出は墓の中までもっていくだろうけど。
加えて、「不当に賛美又は誇張」してないと。
問題なくOK。
これを、「しずかちゃんが見られることを喜んでいる」と受け取る人は通常いない。
よって、「不当に賛美」してないし、「不当に誇張」もされてない。
これもOK。
ゴルゴはアウトローで、表の社会的に容認されているという描写はない。
イニDも社会的に容認されない行為であることが描写されている。
よって、「不当に賛美又は誇張」してない。
読んでないから当てはめられない。
現実社会において容認されないものであるということがわかるか、現実社会でも容認されてると思わせてしまう描写でなければセーフ。
シチュエーション次第で「不当に誇張」に当たるけど、まともな状態のヒロインがいきなり公衆の面前で真っ裸になるようなことでもない限り、「不当な誇張」とはいえんかな。
何を以て“名作”とするのかという問題があるけど。
いかに「日常系」の作品とて、劇場版になれば始まりがあり終わりがある。出来事の開始から終わりまでを語られるのが映画という100分くらいの尺なわけで、いままでの「けいおん!!」のように最後はお茶してとりあえず終わり、な話は構成できない。
従って、今回の劇場版では劇場化に際して何かしら映画コンテキストからのアプローチが図られ、結果として物語が成立するようになるのだと思われるが、それが何であるのかがいまだに見当がつかない。
ドラえもんの例でいえば、例の如くのび太くんがドラえもんに無茶を言ってドラえもんの道具で遊んでいたら、そこで(ドラえもんという日常の)物語の外部から使者(ザンダクロスとか、恐竜の卵とか)が現れ、やがてそれらは大きな事件へと発展していく。いじめっ子だったジャイアンは一時的に心の友となり、イヤミなスネオはメカやコンピュータに詳しいオタク的立ち位置を獲得する。ジャイアンが暴力で物を解決し、スネオがアイデアと資金力で物事を解決する。のび太はボケて、ドラえもんがそれに突っ込む。しずかちゃんは脱ぐ。それぞれ役目が割り振られて、大きな物語を解決するに至る。
それはクレヨンしんちゃんやケロロ軍曹にしても同じことであり、大体の家庭用アニメの劇場版は似たような構成になりがちだ。
さて、けいおんに戻ると、ドラえもん方式のこのやり方を、劇場版でも通用させるのであろうかということである。
いつも通りの放課後ティータイムのメンバーがギター弾いたりお茶飲んだりしてるところに、ある日突然転入生やら異星人やら吸血鬼がやってきたりするのだろうか。あるいは、放課後ティータイムというリアリティに則って、出てくるとすれば「無愛想な転入生」やそこら辺だろうか。
我々のロジックからすれば、さもありそうな流れではあるが、「けいおん!!」に関して言えばそれはあり得るのか?
先日から話題になっているアイドルユニット育成ゲーム「アイドルマスター2」がある。アイドルマスター2(以下IM2)では前作で搭乗していたキャラクタは一部わき役扱いとなりNPC化し、代わって完全な男である男性アイドルユニット三人組グループ「ジュピター」が新規にアイドルマスターの世界に「認められた」。少なからず、公式ではそういうことになっている。それに対して、既存のファンはどう思ったであろうか。
『異質』である。女性アイドルグループを育てようという中に、まったくの外から(本当は知っているはずだが、あえて知らないふりをしていた)機知外である「男性」は、その世界観に親和性などなかった。よって、排除の対象とされた。今でもIM2でのその男性キャラを排除する運動が盛んであるという。
けいおんに、放課後ティータイムやその他クラスメイト達以外の存在が、急に割り込んでくる余地があっただろうか。
ケロロ軍曹なら、毎週のように新キャラが登場してくるからさりとて珍しいことでもないだろう。しかし、けいおんではそれはありえない、と見る。理由は前述の通りだ。既にけいおんでは体制の硬直化が作品それ自体の本質として認知されている。新たなる関係性の示唆は、作品に対して保守的なユーザーが多くを占める「けいおん!!」にとって諍いの種でしかない。つまり。
あくまで筆者の予想でしかないが、劇場版ではおそらく大胆な構成も図られなければ新キャラの登場もなく、あるいは物語の核となる「事件」そのものも起こらないであろう。
しかし、それで映画の体を保ちたいというのであれば、興行主が考える手法は一つである。
テレビアニメ版では、主要メンバーのすべてが同じ女子大に通うことになった、という話で区切られている。
物語の延長線上では、放課後ティータイムは崩壊後ティータイムとなっており、バンドを組めないのである。
そうでなくとも、諸々の保守的思想から導き出すに、女子大生となった彼女らのキャンパスライフを描くことは、創作者にとっては容易いが、視聴者には受け入れづらいものになる。高校生の記憶を共有できる視聴者は数多くあれど、女子大ないし大学の思い出を共有できる視聴者はそう多くないからだ。
つまり、女子大生の日常は、それがもともとファンタジー的な女子高生の日常を描いたものだったという前提があったとしても「SF」くらいまでにリアリティが薄まってしまうことを意味する。
ならば、そんなのは書かないほうがいいに決まってる。
じゃあどうすればいいか。「想いで」を再編集するのだ。
かつて、京都アニメーションという会社は「涼宮ハルヒの憂鬱」というアニメシリーズで、「全く同じ話だけど微妙に構成が違うだけの話」をなんと8回も放送した、という記録が残っている。結果は不評であった。それはともかくとして、作品の制作方法として、原作1話があればそれを多角的な観点から再構成しなおし、ストーリーは同じでも別の話のように見せかける技術はこの試みによって研鑽されたのではないかと推測する。
