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2022-08-06

中学生の頃だったか、母にカルトセミナーに連れていかれた。

少し前から母は「手をかざせば病気が治る。病院人間を薬漬けにして金を貪っている」と度々息巻いていた。その日は日曜日だったので家でゴロゴロしていると、突然「今からセミナーに連れていってあげる!」と外出を促された。


「興味がないどころか普通に気色悪い、キモい宗教ぽいし。」と言うと、母は「宗教じゃない!!」などと烈火のごとく怒り出した。こちらも反抗期真っ盛りだったのでバチバチに言い争った。雌雄を決したのは母の「来ないなら今月お小遣い無しだから!!」発言だった。当然反論したが、バイトも出来ない中学生にとってお小遣い無しは非常に堪えるものだった。

セミナー会場は民家と少し離れた山の麓にあった。中へ入ると広いホールがあり、他の参加者は50人ほどで老若男女様々だったが私が最年少だったように思う。まず分かったことは、この集まりは「新規信者獲得キャンペーン」ということだった。既存信者1名につき最低でも1人は知人を連れてこいというノルマだ。母は社交的な性格だったので友人は多いはずだが…。

司会者挨拶が終わると、突如「では皆様、宇宙創造主天主様への祈りを捧げましょう」と言い出した。その後「我々の事をカルト宗教と呼ぶ人がいるが、それは全くの誤りです」と言っていた。次に壇上に男女5人ほどが上がり、「生まれつきのひどいアトピーハンドパワーで治った」「それまで何年も病院に通っていたのがバカみたいだった」「病気が治って運気も上がり良い会社就職できた」「家族の癌が治って家族仲も深まった」とそれぞれが笑顔で語ると会場全体が拍手に包まれた。

セミナー開始前は「本当にパワーなんてあるの?」と不安げな様子の人たちも数人いたのだが、そんな空気は完全に消えていた。周りを見渡すと皆一様に笑顔で話に聞き入っていた。「何でも治るんだ!」「すごい!」と顔を見合わせて笑う人たちもいた。ああ皆洗脳されたんだ、とすぐに悟った。すぐにでも会場を飛び出したかったが、山の麓でバスもなく母の車でしか帰れない状態だった。そもそも会場を飛び出たら、信者たちに囲まれ、取って食われるのではないかという思いもあった。当時14、15の子供だった私にはこのセミナー会場が異世界や魔境のように思えた。私もしっかり心酔したように取り繕って、セミナーの終わりを待つより他には無かった。母がカルトにはまった理由が今なら分かる。兄が病弱で1年ほど入院していたことがある。それがちょうどこの頃だった。ちなみに70万円の受講料でハンドパワーを得られるそうだ。

セミナーから約1年後、叔父が亡くなった。末弟で歳が10ほど離れており、世話焼きな母はそんな弟をとても可愛がっていたらしい。叔父はまだ若かったが、癌が見つかったときには相当進行していた。母は叔父の病室で手かざしを行い「癌はこれで治るのよ」と病室にいた叔父奥さんにも言ったようだ。当然そんなもの甲斐もなく叔父は亡くなった。奥さんは年も離れた義姉の奇行に何も言えなかったのだろう。葬式後、奥さん私たち(=叔父家系)とほぼ絶縁状態になった。それでも母は甥っ子(叔父の子)を不憫に思い、クリスマスには甥っ子宛にお菓子を送ったりしていたが一度も電話すらかかってこないと言う。

 

今も母の洗脳は解けていないどころか、今度はコロナはただの風邪やら人類削減のための人工ウイルスやら支離滅裂な事を言っているが、もう私も疲れ果ててしまったので放置するより他には無い。最近は母が死んだら葬式には一体誰が来るのだろうかとふと考えてしまう。

2017-04-21

天守閣石垣

安土城が始まりであるとしてよさそうな天守閣天主)、それはキリスト教天主を祀る場所であった。石垣を積んだのは、石工(フリーメイソン)たちであった。城のそばでは、キリスト教ミサにならった祭礼(茶の湯)が行われていた。日本はとっくの昔に精神をのっとられていた。