今までのものは実験作だった、と仮定するならば、「けいおん!! 劇場版(仮)」がその本番になる可能性は否定できない。
マクロスフロンティアだってそうだった。エヴァンゲリオンだってそうだった。
「リメイク」である。
テレビアニメではなしえなかったあの表現、物語の構成を、劇場版ではより高クオリティでやりなおしてくれるのだろう、京都アニメーションは。
期待して待とう。まだ制作開始すらされてないっぽいけど。
なぜかよく接してくれる女の子が出てきて、そのうち成長していき、
そこまで主人公が「成長」している作品はあんまりないような。
こじれるとSchool Daysになるのは同意するけど。
だからこれが上と矛盾しているんだろう。
主人公は成長しなくていいんだよ。のび太君が一時は成長するけど結局元に戻るように。
こにゃにゃちは。涼しい昨今、いかがお過ごしですか。
本日総武線に乗っておりますと、自分の考えていることが後ろ2メートルくらいに置いてあるスピーカーから流れてるように感じました。
周りの人もちらちら私を見ております。私は(ああ、人の思考を読み取る機械が発明されたのだなあ。便利な世の中になったものだ)と思いました。
途中、力士が二人乗ってきました。(ヘイヘイ、力士カモーン)とか言ってやりました。
好きなKさんのことを想っておりますと、力士の一人が「気持ちなら負けねえ」と言うではありませんか。
宣戦布告です。心の中でドラえもんが未来に帰る日にジャイアンに決闘を挑むのび太の気分で(負けないぞ!)と鼻息荒くしておりました。
もしこの現象がテレパシーだとしたら、この車両のなかにもテレパシーが使える人がいるのでは?と思い、
一呼吸して力強く(Kさんのことが世界でいちばん好きだ!)と念じようと思いましたが、聞かれたら気恥ずかしいのでやめました。
私の心がだだ漏れだとして、何故私から漏れてるのだとわかるのでしょう?
ので、目の前にいた20歳ぐらいの若者になって、(今日は秋葉でお買い物。福島から出てきて半年、
平日に秋葉で買い物できるなんて思わんかったぺ。AKB48すれ違ったりしてぐふふ)と、
顔はもちろんしかめっ面で窓の外を見て演じておりますと、その若者が笑いをこらえ切れずにやにやしているではありませんか。
その1と一緒にしてもよかったんだけど
あまりにも個人的な内容だったんで一応分けた。
この作品は私の個人的なトラウマを
20年ぶりに解消してくれた作品としても私にとって特別なゲームです。
20年前のトラウマとは何かというと、ズバリ「大長編ドラえもん」のこと。
この作品、オープニングムービーが流れる直前で、
秋葉原からすべての人がいなくなるシーンが描写される。
私はこのシーン見たときに「のび太と鉄人兵団」の鏡面世界を思い出したのです。
<鉄人兵団>についてはこちら。
作品のあらましは省きますが、
この作品にいるリルルというキャラの結末が私にとってのトラウマだったわけです。
ご存じかとは思いますが、長編ドラえもんというのは子供が見る作品という制約のせいか
ほぼ間違いなく下記の3つのうちのどれかが発生します。(例外は「竜の騎士」など)
2「タイムパトロールなどの大人たちによって助けられる」ことにより
3現実に持ち帰れないものを残すことで、あれは一時の夢だったのだと悟らせる
さて「鉄人兵団」においては1のパターンで、犠牲になるのがリルルというキャラ。
彼女はロボットであり、自らの意思を持たず敵の首領の命令に従うだけだったはずが
のび太たちと交流を持つことで、自ら思考し、判断し、
最終的には自らの身を犠牲にしてのび太たちを救って消えていきます。
<詳細はこのあたりから>
http://cagami.net/dansyaku_blog/archive/000163.html
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/6159/dd-7.html
この結末がすごい哀しくて記憶に残ってたのですが
シュタインズゲートにおいても、
特にクリスやもえかなどはリルルの影を強く感じたんですよね。
あるいはどこかで超ご都合主義が起きてうやむやになってしまうのか、と。
実際そういう展開になっていきました。
助かってほしいけど、あんまりご都合主義もいやだ。
特にもう社会人になっていることもあり、
個人だけ、身内だけの解決も望ましくない。
「世の中には限界がある」とか認めてうなだれるだけってのも物語を読む意味がない。
子供の頃なら受け入れざるをえないことかもしれない。
大人としては認めざるを得ないことかもしれない。
でも、何かないだろか。
この作品はその葛藤にひとつの答えを出してくれたように思います。
この問いの中に、非常に肯定的な意味として「中二病」が出てくるわけです。
この作品では「既知の悲劇の法則(カタルシスの原則)」を拒否する。
子供と大人の両方の絶望を十分に理解し、「未知」の中に希望を見出す。
全能感を妄想するのではない(オープニング時の主人公。これもわけありだけど)で終わるのではなく
力のない状態ではてしなく願望を抱く幼さと、
力はあるがルールに縛られて身動きが取れない老いとの間の中庸として
己の人生が無為に終わることも恐れずに、
大きなリスクと引き換えに絶対に不可能とおもわれていたことにでも可能性を開き「うる」。
それが自分にはなぜか可能だと信じること。
・・・自分で書いてても恥ずかしくなるけれど、そういった青臭い部分、
まさに中二病的な精神「のみ」をまるで黄金の精神であるかのように描く。
そして実際に、私の中のリルルを助け出すことに成功してしまった。
なんつーかぼかぁ感動しましたよ。
残ったものだけを見ればボーイミーツガールとしてはありきたりだったんだけれど
なんかすごく、いい。
この作品が「最高の厨二病作品」と言われるのもよくわかる。
子供じゃない、でも大人でもない。その真ん中にだって道はある。
その道を極めることによってのみ開かれる可能性がある。
僕の心のどっかが解放された気持ちです。
この「厨二病讃歌」と一緒にグレンラガンを見るととても楽しめそうだ。
最後に。
これはこの記事を書こうと思ってぐぐってみて初めて知ったんだけれど、
これは何というグッドタイミングだろう。何かの運命を感じるよ個人的に。
私はシュタインズゲートのおかげで、過去Verが提示した問題を自分の中で解決できた。
リメイク版は20年を経てどのように変化するのだろうか。
それを自分はどう受け止めるのだろうか。
別に面白い話じゃない。
25歳、男。
工業高校出て、専門学校行ったけど色々あって、工業高校の先生に頼んで就職した。
その会社で割と居心地は良かった。今思い起こすと、だけど。
自分が「使えない子」だったのが悔やまれる。
そもそも働きたくなかったし、会社で何をするのかとかもよく分かってない。
事務所に居るときは、基本的に「仕事は無くても自分で考えて仕事しろ」
上司に何か聞いても「今の君に預けられる仕事は無い。資格かなんかの勉強すれば?」
先輩方は「掃除でもしてれば?」「掃除するなら仕事しろよ」「俺から渡す仕事は無いけど、給料もらってんだから働け」
最終的に自分の机でじっと座って、定時を待つ日々になった。
「おはようございます」「お疲れ様でした」しか、会話ないのが何週間とかざらだった。
たまにコピーとか、データ入力とか頼まれて、時間が潰れて嬉しかった。
時間あるんだから、何かすれば良いのに「必要とされてない感」が凄くて自暴自棄になってた。
現場に出ると「何も分からない」
でも、やることがあるのは嬉しくて、結構楽しかった。
分からないことが多くて途方にくれることもあった。
しばらく続いた現場が終わると、事務所に戻ってPCの前に座る。
現場に行ってたときに気になったこととかを、最初の一ヶ月は調べたり勉強したりする。
でも、すぐに朝からPCの前に座って定時を待ってた。
何ヶ月かおきに現場と事務所が続いた。
ずっと現場に行きたかったけど「費用がかかるからダメ」だった。
現場に行ってた方が何倍も良いと思ってた。
呼ばれないのは、たぶん事務所での勤務態度が悪かったせいもあると思う。良くは無いだろうし。
一日中2ch見て帰ったりしてた。
会話は「おはようございます」と「お疲れ様でした」だけ。
ああ、会話じゃないな。挨拶だけだった。
それに、別に現場に行って何かできてるわけじゃなかった。
昔からやらされる勉強は嫌いだった。
でも、読書は好きだった。
自己啓発を読んでは「明日はがんばろう!」って、出勤して「いつも通り2ch見てた」
それに、居眠りもしてた。
上手く言えないけど「居眠りするつもり無いのに、気がついたら寝てた」ポルナレフ状態。
前の晩寝不足とかそんなレベルじゃない。いつ寝ても変わらない。
寝そうなときは、抵抗することは不可能。
少しすっきりしながらビクっと起きて、何も無かったように仕事を続けた。
午前10時頃や15時頃とかが、多かったから食後だから眠いんだろうとか思ってた。
実際デスクワークで、単調な時くらいだったし。
上司に注意されたときも「ちゃんと寝てるんですが、すみません。気をつけます」としか、言えなかった。
気になって睡眠時無呼吸症候群の検査をしたけど、関係なかった。
改善しなかった。
その時貰った一ヶ月分飲んで、その後行かなかった。
飛行機で移動して、行った事もない地域の支店に勤務することになった。
建前は「他の支店からの応援」
お酒が飲めなくて、そこまで社交的じゃないから、色々大変だった。
特には、自分とは別の支店からの応援者と寮で同じ部屋になった事。
その応援者と同じ部門、同じ部屋、同じ車で通勤。
その人(以下、Aさん)とは、最初にあった日焼肉屋で晩ご飯を食べた。
Aさん曰く
「俺は後輩がふざけたことして、現場仕事バックれたとき、会社まで行ってぶん殴ってやった」
「でも、俺に処分は無かった」「俺は、寮での生活は仲良くやって行きたい」
「少しでも気になったことは、すぐに言ってくれ。俺もそうするから。」
嫌いなビールを飲みながら話を聞いていたが、社会経験の乏しい自分にとって強烈な印象だった。
後半の寮の生活の話はいいと思うけど。
前半を言う必要があるのか分からなかった。
前半を踏まえると、後半も意味をなさないじゃないか。
結局、強い奴には低く、弱い奴には強く当たる。スネ夫を社会人にしたような奴だった。
案の定、毎日のストレスの原因だった。
自分はどうしようもない状態になっていた。
寮は3ヶ月で出た。(異例。普通なら出られない)
引っ越して、安い軽を買って、一人で通勤するようになった。(一人通勤も基本的には禁止)
しかも、居眠りも続いていた。
そして、一日バックれたりもしてた。
確実に「居ないほうがいい金食い虫だった」
頭を使わない仕事を、1日やっても終わらなかった。
量も多少あったけど、集中力が低下しすぎて、何回やっても修正点が出た。
一日バックれの理由も、昨日の仕事が終わらなくて家に持ち帰ったけど、終わらなかったから。
居眠りも、ナルコレプシーを疑ってリタリンを飲んでも、普通に寝てた。