2016-06-04

[]6:増田希望

 このころ、みやこの河原には、こんな戯れ歌が流行した。

藁人形カラスを追い払う。

カラス雑魚ナメクジより強い。

ゆえに、藁人形増田(八)兵よりなお強い。

 これを藁人形論法と呼ぶ。

 だが、ナメクジも数万を集めれば、ギザギザの舌歯によって藁人形を食い尽くしてしまう。

 負け続き、不祥事続きの増田家が希望をたくしたのは、この圧倒的な数のパワーであった。なにせ人口だけは有り余っている。

社会全体が不安定時代だけに職をもとめて都にあがってくる人間も多かった。

 そんな連中にも声をかけて増田家があつめた兵力は八万!国力の限界に迫る根こそぎ動員に、他の方面をまったく無視した兵力集中で増田軍は鉄壁で知られる増田家(七)に攻め込んだ。

 西の国境を接する増田家(九)は、みやこに関心がなく、北東の増田家は複雑に絡み合った東国の戦いに手を取られている。

 その好機をついた侵攻だった。

 攻められた増田家には自慢の国境城塞群があったが、その配置は西以外にも北や東に及んでおり、守備兵は広く分散している。

 しかも近年何度も撃退されている増田家を甘くみて西側は大規模な攻勢への警戒が甘くなっていた。

 だが、人の海となった増田軍は落とせない城は迂回し、落とせる小さな城だけを攻めつぶした。

増田家領内が増田家でも随一の豊かさを誇るのをいいことに、現地調達で兵糧を補いながらどんどん奥地に進んでいく。

 余力のある国境城塞は出撃して、敵の小部隊をいくつも撃破したが、続々と送り込まれる敵増援部隊なかにいつしか埋没していった。周囲を敵に満たされた恐怖に脱走する兵もあいつぐ。

 さすがに今度は増田軍が勝ちそうだとみた野武士勢力までもが掠奪の果実をもとめて勝手に加わり、増田軍はその司令官にも把握できない状態に膨れ上がった

――最初から把握するつもりなどなかったのかもしれない。

 増田家(七)は多くの兵を国境に張り付けていたことが完全に徒となった。

 想像以上の規模で攻撃を受けてしまったため、国境要塞地帯を超えて浸透してきた敵を各個撃破できるのは、本拠地の親衛部隊しかない。

 当主は豊かな領地を守るためには一刻を争うと判断した。そこで機動防御部隊を送り出すと同時に、比較的安定している東方国境地帯から守備兵を本拠地に呼び寄せる。

 だが、この判断は大失敗だった。本拠地が手薄になった絶妙タイミングで海から増田水軍が現れたのだ。

 それはほとんど偶然だったけど、防衛側の士気を阻喪させるのに十分だった。まるですべての手が敵に読まれしまっているように感じたのだ。

 築城にこだわりのある増田家の本拠地は豪華絢爛大規模すぎて少数の兵で守るにはまったく向いていなかった。

 なお、増田水軍には滅亡した増田家(十)の船団が加わっている。根拠地をうしなった元当主はうまく潜り込んで家を乗っ取ってやろうと、増田家に入り込んだ。

 ところが計画には誤算があった。

当主肛門にゆるみきった増田家中には同じ野心を抱く人間が多すぎて、

誰もがどうにも身動きがとれない状態になっていたのだ。

(これでは脱糞するのも無理はない)と元当主は妙に納得したのだった。

 しかたがないので家中での地位を地道にあげるべく、戦働きをしている。

桟橋にせまる増田軍(士)から逃げる地獄をくぐり抜けた増田船団は上陸作戦手際もよく、

増田島最高の格式をほこる六層七階のメタブ天主に、いの一番に取り付いた。

 そして自慢の手銃を撃ちまくる。メタブ天主漆喰がつぎつぎと砕けて飛び散った。

 いつもはそろばん勘定にいそしんでいる死の商人も流石に観念した。

「是非もなし……火を放て。雑魚ナメクジを侮りすぎたわ。やんぬるかな」

 増田当主白装束に着替えると、最後の詩を詠んだ。

 人生雑魚ナメクジ 下痢のうんちに比ぶれば 雪マシュマロのごときなり

 かくして増田本拠地増津は落城

 増田島の戦国時代は新しい段階に突入した。

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http://anond.hatelabo.jp/20160603183156

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