半分覚せい剤っぽい扱いのリタリンで効かないのはショックだった。小麦粉かとか思った。
内科に行っても「居眠りなら前のちゃんと日寝るか、昼休みに走ったりすれば?」で、馬鹿にされて終わった。
睡眠時の脳波とったりしたけど、異常なし。
でも、かくんかくんって居眠りしてた。
そんな時、先輩の一人に心療内科を紹介してもらった。
病院に行くこと自体面倒がだったけど、そこで貰った薬は効いた。
まず、居眠りが無くなった。
コレだけでも、嬉しかった。
そして、仕事が次の段階に入り、デスクワークから現場が主になった。
現場に入るようになって、自分がデスクワークで「何をしていたか」が分かってきた。
自分が居る部署を班分けして、厳しい大先輩と一緒になったが、むしろ嬉しかった。
「その仕事ぶりを盗んでやる!」とか、思ってた。
正直遅すぎたけど「今から挽回してやろう」って思った。
その時は基本的には、すぐ上の先輩と後輩とで3人で動いてた。その後班で動いた。
先輩への報告もしてるうちに、先輩からの指示が集まってきた。
大体の動きが分かると、二人への指示をするようになった。
一方の大先輩との仕事も、楽しかった。
すごい人だったし、自分がやった所を褒められたりしてた。
で、このまま、調子のいいまま終わりを迎える。なんてことは無かった。
Aさんが邪魔してきた。
細かいことは多々あるけど、よくわからない。
たぶん「Aさんを頼りがいある先輩として扱わなかった」からじゃないかと思う。
てか、自分は関わりたくなかった。
嫌いだった。
「教え方」「普段のシモネタ」「毎日聞こえてくる不気味な笑い声(寮に居たとき)」
「フロで湯を抜いた後垢まみれで放置する(最初に洗って入るから、出るときは洗わない)」
全部嫌いだった。
「後輩からは尊敬されたくて仕方ないのに誰も居ない」そんな人に見えた。
(曲がりなりにも先輩の一個上の先輩に対して、指示をすること自体Aの怒りを買っていたらしい)
(「三人で動けとの俺の指示を無視してやがる上に先輩に指示とかありえん!」って、でも自分では必要だった)
自分からは、関わらないようにしてた。
そこが一番の原因だったかもしれない。
「現場の単三電池が切れてるんだけど?お前が備品担当だよな?」
「それは連絡済です」
「いや、今無いんだから、ダメだろう」
「今は使わないよ」
「はい?今必要ないんですか?なんなら発注の確認とりましょうか」
「そうゆう問題じゃねーだろ!取りに行ってでも用意しろよ!」
単三電池はライトか計器に使う奴。
電池が切れても他の機器で代用できるし、緊急で使うなら、あるところにはある。(最悪コンビにもあるし)
けど、自分はぶちぎれた。
その場は、自分は手を出さないで終わらせた。
「コレで合法的にあいつにダメージ食らわせてやる!」とか思ってた。
上の先輩や、出張先の上司にまで「俺は悪くない!あいつがいちゃもんつけてきたんだ!」って、敬語で説明した。
でも、怒られたのは自分だった。
「結局、Aが怒ったんだから、お前が悪い」だった。
その上「回りに喋って面倒くさくしやがって、何してくれてんだ」って、雰囲気だった。
失望と絶望で、余計にムキになった。
結局、上の人から煙たがられる事になっただけだった。
でも、いい出張だと思った。
ある意味、先輩の対応をミスった自分が悪い部分もある。勉強になった。
最後の最後は濁したけど、途中得るものは多くて、次に生かせば問題ないと思ってた。
次は無かった。
まあ、その前に辞めたんだけどさ。
後は薬を飲み始めてから、動けるようになった事が問題だった。
居眠りは収まってたし「いつも飲んでるビタミン剤」だと思うようにしてたけど。
「薬のせいで、調子に乗りすぎたんじゃないか」とか。
「薬なんて飲まないほうがいい」とか。
家族からは心配された。
でも、薬を飲んでから頑張れた自分を、否定されたような気がした。
飲んだ時と飲む前とどっちがいいのか、今でも分からない。
出張が終わり、もと居た事務所でしばらく過ごしていると。
社長から「この先10年の計画」なるものの会議があるらしく、そのための支店会議が始まった。
薬のおかげか調子に乗っていた自分は、割と乗り気で会議に出た。
自分が何かする訳じゃないけど、どんな風に上役達が会議をするのかとか、楽しみだった。
けど、期待はずれだった。
会議の内容は「社長が変なこと始めたから、上手い回避方法考えようぜ!」だった。
期待してたぶん落胆も大きかった。
そんな流れで、支店長と話をした。
支店長のことは好きだった。
結果を出してきた人で、言うことに説得力があった。
感極まったのか、支店長に思いのたけをぶちまけてしまった。
すると「俺の任期は長くない。俺がもう少し若ければ、お前に「少し辛抱してくれたら何とかしてやる」と言えるんだが」
それが答えだった。
気がついたら、辞表を出していた。
こんな所になんて居られない。
誰かをどうこうするなんて、悠長なことやってられない。
ってゆうか、そんなこと無理だろう。
じゃあ、辞めるしかない。
自分でやればいいだけだ。
すんなり辞表は通った。
整理をした後、実家に帰った。
自分勝手に辞めたのに、両親は優しかった。
辞めてすぐの半年は何をしていたか思い出せない。
今年の年明け頃から、遊び始めてた。
6月頃に、薬を辞めた。
医者には通っていたが。
嫌になって辞めた。
副作用があったけど、無視した。
そして今に至る。
最近、何もやる気が起きない。
何か仕事を始めようとしても、その分野の欠点を調べて言い訳の材料にしたりしてる。
ネットで知り合った人と話をしても、その時満足して終わることが多い。
昔から、口だけだった気がする。自分が。
特に実績を残してないし、残せる保証も無い。
とゆうかそもそも、俺のび太だろ。
ダメダメだろ。
何かをやり始めるきっかけを待ってるだけのか。
何だこれ。
待ってるだけじゃ意味ないのに。
自己啓発本は買ってるけど、半分も読めてない。
最近何も手につかなくなってきた。
実際、やりたくないことしないで好きなことできる状態なのに、やること無くて不満とか。
なんなんだよ。
次に動くことのきっかけになればと思って。
あれ、コレすらも、ただの雑記であって、何も変わらないだけなんじゃないか。
この煮詰まりを打破したい。
あいつらのいうように、経験重視の流れを推進することが日本の国益になるなんてことはどう考えてもあり得ないわけだが。
日本という環境は経験を積むためには最悪な環境であって、実際たいがいの人間はどんだけ苦労したって商事商船レベルにも到達できないわけだろ。それで「実務経験ができる」なんて言うつもりなんだろうか。第二新卒なんて、新卒市場をまともに受けるに値しないレベルの人間の価値を測る試験でしかないわけだが。
正直、「仕事とはコミュニケーションです(キリッ」とか言ってる奴がどれだけ仕事できるのか見てみたいものだよ。まあ「社畜で何が悪い(キリッ」とかいう意見が賛同を集める時点で聞くのも野暮なわけだがね。少なくとも、ちょっとでも「優良」な現場での経験の使われ方を観察していれば、ポン大程度しか入れなくて旧帝とと対等にやり合えるなんて妄想は絶対に出てこないはずなんだがね。
所詮、こいつら「学歴」ってものを舐めすぎだと思うんだよ。お前らのどんだけが大卒でまともに仕事をそつなくこなせるのだと。早慶の仕事のやりかたで失敗しなくなるまでは、旧帝のやりかたでそんなことなんてできるはずがない。早慶でも仕事の仕方に戸惑うのは学歴が価値を計るのに非論理的だからでもなんでもなく(つーか学歴が「非論理的」って意味不明すぎ)、低学歴という非常に愚鈍で低能なゴミに対応することが求められるからだ。要するに「高学歴」は早慶でも訓練しなければ難しいということだ。そして、低学歴にも価値は存在し、文法化されていないだけ余計に難しい(とりあえず日東駒専、大東亜帝国、Fラン使っておけばそれらしくなるという大雑把な原則はあるが)。決まり文句や礼儀作法、本音と建前、そういうものも全部存在する。そういうものが全部日本独自の因習だと思ってる奴は「日本人の国際的評価は世界一」とか言ってる資格厨ネトウヨ君たちの裏返しでしかない。
そんなことができるのか?できるわけがない。東工大一橋ならまだしも、低学歴にはほとんど望みがない。有名ゼミか帰国子女かでもない限りな。高学歴と低学歴は互いの人生に何の関係もなく、高学歴は低学歴と歴史的にも環境的にも関係が薄く、そして文化的なコードさえ全く一致していないのだ。何?東京外語大はコミュニケーションが得意だから低学歴にも通用するはず?あのねー、マーチ以外で低能とのコミュニケーションが得意な高学歴なんて見たことないけど?出身高校とかその辺のレベルの低い争いでは低学歴より上かもしれないが、その程度でしかないよ?
自慢じゃないが、俺は東大ぐらい余裕で入れて、国際学会とかなら英語のプレゼンに不自由せず、話す方も得意じゃないとはいえ質疑応答程度ならどうにかこなせるよ。周囲からは「高学歴」とぐらい思われてる。しかしこんなの、ヨーロッパ人の基準で見れば学歴の「中の下」でしかないんだよ?学歴に苦労した記憶のない圧倒的大多数のMITから見れば「物真似の上手い猿」レベルでしかない。どう考えても「視経験重視」で高学歴と対等に喧嘩するのは、のび太がジャイアン百人に喧嘩を売るのと同じぐらい無謀だ。
はっきり言って学歴のことを考えると絶望して泣き叫びたくなる。どうしても学歴をものにしたければ、受験の後、高学歴が家族や友人との余暇を楽しんでいる時間に俺は孤独に資格の勉強をするでもしなければ無理だ。それでやっと「類人猿」レベルの市場価値にしかならない。だがそんな生活の何が楽しいんだ?お前らの大嫌いな「社畜」ならぬ「学歴畜」になれというようなものじゃないか。自分で言うのもなんだが子供の頃から一貫して学業優秀だった俺でもこの程度でしかないのに、経験ルサンチマンを募らせたお前らにいったいどれだけのことができるんだ?できもせんくせにふざけるんじゃないよ。
学歴という風車にむかって「撃ちてしやまむ」とかほざいてバンザイ突撃をかけるのは勝手だが、お前らの下らない一億玉砕に巻き込まれたくなんかないんだよ。自爆するなら勝手にやってろってんだ。
あいつらのいうように、英語化の流れを推進することが日本の国益になるなんてことはどう考えてもあり得ないわけだが。
日本という環境は英語を学ぶためには最悪な環境であって、実際たいがいの人間はどんだけ苦労したってTOEIC900点レベルにも到達できないわけだろ。それで「英語ができる」なんて言うつもりなんだろうか。TOEICなんて、TOEFLをまともに受けるに値しないレベルの人間の実力を測る試験でしかないわけだが。
正直、「国際英語とはブロークンイングリッシュです(キリッ」とか言ってる奴がどれだけ英語できるのか見てみたいものだよ。まあ「カタカナ発音で何が悪い(キリッ」とかいう意見が賛同を集める時点で聞くのも野暮なわけだがね。少なくとも、ちょっとでも「グローバル」な現場での英語の使われ方を観察していれば、ブロークンしか使えなくてネイティブと対等にやり合えるなんて妄想は絶対に出てこないはずなんだがね。
所詮、こいつら「言語」ってものを舐めすぎだと思うんだよ。お前らのどんだけが日本語でまともに敬語を間違いなく使えるのだと。日本語の言葉づかいで損をしなくなるまでは、他言語でそんなことなんてできるはずがない。日本人でも敬語の使い方に戸惑うのは日本語が非論理的だからでもなんでもなく(つーか言語が「非論理的」って意味不明すぎ)、社交という非常に繊細で高度な状況に対応することが求められるからだ。要するに「ビジネス日本語」はネイティブでも訓練しなければ難しいということだ。そして、英語にも敬語は存在し、文法化されていないだけ余計に難しい(とりあえずwould, could, please使っておけばそれらしくなるという大雑把な原則はあるが)。決まり文句や礼儀作法、本音と建前、そういうものも全部存在する。そういうものが全部日本独自の因習だと思ってる奴は「日本文化の精妙さは世界一」とか言ってるネトウヨ君たちの裏返しでしかない。
そんなことができるのか?できるわけがない。ヨーロッパ人ならまだしも、日本人にはほとんど望みがない。帰国子女か語学オタクかでもない限りな。日本語と英語は言語学的に何の関係もなく、日本は英語圏と歴史的にも地理的にも関係が薄く、そして文化的なコードさえ全く一致していないのだ。何?韓国は英語が得意だから日本にもできるはず?あのねー、移民以外で英語が得意な韓国人なんて見たことないけど?TOEICの点数とかその辺のレベルの低い争いでは日本より上かもしれないが、その程度でしかないよ?
自慢じゃないが、俺はTOEICでは900ぐらい余裕で取れて、論文とかなら英語の読み書きに不自由せず、話す方も得意じゃないとはいえプレゼン程度ならどうにかこなせるよ。周囲からは「英語ペラペラ」とぐらい思われてる。しかしこんなの、ヨーロッパ人の基準で見れば英語力の「中の下」でしかないんだよ?語学に苦労した記憶のない圧倒的大多数のネイティブから見れば「物真似の上手い猿」レベルでしかない。どう考えても「グローバル」でネイティブと対等に喧嘩するのは、のび太がジャイアン百人に喧嘩を売るのと同じぐらい無謀だ。
はっきり言って英語のことを考えると絶望して泣き叫びたくなる。どうしても英語をものにしたければ、仕事の後、英語ネイティブが家族や友人との余暇を楽しんでいる時間に俺は孤独に英語の勉強をするでもしなければ無理だ。それでやっと「類人猿」レベルの英語力にしかならない。だがそんな生活の何が楽しいんだ?お前らの大嫌いな「社畜」ならぬ「英畜」になれというようなものじゃないか。自分で言うのもなんだが子供の頃から一貫して学業優秀だった俺でもこの程度でしかないのに、学歴ルサンチマンを募らせたお前らにいったいどれだけのことができるんだ?できもせんくせにふざけるんじゃないよ。
英語という風車にむかって「撃ちてしやまむ」とかほざいてバンザイ突撃をかけるのは勝手だが、お前らの下らない一億玉砕に巻き込まれたくなんかないんだよ。自爆するなら勝手にやってろってんだ。
どうも悲しいほどに言いたいことが伝わっていない懸念があるので、もう一つ記事を挙げておく。これも俺が書いたものだが、こちらを読むと真意が伝わりやすいかもしれない。
あと、以下は俺が書いたものではないが、俺が言いたいことを俺以上に煽り抜きで的確に表現し、かつ有益な補足をしてくれてくれている人がいるので挙げておく。
酔った勢いで愚痴をぶちまけた記事にすごい勢いでブクマが集まってびっくり。
Akimbo まあそんなに英語にコンプレックス持たなくてもいいだろうと思うが。一点、TOEICは英語圏での日常生活能力を判断する試験、TOEFLは英語圏の大学で講義が受けられるかを判断する試験。どっちが上ということはないよ。 2010/07/31
建前では、ね。TOEICがTOEFLと比べてどれだけ易しいかは受けてみたことがあればわかると思うけど。どちらにしても、TOEICは「読み」「聴き」という受身の能力しか測ってなくて、「書き」「話し」のテストがない時点で信頼性がなさすぎる。本当はTOEFLではなくてケンブリッジ英検とか挙げたかったのだが、知名度がなさ過ぎるのでTOEFLを挙げたまで。
tanakamak ヨタ 自然言語しか念頭にないからこうなる。数式とかも言語の一種と分かっているのかね。 2010/07/31
悪いが「ヨタ」はあんただ。数式とかプログラミング言語とかの人工言語は自然言語に比べてはるかに単純だ(目的が限定されている時点で当たり前だが)。それに自然言語といっても韓国語と英語じゃ英語の方が圧倒的に難しい(日本人にとっては)ことぐらいわかるだろう。そんな低レベルな話をしてるんじゃないんだよ。
JvdW 昨今の英語反対論者はなんで欧米しか見えないのかね?現実的にアジアの人たちと何語でコミュニケーションするつもりなのだろうか。つもりがあれば、基本英語+ローカル語の冗談とか普通に覚えるだろ。頭でっかちが。 2010/07/31
そんな話をしてるんじゃない。日本人はネイティブに太刀打ちできないって話をしてるんだが。それともフィリピン人やシンガポール人やインド人の英語ネイティブ相手なら英語で太刀打ちできるとか思ってんの?おめでたいね。
だいたい、本来アジアの言語でない英語で「アジアの人たち」と意思疎通するっておかしいと思わないの?参考までにEUは加盟国の公用語すべてがEUの公用語。「アジアの人たち」と意思疎通するためには本来そういう枠組みがあってしかるべき。
そんなことは百も承知。そこでなんで共通言語が英語でなければならないか、それでいいと思ってるのかだよ。ラテン語とかならまだしも。
mobanama 英語 "「グローバル」な現場"で何を想定しているんだ?"観察していれば"主張を通す人間は、必ずしも正統的英語使いばかりでないだろ(ブロークンはちと違うと思うが)。「ツール」ばかり見てないで主張の中身を育てろよ。 2010/07/31
じゃあ日本人がそういう場で主張を通せることがあると思うか?日本の経済力に見合ったレベルの頻度でね。そうやって主張を通せる日本人が日本人のなかで例外的な存在でないか?日本人の有能な研究者が国際学会で、プレゼンは原稿棒読みで質問はろくに聞けず答えられずなんてむしろそっちがデフォルトなんですが。それで日本人がどれだけ損してるかわからないし、ちょっと大げさなことを言えばこのあたり、日本人のノーベル賞受賞が欧米に比べて少ないことの一つの遠因ではあるよ。いわんやビジネスをや。
tezawaly 英語ネイティブじゃないヨーロッパ人って、語彙や言い回しが意外にワンパターンで、発音もよく聞くと母国語のアクセント丸出しだったりで日本人と同レベルだと思う 2010/07/31
それが「同レベル」と思えるあなたのおめでたさがうらやましい。あと何度も言うけど、英語においては日本・韓国・中国なまりとドイツ・フランス・イタリアなまりでは後者に比べて前者が聞き苦しいのは否定できないと思うけど?発音という意味でも間違い方という意味でも。相槌のタイミング一つ取っても日本人の言動は思いきり不自然の域を出ることができないよ。バリバリのガラパゴス日本人の俺でもそう感じるのに、権力者たるネイティブはどう感じてると思う?
what_a_dude TOEIC900点はそこそこの努力で続ければ取れるだろ。生活英語漬けでなくても英語ハック駆使しなくても取れたよ。900オーバーのヒエラルキーの上位に入るのはつらいだろうけど。 2010/07/31
だから、少なくとも「900オーバーのヒエラルキーの上位に入る」程度の能力がなけりゃ「グローバル」で喧嘩なんかできないだろって話だよ。
それは「英語なんて簡単だ」っていってるマンセー信者に言ってくれ。英語(支配)なんて嫌いだっていってる俺にそれを求めるのはお門違い。
mori99 増田の英語と欧米への憧憬の強さにたじろいだ。世界には、日本と欧米以外の文化も存在するよ? 2010/07/31
だから?「グローバル」な場で欧米の力がどれだけ強いか考えてそういうこといってるわけ?マナー一つにしても欧米の文化コードが暗黙のうちに強要されてるわけで。憧憬も何も、欧米人と対等に喧嘩できずに「グローバル」なんてあり得ないだろって言ってんだよ。
nuke 妄想 自慢じゃないが、俺はTOEICでは900ぐらい余裕で取れて、論文とかなら英語の読み書きに不自由せず、話す方も得意じゃないとはいえプレゼン程度ならどうにかこなせるよ。ただし日本語に限る。 2010/07/31
それが「妄想」に聞こえる時点であんたは「英語(キリッ」とかいう資格はないということだ。言っとくがその程度のレベルの英語力など本気で全然大したことはないぞ。本文中にも書いたが、ヨーロッパ人基準なら「中の下」程度だ(詳しくは"CEFR"でぐぐれ)。この程度では向こうの高校生のガキにもまるで太刀打ちできないんだよ。それのどこが「妄想」だ?
何の反論になってる?それは明らかに、テニスという場が言語と関係なく明白に優劣がつけられる場であるからというだけのことでしょ。
naotoj この人はTOEICで900点とった嬉しさで中二病にかかったと想像。 2010/07/31CommentsAdd Star
と、英語マンセーのグローバル信者は「不都合な真実」に目を塞ぐのでした。冗談抜きで、TOEIC900がどれだけ低レベルかはもっと認識されるべき。
hakoda-te-kun それじゃ増田の理想は何なのだと聞きたい/増田は外国人からつたない日本語でビジネスの話をされたら、相手にしないのか?/僕は、世界人類の共通語はあった方がいいと思う。今たまたまそれに近いのが英語 2010/07/31
理想は「どの自然言語とも似ていない人工言語」だ。次善の策として、漢文とかラテン語とかの死語、あるいはエスペラントのように「特定の自然言語を基礎にした人工言語」だ。いずれにしても英語ネイティブだけが不当な利益を得られる現状よりはマシなはず。
あと、「つたない日本語」の件は英語と一緒にできない。英語国民(と敢えて言う)のうち、外国人が英語を話しても感謝を覚えるのは残念ながらごく一部に過ぎない。"The Economist"とか"Newsweek"とかその類の一流メディアでさえ、トヨタの社長とか潘基文とか外国人の英語の訛りをくさすようなことを言っている。どう見ても人種差別なんだが、奴らの認識なんてその程度。特にイギリス人はひどい。アメリカ人でさえ発音で差別するんだぜ。いわんや非母語話者をや。
malark スパイにでもなろうとしない限り、そんな高いレベルの英語って求められないんじゃないかな。日本語をしゃべる外国人の事を考えてみればわかる。 2010/07/31
とんでもない!「日本語をしゃべる外国人」の日本語レベルは非常に高いのですよ。そして、日常会話ならともかく仕事で使えるレベルに持ってこられている人なんて漢字文化圏の人以外ではほとんど見たことないですが。
youshow 話の組み立て方が英語的でない。 2010/07/31
そりゃそうでしょう。この記事の言語はまごうかたなく日本語。それとも英語を勉強すれば文章の書き方が英語的になると思っているとか?それはつまり英語が何らかの意味で日本語より優位にあると思っていらっしゃるということですが、一体何を根拠にそんな迷信を?
emuemu_1976 分かりやすいところで、任天堂の岩田社長あたりの英語プレゼンを見るといいんでね? おそらく流暢な英語ではないんだろうが、あれの価値には何の関係もないんだろう。 2010/07/31
そりゃ、岩田社長が「ニンテンドー」の社長だからみんな聞いてくれるだけですよ。どこの有象無象でもない私が同じことをやったって誰も聞いてくれない。そして、「グローバル」な世界では英語で話を聞いてもらえないことには「有象無象」の域を出ることができないと、見事に詰んでるわけです。
ところで、任天堂はグローバル化の数少ない成功例とされているわけで、このことからも英語マンセーの根拠薄弱さは裏付けられるわけです。
いやそれを俺に言われても。「国益」という言葉は明らかに「グローバルマンセー派」の主張の要約として書いたことであって俺の主張ではないわけだが、それが読み取れないか?…と、日本語なら誤読された場合「それはお前の誤読だ」と言い返すこともできるが、英語ならネイティブに誤読された場合反論の余地がないわけだよ。その場にいる誰かの母語を共通語にすることの問題がこれでわかるだろ。
誰が「勉学」を否定したわけだ?もう一度ちゃんと読んで欲しい。俺が反対しているのは、日本人が英語の国際語化を積極的に追認し、そこに飛び込んでいこうという一億玉砕戦略であるに過ぎない。英語圏の文化を楽しむための英語の勉強ならどんどんやったらよい。しかし「英語ができない奴はクビ」みたいな奴は平成の牟田口廉也(ぐぐってね)だと思うということだ。
tetracarbonyl ラテン語から英語にシフトするのに時間がかかった、英語が最先端である限りは隷従しかない。日本語が上流階級の言語になる可能性は皆無だし。教育資本のない日本は育てる余裕ないから英語特攻しかない。 2010/07/31
だからどうして現役のただ一つの自然言語を世界語にするという選択肢しかないのだ?EUの公用語は全加盟国の全公用語だし、国歌(?)はラテン語。国際連盟(第一次大戦後にできた方。国連に非ず)ではエスペラントが作業言語に採用されかけた。中立的な人工言語をつくって採用するという試みはあってよいし、英語非ネイティブが団結すればそれは無理なことではない。現に、ロジバン(ぐぐってね)のようにそういう試みは草の根ではなされつつある。
hiroyuki1983 すでに今グローバルな世界で話されているのは「シングリッシュ」や「ジャパニッシュ」のような英語を元にした人工言語。ネイティブの連中だけがあれを「英語」だと勘違いしてる。今後原形とどめない位変化するよ 2010/08/01
一般の英米人がシングリッシュをどれだけ馬鹿にしてるか知ってからそういうことを言って下さい。東京人が東北弁を馬鹿にするなんてレベルじゃないよ?そして東北人が標準語を身につけるのですらラジオ・テレビなしには難しかったのに(標準語の韻律構造には東北弁にない要素があるから)、日本人が馬鹿にされない英語を身につけるのがどれだけ無理なことかわかるでしょ?
kizuki25 増田, 英語 英語を駆逐するための活動を行っている人のお話。俺なんかは現状を変えるより自分を変えるほうがまだ簡単だと考えてしまうので、こういう活動は無理なんだよな。 2010/08/01
だからなんで「英語マンセー強要反対」を「英語反対」と読み違えるのさ。「天皇万歳強要反対」と「天皇制反対」は似て非なるものであることぐらいわかるでしょ?現状に対応するために英語を仕方なく勉強しつつ英語支配に反対するってのは可能なことだし、俺もそうしてるよ。
r-west ポジティブ信仰蔓延のせいで事態を勘違いしてる人が多い。途上国の物乞いが片言の英語出来たりするじゃん。日本が経済的にあれと同レベルに落ちぶれつつあるって事。不可避の敗退戦術に文句垂れても… 2010/08/02
その認識は誤り。明治時代の日本は絶対的にも相対的にもはるかに現代のそれよりも貧しかったが、高等教育を日本語化することはかなり早い段階でできていた。
steam_heart 作文は英語能力だけでやるもんじゃないからなあ。/みんなにハードルが高い言語なんてナンセンスの極み。ビジネス~は敬語もテンプレなんでテンプレでOK。 2010/08/03
一部の人にだけハードルが低い言語なんで不公平もいいところ。なぜそちらの方がナンセンスでないと考えるのかそのこと自体がナンセンス。あと、テンプレで通用するのはテンプレな用途だけだ。あなたも私も日本語の言葉づかい一つに苦労しないことはないはずだ。いわんや第二言語(外国語)をや。